支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

文字の大きさ
57 / 61

56【熱に浮かされる声】

しおりを挟む


轟音と共に扉が吹き飛び、粉塵と煙が部屋を満たした。

僕に覆いかぶさろうとしていた男たちは、突然の出来事に呆然とし、動きを止めた。

「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
煙が晴れていく。

破壊された扉の向こう、瓦礫の中に、一つの人影が立っていた。
逆光で表情は見えない。だが、そのシルエットだけで、僕の心臓は凍りつくような恐怖と、矛盾した安堵に鷲掴みにされた。

見間違えるはずがない。
あの長身。あの圧倒的な威圧感。


「……ガ、ガイゼル……!」
僕を押さえつけていた男の一人が、恐怖に引き攣った声を上げた。
「な、なぜ、ここが……!?」


ガイゼルは、何も答えなかった。
ただ、静かに、部屋の中へと一歩、足を踏み入れた。
その瞬間、彼の全身から放たれる殺気が、部屋の空気を圧し潰した。男たちの下卑た欲望の匂いは一瞬でかき消され、絶対的な死の気配だけが支配した。

彼の深い青い瞳が、ゆっくりと部屋の中を検分する。
床に転がる僕の破られた寝間着。
僕を押さえつけていた男たちの醜悪な顔。


そして――
石の床の上で、熱に浮かされ、浅い呼吸を繰り返し、なすすべもなく横たわる、裸の僕の姿を。

時間が止まったようだった。
ガイゼルの視線が、僕の体の上を滑る。
その瞳には、もはや怒りという単純な感情はなかった。

もっと深く、冷たく、全てを破壊し尽くさんとするような、絶対零度の「無」が宿っていた。

「……ボス! こいつは、俺たちが先に……!」
リーダー格の男が、虚勢を張って何かを言いかけた。
だが、その言葉は最後まで紡がれなかった。


ヒュン、と。
ガイゼルの腕が、目にも留まらぬ速さで動いた。
彼の手には、いつの間にか、黒曜石のような輝きを放つ短剣が握られていた。

そして、次の瞬間には、リーダー格の男の喉元に、その切っ先が深々と突き刺さっていた。

「――がっ……!?」
男は、信じられないものを見る目でガイゼルを見上げ、そのまま音もなく崩れ落ちた。


「ひ……!」
「う、うわああああ!」
残りの男たちが、悲鳴を上げて逃げ出そうとする。


だが、ガイゼルはそれを許さなかった。
彼は、まるで影が動くかのように、部屋の中を疾駆した。
閃光のような剣閃。
骨が砕ける鈍い音。
短い断末魔。
ほんの数秒。


僕の周りにいた男たちは、文字通り「物言わぬ肉塊」へと変わっていた。
部屋は、血の匂いで満たされた。

ガイゼルは、返り血を浴びた短剣を、無造作に振って血糊を飛ばすと、鞘に納めた。

そして、静かに、僕の元へと歩み寄ってきた。
僕は、目の前で繰り広げられた殺戮劇と、彼から放たれる圧倒的な殺気に、ただ震えることしかできなかった。

薬による熱と、恐怖による冷えが、体の中でせめぎ合っていた。
ガイゼルは、僕の目の前で膝をついた。


その青い瞳が、僕の顔を、体を、改めて見下ろす。
そこには、もう殺気はなかった。
ただ、深い、深い闇のような、底なしの独占欲の色だけが揺らめいていた。

彼は、自分が着ていた黒いコートを脱ぐと、それを、僕の裸の体の上に、そっとかけた。
彼の匂い。鉄と、血と、そして、僕が知っている、あの不思議と落ち着く匂い。
コートの裏地に残る彼の体温が、僕の火照った肌にはひどく心地よかった。


「……ノア」
低い声が、僕の名前を呼んだ。
僕は、彼の顔を見上げることができなかった。
今の自分が、どんな顔をしているのか。彼に、どんな風に見られているのか。
羞恥と屈辱で、顔が燃えるように熱かった。


「……動けるか」
僕は、かろうじて首を横に振った。
体が熱くて、重くて、言うことを聞かない。薬が、まだ僕の体を蝕んでいる。


「……そうか」
ガイゼルは、短く呟くと、僕の体を、コートごと、抱き上げた。

(……!)
横抱きにされる。
まるで、壊れやすい宝物でも運ぶかのように、慎重に、だが力強く。
彼の腕の中は、硬く、そして驚くほど温かかった。


「……ん……」
体が動かされたことで、薬の効果が再び強まったのか、不意に、体の奥から熱い疼きが込み上げてきた。

僕は、思わず、声にならない呻きを漏らした。
そして、その熱から逃れるように、無意識に、彼の硬い胸板に額を押し付けていた。

ガイゼルの体が、一瞬、硬直したのが分かった。
彼の腕が、僕を抱く力が、わずかに強まる。


「……静かにしろ」
耳元で、低い声が囁いた。
その声には、怒りでも、嫌悪でもない、何か別の、抑えられた感情が滲んでいた。

僕は、必死で声を抑えようとした。
だが、体が勝手に反応してしまう。
彼の体温、彼の匂い、彼に抱かれているという状況そのものが、薬によって増幅された感覚を刺激する。

「……は……ぁ……」
吐息が漏れる。体が、小さく震える。
ガイゼルは、何も言わずに、僕を抱えたまま立ち上がった。

そして、血溜まりと肉塊が転がる地獄のような部屋を、何事もなかったかのように、後にした。

彼の腕の中は、不思議と「安全」だと感じてしまった。
たとえ、彼自身が、この惨劇を引き起こした張本人だとしても。

彼が、どこかへ向かって歩き出す。
揺れが、また僕の体の疼きを呼び覚ます。

「……っ……んん……」
僕は、彼のコートの襟を強く握りしめ、必死で声を殺した。


涙が、再び溢れてきた。
屈辱なのか、安堵なのか、それとも、薬のせいなのか。

もう、何も分からなかった。
ただ、僕を抱く彼の腕の力強さと、
彼の匂いと、
彼の低い声だけが、
熱に浮かされた僕の意識の中で、
唯一の「現実」だった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

「君を一生愛すから」って言ってたのに捨てられた

豆子
BL
女神の加護を持つ国フィアラテールに齡十六で神子として召喚され、女神から授かった浄化の力で各地の魔物を倒し、瘴気で汚れた土地を蘇らせ、世界に平和と安寧をもたらし、ついでに共に戦った王子と文字に起こすと辞書並みの厚さになるラブストーリーを繰り広げ、永遠の愛を誓ってから二十年後「俺と別れて欲しい」とあっさりすっぱり捨てられたところから始まる話。 恋人の王子に捨てられたおっさん神子が長年の従者と第二の人生を歩む話です。 無表情獣人従者×三十路の神子

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

処理中です...