支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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22 【最初の仕事】

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僕、ノアは、見慣れない「豪華な天井」を、死んだ魚のような目で見つめていた。 

(……朝か)
いや、この「檻」には、窓一つない。
時間の感覚など、分かりようもなかった。
目が覚めてしまった。

あの黒い絹のベッドは、僕の「クッションの山」とは比較にならないほど寝心地が良く、それが、僕の神経を逆撫さかなでした。
こんな「贅沢」に慣らされてたまるか。

「……ニャア」
足元で、すっかり毛並みが良くなった太った黒猫が、僕の腹の上に乗ってきた。

こいつは、どうやら、この「新しい巣穴」を、すっかり気に入ってしまったらしい。

裏切り者。
僕は、その丸くなった背中を、無造作に撫でた。
部屋の半分は、ガイゼルの「悪趣味な」高級家具。
そして、もう半分は、僕の「ガラクタ宝物」。

僕のクッションの山も、魔導書も、研究資料も、全てがこの「檻」の中に「再建」されていた。

(……仕事)
僕は、重い体を起こした。
テーブルの上には、いつの間にか僕が寝ている間に新しい「食事」が置かれていた。

昨日のシチューとは違う。
焼きたてのベーコンと、卵。そして、湯気を立てるスープ。

(……僕を、太らせる気か)
そして、その「食事」の横に、昨日ガイゼルが投げ渡した「ファイル」が、無言の圧力を放っていた。
『貴族たちの資産状況を洗え』

僕の、「最初の仕事」だ。

「……あー…………」
僕は、頭をかきむしった。

「……かったるい」
心の底から、そう思う。
僕の「スキル」は、僕が「怠惰」に生きるためにあるんだ。

他人の、それも、あの「ガイゼル」という男の「覇権」のために使うものじゃない。

だが。
僕は、黒猫の喉を撫でた。
こいつは、今、人質だ。

僕が「働かない」と、こいつの「高級な干し魚」が止まる。
それだけならいい。

あの男は、俺の「頬の傷の報いだ」とか言って、平気でこいつを殺すだろう。

そして。
僕は、ガラクタの山に積まれた、『時詠石』と『第四巻』に目をやった。

僕の「希望」。
僕の「究極の怠惰空間転移」。

あの男は言った。
『仕事が終われば、お前の趣味研究の時間もくれてやる』と。

「……やるしかない、か」

僕は、ため息をつき、渋々と、あの「ファイル」を手に取った。
どうせやるなら、さっさと終わらせて、研究の時間を手に入れる。

それが、一番「合理的」だ。
僕は、クッションの山ではなく、あえてガイゼルのベッドにあぐらをかいた。

そして、目を閉じる。
意識を、集中させた。

(……ネズミたち)
(……僕の『軍隊』よ)
ガイゼルは言った。
この「城」は、王都の「下水道の中枢」に繋がっている、と。

僕は、僕の「スキル」の全神経を、この「城」の「床下」へと伸ばした。

(……!)
僕は、戦慄した。

(……本当だ)
僕の「意識」が、まるで「蜘蛛の巣」の中心から、網全体に広がるように、王都の「全域」へと、一瞬で拡散した。

僕の「地下遺跡」が、ただの「点」だったなら、
ここは、全てを束ねる「線」であり「面」だ。
今まで、ネズミを「派遣」するのに半日かかっていた「貴族街」の屋敷。

(……今までの、三分の一だ)
僕は、リストの一人目
「ボルボン子爵」の屋敷の「床下」に、すでに潜んでいたネズミの一匹に、意識を「同調」させた。


――視界が、切り替わる。
――薄暗い、床下。
――使用人たちの、足音。
――そして、上階から聞こえてくる、子爵の「下品な笑い声」。

(……書斎は、二階の奥)
僕は、ネズミを、壁の中配管用の隙間を伝って、登らせた。

(……いた)
子爵が、帳簿と格闘している。
僕は、ネズミを、カーテンの「影」に潜ませた。

(……金庫は?)
ネズミの「耳」が、子爵の「独り言」を拾う。

「……くそっ、これでは『ガイゼルのギルド』に払う『上納金』が足りん」

「……やむを得ん。あの『家宝』を、闇市場ガイゼルの市場で売るか……」

子爵は、立ち上がり、壁の「絵画」をずらした。
隠し金庫だ。
子爵が、ダイヤルを回す

(……右に三、左に十二、右に……)
(……終わりだ)
僕は、ネズミの意識から離脱した。


(……ちょろい)
(……ちょろすぎる)
僕の「スキル」と、ガイゼルの「拠点」。
この二つが組み合わさったら、こんなにも「効率的」に、全てが手に入ってしまうのか。
僕は、自分の「能力」の「本当の恐ろしさ」を、今更ながらに、自覚した。

僕は、近くのガイゼルが用意した羊皮紙に、
『ボルボン子爵。金庫は絵画の裏。番号は3-12-7。上納金に困窮。"家宝"の売却を検討中』
と、走り書きした。

(……一人、終わり)
僕は、リストの「二人目」に取り掛かった。

(……これを、五人分か)
(……三人目)
(……四人目)
僕は、夢中になっていた。
「仕事」だから、ではない。
「面倒くさい」が、それ以上に、
僕の「スキル」が、何の「障害」もなく、
完璧に「機能」する、この「快感」に、
僕自身が、少しだけ「酔って」いた。

どれくらいの時間が、経っただろうか。
カチャリ、と。
扉の「鍵」が開く音がして、僕は「意識」を、現実この檻に引き戻した。

(……!)
ガイゼルが、入ってきた。

「……」

彼は、僕が「ベッドの上」で、真剣な顔で集中して「仕事」をしているのを、珍しい「獣」でも見るかのように、静かに見つめていた。

「……何の用だ」

僕は、ファイルを放り投げ、不機嫌を隠さずに言った。

「……今、集中してるんだ。邪魔するな」

「……」
ガイゼルは、何も言わなかった。
彼は、手に持っていた「トレイ」を、テーブルに置く。

今度は、
「……紅茶」と「焼きたての菓子スコーン」だった。

(……こいつ、僕を『餌付け』する気か)
(……僕は、ペットか)
苛立ちが、こみ上げてくる。

「……いらない。今は、それどころじゃ」
僕が、断ろうとした、その時。
ガイゼルは、トレイを置くと、僕が「仕事」をしていた「ベッド」に、無造作に、腰掛けてきた。

「――!?」
(……なっ!)

僕の「テリトリーベット」に!
僕が「寝ている」場所に!
僕は、思わず、ベッドの「端」へと、後ずさった。

「……どけよ!」
「……いい『巣』だな」

ガイゼルは、僕の「抗議」など無視して、僕が寝ていた「黒い絹のシーツ」を、指先で撫でた。

「……気に入ったか」
「……最悪だ!」
「……そうか」

ガイゼルは、意にも介さず、僕が「書き殴った」羊皮紙の「報告書」を、手に取った。

「……リストの『半分』が、もう終わっている」

「……!」

「……俺の部下が、丸一日かけても掴めない情報を、お前は、この『数時間』で」

ガイゼルは、僕の「顔」を、じっと見つめた。
その「青い瞳」に、競売所で見た「満足」の色が、再び浮かんでいる。

「……お前は、やはり『最高のお宝』だ」
そう言うと、ガイゼルは、
テーブルの上の「スコーン」を、一つ、無造作に手に取った。

そして、それを、僕の「口元」に、突きつけてきた。

「……は?」

「……食え」

「……いや、だから、いらな……」
「……食え。褒美だ」

(……褒美!?)
(……犬かっ!)
僕は、屈辱に、顔が熱くなるのを感じた。
だが、ガイゼルの「目」は、笑っていなかった。
「食う」まで、ここを「動かない」という、無言の「圧」があった。


(……あー、もう!)
(……面倒くさい!)
僕は、ヤケクソ気味に、その「スコーン」に、
ガブリ、と噛みついた。
ガイゼルの「指先」ごと、噛み砕いてやりたい衝動に駆られながら。

(……甘い)
口の中に、バターと、蜂蜜の「甘さ」が広がる。
僕が、地下遺跡で、何百年も、味わったことのない「味」。

「……いい子だ」

ガイゼルは、僕が「スコーン」を咀嚼そしゃくするのを、満足そうに見つめると、僕の「金色の髪」に、また、あの「所有物」を確かめるような、手つきで、そっと、触れた。

僕は、その「手」にビクッとしながらも、口の中甘さと、この「屈辱」と、そして、彼が発する「鉄とインクの匂い」に、どうしようもなく「混乱」しながら、なされるがまま、固まるしかなかった。

「……続けろ」
ガイゼルは、僕の髪から手を離すと、

「……今夜中に、全て終われ。明日は、お前の『研究』に付き合ってやる」

「……え?」

「……『時詠石』は、扱いが難しい。俺が『指導』してやる」

そう言うと、ガイゼルは、
「混乱」する僕を、その「豪華な檻」に残して、
音もなく、部屋を出て行った。








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