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46 【支配者の楔】
しおりを挟む翌日、僕はガルドではなく、ガイゼル本人によって訓練場へと連行された。
いつもより早い時間だった。訓練場にはまだ他のギルド員の姿はなく、ただガランとした巨大な空間が広がっているだけだった。
中央には、僕たちの「共同研究」の成果である、複雑な術式が描かれた巨大な魔術陣が設置されていた。その中心には、紫色の光を放つ時詠石が鎮座している。
「……準備はいいか」
ガイゼルは、僕の隣に立ち、魔術陣を見下ろしながら尋ねた。
その声には、普段の冷徹さに加え、わずかな緊張感が滲んでいた。彼にとっても、この実験は未知数なのだ。
「……ああ」
僕は、短く答えた。
体調は、ここ数ヶ月で最も良い状態だった。昨夜、ガイゼルに言われた通り、深く眠ったおかげだ。あの忌々しい銀の輪が、僕の睡眠時間まで管理しているのだから当然か。
だが、心の奥底では、言いようのない不安と、それ以上に強い「やってやる」という反骨心が渦巻いていた。
この実験が成功すれば、僕は、僕自身の力で「空間を渡る」ことができる。それは、ガイゼルの支配下にあっても、僕にとって大きな「一歩」のはずだ。
「術式は頭に入っているな。エネルギー循環の位相変換、座標安定化の補助ルーン、そして空間への負荷分散。全て、完璧に実行しろ」
ガイゼルは、まるで最終確認をするように、僕に言い聞かせた。
「……分かってるよ。お前が口を酸っぱくして教え込んだんだからな」
僕は、憎まれ口を叩いた。
「フン」
ガイゼルは鼻を鳴らすと、魔術陣から数歩下がった。
「……始めろ」
僕は、頷き、魔術陣の中心、時詠石の前へと進み出た。
深く息を吸う。
精神を集中させる。
僕の魔力が、時詠石と共鳴し、紫色の光がさらに強く輝き始めた。
(……座標、指定)
僕は、術式に従い、転移先をイメージした。
今回は、マルコ爺さんのパン屋ではない。
ガイゼルが指定した、この訓練場の「対角線上」、約百メートル先の「何もない空間」。
失敗しても被害が出ない、安全な場所だ。
(……北東の隅、床上三フィート)
ガイゼルに叩き込まれた、精密な座標指定。
(……エネルギー、循環開始)
僕は、自分の魔力を術式に流し込み始めた。
時詠石が、僕の魔力を吸収し、増幅していく。
そして、ガイゼルが修正した、あの複雑な『位相変換』の術式が起動する。
暴走しかねないエネルギーが、術式の中を滑らかに循環し、安定していく。
(……いける!)
ここまでは、完璧だ。
(……空間、接続)
僕は、最大の難関へと意識を集中させた。
僕の精神力を使って、ダスト・スプライトの理論を応用し、この場所と、百メートル先の「座標」を、強引に「繋ぐ」。
そして、その「接続」にかかる負荷を、「空間」そのものに分散させる。
「――ぐっ……!」
凄まじい精神負荷。
脳が、軋む。
視界が、チカチカと明滅する。
だが、昨日までの僕ではない。
地獄の日課特に精神力強化と、ガイゼルの歪んだ「メンテナンス」によって、僕の「器」は、確実に強化されていた。
(……繋がった!)
感じる。
僕の意識が、百メートル先の空間と、確かに「リンク」した。
あとは、この「道」を通って、僕の肉体を「転移」させるだけだ。
「――いけえええええ!!」
僕は、ありったけの魔力と意志を、時詠石に叩きつけた!
カッ!!!
昨日までの比ではない、強烈な紫色の光が、訓練場全体を包み込んだ。
僕の体が、足元から光の粒子へと変わっていく。
浮遊感。空間の歪み。
昨日までの「練習」とは違う、本物の「転移」の感覚。
(……成功だ!)
僕は、勝利を確信した。
僕の理論は、完成したんだ!
――だが。
その確信は、一瞬で打ち砕かれた。
(……!?)
転移の「途中」。
僕の体が、完全に粒子化し、空間の「道」を滑り始めた、まさにその瞬間。
凄まじい「衝撃」が、僕の精神を襲った!
(……なんだ、これ!?)
(……エネルギーの、逆流!?)
安定していたはずの術式が、悲鳴を上げている。
僕が繋いだ「空間の道」が、まるで嵐の中の小舟のように、激しく揺らいでいる。
時詠石が、制御不能なエネルギーを放出し、僕の精神を焼き切ろうとしている!
「――がああああああっ!!」
僕は、絶叫した。
視界が、紫色の光と、黒いノイズで埋め尽くされる。
体が、引き裂かれそうだ。
(……まずい)
(……壊れる!)
ガイゼルの、あの冷たい声が脳裏に響く。
『壊れたら、俺が処分する』
(……嫌だ)
(……死にたくない)
(……こんな、ところで……!)
――その時。
ドンッ!!!
物理的な「衝撃」ではない。
僕の「精神」そのものを揺るがすような、
圧倒的な「何か」が、
僕の暴走する魔力の中に、強引に、割り込んできた。
(……ガイゼル!?)
彼の「魔力」だ。
だが、いつもの「補助」のような、冷徹で計算されたものではない。
もっと、
荒々しく、
必死で、
まるで、
嵐の中に飛び込んできて、
僕という「小舟」を、
無理やり掴み上げようとするかのような、
凄まじい「力」。
彼の魔力が、僕の精神と、暴走する時詠石の間に、「楔」のように打ち込まれる。
逆流するエネルギーが、彼の力によって、強引に捻じ伏せられていく。
僕の体が、粒子化が解けかかり、現実と異空間の狭間で明滅する。
「――戻れ!! ノア!!」
彼の「声」が、僕の「意識」に、直接、響いた。
それは、命令だった。
だが、それ以上に、僕を「失う」ことへの、剥き出しの「渇望」のような響きがあった。
僕は、その「声」に導かれるように、最後の力を振り絞り、僕の「意識」を、現実へと、引き戻した。
――ドサッ。
僕は、魔術陣の中心に、仰向けに、叩きつけられるようにして、落下した。
全身が、痺れている。
息が、できない。
だが、生きている。
「……はぁっ……はぁっ……」
僕は、霞む視界で、天井を見上げた。
(……助かった?)
(……こいつに、また……)
ゆっくりと、視線を横に向ける。
そこには、ガイゼルが、立っていた。
彼は、魔術陣のすぐ外で、片膝をつき、肩で、荒い息をしていた。
彼の額には、汗が浮かび、
その青い瞳は、僕が今まで見たこともないほど、
激しい「感情」――
安堵、怒り、そして、恐ろしいほどの「執着」の色を浮かべて、僕を、睨みつけていた。彼の手が、震えていた。
僕の暴走を抑え込むために、
どれほどの「力」を使ったのか。
「……お前……」
僕が、何かを言おうとするよりも早く、
彼は、立ち上がり、僕の元へと、数歩で駆け寄った。
そして、僕の「胸ぐら」を、掴み上げた。
「――ぐっ!」
「……言ったはずだ」
ガイゼルの顔が、僕の目の前にあった。
その青い瞳は、怒りに燃えていた。
だが、その奥底には、僕を「失う」ことへの「恐怖」が、確かに、見えた。
「……俺の許可なく、『壊れるな』と!!」
彼は、僕を、まるで「壊れかけた所有物」を叱りつけるかのように、怒鳴りつけた。
だが、その「叱責」が、彼の歪んだ「安堵」の表現なのだと、僕には、なぜか、分かってしまった。
僕は、彼の腕の中で、なすすべもなく、
ただ、彼の「怒り」と「執着」を、全身で、受け止めるしかなかった。
実験は、失敗した。
だが、僕と彼の「関係」は、この「失敗」によって、さらに、深く、歪んだ形で、結びついてしまったのかもしれない。
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