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15 【闇の競売】
しおりを挟む(……最悪だ)
僕は、柱の影に身を潜め、あの男――ガイゼルの広い背中を睨みつけた。
全身から、冷や汗が噴き出すのが分かる。
『模倣者のアミュレット』は、僕の姿形も、魔力の「匂い」すらも完璧に偽装してくれている。
頭では分かっている。
分かっているが、あの男と、この狭い閉鎖空間に「同席」しているという事実だけで、僕の「面倒ごと回避」の本能が、今すぐここから逃げ出せと叫んでいた。
(……帰りたい)
(……今すぐ地下に帰って、クッションに埋まりたい)
だが、僕は奥歯を噛みしめた。
僕の「怠惰の明日」は、今夜、あの舞台の上にかかっている。
「――さあ、皆様、お集まりいただき感謝申し上げる!」
ホールの明かりが落ち、舞台の上だけに魔晶石のスポットライトが当たる。
けばけばしい衣装を着た、支配人らしき男が、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「今宵もまた、王の金庫ですらお目にかかれぬ『逸品』ばかり! どうか、皆様の『欲望』を、存分に我々にお示しいただきたい!」
(……くだらない)
僕は、その口上に、心の底から「面倒くさい」と呟いた。
どうせ、ここにあるのは人間の欲望ばかりだ。
僕は、意識の半分を、このホールに潜ませた「ネズミ」や「クモ」に同調させた。
――舞台袖の裏。警備は、屈強な男が四人。
――天井の梁。見張りはいない。逃走経路として使えるか?
――そして、舞台の真下にある「金庫室」。分厚い鉄の扉。魔術的なロックもかかっている。
(……チッ。警備が固すぎる)
あれをピッキングするのは、時間がかかりすぎる。
(……狙うなら、やはり)
競売人が、舞台袖から「次の商品」を受け取る、あの「一瞬」だ。
あるいは、競売が終わり、ガイゼルが「落札品」として受け取る、その「瞬間」。
「さあ! まずは手始め! 帝国時代の『呪われた宝剣』だ!」
競売が始まった。
ゴロツキたちが、目を血走らせて「金貨五十!」「八十!」と叫んでいる。
どうでもいい。
僕は、ひたすら「気配」を消す。
柱の影に溶け込み、ただの「平凡な女商人」として、その場に「存在しない」ことを心がける。
(……ガイゼルは?)
僕は、ネズミの視界を使って、あの男の横顔を盗み見た。
彼は、微動だにしなかった。
呪われた宝剣にも、その後の「奴隷の少女」にも、一切の興味を示さない。
その深い青い瞳は、ただ一点、舞台の上、まだ「何も置かれていない」中央だけを見つめている。
彼もまた、「目玉」だけを待っている。
(……あの男と、同じものを奪い合うのか)
筋肉痛の記憶がよみがえり、背筋が「かったるさ」で震えた。
「――お待たせいたしました!!」
いくつかのガラクタの競売が終わり、ついに競売人の声が、一段と高くなった。
「今宵の『目玉』! これを拝むためだけに、今夜、この街の『大物』たちがお集まりだ!」
ゴクリ、と会場の誰かが唾を飲む音が、やけに大きく響いた。
ガイゼルが、組んでいた腕を、ゆっくりと解いた。
舞台袖から、厳重な「魔力封じの箱」が、二人の警備員によって運ばれてくる。
競売人が、恭しくその箱の「封」を解いた。
「――これだ!! 『時詠石』!! それも、人の頭ほどの大きさがある、超高純度の『原石』だ!!」
箱が開けられる。
スポットライトを浴びて、それは淡い、紫色の光を放った。
美しい、というよりは、「不気味」だった。
石の内部で、まるで時間が「歪んで」いるかのように、光が明滅している。
これだ。
これさえあれば、僕の「空間転移」は完成する。
(……!)
僕は、息を殺した。
全身の意識を集中させる。
懐の「煙幕」と「金貨袋」を、いつでも取り出せるように。
「さあ! これほどの逸品、いくらから始める? 金貨『一千』からだ!!」
「……二千!」
「三千!」
「五千だ!」
価格が、人間の理性を超えた速度で釣り上がっていく。
王宮の「代理人」らしき仮面の男と、別の「闇ギルド」の長らしき男が、激しく競り合っている。
(……ガイゼルは?)
僕は、ネズミの視界で彼を見た。
彼は、動かない。
ただ、静かに、舞台の上で紫に光る「石」だけを見つめている。
まるで、競りなど、自分には関係ないというように。
「……一万三千!」
「一万五千!」
ついに、王宮の代理人が叫んだ。会場が、その金額にどよめく。
僕の全財産が、ゴミくずのようだ。
(……やはり、『盗む』しかない)
「一万五千! 他には!?」
競売人が、ハンマーを振り上げようとした、その時。
「――五万」
しん、と会場が凍りついた。
声の主は、ガイゼルだった。
彼は、初めて口を開き、まるで「今日の晩飯」でも注文するかのように、平然と、その「数字」を口にした。
「ご、五万……!? ガイゼル様……!」
競売人が、歓喜に声を震わせる。
王宮の代理人は、仮面の下で唇を噛み、静かに席に沈んだ。
勝負は、決まった。
「五万! 金貨五万だ! 落札!! 『時詠石』は、ガイゼル様のものだ!!」
(……今だ!)
僕は、動いた。
競売人が、歓喜のあまり『時詠石』を箱に戻し、警備員がそれをガイゼルの元へあるいは代金の決済のために舞台袖へ運ぼうとする、その「一瞬」しかない!
僕は、舞台袖の裏に潜ませていた「ネズミ軍団」に、一斉に命令を下した。
(――やれ!)
次の瞬間。
ガシャン!! ギギギギギ!!!
舞台袖の裏から、すさまじい「破壊音」が響き渡った!
ネズミたちが、舞台装置の「ロープ」を噛み切り、照明機材を固定していた台を倒したのだ!
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
「火事だ! 煙が!」
ネズミが倒した照明が、燃えやすい小道具に引火し、黒い煙が舞台袖から一気に噴き出した。
ホールは、阿鼻叫喚のパニックに陥った。
客たちが、我先にと出口に殺到する。
(……よし!)
僕は、この「パニック」こそが、最大の「カモフラージュ」だと知っていた。
僕は、懐から取り出した「煙幕玉」を、自分の足元に叩きつけた。
ボンッ!
さらに濃い煙が、僕の姿を完全に隠す。
警備員たちが、火元と、客の避難誘導に気を取られている。
舞台の上は、一瞬だけ「無人」になった。
『時詠石』の入った箱が、そこに、まだある!
(……もらった!)
僕は、煙に紛れて、最短距離で舞台に駆け上がった。
箱に手をかける。
重い。
だが、アドレナリン…面倒くささが振り切れた故の力が、僕にありえない力を与えていた。
箱を、抱えた。
「……!」
やった!
僕は、そのまま舞台から飛び降り、天井の「梁」に逃げるための「鉤縄」を投げようとした。
その、時。
僕の箱を抱えた腕を、鉄の万力のような「手」が、背後から掴んだ。
「――待て」
(……!)
僕は、凍りついた。
煙が、一瞬だけ晴れる。
そこに立っていたのは、あの男。
(……ガイゼル!)
彼は、パニックにも、火事にも、一切惑わされていなかった。
客が出口に殺到する中、彼はただ一人、逆流するようにして、舞台へと、まっすぐに歩いてきていたのだ。
「……その箱は、俺のものだ」
ガイゼルは、僕の顔を覗き込むようにして、低い声で言った。
その深い青い瞳が、僕の「偽りの琥珀色の瞳」を、射抜く。
「……離して!」
僕は、アミュレットで女の声を作り、悲鳴のように叫んだ。
そして、空いている方の手で、懐の「ピッキングツール」を抜き出し、ガイゼルの腕に向かって、突き出した!
「……!」
ガイゼルは、それを紙一重で避けたが、僕の腕を掴む力は緩めなかった。
「……ただの女商人じゃあないな」
彼の目が、冷たく細められる。
「……お前、まさか」
(……マズイ!)
(……僕が『茶髪のガキ』と同一人物だと、気づかれる!)
僕は、最後の手段に出た。
「――黒猫!!」
僕は、僕の意識だけで、地下の「怠惰の城」で待機させていた、僕の「切り札」に、全力で呼びかけた。
――来い! 僕の『影』に!
次の瞬間。
ガイゼルが、僕の腕を掴む、その「影」が、不自然に蠢いた。
「――!?」
ガイゼルの足元の影から、漆黒の「獣」が、音もなく飛び出した!
黒猫だ
黒猫は、ガイゼルの顔面めがけて、その鋭い爪を振りかざした!
「……チッ!」
ガイゼルは、僕の腕を離し、反射的に後ろに飛び退いた。
黒猫の爪が、ガイゼルの頬を浅く切り裂く。
数滴の、血が飛んだ。
「……お前……!」
ガイゼルが、信じられないものを見る目で、僕と、僕の足元に降り立った「黒猫」を、交互に見た。
『影を操る、黒猫』。
『手負いだったはずの、猫』。
そして、それを従える『謎の女』。
(……今だ!)
僕は、ガイゼルが体勢を立て直す前に、『時詠石』の箱を抱え直し、天井の「梁」に向かって鉤縄を撃ち出した!
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