47 / 61
47 【支配者の手当て】
しおりを挟むガイゼルの怒声が、静まり返った訓練場に響き渡った。
僕は、彼の鉄のような腕に胸ぐらを掴まれ、宙吊りに近い状態で、ただその怒りの奔流を受け止めていた。
暴走した魔力の余波で体はまだ痺れ、声も出せない。
「……俺の許可なく、『壊れるな』と!!」
繰り返される言葉。それは、僕の失敗への叱責というよりも、彼自身の安堵を裏返したような、奇妙な響きを持っていた。
彼の青い瞳は、怒りに燃えている。だが、その奥底には、僕を失うことへの剥き出しの恐怖が、確かに見えた。
(……なんで、こいつが、そんな顔をするんだ)
僕は、混乱した。
僕は、ただの道具のはずだ。所有物のはずだ。
壊れかけた道具に、主人がこれほどまでに感情的になるものだろうか。
ガイゼルは、しばらく僕を睨みつけていたが、僕がぐったりとして抵抗する力もないことを悟ると、
「……チッ」
と忌々しげに舌打ちし、僕を床に降ろした。
降ろした、というよりは、ほとんど「投げ捨てた」に近かったが、不思議と衝撃はなかった。彼が、最後の最後で力を加減したのだ。
「……はぁっ……はぁっ……」
僕は、床に手をつき、激しく咳き込んだ。
暴走した魔力が体内を駆け巡った後遺症で、呼吸が苦しい。
「……立てるか」
不機嫌そうな声が、頭上から降ってきた。
僕は、顔を上げずに首を横に振った。立てるわけがない。指一本動かすのも億劫だ。
「……面倒な」
ガイゼルは、ため息をつくと、僕の隣に、無造作にしゃがみ込んだ。
そして、僕の背中に手を当て、ゆっくりと撫で始めた。
(……!)
それは、治癒魔術ではなかった。
ただ、彼の大きな手のひらから、温かく、安定した「魔力」が、僕の体へと流れ込んでくる。
暴走した僕自身の魔力を「鎮め」、神経の「痺れ」を和らげていくような、
高度な魔力制御による「応急処置」。
「……無理をするなと言ったはずだ」
彼は、僕の背中を撫でながら、低い声で言った。
その声には、もう怒りはなかった。ただ、深い疲労と、わずかな呆れが混じっていた。
「……あの術式は、まだ不完全だった。お前の『器』では、制御しきれん」
「……お前が、やれって言ったんだろ」
僕は、かろうじて、そう言い返した。
「……俺の『補助』があれば、可能だと判断した。……俺の、計算違いだ」
彼は、珍しく、自分の「非」を認めた。
僕の背中を撫でる彼の手つきは、不器用だが、丁寧だった。
まるで、壊れかけた精密機械を、慎重に手当てするかのように。
その「手当て」を受けながら、僕は、言いようのない複雑な気持ちになっていた。
憎い。僕をこんな目に遭わせた、この男が。
だが、同時に。
僕を、この腕で「救った」のも、この男なのだ。
「……なぜ、助けた」
僕は、呟いた。
「……『壊れたら処分する』んじゃなかったのか」
ガイゼルの手が、一瞬、止まった。
彼は、僕の背中に手を置いたまま、答えた。
「……まだ、壊れていない」
「……」
「……お前は、俺の命令通り、『戻ってきた』」
その声には、微かな「安堵」が滲んでいた。
「……それに」
彼は、言葉を続けた。
「……お前が『壊れた』ところで、俺には何の『利益』もない。
むしろ、これだけの『投資』が無駄になる。
非効率だ」
(……また、それか)
僕は、心の中で毒づいた。
結局、全ては「効率」と「利益」。
僕が感じた、あの「必死さ」や「安堵」も、全ては彼の「計算」の内だったのかもしれない。
そう思うと、腹立たしかった。
だが、彼の背中を撫でる手は、温かい。
僕の体の痺れは、確実に引いてきている。
「……もう、立てるだろう」
しばらくして、ガイゼルは手を離し、立ち上がった。
僕は、ゆっくりと体を起こした。まだ少しふらつくが、自分の足で立てそうだ。
「……ああ」
「……今日の訓練は、中止だ」
彼は、当然のように言った。
「部屋に戻って、休め」
「……実験は?」
僕は、床に散らばった術式の羊皮紙を見た。
「……どうするんだ。失敗したじゃないか」
「……失敗ではない。『データ』が取れた」
ガイゼルは、こともなげに言った。
「……問題点が、明確になった。術式の『どの部分』が、お前の『器』の限界を超え、暴走を引き起こしたのか。
……これをもとに、術式を『再構築』する」
(……再構築?)
(……つまり、研究は、まだ続くのか)
僕は、安堵と、新たな「面倒ごと」への予感で、複雑な表情になった。
「……お前も、手伝え」
ガイゼルは、僕に命令した。
「……休んでいる間、頭だけは動かせるだろう。
暴走した時の『感覚』、エネルギーの『流れ』、それを詳細に『分析』し、レポートにまとめろ。
それが、お前の『今日の仕事』だ」
(……結局、休ませてくれないのかよ)
僕は、ため息をついた。
だが、断る理由はなかった。
僕自身も、なぜ失敗したのか、知りたかったからだ。
「……分かったよ」
僕は、頷いた。
「……よし」
ガイゼルは、満足そうに頷くと、僕に背を向け、訓練場の出口へと歩き始めた。
「……部屋までは、送っていく」
「……別に、一人で帰れる」
「黙ってついてこい。また倒れられては、面倒だ」
彼の「配慮」は、常に「命令」と「管理」の形を取る。
僕は、もうそれに慣れてしまっていた。
僕は、ふらつく足取りで、彼の広い背中の後を追った。
黒曜石の廊下を、二人、無言で歩く。
彼の歩幅は、いつもより少しだけ「ゆっくり」だった。
僕の「状態」を、気遣っているのか。
あるいは、彼自身も、先ほどの魔力行使で「消耗」しているのか。
僕の部屋の前に着くと、ガイゼルは衛兵に鍵を開けさせた。
「……入れ。そして、寝ていろ」
「……レポートは?」
「……起きてからでいい」
彼は、僕を部屋に押し込むと、すぐに扉を閉めようとした。
「……おい」
僕は、その扉が閉まる前に、呼び止めた。
「……なんだ」
ガイゼルが、訝しげに振り返る。
「……その」
僕は、言い淀んだ。
礼など、言いたくない。
だが、言わなければならない気がした。
「……助けて、くれたこと」
「…………」
「……感謝、は、しないが」
「……当然だ」
ガイゼルは、僕の言葉を遮った。
「……俺の『所有物』を、俺が守るのは、当然のことだ」
その「言葉」に、僕は、やはりこいつはそういう男なのだと、妙な「納得」と、そして、ほんの少しだけの「落胆」のようなものを感じた。
「……ゆっくり休め」
彼は、それだけ言うと、今度こそ扉を閉めた。
カチャリ。
鍵の音。
僕は、一人、豪華な檻の中に残された。
床には、僕の研究資料が散らばっている。
ベッドは、僕の帰りを待っている。
僕は、ゆっくりとベッドに向かった。
実験は失敗した。
僕は、また彼に救われた。
僕と彼の関係は、何も変わらない。
支配者と、所有物。
飼い主と、ペット。
だが、あの、僕を掴んだ腕の力強さ。
僕を呼んだ、切実な声。
僕の背中を撫でた、温かい魔力。
それらが、僕の中で、消えない「楔」のように、残り続けていた。
10
あなたにおすすめの小説
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方
ばつ森⚡️8/22新刊
BL
【だって、だって、ずぎだっだんだよおおおおおお】
公爵令息のエマニュエルは、異世界から現れた『神子』であるマシロと恋仲になった第一王子・アルフレッドから『婚約破棄』を言い渡されてしまった。冷酷に伝えられた沙汰は、まさかの『身ぐるみはがれて国外追放』!?「今の今まで貴族だった僕が、一人で生きて行かれるわけがない!」だけど、エマニュエルには、頼りになる従者・ケイトがいて、二人の国外追放生活がはじまる。二人の旅は楽しく、おだやかで、順調に見えたけど、背後には、再び、神子たちの手がせまっていた。
「してみてもいいですか、――『恋人の好き』」
世界を旅する二人の恋。そして驚愕の結末へ!!!
【謎多き従者×憎めない悪役】
4/16 続編『リスティアーナ女王国編』完結しました。
原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。
【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!
ばつ森⚡️8/22新刊
BL
天涯孤独のソーマ・オルディスは自分にしか見えない【オカシナモノ】に怯える毎日を送っていた。
ある日、シェラント女帝国警察・特殊警務課(通称サーカス)で働く、華やかな青年、ネル・ハミルトンに声をかけられ、【オカシナモノ】が、吸血鬼に噛まれた人間の慣れ果て【悪霊(ベスィ)】であると教えられる。
意地悪なことばかり言ってくるネルのことを嫌いながらも、ネルの体液が、その能力で、自分の原因不明の頭痛を癒せることを知り、行動を共にするうちに、ネルの優しさに気づいたソーマの気持ちは変化してきて…?
吸血鬼とは?ネルの能力の謎、それらが次第に明らかになっていく中、国を巻き込んだ、永きに渡るネルとソーマの因縁の関係が浮かび上がる。二人の運命の恋の結末はいかに?!
【チャラ(見た目)警務官攻×ツンデレ受】 ケンカップル★バディ
※かっこいいネルとかわいいソーマのイラストは、マグさん(https://twitter.com/honnokansoaka)に頂きました!
※いつもと毛色が違うので、どうかな…と思うのですが、試させて下さい。よろしくお願いします!
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―
綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。
一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。
もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。
ルガルは生まれながらに選ばれし存在。
国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。
最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。
一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。
遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、
最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。
ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。
ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。
ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。
そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、
巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。
その頂点に立つ社長、一条レイ。
冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる