白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-7 不幸中の幸い

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「……うん。本当はね、珀弥君も居たの」
「黎藤も……」
 最初から、順序立てて話してみることにした。

 私が鈴の音で暗示を掛けられ、あそこまで誘い出されたこと。
 あの子の意のままに珀弥君を襲い、殺してしまったこと。そして——。

「珀弥君は、生き返ったの。でも、人間じゃなくなって……角の生えた鬼になったの」
「待って、チマ。じゃあ、その傷は……」
 なっちゃんの目は血走り、怒りに震えている。

「怒らないで聞いて、お願い」
 今、冷静さを欠いたら話が成り立たない。私の一言で、なっちゃんは息を吐く。

「そうね、話を遮ってごめんなさい」
 怒りは収まっていないようだけど、話を聞くだけの冷静さは取り戻してくれたみたい。
 気を取り直し、話を続けた。

「珀弥君は私を傷付けて、正気に戻ったの。とても怖がっていてね、暗闇の中に姿を消したんだ……」
「あいつ……どこかで生きているのね」
「きっとね」

 なっちゃん、般若のような顔をしている。一真を目にしたら多分、間髪入れず殴りかかるだろう。

「えっと、今の話……信じてくれるの? 鬼になっちゃったとか……」
 それが一番心配していたことだけれど、なっちゃんは当たり前のように受け入れている。

「だ、だって信じるって言ったじゃない!? ね!」
 珍しく汗をダラダラと流し、目が泳いでいるけど、どうしたんだろう?
 とりあえずそこを追及したら話が進まないからやめよう。

「そう? じゃあそういうことで……」
 このくらいの話を受け入れて貰えるなら、これから話すことも多分大丈夫かな。

「その、チマを誘い出した子の正体も分かってるの?」
 なっちゃんは話を逸らすように、あの子の話題を出す。

「うん。私の親戚なんだけどね」
「親戚!?」
 おう、珀弥君のことより驚いてるね。

「私に恨みを持ってるみたいで……」

 その恨みを持たれるまでの経緯、私を一度殺そうとしたこと、数年経ってまた目の前に現れたこと、そしてあの晩のこと。
 神凪家の事情も織り交ぜながら、たどたどしく説明する。

 なっちゃんは最初は驚いた表情を浮かべていたけれど、段々と神妙な顔つきになっていた。

「それで、黎藤を連れて行ったのはその子かもしれないって?」

「確証はないけどね。でも、手掛かりがゼロなら、可能性のあるところを探した方が良いと思う」
「あたしもそう思うわ」
 意外とあっさりと同意を得た。良かった、反対されたらどうしようと思った。

「術師にしてみれば、強力で入手困難な妖怪を逃す手は無いわ。狼狽して弱っているなら、そこを狙うはず」
 やはり、狙い目はあそこだったんだ……って、

「鬼ってそんなにレアなの!?」
「ええ、絶滅危惧種だと思うわ。少なくとも、あたしは黎藤以外見たこと無い」

「そうなんだぁ……。なっちゃん、詳しいね」
 私が勉強不足なせいでもあるけど、なっちゃんの方が色々と知っているみたい。

「え!? そうかしら!?」
「そうだよ!どこで知ったの?」
「えーっとぉ……どこだったかなぁ」
 なっちゃんは乾いた笑みを浮かべ、明後日の方向を見つめた。こんなに狼狽してるのも珍しいなぁ。

「まぁ、話を聞く限りでは問題無いわ。翼も普通に受け入れると思う」
「良かったぁ……」
 なっちゃんの評価を聞いてホッとする。結構ぶっ飛んだ話だったし。

「それにしても、チマが恨まれる事があるなんて意外ね」
「そう?」

「ええ。だって、チマは表裏も無くて素直だし、嫌味も言わないし、いつも一生懸命で人に対して誠実だもの。嫌うことの方が難しいくらい善良な希少種よ」

 なっちゃんが私への褒め言葉を、途切れることなくスラスラと述べる。顔が熱くなるのがわかった。

「な、なっちゃんったら誇張して褒め過ぎだよ!」
「本当のことだもの。たまに抜けてるところがあって、アホの子全開だったりして、完璧な人間ではないってところが逆にポイント高いわ」

「うっ!」
 今度は欠点を並べられる。これもまた、どストレートで私の心に突き刺さる。

「それでも、嫌う人はいるわ。残念ながらね」
「うん……」
 現に私がそうだ。仮になっちゃんが言う通りの人物だったとしても、私は憎まれる運命にある。

「才能があるから妬まれる、無いから迫害される。理不尽だけど、実際にそういうことはあるのよね」
 なっちゃんは切なげに目を伏せる。

「私はやっぱり……恨まれても仕方ないよ」
 この才能さえ無ければ、私は今頃どうしていただろう。あの子はどういう人生を歩んだだろう。

「こら、弱気になっちゃ駄目!」
「は、はいっ!?」
 なっちゃんの強い語気に押され、私の背筋が伸びる。

「確かに、チマは生まれ持った才能で誰かの人生を変えてしまったかもしれない。けどね、それはチマだって同じでしょ?」

「私も?」
「そうよ。チマだって人生が変わってしまったじゃない」
 私も人生が変わった。

 そう、かな……。あのまま普通に暮らしていれば、数年間も親を忘れ、独りで生きることも無かった……と思う。
 寂しい思いはしなかったかもしれない。

「あの子にしてみたら『報復』かもしれないけど、あたしから見たらただの八つ当たり、逆恨みよ。数年経ってもネチネチと引きずって、もう一度チマを傷付ける権利なんか無いわ」
 なっちゃんは私の肩を掴み、しっかりと目線を合わせてきた。

「いい? あの子に悪いと思う必要は一切無いわ。チマ、胸を張りなさいな」
「わ、わかりました……」
 なっちゃんの勢いに押され、何度も頷く。強引な気もするけど、少しだけ自信がついた。

 私は後ろめたく思わなくて良いんだと。でも、人生が大きく変わって、あの子に感謝していることもある。

「なっちゃん、ありがとね」
 きっと、あのまま暮らしていれば、こんな良い友人とは出会えていなかったかもしれない。一真と再会出来なかったとも思う。

 ここまで辿り着くまでの道のりは、不幸の連続だったかもしれない。けれど、辿り着いた先には光があった。
 私は、それだけで嬉しいと思うんだ。
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