支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

文字の大きさ
14 / 61

14 【偽りの女商人】

しおりを挟む


(……最悪だ)
僕は、地下室に備え付けた数百年前にどこぞの貴族から巻き上げた全身鏡の前で、自分の「新しい姿」を見て、こめかみを押さえた。

そこに映っているのは、僕ではなかった。
『模倣者のアミュレット』の力で変身した、一人の「女」。
歳は二十代半ばくらいか。
髪は、平凡な栗色を、後ろで雑にまとめている。
顔立ちも、そばかすが少し浮いた、どこにでもいる「平凡」な女だ。

服装も、収蔵庫から引っ張り出してきた、くたびれた「行商人」の服を着ている。

(……これなら、ガイゼルの『狩人』たちも、あの『茶髪のガキ』とは結びつけられまい)

「合理的」な判断だ。
だが、それと同時に、自分の姿に「反吐へどが出る」ほど気分が悪かった。
慣れない服装特にスカートが、足にまとわりついて「歩きにくい」。
「非効率」の極みだ。

「……あー、もう」

僕は、この「女商人」の姿で、再びあの「地獄地上」に向かわなければならない。
目的は、ただ一つ。

僕の「完全なる怠惰空間転移」を完成させるための触媒、『時詠石』。

(……だが、どこにある?)
僕は、地下室のクッションにどっさりと腰を下ろし、最後の「情報収集」を始めた。

『時詠石』なんていう超希少アイテムが、王都のどこで取引されているか。
僕は、目を閉じた。

意識を、王都中に散らばる「目」と「耳」に同調させる。


(……ガイゼルの「狩人」たちが、僕の『補給ルートパン屋・デコイ』に集中している今が、チャンスだ)

奴らの監視が手薄になっているであろう、第三の場所。


――王都の「闇市場ブラックマーケット」。
僕は、闇市場の周辺に潜む「ネズミ」や「虫」たちの意識を、片っ端から乗っ取っていく。

――ゴロツキたちの下世話な会話。
――盗品の取引価格。
――違法薬物の匂い。
――そして……。

(……!)
一匹の「ネズミ」が、闇市場の最奥、最も厳重に警備された「競売所オークションハウス」の換気口に潜んでいた。
そのネズミの「耳」が、競売所の支配人たちの会話を拾う。

「……間違いないな。今夜の『目玉』は」

「ああ。『時詠石』だ。それも、かなりの高純度品が南から流れてきた」

「……買い手は? ガイゼル様のギルドか? それとも王宮か?」

「……さあな。だが、どちらにせよ、今夜は荒れるぞ」

(……今夜!)
僕は、思わず目を見開いた。
なんという「最悪」で、そして「最高」のタイミング。

僕が『時詠石』を必要とした、まさに「今夜」、それが闇市場の競売オークションに出品される。

(……行くしかない)
「面倒くさい」とか「かったるい」とか、そんなことを言っている場合じゃない。
これを逃せば、次にいつ手に入るか分からない。
そして、僕の「備蓄食料」は、もってあと数日だ。

「……競売」

僕は、頭を抱えた。
競売ということは、「金」がいる。
幸い、枕元には金貨の山がある。
だが、足りるか?
あのガイゼルや、王宮魔術師団が「買い手」として参加するなら、金貨四百枚など、端金かもしれない。

(……いや)
僕は、立ち上がった。

(……金が足りなきゃ、『盗る』までだ)
競売所から、直接『時詠石』を盗み出す。
それこそ「合理的」だ。

僕は、この「女商人」の姿で、再び収蔵庫へと向かった。
埃をかぶった棚から、いくつかの「商売道具ピッキングツール」と、煙幕代わりの「魔道具」を懐に入れる。
そして、金貨の山を、ありったけ袋に詰めた。

(……盗むのは、最後の手段。まずは「買う」努力をする。その方が「楽」だからだ)

「……黒猫」

僕が呼ぶと、猫が「ニャ?」と足元に擦り寄ってくる。

「……今夜は、僕の人生で一番『面倒くさい』夜になる。お前は、僕が『本気で』呼ぶまで、絶対にここを動くな。絶対にだ」

僕は、猫の頭をいつもより強く撫でた。
こいつを「陽動」に使うのは、本当に、僕の命が危なくなってからだ。
僕は、深く息を吸い、そして、吐いた。


「……あー、行きたくない」

心の底からそう思う。
だが、行かなければ「怠惰な明日」は来ない。
僕は、平凡な「女商人」の姿で、闇市場へと続く、地下水路の「秘密のルート」へと、重い足を踏み出した。




王都の闇市場。
そこは、法の光が届かない、欲望と暴力が支配する場所。

僕は「女商人」の姿で、わざと少し猫背気味に、人混みをかき分けて進んでいた。
アミュレットのおかげで、僕の「金髪紫瞳」の気配は完全に消えている。

周囲のゴロツキたちも、僕を「金にもならなそうな、しがない女商人」としか見ていない。

(……よし。ガイゼルの『狩人』の気配もない)
僕は、周囲の「ネズミ」の視界を常にリンクさせ、監視の目がないかを確認する。
ガイゼルの意識は、まだ「茶髪のガキ」と「ネズミの巣穴東西地区」に集中している。
この「女の姿」の僕は、完全に「ノーマーク」だ。

(……合理的だ。完璧な潜入だ)
僕は、目的の「競売所」にたどり着いた。
入り口には、屈強な見張りが二人立っている。

「……止まれ。今夜は『会員』か、あるいは『特別な紹介状』がなきゃ入れねえよ」

見張りが、僕の前に立ちふさがる。

「……これでも?」

僕は、懐から、一枚の「金貨」を弾いた。
見張りは、それを器用に掴むと、ニヤリと笑う。

「……景気がいいねえ、ねえさん。だが、一枚じゃあな」

「……中に入れば、もっと弾むわよ。今夜の『目玉』を買いに来たんだから」

僕は、アミュレットで「女の声」を作り、わざとハスキーに、商売女風に言ってみせた。
見張りは、顔を見合わせた。

「……『目玉』? まさか、姐さん、『時詠石』を?」

「……さあ、どうかしら。通してくれるの?」

僕は、さらに金貨を三枚、彼らの手に握らせた。

「……よし、入れ! だが、中で騒ぎは起こすなよ!」

見張りは、僕を「どこかの金持ちの使いっ走り」だと判断したらしい。
重い扉が、開かれた。
中は、タバコと酒と、人間の「熱気」でむせ返っていた。
薄暗いホールに、すでに多くの「買い手」が集まっている。
誰もが、素性を隠すために、仮面やフードを被っていた。

(……いた)
僕は、息を呑んだ。
一番奥の、特等席。
そこに、一人だけ、仮面もフードもつけずに座っている男がいた。
短く刈り揃えられた、黒髪。
組まれた腕。
その冷たい横顔は、舞台ステージの上だけを、静かに見つめている。

(……ガイゼル!!!)
なぜ、彼がここに!?
いや、違う。
「彼も」買い手なのだ。
『時詠石』という超希少アイテム。裏社会のトップである彼が、見逃すはずがなかった。

(……最悪だ)
僕は、ガイゼルから一番遠い、一番暗い「立ち見席」の柱の影に、音もなく身を潜めた。

(……どうする)
(……あの男と、競り合うのか?)

僕の全財産金貨四百枚ほどと、裏社会のトップの「財力」で?

(……勝てるわけがない)
(……『盗む』しかない)
僕は、競売の舞台袖と、天井のはり、そして『時詠石』が保管されているであろう「金庫室」の場所を、瞬時に「ネズミ」の視界で確認した。

僕の、人生で三度目の「遠征」は、
僕の、人生で最初の「大強盗」になろうとしていた。

全ては、「怠惰な明日」のために。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

「君を一生愛すから」って言ってたのに捨てられた

豆子
BL
女神の加護を持つ国フィアラテールに齡十六で神子として召喚され、女神から授かった浄化の力で各地の魔物を倒し、瘴気で汚れた土地を蘇らせ、世界に平和と安寧をもたらし、ついでに共に戦った王子と文字に起こすと辞書並みの厚さになるラブストーリーを繰り広げ、永遠の愛を誓ってから二十年後「俺と別れて欲しい」とあっさりすっぱり捨てられたところから始まる話。 恋人の王子に捨てられたおっさん神子が長年の従者と第二の人生を歩む話です。 無表情獣人従者×三十路の神子

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...