支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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21 【最初の食事】

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(……美味い)
(……美味すぎる)
一口食べたシチューが、空っぽの胃袋に、まるで炎のように染み渡っていく。
僕は、スプーンを持つ手が、屈辱と、そして「生きている」という実感で震えるのを、止められなかった。

(……くそっ)
(……くそったれが)
僕は、もう、何も考えなかった。
考えることを、放棄した。
ただ、目の前の「餌」を、獣のように、無我夢中で口にかき込んだ。

肉が、こんなに柔らかいものだったとは。
パンが、こんなに甘いものだったとは。
地下遺跡で、乾パンと干し肉だけで生きてきたダラダラしてきた僕の「人生」が、この「一食」によって、嘲笑あざわらわれているかのようだった。

あっという間に、皿も、パンも、全てが消えた。
僕は、空になった皿を、呆然ぼうぜんと見つめた。

そして、気づく。
あの、立っているのもやっとだった「疲労感」が、嘘のように薄れ、代わりに、満腹による「眠気」が、僕を襲い始めていた。

(……最悪だ)
(……食わされた)
(……そして、眠らされるのか)
(……まるで、家畜だ)
僕は、抵抗する気力もなくなり、椅子に座ったまま、テーブルに突っ伏し、ガイゼルの「城」に来て、二度目の「眠り」に落ちていった。

囚人として、ではなく、「ペット」として、最初の「食事」を与えられた、その夜のことだった。



次に目を覚ました時、僕は、あの「黒い絹のベッド」の上に、再び寝かされていた。

(……誰が、運んだ)
僕の寝落ちした体を、あの「テーブル」から、この「ベッド」まで?

(……まさか、ガイゼル本人が?)
その可能性に思い至り、僕は、シーツを蹴り飛ばしてベッドから転がり落ちた。

「……触るな!」

誰もいない部屋で、僕は、悪態をついた。

(……落ち着け)
僕は、深呼吸する。
空腹は、ない。
体力の消耗も、あの時に比べれば、七割方は回復している。

だが、僕は「囚人」だ。
豪華な「檻」の中の。
僕は、部屋を改めて観察した。
広い。

僕の「怠惰の城地下遺跡」の、居住スペースの、五倍は広い。
だが、窓はない。
あるのは、重厚な「扉」だけ。

(……黒猫)
僕は、まず「相棒」の安否を確かめなければならなかった。

「黒猫! 聞こえるか!」

扉を叩き、呼びかける。
だが、返事はない。

(……あの野郎、まさか)
僕が、最悪の事態黒猫が殺されたを想像し、血の気が引いた、その時。


カチャ、と。
扉の、足元にある「小さな窓?」が、外から開いた。
そして、その隙間から、
「ニャア!」
黒い「弾丸」が、飛び込んできた。

「……黒猫!」

僕は、床に駆け寄り、飛びついてきた「相棒」を、力いっぱい抱きしめた。

「……! よかった……無事だったのか……!」

「ニャア、ニャア!」
黒猫も、僕の首筋に顔をこすりつけて、無事を喜んでいる。

僕は、夢中で、あいつに付けられた傷を確かめた。

(……傷ない?)
傷跡どころか、毛並みが、地下遺跡にいた頃より、心なしか「ツヤツヤ」している。

そして、
(……こいつ、太ったか?)
痩せていたはずの体が、明らかに、丸みを帯びている。

「……まさか、あいつ」

ガイゼルは、僕が「丸二日」眠っている間、
僕の黒猫に「別の部屋」で「餌を与えていた」と言った。

(……どんな『餌』を与えたら、二日でこんなに……)

(……僕がシチューを食わされたように、こいつは『高級な干し魚』でも食わされたのか)

僕が、愕然がくぜんとしていると、
今度は、部屋の「本扉」が、重い音を立てて開かれた。

「……!」

僕は、黒猫を抱きしめたまま、身構えた。
だが、入ってきたのは、ガイゼルではなかった。
彼の「部下」らしき、黒服の男たちが、二人。

彼らは、僕の金髪紫瞳の姿を見て、ビクッ、と肩を震わせた。

(……僕が、あの『影猫の飼主』で、ガイゼルの顔に傷をつけた『犯人』だと、知っているのか)

彼らは、僕と目を合わせないようにしながら、
手に持っていた「荷物」を、床に、そっと置いた。

「…………え?」

僕は、目を疑った。
彼らが置いていったもの。
それは、埃と、カビの匂いがする、
僕の「クッションの山」一部だった。

「な……」

僕が呆然としていると、
部下たちは、何も言わずに一度退室し、また戻ってきた。

今度の「荷物」は、
僕の、地下遺跡の棚にあった、『古代エルフ語魔術体系・第四巻』。
『失われた図書館の地図』。
そして、僕が読みふけっていた、その他の「魔導書」の数々。

「……待て」

僕は、思わず声をかけた。
部下たちは、またビクッと震えながら、止まった。

「……これ、は」
「……ボスの、ご命令です」

部下の一人が、蚊の鳴くような声で言った。
「……『あのネズミの巣穴にあったガラクタは、全て、一つ残らず、この部屋に運び込め』と……」

「……ガラクタ……」
(……僕の、宝物コレクションが)
次から次へと、部下たちが、僕の「私物」を運び込んでくる。

研究途中の「羊皮紙」。
使い古した「インク壺」。
そして、僕の「収蔵庫」にあった、『模倣者のアミュレット』や『デコイ・ストーン』まで、全て。



数十分後。
あの、殺風景だった「豪華な客間」は、
部屋の「半分」が、僕の「ガラクタ宝物」で埋め尽くされ、まるで、僕の「怠惰の城地下遺跡」が、ここに「引っ越してきた」かのような、
異様な光景になっていた。

「……以上で、全てです」
部下たちは、深々と頭を下げると、
僕に…僕の背後にいる『黒猫』に怯えながら、足早に退室していった。

僕は、一人、「僕のガラクタ」と「ガイゼルの高級家具」が、混在する、
カオスな部屋の真ん中に、立ち尽くした。

(……なんだ、これは)
(……どういう、つもりだ)
僕を「囚人」として、監禁するのではなかったのか。
なぜ、僕の「趣味」の道具を、わざわざ「運び込む」?
僕の「城」を、この「檻」の中に「再建」して、何がしたい?

カツ、と。
静かな足音が、部屋の入り口で響いた。
黒猫が、再び「フゥー!」と威嚇の声を上げる。

僕が振り返ると、そこには、腕を組んだ「ガイゼル」が、扉に寄りかかり、僕の「ガラクタの山と、その真ん中で「呆然とする僕」を、満足そうに、眺めていた。

「……気に入ったか。お前の『新しい巣穴』だ」

「……ガイゼル」
僕は、目の前の男を、睨みつけた。

「……何の、つもりだ」

「……何の、とは?」

「……僕を『道具』として、使うんだろう。なら、こんな『ガラクタ』は、必要ないはずだ」

「……勘違いするな」

ガイゼルは、部屋の中に入ってきた。
彼は、僕の「クッションの山」を、値踏みするように一瞥いちべつすると、僕の「研究資料」の山を、無造作に、その黒い手袋をはめた手で、掴んだ。

「……俺が欲しいのは、『ただのノア』じゃない」

彼は、僕の『空間転移』の術式が書かれた羊皮紙を、僕の目の前に突きつけた。

「……これを、完成させろ」

「……!」

「……お前が、地下で、コソコソとやっていた『研究』。その『続き』を、ここでやれ」

「……なぜ」

「……俺の『命令』だ」

ガイゼルは、羊皮紙をテーブルに放り投げると、
今度は、別の「ファイル」を、僕に投げ渡した。
僕は、それを、反射的に受け取る。

「……それが、お前の『最初』の『仕事』だ」

「……仕事?」
僕は、ファイルを開いた。

そこには、王都の「貴族」の名前と、その「資産状況」が、詳細に記されていた。

「……こいつらの『金庫』の『中身』が知りたい」
ガイゼルは、冷たく言った。

「……お前の『ネズミ』を使え」

「……!」

「……この城の地下は、王都の『下水道』の、全ての『中枢』に繋がっている」

「……ここからなら、お前の『軍隊』は、王都のどこへでも『潜入』できる」

僕は、戦慄せんりつした。

(……僕の『スキル』と、こいつの『拠点』が、組み合わさったら)
(……王都に、秘密など、なくなる)
ガイゼルは、僕の「能力」を、僕が「怠惰な生活」のために使っていた「スキル」を、彼の「覇権」のために、最大限に「利用」するつもりなのだ。

そのために、僕が、最高の「パフォーマンス」を発揮できるように、僕の「飼育環境ガラクタの山」を、完璧に「再現」した。

「……やれ」
ガイゼルは、僕に、それだけ命じた。

「……『仕事』が終われば、お前の『趣味研究』の時間もくれてやる」

「……『食事』も、『猫の餌』も、お前が望む『本』も、全て、俺が『与えてやる』」

「……そして」
ガイゼルは、僕の「金色の髪」に、
あの、僕を「所有物」として確かめる、
執拗な「手つき」で、そっと、触れた。

「……俺のために、存分に『働け』。……俺の『鳥』」







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