白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-11 いつの日にか約束を

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***

 ふと、目が覚めた。
 枕元の目覚まし時計を確認すると、午前二時を少し過ぎた頃だ。

 こうやって眼が覚める時は、かずまも起きてることが多い。

 これがテレパシーというものかはわからないけれど、とりあえず片割れの状況は結構わかるものなんだ。

 春の夜は少し肌寒い。僕は羽織りを着て部屋から出た。

 昼間、かずまは部屋から出ない。出るとしたら、お日様が沈んだ夜更けくらいだ。
 僕はしんと静まり返った廊下を、音を立てないようにそっと歩く。床が冷たい。

 廊下の奥は暗くて何も見えないし、ちょっと怖い。かずまは部屋には居ない気がする。何処か別の場所に……。

「あれ?」
 渡り廊下の戸が少し開いており、そこから月の光が差し込んでいた。あそこだ。

 僕は足早に光の差す方へ向かった。

 戸を開け、渡り廊下の先を見ると——いた。小さな人影が、渡り廊下の縁に腰掛けて脚をぶらぶらと揺らしている。

「かずまーっ、そんなところにいたら風邪引くよ?」
 僕は着ていた羽織りをかずまに着せる。

 元々、これはかずまに羽織らせるつもりだった。薄着でこんな夜中に出歩くお馬鹿さんだから。

「……ありがと」
「どーいたしまして。何してるの?」
 尋ねると、かずまは裏庭を指差した。そこには大きな桜の木がそびえ立っている。

 樹齢千年程の御神木だ。春だというのに、蕾は固く閉じたまま。

「枯れ木みたいだよね、あれ」
 僕は一度もあの桜が花を咲かせているのを見たことが無い。
 葉っぱをつけている時期もとても短くて、いつも枝が見えているんだ。

 そんなことを言う僕に対し、かずまは小さく首を振った。

「……あいつは生きてる」
「そりゃ、生きてるとは思うけど……」
「まあ見てろよ」

 タイミングを見計らっかのように、辺りがしん、と静まり返る。

 風の音も、虫の声も、何も無い。
 気温も一度くらい下がった気がする。これから、何かが起きるの?

 かずまは周囲の変化に微動だにせず、桜を眺めている。

「年に一度、一夜のみ……あいつは本当の姿を見せる」
 突風が吹き荒れ、僕は咄嗟に目を瞑った。

「うわっ!」
 耳元を轟々と風が吹き抜け、髪を撫で付けた。目が開けられない。
 吹き飛ばされるんじゃないか。そう思ってしまうくらいの風だった。

「……ほら、見てみろ」
 風が収まった頃、かずまが僕の肩を叩く。
 促されるまま瞼を開けると、僕たちは桜色の花吹雪に囲まれていた。

「すごい……!」
 枯れ木に見えたあの大木には、びっしりと淡い色の花びらが咲き誇っている。

 月も桜と同じ色になり、月光が届く全ての空間が桜一色となっていた。
 沈黙を守っていた御神木は、一夜限りの晴れ舞台で見事に踊っている。

「はぁ……ちさなにも見せたいな」
 ちさながこれを見たら何て言うかな。
 小さい身体をめいいっぱい伸ばして、ぴょんぴょん飛び跳ねそう。

「あいつは小さいから起きていられないだろ」
「そっか!」
 あの桜が夜遅く、しかも一夜だけしか咲かないのが惜しい。

「じゃあ、大きくなったら一緒に見られるかな?」
「多分な」

「その時は、かずまも一緒に見ようね」
「……」
 かずまは何も答えず、桜を眺めていた。
 その姿を見ていると、桜の花びらのように何処かへ行ってしまいそうな気がして。

「……なんだよ」
「ごめん」
 気づいたらかずまの腕を掴んでいた。弟の腕は、前より細くなっていた。

「かずまはどこかに行っちゃわないよね?」
 不安になった。力を込めて握ったら、すぐ壊れてしまいそうだったから。

 そのまま溶けて、消えてしまいそうで。

「こんな身体で何処に行けるんだよ」
 かずまは自嘲的に口の端を持ち上げた。
 弟の『笑顔』は『嬉しい』を表現することはない。

 いつも、諦めと自嘲が込められていた。

「そういう意味じゃなくて……」
「珀弥。お前は怪我をしたり、病気をしたり、酷い目に遭ってないか?」

「な、無いけど……」
 僕は運が良いのか、今まで特に怪我をしたり病気にかかったことがない。

 転んでも擦り傷すら無かったり、突然の雨でずぶ濡れになっても風邪をひかなかった。
 でも、何でそれを聞くんだろう。

「そうか。いや、バランスが取れてると思ってな」
「バランス……?」

「意味は考えなくて良い。ただ、そうだな……受け身くらいは練習しとけよな」
 かずまは誤魔化すように僕から桜へと視線を移した。

「何で?」
「……なんでも」

 今はかずまの心がわからない。何も感じ取れない。
 また、僕もかずまの考えたことを知りたくなかったのかもしれない。とても嫌な予感がして、悲しくなったから。

 風が吹き、花吹雪は舞い上がる。手の届かないところへ、高く高く。
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