15 / 61
15 【闇の競売】
しおりを挟む(……最悪だ)
僕は、柱の影に身を潜め、あの男――ガイゼルの広い背中を睨みつけた。
全身から、冷や汗が噴き出すのが分かる。
『模倣者のアミュレット』は、僕の姿形も、魔力の「匂い」すらも完璧に偽装してくれている。
頭では分かっている。
分かっているが、あの男と、この狭い閉鎖空間に「同席」しているという事実だけで、僕の「面倒ごと回避」の本能が、今すぐここから逃げ出せと叫んでいた。
(……帰りたい)
(……今すぐ地下に帰って、クッションに埋まりたい)
だが、僕は奥歯を噛みしめた。
僕の「怠惰の明日」は、今夜、あの舞台の上にかかっている。
「――さあ、皆様、お集まりいただき感謝申し上げる!」
ホールの明かりが落ち、舞台の上だけに魔晶石のスポットライトが当たる。
けばけばしい衣装を着た、支配人らしき男が、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「今宵もまた、王の金庫ですらお目にかかれぬ『逸品』ばかり! どうか、皆様の『欲望』を、存分に我々にお示しいただきたい!」
(……くだらない)
僕は、その口上に、心の底から「面倒くさい」と呟いた。
どうせ、ここにあるのは人間の欲望ばかりだ。
僕は、意識の半分を、このホールに潜ませた「ネズミ」や「クモ」に同調させた。
――舞台袖の裏。警備は、屈強な男が四人。
――天井の梁。見張りはいない。逃走経路として使えるか?
――そして、舞台の真下にある「金庫室」。分厚い鉄の扉。魔術的なロックもかかっている。
(……チッ。警備が固すぎる)
あれをピッキングするのは、時間がかかりすぎる。
(……狙うなら、やはり)
競売人が、舞台袖から「次の商品」を受け取る、あの「一瞬」だ。
あるいは、競売が終わり、ガイゼルが「落札品」として受け取る、その「瞬間」。
「さあ! まずは手始め! 帝国時代の『呪われた宝剣』だ!」
競売が始まった。
ゴロツキたちが、目を血走らせて「金貨五十!」「八十!」と叫んでいる。
どうでもいい。
僕は、ひたすら「気配」を消す。
柱の影に溶け込み、ただの「平凡な女商人」として、その場に「存在しない」ことを心がける。
(……ガイゼルは?)
僕は、ネズミの視界を使って、あの男の横顔を盗み見た。
彼は、微動だにしなかった。
呪われた宝剣にも、その後の「奴隷の少女」にも、一切の興味を示さない。
その深い青い瞳は、ただ一点、舞台の上、まだ「何も置かれていない」中央だけを見つめている。
彼もまた、「目玉」だけを待っている。
(……あの男と、同じものを奪い合うのか)
筋肉痛の記憶がよみがえり、背筋が「かったるさ」で震えた。
「――お待たせいたしました!!」
いくつかのガラクタの競売が終わり、ついに競売人の声が、一段と高くなった。
「今宵の『目玉』! これを拝むためだけに、今夜、この街の『大物』たちがお集まりだ!」
ゴクリ、と会場の誰かが唾を飲む音が、やけに大きく響いた。
ガイゼルが、組んでいた腕を、ゆっくりと解いた。
舞台袖から、厳重な「魔力封じの箱」が、二人の警備員によって運ばれてくる。
競売人が、恭しくその箱の「封」を解いた。
「――これだ!! 『時詠石』!! それも、人の頭ほどの大きさがある、超高純度の『原石』だ!!」
箱が開けられる。
スポットライトを浴びて、それは淡い、紫色の光を放った。
美しい、というよりは、「不気味」だった。
石の内部で、まるで時間が「歪んで」いるかのように、光が明滅している。
これだ。
これさえあれば、僕の「空間転移」は完成する。
(……!)
僕は、息を殺した。
全身の意識を集中させる。
懐の「煙幕」と「金貨袋」を、いつでも取り出せるように。
「さあ! これほどの逸品、いくらから始める? 金貨『一千』からだ!!」
「……二千!」
「三千!」
「五千だ!」
価格が、人間の理性を超えた速度で釣り上がっていく。
王宮の「代理人」らしき仮面の男と、別の「闇ギルド」の長らしき男が、激しく競り合っている。
(……ガイゼルは?)
僕は、ネズミの視界で彼を見た。
彼は、動かない。
ただ、静かに、舞台の上で紫に光る「石」だけを見つめている。
まるで、競りなど、自分には関係ないというように。
「……一万三千!」
「一万五千!」
ついに、王宮の代理人が叫んだ。会場が、その金額にどよめく。
僕の全財産が、ゴミくずのようだ。
(……やはり、『盗む』しかない)
「一万五千! 他には!?」
競売人が、ハンマーを振り上げようとした、その時。
「――五万」
しん、と会場が凍りついた。
声の主は、ガイゼルだった。
彼は、初めて口を開き、まるで「今日の晩飯」でも注文するかのように、平然と、その「数字」を口にした。
「ご、五万……!? ガイゼル様……!」
競売人が、歓喜に声を震わせる。
王宮の代理人は、仮面の下で唇を噛み、静かに席に沈んだ。
勝負は、決まった。
「五万! 金貨五万だ! 落札!! 『時詠石』は、ガイゼル様のものだ!!」
(……今だ!)
僕は、動いた。
競売人が、歓喜のあまり『時詠石』を箱に戻し、警備員がそれをガイゼルの元へあるいは代金の決済のために舞台袖へ運ぼうとする、その「一瞬」しかない!
僕は、舞台袖の裏に潜ませていた「ネズミ軍団」に、一斉に命令を下した。
(――やれ!)
次の瞬間。
ガシャン!! ギギギギギ!!!
舞台袖の裏から、すさまじい「破壊音」が響き渡った!
ネズミたちが、舞台装置の「ロープ」を噛み切り、照明機材を固定していた台を倒したのだ!
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
「火事だ! 煙が!」
ネズミが倒した照明が、燃えやすい小道具に引火し、黒い煙が舞台袖から一気に噴き出した。
ホールは、阿鼻叫喚のパニックに陥った。
客たちが、我先にと出口に殺到する。
(……よし!)
僕は、この「パニック」こそが、最大の「カモフラージュ」だと知っていた。
僕は、懐から取り出した「煙幕玉」を、自分の足元に叩きつけた。
ボンッ!
さらに濃い煙が、僕の姿を完全に隠す。
警備員たちが、火元と、客の避難誘導に気を取られている。
舞台の上は、一瞬だけ「無人」になった。
『時詠石』の入った箱が、そこに、まだある!
(……もらった!)
僕は、煙に紛れて、最短距離で舞台に駆け上がった。
箱に手をかける。
重い。
だが、アドレナリン…面倒くささが振り切れた故の力が、僕にありえない力を与えていた。
箱を、抱えた。
「……!」
やった!
僕は、そのまま舞台から飛び降り、天井の「梁」に逃げるための「鉤縄」を投げようとした。
その、時。
僕の箱を抱えた腕を、鉄の万力のような「手」が、背後から掴んだ。
「――待て」
(……!)
僕は、凍りついた。
煙が、一瞬だけ晴れる。
そこに立っていたのは、あの男。
(……ガイゼル!)
彼は、パニックにも、火事にも、一切惑わされていなかった。
客が出口に殺到する中、彼はただ一人、逆流するようにして、舞台へと、まっすぐに歩いてきていたのだ。
「……その箱は、俺のものだ」
ガイゼルは、僕の顔を覗き込むようにして、低い声で言った。
その深い青い瞳が、僕の「偽りの琥珀色の瞳」を、射抜く。
「……離して!」
僕は、アミュレットで女の声を作り、悲鳴のように叫んだ。
そして、空いている方の手で、懐の「ピッキングツール」を抜き出し、ガイゼルの腕に向かって、突き出した!
「……!」
ガイゼルは、それを紙一重で避けたが、僕の腕を掴む力は緩めなかった。
「……ただの女商人じゃあないな」
彼の目が、冷たく細められる。
「……お前、まさか」
(……マズイ!)
(……僕が『茶髪のガキ』と同一人物だと、気づかれる!)
僕は、最後の手段に出た。
「――黒猫!!」
僕は、僕の意識だけで、地下の「怠惰の城」で待機させていた、僕の「切り札」に、全力で呼びかけた。
――来い! 僕の『影』に!
次の瞬間。
ガイゼルが、僕の腕を掴む、その「影」が、不自然に蠢いた。
「――!?」
ガイゼルの足元の影から、漆黒の「獣」が、音もなく飛び出した!
黒猫だ
黒猫は、ガイゼルの顔面めがけて、その鋭い爪を振りかざした!
「……チッ!」
ガイゼルは、僕の腕を離し、反射的に後ろに飛び退いた。
黒猫の爪が、ガイゼルの頬を浅く切り裂く。
数滴の、血が飛んだ。
「……お前……!」
ガイゼルが、信じられないものを見る目で、僕と、僕の足元に降り立った「黒猫」を、交互に見た。
『影を操る、黒猫』。
『手負いだったはずの、猫』。
そして、それを従える『謎の女』。
(……今だ!)
僕は、ガイゼルが体勢を立て直す前に、『時詠石』の箱を抱え直し、天井の「梁」に向かって鉤縄を撃ち出した!
30
あなたにおすすめの小説
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
「君を一生愛すから」って言ってたのに捨てられた
豆子
BL
女神の加護を持つ国フィアラテールに齡十六で神子として召喚され、女神から授かった浄化の力で各地の魔物を倒し、瘴気で汚れた土地を蘇らせ、世界に平和と安寧をもたらし、ついでに共に戦った王子と文字に起こすと辞書並みの厚さになるラブストーリーを繰り広げ、永遠の愛を誓ってから二十年後「俺と別れて欲しい」とあっさりすっぱり捨てられたところから始まる話。
恋人の王子に捨てられたおっさん神子が長年の従者と第二の人生を歩む話です。
無表情獣人従者×三十路の神子
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
リンドグレーン大佐の提案
高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。
一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。
叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。
【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
魔法使い、双子の悪魔を飼う
よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」
リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。
人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。
本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり...
独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。
(※) 過激描写のある話に付けています。
*** 攻め視点
※不定期更新です。
※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。
※何でもOKな方のみ拝読お願いします。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる