惑星の止血〜私が、噴火を止めるんですか!?〜

仁川路朱鳥

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第三章 第三節 健康診断(3)

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 呪術師が戻ってきていた。血は止まり、若干きゅうくつだった止血用の巻紙が外され、キトリの左腕には小さなかさぶただけが残っていた。あすにもなれば消えるような、可愛らしい傷あとが。

 それから、またもやキトリは呪術師の言葉に対して引っ掛かりを感じた。きょうだけでもう三回目だ。しかしキトリの中に恐怖はあまりなく、むしろ期待が上回っていった。ほんのりと上気するような、そういう類の期待だ。椅子の全ての拘束がなくなり、キトリは解放される。しかし本人は帰される気配もなく、依然として呪術師の手の内にある。彼はキトリに対して、いろいろな質問を投げかけてきた。まるで、親子の会話のように。

「生理はまだ来てなくとも、恋の一つや二つ、したんじゃないか? それとも、恋もまだしていないのか?」
「恋ってなんですか? それと生理って結局、来たら何かで教えてくれるような現象なんですか? 例えば、鳥さんたちが『来るよ』って呼びかけたり……」
「えっ……家族からすら、何も言われてこなかった、とでも? 恋はともかく、年頃の娘に生理が来ていないなら、まずは心配して私のところへ連れてくるだろうに。ミファース家の連中は、大事な娘に対してなにも思っていなかったのか?」
「うちの家、子どもが多いからあんまり、一人ひとりに手がかかってなかったみたいなんですよね。その中でも私は、いい子じゃなくて、親から求められている人間じゃないから、私から出て行ったんですけど、その……」

『親から求められている人間じゃないから』
 この言葉を発した途端、場の空気が変わった。キトリは何事かと思って、次に発する言葉を忘れてしまった。実際のところ、ミファース家は病気に関しては自力で治せ、が家訓の家だったから、とも付け加えるべきだった。大事な補足を忘れてしまったからか、呪術師が怒り出してしまった。怒りというより、呪いといった方が近いかもしれない。

「キトリ。ミファース家の人間を余さずすべて連れてこい。生きている人間も、死んだ人間もだ。この噴火の周期では、そこまで人数も多くならないだろう。全員連れてこい。この場で、殺してやる」
「どうして!? どうしてナヤリフスさんが、そこまで怒るんですか!?」
「どうしてって何も、子どもを大事にしない親なんて、いてはいけないだろ?」

 ……キトリは、この選択条件の中だと、『キトリ自身でさえ抹殺対象になる』と勘づいてしまった。彼女自身、自分が親になったとしても、子どもを愛せるかと言われると自信がない。そのあたりも感づかれたか、単にキトリを除き忘れたか。そして。

(私やマイトさん、おそらくこの村の人間全員の親を名乗るなら……どうして山頂のあの子の扱いは容認してしまっているんだろう?)
 あの子は自分を傷つけても傷つけても、命のなくならない自分自身に悩んでいて。
(そもそも、神話に出てきたあの女の子は、本当に自分から進んで山頂に登ったのかな?)
 神話がそもそも、この村を利用しようとする人間に書き換えられた可能性もある。
(もう一つ気になったのは、山の神様に捧げられたお神酒を、ナヤリフスさんは飲み干して、しかも誰にも怒られなかった)
 確かあの社、人はそこまで寄り付かないし、よくよく観察しないと酒があるとさえ気づかないのに。
(さらにもう一つ、これだけの規模の建物が、仮組みの小屋ではなく地盤から作られて、一晩で建てられた。私が家を出た時、こんな建物は建ってなかった)

 キトリは、ここまで得られた情報をもとに、ある一つの仮説にたどり着いた。

(もしかして、ナヤリフスさんは呪術師というより、あの火山の、もしくはこの村一帯の土地の神そのもの……なのかな……まさか……)

 そして、キトリは自分の首に手がかかっていると知る。もちろん、犯人は一人しかいない。知りすぎた報復か、キトリもこれまでかと諦め……られなかった。本当に、裏口で聞いた体をなくした魂たちが存在するなら、せめて自分の手に入れた証拠や考察を聞いて、後世に語り継いで欲しかった。過去形である理由は、実際は首を絞めようとしているのではなく、かき抱こうとしているだけだった、からだ。

「怖がらせてしまったか?」

 キトリの体をひしと抱きしめ、呪術師が問う。声はいつもの低い声に戻り、さらにそこには添加物として、母性的な何かを追加されていた。まるで、家を出ようとする子どもを引き止める母親のように、寂しげに、心配そうに。答えないでいると、抱きしめる力が少しずつ強くなっていく。

「どこにも行かないで、私のそばから離れないで。なにも知らないで、ただ幸せに笑って暮らして」

 きっと、すでに察されていたのだろう。つまり、キトリの推理は『当たっている』という証明になってしまった。しかし、呪術師がもっとも恐れている現実について、キトリには引き起こしようがない。あまりにも抱きしめる力が強すぎて、キトリの力では脱出できそうにないからだ。

「キトリの世界は、これ以上脅かされないから。私が保証すれば、少しは信じてくれるか?」

 きょうだけで、いくつもの出来事があっただろうか? キトリは特段頭がよかったわけではないので、全てを覚えておけないし、仮に覚えていられたとしても、ほとんどは歴史に残らないささいな記憶ばかりだろう。疲れ切ったキトリは、ぼんやりと言葉を聞いている。そして、キトリをこれだけ大事そうに抱きしめている呪術師だが、彼の心臓の音を聞かせてくれていないところに気がつく。

(私はいつも、誰かの次だったなあ)

 もしかすると鼓動すらいらないような生命体かもしれない、という疑念はなかった。

 ふとキトリは、呪術師が苦しみ、悶えているところに気がつく。
 ふとキトリは、これまで締め付けていた腕が軽くなって、出られると気がつく。
 隙を計り、脱出する。理由は聞かないで、何も言わないようにして。

 キトリは裏口から出て、長い道を歩く。後ろを歩かれ、追われているかもしれないという妄想を殴って殺しながら。外の大きな時計を聞き、実は店に入ってから一時間も経っていなかったと知る。少量ではあるとはいえ、血を抜かれた後の運動は苦しい。すぐにでもキトリは宿屋にたどりつき、十分な量の食事をして、休息を取らなければならなかった。もうすでに、宿屋の場所は割れているから、あちらが元気になってしまえば、「なぜ帰った」と詰め寄られるだろう。かといって、自分の家に帰ったら、きっとすぐに追いつかれるだろうし、今更ミファースの本家に帰ったところで居場所はないだろうし、そもそもちょっと恥ずかしいし、練習場の近くに建てた家もあるが、あまりにも練習中に倒れるから、使わなくなっていた。今帰ったとしても、雑草が生い茂って使い物にならないだろう。結局、宿屋のみに狙いを定めて、全力でできるだけ早く帰ろうとしている。
 ……村が騒がしい。こういう時は、キトリ以外の原因がだいたい引き起こしている。

 マイトが、社を壊していた。
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