31 / 61
31 【歪な距離感】
しおりを挟むあれから、何日が過ぎただろうか。
一週間か、あるいは、十日か。
僕は、この「豪華な檻」の中で、完全に「飼い殺し」にされていた。
いや、「殺し」ではない。「飼育」だ。
完璧なまでの「管理」の下で。
朝、目が覚める。
まず、テーブルに置かれた「栄養バランスの完璧な朝食」を完食させられる。
それが終わると、あの「壁」のような大男、ガルドが迎えに来て、僕を「地獄」へと連行する。
「……イチ、ニ、サン、シ」
僕は、歯を食いしばりながら、訓練場の壁と壁の間を「歩いて」いた。
百往復。
初日は、意識を失って「運ばれた」が、
三日目には、かろうじて「完遂」できるようになった。
五日目には、足の震えが少しマシになった。
そして、今日。
僕は、百往復を終えても、まだ「立って」いられた。
(……くそっ)
(……体が、慣れてきやがった)
何百年も「怠惰」を貫いてきた僕の肉体が、
この「非効率」な運動に、屈辱的なことに「適応」し始めている。
筋肉痛は、もう日常茶飯事だ。
「……よし。次は、これだ」
百往復を終えた僕に、ガルドは、一本の「木の棒」を手渡した。
「……振ってみろ」
「……は?」
「……ただ、振れ。上から、下に」
僕は、その「棒」を持った。
(……重い)
僕にとっては、だ。
ガルドにとっては、爪楊枝みたいなものだろうが。
僕は、言われるがまま、それを「振り下ろした」。
ヒュン、と情けない音がした。
「……違う!」
ガルドの怒声が飛ぶ。
「……腰が入っとらん! 足を踏み込め! 腕だけで振るな!」
彼は、僕の後ろに回り込み、僕の「腰」と「足」の位置を、僕が悲鳴を上げたくなるほどの力で強引に「修正」した。
「……もう一度!」
僕は、言われるがまま、振る。
今度は、少しだけ「マシ」な音がした。
「……これを、千回だ」
「…………は?」
「……今日の日課は、それが終わるまで、終わりじゃない」
僕は、再び絶望に襲われた。
「歩く」次は、「振る」かよ。
しかも、千回。
(……合理的じゃない!)
(……魔術を使えば、こんな棒切れより、遥かに効率的に……)
「……ボスは、『短剣を振れるように』と命じられた」
ガルドは、僕の思考を読んだかのように、低い声で言った。
「……魔術師が、接近戦で『無力』であることは、ボスは百も承知だ。
だが、『最低限の護身術』も身につけられぬ『脆い道具』は、戦場では『役に立たない』。
……ボスは、お前を『ただの情報屋』として使うつもりはない、ということだ」
(……は?)
(……僕を、戦場に?)
僕は、ガルドの言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
だが、そんな僕の「混乱」などお構いなしに
「……さあ、振れ! !」
ガルドの「カウント」が始まった。
僕は、無心で、木の棒を振り続けた。
百回。
二百回。
腕が、もう上がらない。
手のひらの皮が、剥けて、血が滲んできた。
(……第五巻)
(……禁書庫)
僕は、それを「呪文」のように唱えながら、
ただ、ひたすら、棒を振った。
千回。
僕が、最後の力を振り絞って棒を振り下ろし、
そのまま床に倒れ込んだ時、窓のない訓練場は、もう「夜」の気配がしていた。
「……よし。今日は、ここまでだ」
ガルドは、僕の「成果」を、淡々と確認すると、
また、僕を「小脇」に抱え上げた。
もう、抵抗する気力もない。
僕は、彼の腕の中で、泥のように眠り始めた。
「豪華な檻」に「運ばれ」、クッションの山に放り投げられる。
「……風呂だ。入れ」
ガルドが、僕のためにガイゼルが用意させた「風呂」と「着替え」を指さし
「……明日は、『二千回』だ」
と、地獄の宣告をして、去っていく。
僕は、死体のようになって、クッションの上で動かない。
(……二千回)
(……殺す気か)
カチャリ。
予想通りの時間に、予想通りの「男」が、入ってきた。
ガイゼルだ。
彼は、僕が「死体」になっているのを見ると、僕の「ガラクタの山」を避けながら、近づいてきた。
「……ガルドから、聞いたぞ」
「……」
(……うるさい。聞きたくない)
「……『千回』。やり遂げたそうだな」
ガイゼルは、僕の真ん前に、片膝をついた。
いつもの「距離」だ。
僕は、もう、驚きもしなかった。
ただ、彼の「次の行動」に、身構えるだけだ。
「……ノア」
彼の「手」が、伸びてきた。
(……素手だ)
手袋をしていない。
彼は、僕の「メンテナンス」が終わった後、僕に「触れる」時だけ、手袋を外すようになった。
(……僕を、『汚れた道具』ではなく、『手入れの終わった宝物』として、扱っているつもりか)
(……反吐が出る)
彼の手が、僕の「頬」に、そっと、触れた。
(……!)
額、ではない。
頬だ。
昨日までは、汗を拭うように「額」だった。
なぜ、今日は「頬」なんだ。
「……顔色が、昨日より『マシ』になったな」
ガイゼルの、硬い「親指」が、僕の「頬骨」のあたりを、確かめるように、ゆっくりと、撫でた。
「……『血色』が、戻ってきた。
『運動』の効果は、出ているらしい」
(……っ!)
僕は、その「診断」のような「手つき」に、屈辱と、訳のわからない「熱」で、顔を背けようとした。
だが、ガイゼルの「もう片方の手」が、僕の「後頭部」に添えられ、それを、許さなかった。
「……動くな」
低い、命令。
僕は、彼の「両手」に、頭を「固定」されたままゼロ距離で、彼の「青い瞳」を、見上げるしかなかった。
「……いい『色』だ」
ガイゼルは、
僕の「金色の髪」ではなく、
僕の「紫色の瞳」を、
見つめて、そう、呟いた。
その「瞳」は、「支配者」の色でも、
「褒美を与える飼い主」の色でもない。
もっと、深く、暗く、僕の「知らない」
「熱」を、宿していた。
(……こいつ、なんなんだ)
(……僕を、どうしたいんだ)
僕は、混乱した。
「……『風呂』に入れ」
ガイゼルは、唐突に、僕の頭から「手」を離した。
そして、立ち上がると、テーブルの上に、一つの「小さな包み」を置いた。
「……なんだ、それ」
「……『褒美』だ」
「……僕は、まだ『第五巻』をもらってない」
「……それは、まだだ」
ガイゼルは、僕の「不満」など、聞く耳を持たない。
「……開けてみろ」
僕は、疑いながらも、その「包み」を開けた。
中に入っていたのは、小さな、「ガラス瓶」だった。
中には、緑色の、滑らかな「軟膏」が入っている。
「……傷薬か」
僕は、自分の「手のひら」を見た。
木の棒を「千回」振ったせいで、皮が剥け、血が滲んでいる。
「……『最高級』の、治癒軟膏だ」
ガイゼルは、僕の「手の傷」に気づいていた。
「……明日までに、その『傷』を治しておけ。
『道具』の『メンテナンス』は、
お前自身の『責任』でもある」
(……は?)
(……僕が、自分で、治せ、と?)
(……こいつ、僕の『治癒スキル』を知らないのか?)
(……いや、知っていて、あえて『自分の手で手入れしろ』と?)
僕が、その「軟膏」と、ガイゼルの「顔」を、交互に見ていると、ガイゼルは、「……ゆっくり、休め」
と、僕の「人生」で、初めて聞くような、ほんの少しだけ「穏やかな声」で、言った。
そして、部屋を、出て行った。
カチャリ。
鍵の音。
僕は、一人、「ガラクタの山」の真ん中で、その「緑色の軟膏」と、自分の「血が滲む手のひら」を、見つめていた。
(……僕の『治癒スキル』を使えば、こんな傷、一瞬で治る)
(……だが)
僕は、その「軟膏」の「蓋」を、ゆっくりと、開けた。
ハーブの、爽やかな「香り」が、鼻をついた。
(……こいつの『匂い』より、よっぽどマシだ)
僕は、その「緑色の軟膏」を、自分の「指」で、すくい取り、自分の「傷ついた手のひら」に、そっと、塗り込み始めた。
それは、僕の「怠惰」とは、真逆の、ひどく「面倒くさい」「作業」だった。
30
あなたにおすすめの小説
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
「君を一生愛すから」って言ってたのに捨てられた
豆子
BL
女神の加護を持つ国フィアラテールに齡十六で神子として召喚され、女神から授かった浄化の力で各地の魔物を倒し、瘴気で汚れた土地を蘇らせ、世界に平和と安寧をもたらし、ついでに共に戦った王子と文字に起こすと辞書並みの厚さになるラブストーリーを繰り広げ、永遠の愛を誓ってから二十年後「俺と別れて欲しい」とあっさりすっぱり捨てられたところから始まる話。
恋人の王子に捨てられたおっさん神子が長年の従者と第二の人生を歩む話です。
無表情獣人従者×三十路の神子
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
リンドグレーン大佐の提案
高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。
一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。
叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。
【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
魔法使い、双子の悪魔を飼う
よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」
リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。
人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。
本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり...
独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。
(※) 過激描写のある話に付けています。
*** 攻め視点
※不定期更新です。
※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。
※何でもOKな方のみ拝読お願いします。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる