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土増園江
青い血の呪縛 4
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2014/12/5
医者には珍しいケースだと言われ続けた。
それもそのはず、生育中に血の色が変わっていくのは生物ではありえない。
もしかしてロボットかその親戚か、と疑いをかけられたが、スキャンに映っていたのはまぎれもなく臓物だったので、誰もが、東京の偉い学者も、首を傾げて全てを天任せにしていた。
小学六年生。未だ幼い男子が、少しずつ角を伸ばし始める時期に、俺は立っていた。
妹の多賀江は、小学校に入った。俺と同じ中津小学校。
しかし学年の違いが相まって(俺の学校では上級生……4年生から上の児童は別の四階建ての校舎に移るシステムだ)、俺と多賀江は学校では目を合わせることはない。
家では嫌と言うほど目を合わせるけれど、別にそう嫌いというわけでもない。もっと別の女子の顔を見ていたいと思ってしまう。多賀江にあいつの面影を感じて、気づかれでもしたのか、目を細めて笑っている。俺はあくまで何でもないように振る舞う。ついでにミカンも取って食べる。
面影、といっても、目が二つあって、鼻が一つと、口があって、眉毛があって、耳が二つあるという至極基本的なところであったが、感じた面影というのは、さやかのことだ。
今年の10月から、俺たちは付き合っている。最も、付き合っているといっても普通に公園で遊んだり自動販売機の飲み物を割り勘したりなど、本当に何でもなく。
それもこれも、去年の夏に感じたあの食欲のせいだと思っている。
2014/09/10
「さやか、あのさ……」
あの時感じた食欲はなんだったのか、自分なりに答えを見つけようとしても、何もわからずじまいだったので、もうこれは本人に訊こうと思った。
「なあに、園江」
「去年のプールの授業さ、視線……を……感じていたり……したか?」
「したね」
やっぱりバレていたようだ。こいつの感性は侮れない。
もしここで視線の主が俺であるとバラしてしまったら、絶交案件になるだろうか。折角ものづくり関係の友達になれたと思うのに、ここで関われなくなるのは残念だ。しかし真実を話さなければそれはそれで警戒されてしまうだろう。誰かに盗聴されていたなどの記録は機械を突き出せばわかる話だが、感覚について問うのは、そのうえ理由も明かさずぬこぬこと席に戻るのは、俺の信条に合わない、と感じたから。
「気持ち悪い、と思うかもしれないけど……あれ、俺なんだ……」
「そんな気はしてた」
それでも表面上は俺の友達でいてくれたが、さすがにこの対応だと限界に近いかもしれない。顔面が限界集落みたいになるのを抑えて、俺は次の言葉を待つか、それとも俺が次の言葉になるか、と勘繰り、思考していた。
「でも気にしてないよ、目立つ髪の毛してるもん」
ああそうだった。そういうふうに見られるのがさやかの毎日だった。奇特な髪色だと、どうしても世間の印象は良くはない。さやかは持ち前の明るさと精神力でそのことを気に留めさせないようにしているようだが、さやかがトイレに行ってていないとき、さやかと仲良しの女子たちが「あの髪色遺伝する?」「父親か母親かそれかどっちかのおじいちゃんおばあちゃんがそういう色なんでしょ」などの陰口をしていたのを見たことがある。正直怖かった。
だからそうではないと、俺はそっちじゃなくて、肉体の方に食欲を感じてしまったと正直に言わなければならないが、上手く表現できるか不安だった。
「……今から気持ち悪いこと言っていい?」
「え、いいよ」
一応先に了承を取ってもらう。この契約に関係性がこじれたりしないかなどの確認はない。
「さやかの太もも………おいしそうだった…………」
俺とさやかだけでなく、教室にいるクラスメイト全員の動きが若干止まった気がする。それと同時に、どことなく空気がよどみ始め、騒ぎの種を撒いた自覚に襲われる。
「さすがにそれは……ちょっとキモい…」
ああやっぱりこの反応だった。もしこれでこれからのさやかとの関係に傷がついたとしたら、さらに言えばこの会話を傍聴していたクラスメイトにさえ、もっと言えばそこから学校中に、最悪中津市中にこの話が広がったとしたら、俺はこの国では生きていけなくなってしまう!なんて失態だ!年11にして何の失態だ!あの時感じた感情は、世間的には、間違いそのものだったのか!
そもそもだ!人が、人を、喰らうだなんてありえない!そのルールを、俺は無視した!
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。このような言動は許されるはずがない。そのうち女子が団結しだすであろう、そして俺をまた新聞に載せるのだ!その題名はこうだ……「同い年のクラスメイトを食べたいと思った男子」。猟奇殺人犯として仕立て上げられるかもしれない!こんなところで転ぶだなんて、誰が予想できたものか!
「あっ、でも……
うん、ちょっと付き合ってみる?」
何故か、と問いたくなった。女の思考回路はよくわからない。だから聞いた。
「なんとなく、夜になったら狼男になってあたいを襲う、とか、そういう感じなのかどうか見極めたかっただけ」
ああそうか、そういうことか。さやかは俺を疑いつつも、証拠が見つかるまでそっとしておく、そういう人種なんだと思った。
そういえば、前々から「うちに来たら俺の作品見せてやるよ」と言いつつも、ずっと見せることができなかった。母が専業主婦で、一応アルバイトでスーパーのレジ打ちをやっていて、多賀江が友達と遊びにたまき公園に出かけていて、父親が仕事をしていて……という途方もない確率の中を潜り抜けなければならない。
性別が違うからか、それとも血の色が違うからか、男と女が遊んだり、手をつないだり、そういうことはこの年だとタブー視されるようだ。それはおかしいんじゃないかと、俺は思った。
「付き合うなら……連絡先交換した方がいいよね、園江はケータイ持ってる?」
学校には持ってこれないと、そうとなるとまずここで会う日時を決めて、そこで携帯を持って行って、連絡先を交換すればいい。ただ困ったことに、俺は母に今流行りのチャットアプリを入れてもらっていない。
「大丈夫、んなら今週の土曜日とかどう?あたいもそのアプリ入れてないよ
園江はメルアドある?あたいは持ってるから、よかったらメルアドよろー
あ、あとたまき公園ね」
その夜、俺はさやかのことだけを考え続けていた。考えながら、俺の作ったレジン作品にホコリが被っていることを見て、何か専用の覆いか何か必要かな、と思った。
2014/09/13
「やっほー園江!!メルアド開設できた?」
母に無理を言って、開設してもらった。年齢を偽ってもらったり、など、色々と……。そこで気になったのが、本当にさやかが同じ年なのかどうか、という点だ。
UVレジンや絵ならまだしも、さやかは音楽だ。こんな年の子供が楽器を手足のように使って、パソコンいじりも息のようにできるだなんてありえない。神童レベルなんじゃなかろうか、と。
「さやかは、本当に小学生なんだよな……?」
「そうだよ、あたいは園江と同じ年だよ、多少早生まれでも、特に代わり映え無いでしょ?」
「でも、周りの女子とは違う、何か明確な目標があって毎日を生きているように見える」
「うん、あたいは清世大学の、音楽科に行きたいから」
清世大学なんて初めて聞いた。東大や早稲田はよくニュースで聞いたりもするけれど、そんな学校初めて聞いた。しかも音楽科。一体なぜ、そういう場所に行くのか。
「お父さんに会いに行きたい、そしてこの髪色に染めてくれたこと、『ありがとう』って言いたいの
だって、音楽家の娘だもん、音楽家にならなきゃいけないじゃん?でも周りはそうなる必要はないって言う、なりたくないならならなくていいと言うけど、それは納得できる、けど
嫌々やらされてるわけじゃないの、あたいは自分で決めたから」
かっこいい。
初めて同年代の女の子を、かっこいいと思った。
俺にない部分、情熱、確固とした炎のような意志。さやかの父親譲りの青い目は、冷たい氷の目ではなく、高熱の炎の目だったとは。
「この境地に辿り着くためにね、ある女の子の助けが必要だった
誰だったかわからないけど、あたいの友達だったような気がする
思い出したくない出来事があったから、あたいはもう聴きたくないけれど、どうぞ」
そう言って、さやかは目をそらしながら、白い紙で厳重に包まれたCDを渡してきた。
ところで、と俺は思って、携帯を取り出し、催促する。さやかは思い出したかのように、女の子感あるバッグから、自分の携帯を取り出して、電源を入れる。
「あっ、ここだと太陽の光が反射して眩しいから、かまくらさんとこ行こう」
かまくらさんとは、可愛らしいつぶらな目のステッカーのついた、かまくら型の遊具のことである。暑い時期になると、何人かの児童が中に入り、寒い時期になると、何人かの児童がそこでゲームをやり始める。たまに大人も入ってくるというのだ。
俺とさやかはその中に入って、暗いところで携帯いじると目が悪くなるというかつての大人のアドバイスも据え置きに、メールアドレスを交換した。
「園江さぁ」
「なんだ」
「暗いところだと目光るんだね、まるでケータイみたい」
「携帯はずっと光ってるだろ」
「でも、ケータイよりずっと綺麗」
親には、母にさえ、そんなことを言われたことはなかった。今の顔が限界集落でも、過密な都市でも、絶対に見られたくない。とろけたような、男らしくない顔なんて、さやかに見せたくない。そして、その「見せたくない」という感情が、タブー視されるそもそもであり、恋というのも、そこから始まるのだろう、と。
2014/12/6
「ごめん、園江」
別れを切り出されたのは、いきなりのことだった。
なぜ、と問う元気もなく、ただその言葉を受け止めてしまった。
「園江と付き合っていると、あたいの汚いところが見えてくる気がする
園江の言葉は、まるで鏡のように、あたいを追い詰める……その気がなくても」
追い詰めようだなんてしてない。俺は俺の言いたいことを言っているだけだ。
恋ってそういうものじゃないのか。お互いが言いたいことを言い合える関係なんじゃないのか。
なぜ遠慮する、なぜ罪悪感を感じる、なぜ、さやかが苦しまなければならない。
俺は何もしていないはずなんだ。
「まだ、付き合うには早かったみたいだね、あたいも、園江も」
待って、俺は別れたくなんてない。これからも同じ関係でいたい。俺はさやかを支えたいんだ。
「これからも、作品は作り続けるし、聴かせてもあげる、見てあげる
でも、付き合うのは、ここでいったん終わりにして」
待って……
「じゃあね、園江」
次の日、俺の枕とパンツがずぶ濡れになっていた。枕はそのうち乾くからいいのだけれども、パンツの方が問題だった。魚介類臭くてたまらない。母に相談するにもこの年でおねしょなんて恥ずかしいので、動いている途中の洗濯機に入れて、着替えることにした。
2015/04/06
中津市立中津中学校、入学式。
俺はクラスの名簿を見て、自分の名前を探しつつ、他の人物の名前も探し始める。
俺、土増園江は1年7組9番だった。
綿並義人、1年7組19番。委奈は確か上級生だから、もう3年になっているはずだ。
ほとんどの中津小学校生がこの中学校に入っているようだ、全員は覚えていないけれど。
それならば、彼女も入学しているはずだ。
月照さやか、1年3組34番……
2015/05/05
いつまでも話しかけるチャンスが見つからない。自由時間が削られたせいで、さやかのいる3組に行くこともできない。断絶された気分だ。
そう、これは昔、赤子を収容する施設で、俺だけが別の階に収容された、と母の母子手帳に書いてあったことと同じだ。誰もがそのことを、血の色の違いによる、『呪い』であると称した。
ああ、そうか、俺は呪われていたんだ。
思えば昔から数奇な人生を送ってきた。いじめられてはいなかったが、血の色が違うからと、誰もから注意され、誰もから軽視され、誰もから病人のように扱われた。
そんな扱いをせず、まるで幼馴染のように扱ってくれたさやかとも、別れてしまった。
義人のことも頼りにならない。委奈先輩にしたって、同じ悩みだとしても、俺のように病弱ではない。
目標を失って、棚にあるレジンも、全て捨ててしまおうかと思うときもあった。しかしさやかの残した言葉がそれを食い止めた。
メールも、あれからいくら送っても返ってこない。メールアドレスを変えたなら、教えてくれればいいのに。どうにも言えないぐるぐるとした感情を胸に、俺はベッドに倒れこむ。
何を犠牲として何と成す?
評判を犠牲にしてかつての彼女に会いに行くか?
夢を犠牲にするか?
長い永い夜が、始まりを告げる。
医者には珍しいケースだと言われ続けた。
それもそのはず、生育中に血の色が変わっていくのは生物ではありえない。
もしかしてロボットかその親戚か、と疑いをかけられたが、スキャンに映っていたのはまぎれもなく臓物だったので、誰もが、東京の偉い学者も、首を傾げて全てを天任せにしていた。
小学六年生。未だ幼い男子が、少しずつ角を伸ばし始める時期に、俺は立っていた。
妹の多賀江は、小学校に入った。俺と同じ中津小学校。
しかし学年の違いが相まって(俺の学校では上級生……4年生から上の児童は別の四階建ての校舎に移るシステムだ)、俺と多賀江は学校では目を合わせることはない。
家では嫌と言うほど目を合わせるけれど、別にそう嫌いというわけでもない。もっと別の女子の顔を見ていたいと思ってしまう。多賀江にあいつの面影を感じて、気づかれでもしたのか、目を細めて笑っている。俺はあくまで何でもないように振る舞う。ついでにミカンも取って食べる。
面影、といっても、目が二つあって、鼻が一つと、口があって、眉毛があって、耳が二つあるという至極基本的なところであったが、感じた面影というのは、さやかのことだ。
今年の10月から、俺たちは付き合っている。最も、付き合っているといっても普通に公園で遊んだり自動販売機の飲み物を割り勘したりなど、本当に何でもなく。
それもこれも、去年の夏に感じたあの食欲のせいだと思っている。
2014/09/10
「さやか、あのさ……」
あの時感じた食欲はなんだったのか、自分なりに答えを見つけようとしても、何もわからずじまいだったので、もうこれは本人に訊こうと思った。
「なあに、園江」
「去年のプールの授業さ、視線……を……感じていたり……したか?」
「したね」
やっぱりバレていたようだ。こいつの感性は侮れない。
もしここで視線の主が俺であるとバラしてしまったら、絶交案件になるだろうか。折角ものづくり関係の友達になれたと思うのに、ここで関われなくなるのは残念だ。しかし真実を話さなければそれはそれで警戒されてしまうだろう。誰かに盗聴されていたなどの記録は機械を突き出せばわかる話だが、感覚について問うのは、そのうえ理由も明かさずぬこぬこと席に戻るのは、俺の信条に合わない、と感じたから。
「気持ち悪い、と思うかもしれないけど……あれ、俺なんだ……」
「そんな気はしてた」
それでも表面上は俺の友達でいてくれたが、さすがにこの対応だと限界に近いかもしれない。顔面が限界集落みたいになるのを抑えて、俺は次の言葉を待つか、それとも俺が次の言葉になるか、と勘繰り、思考していた。
「でも気にしてないよ、目立つ髪の毛してるもん」
ああそうだった。そういうふうに見られるのがさやかの毎日だった。奇特な髪色だと、どうしても世間の印象は良くはない。さやかは持ち前の明るさと精神力でそのことを気に留めさせないようにしているようだが、さやかがトイレに行ってていないとき、さやかと仲良しの女子たちが「あの髪色遺伝する?」「父親か母親かそれかどっちかのおじいちゃんおばあちゃんがそういう色なんでしょ」などの陰口をしていたのを見たことがある。正直怖かった。
だからそうではないと、俺はそっちじゃなくて、肉体の方に食欲を感じてしまったと正直に言わなければならないが、上手く表現できるか不安だった。
「……今から気持ち悪いこと言っていい?」
「え、いいよ」
一応先に了承を取ってもらう。この契約に関係性がこじれたりしないかなどの確認はない。
「さやかの太もも………おいしそうだった…………」
俺とさやかだけでなく、教室にいるクラスメイト全員の動きが若干止まった気がする。それと同時に、どことなく空気がよどみ始め、騒ぎの種を撒いた自覚に襲われる。
「さすがにそれは……ちょっとキモい…」
ああやっぱりこの反応だった。もしこれでこれからのさやかとの関係に傷がついたとしたら、さらに言えばこの会話を傍聴していたクラスメイトにさえ、もっと言えばそこから学校中に、最悪中津市中にこの話が広がったとしたら、俺はこの国では生きていけなくなってしまう!なんて失態だ!年11にして何の失態だ!あの時感じた感情は、世間的には、間違いそのものだったのか!
そもそもだ!人が、人を、喰らうだなんてありえない!そのルールを、俺は無視した!
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。このような言動は許されるはずがない。そのうち女子が団結しだすであろう、そして俺をまた新聞に載せるのだ!その題名はこうだ……「同い年のクラスメイトを食べたいと思った男子」。猟奇殺人犯として仕立て上げられるかもしれない!こんなところで転ぶだなんて、誰が予想できたものか!
「あっ、でも……
うん、ちょっと付き合ってみる?」
何故か、と問いたくなった。女の思考回路はよくわからない。だから聞いた。
「なんとなく、夜になったら狼男になってあたいを襲う、とか、そういう感じなのかどうか見極めたかっただけ」
ああそうか、そういうことか。さやかは俺を疑いつつも、証拠が見つかるまでそっとしておく、そういう人種なんだと思った。
そういえば、前々から「うちに来たら俺の作品見せてやるよ」と言いつつも、ずっと見せることができなかった。母が専業主婦で、一応アルバイトでスーパーのレジ打ちをやっていて、多賀江が友達と遊びにたまき公園に出かけていて、父親が仕事をしていて……という途方もない確率の中を潜り抜けなければならない。
性別が違うからか、それとも血の色が違うからか、男と女が遊んだり、手をつないだり、そういうことはこの年だとタブー視されるようだ。それはおかしいんじゃないかと、俺は思った。
「付き合うなら……連絡先交換した方がいいよね、園江はケータイ持ってる?」
学校には持ってこれないと、そうとなるとまずここで会う日時を決めて、そこで携帯を持って行って、連絡先を交換すればいい。ただ困ったことに、俺は母に今流行りのチャットアプリを入れてもらっていない。
「大丈夫、んなら今週の土曜日とかどう?あたいもそのアプリ入れてないよ
園江はメルアドある?あたいは持ってるから、よかったらメルアドよろー
あ、あとたまき公園ね」
その夜、俺はさやかのことだけを考え続けていた。考えながら、俺の作ったレジン作品にホコリが被っていることを見て、何か専用の覆いか何か必要かな、と思った。
2014/09/13
「やっほー園江!!メルアド開設できた?」
母に無理を言って、開設してもらった。年齢を偽ってもらったり、など、色々と……。そこで気になったのが、本当にさやかが同じ年なのかどうか、という点だ。
UVレジンや絵ならまだしも、さやかは音楽だ。こんな年の子供が楽器を手足のように使って、パソコンいじりも息のようにできるだなんてありえない。神童レベルなんじゃなかろうか、と。
「さやかは、本当に小学生なんだよな……?」
「そうだよ、あたいは園江と同じ年だよ、多少早生まれでも、特に代わり映え無いでしょ?」
「でも、周りの女子とは違う、何か明確な目標があって毎日を生きているように見える」
「うん、あたいは清世大学の、音楽科に行きたいから」
清世大学なんて初めて聞いた。東大や早稲田はよくニュースで聞いたりもするけれど、そんな学校初めて聞いた。しかも音楽科。一体なぜ、そういう場所に行くのか。
「お父さんに会いに行きたい、そしてこの髪色に染めてくれたこと、『ありがとう』って言いたいの
だって、音楽家の娘だもん、音楽家にならなきゃいけないじゃん?でも周りはそうなる必要はないって言う、なりたくないならならなくていいと言うけど、それは納得できる、けど
嫌々やらされてるわけじゃないの、あたいは自分で決めたから」
かっこいい。
初めて同年代の女の子を、かっこいいと思った。
俺にない部分、情熱、確固とした炎のような意志。さやかの父親譲りの青い目は、冷たい氷の目ではなく、高熱の炎の目だったとは。
「この境地に辿り着くためにね、ある女の子の助けが必要だった
誰だったかわからないけど、あたいの友達だったような気がする
思い出したくない出来事があったから、あたいはもう聴きたくないけれど、どうぞ」
そう言って、さやかは目をそらしながら、白い紙で厳重に包まれたCDを渡してきた。
ところで、と俺は思って、携帯を取り出し、催促する。さやかは思い出したかのように、女の子感あるバッグから、自分の携帯を取り出して、電源を入れる。
「あっ、ここだと太陽の光が反射して眩しいから、かまくらさんとこ行こう」
かまくらさんとは、可愛らしいつぶらな目のステッカーのついた、かまくら型の遊具のことである。暑い時期になると、何人かの児童が中に入り、寒い時期になると、何人かの児童がそこでゲームをやり始める。たまに大人も入ってくるというのだ。
俺とさやかはその中に入って、暗いところで携帯いじると目が悪くなるというかつての大人のアドバイスも据え置きに、メールアドレスを交換した。
「園江さぁ」
「なんだ」
「暗いところだと目光るんだね、まるでケータイみたい」
「携帯はずっと光ってるだろ」
「でも、ケータイよりずっと綺麗」
親には、母にさえ、そんなことを言われたことはなかった。今の顔が限界集落でも、過密な都市でも、絶対に見られたくない。とろけたような、男らしくない顔なんて、さやかに見せたくない。そして、その「見せたくない」という感情が、タブー視されるそもそもであり、恋というのも、そこから始まるのだろう、と。
2014/12/6
「ごめん、園江」
別れを切り出されたのは、いきなりのことだった。
なぜ、と問う元気もなく、ただその言葉を受け止めてしまった。
「園江と付き合っていると、あたいの汚いところが見えてくる気がする
園江の言葉は、まるで鏡のように、あたいを追い詰める……その気がなくても」
追い詰めようだなんてしてない。俺は俺の言いたいことを言っているだけだ。
恋ってそういうものじゃないのか。お互いが言いたいことを言い合える関係なんじゃないのか。
なぜ遠慮する、なぜ罪悪感を感じる、なぜ、さやかが苦しまなければならない。
俺は何もしていないはずなんだ。
「まだ、付き合うには早かったみたいだね、あたいも、園江も」
待って、俺は別れたくなんてない。これからも同じ関係でいたい。俺はさやかを支えたいんだ。
「これからも、作品は作り続けるし、聴かせてもあげる、見てあげる
でも、付き合うのは、ここでいったん終わりにして」
待って……
「じゃあね、園江」
次の日、俺の枕とパンツがずぶ濡れになっていた。枕はそのうち乾くからいいのだけれども、パンツの方が問題だった。魚介類臭くてたまらない。母に相談するにもこの年でおねしょなんて恥ずかしいので、動いている途中の洗濯機に入れて、着替えることにした。
2015/04/06
中津市立中津中学校、入学式。
俺はクラスの名簿を見て、自分の名前を探しつつ、他の人物の名前も探し始める。
俺、土増園江は1年7組9番だった。
綿並義人、1年7組19番。委奈は確か上級生だから、もう3年になっているはずだ。
ほとんどの中津小学校生がこの中学校に入っているようだ、全員は覚えていないけれど。
それならば、彼女も入学しているはずだ。
月照さやか、1年3組34番……
2015/05/05
いつまでも話しかけるチャンスが見つからない。自由時間が削られたせいで、さやかのいる3組に行くこともできない。断絶された気分だ。
そう、これは昔、赤子を収容する施設で、俺だけが別の階に収容された、と母の母子手帳に書いてあったことと同じだ。誰もがそのことを、血の色の違いによる、『呪い』であると称した。
ああ、そうか、俺は呪われていたんだ。
思えば昔から数奇な人生を送ってきた。いじめられてはいなかったが、血の色が違うからと、誰もから注意され、誰もから軽視され、誰もから病人のように扱われた。
そんな扱いをせず、まるで幼馴染のように扱ってくれたさやかとも、別れてしまった。
義人のことも頼りにならない。委奈先輩にしたって、同じ悩みだとしても、俺のように病弱ではない。
目標を失って、棚にあるレジンも、全て捨ててしまおうかと思うときもあった。しかしさやかの残した言葉がそれを食い止めた。
メールも、あれからいくら送っても返ってこない。メールアドレスを変えたなら、教えてくれればいいのに。どうにも言えないぐるぐるとした感情を胸に、俺はベッドに倒れこむ。
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