支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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57【檻への帰還】

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黒曜石の廊下を歩くガイゼルの足音は、いつも通り規則的だった。だが、その腕に抱かれた僕には、彼の微かな緊張が伝わってきた。僕の体を支える腕の力、僕の荒い呼吸に反応する胸板の微かな強張り。

揺れるたびに、僕の体は裏切るように熱を訴え、吐息が漏れる。

「……ん……っ……はぁ……」
僕は必死で声を殺そうと、彼の硬いシャツを強く握りしめた。だが、薬は僕の自制心を容赦なく蝕み、体の奥底から込み上げる疼きは、もはや制御できるものではなかった。


羞恥と屈辱。そして、自分の体が自分の意思とは無関係に反応してしまうことへの恐怖。それらが混ざり合い、熱い涙となって頬を伝った。

ガイゼルは、何も言わなかった。

ただ、歩く速度を少しだけ速め、僕を抱く腕に、さらに力を込めただけだった。
やがて、見慣れた重厚な扉の前に着いた。僕の豪華な檻。

衛兵が音もなく鍵を開け、ガイゼルは部屋の中へと入った。


カチャリ。背後で鍵が閉まる音が、僕を再びこの檻の中に閉じ込めたことを告げた。
部屋の中は、いつも通り、僕のガラクタと彼の高級家具が混在する、奇妙な空間だった。
だが、今の僕には、そのどちらも目に入らなかった。

ただ、体の熱さと、すぐ傍にあるガイゼルの存在だけが、霞む意識の中で確かなものだった。
ガイゼルは、まっすぐベッドへと向かった。
そして、僕の体を、まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと、黒い絹のシーツの上に降ろした。


彼が僕にかけた黒いコートが滑り落ち、再び僕の裸体が晒される。
シーツの冷たさが、火照った肌には心地よく、同時に新たな刺激となって、僕の体を震わせた。

「……あ……ぅ……」
僕は、シーツに顔を埋め、漏れそうになる声を必死で噛み殺した。

熱い。苦しい。
誰か、この熱を、どうにかしてくれ。
でも、誰にも触られたくない。

矛盾した感情が、僕の中で嵐のように渦巻いていた。
ガイゼルは、ベッドの脇に立ったまま、僕を見下ろしていた。

その青い瞳には、先ほどの殺戮の残滓も、冷徹な支配者の光もない。
ただ、深い、深い闇のような、底なしの感情が揺らめいていた。

それは、怒りとも、憐れみとも、そして、もっと別の、形容しがたい独占欲ともつかない、複雑な色だった。

彼は、しばし黙って僕の苦悶する姿を見つめていたが、やがて、部屋の隅にある棚、薬湯などが置かれている場所へと向かった。

何かを探している。おそらく、この薬の効果を抑えるための、解毒剤か、鎮静剤か。


僕は、床に転がる自分の破られた寝間着を見た。
あの男たちの、汚い手。下卑た笑い声。
そして、僕を襲った、絶対的な無力感と恐怖。
それらが、フラッシュバックのように蘇り、僕の体を再び震わせた。

怖い。
一人でいるのが、怖い。
この熱と、記憶と、衝動に、僕の精神が壊れてしまいそうだった。


(……ガイゼル)
僕は、無意識に、彼の名を呼んでいた。
彼が、棚から小さな硝子瓶を取り出し、こちらに向き直る。
その姿が、霞む視界の中で、妙に「大きく」、そして「頼もしく」見えてしまった。

僕を支配する男。僕を道具扱いする男。
だが、僕をあの地獄から救い出し、僕を「壊さない」ように管理する男。

薬は、僕の思考の境界線を、曖昧にしていた。
憎しみと、依存。
恐怖と、歪んだ安心感。
それらが、もはや区別がつかなくなっていた。

ガイゼルが、ベッドに近づいてくる。
その手に、おそらく解毒剤であろう液体が入った硝子瓶を持っている。
彼は、それを僕に飲ませるつもりなのだろう。
だが、僕は、もう限界だった。
体の熱も、心の混乱も、孤独への恐怖も。
全てが、僕のキャパシティを超えていた。


「……っ……」
涙が、止めどなく溢れてきた。
僕は、震える手を、伸ばした。
目の前に立つ、唯一の「現実」へと。
僕を支配し、僕を所有する、その男へと。


「……がい、ぜる……」
僕は、彼の名前を呼んだ。
それは、懇願でも、命令でもなかった。
ただ、壊れかけた子供が、唯一知っている大人の名を呼ぶような、途方に暮れた、か細い声だった。


僕は、彼の黒いシャツの裾を、掴んだ。
そして、彼を見上げ、涙に濡れた瞳で、訴えた。


(……助けて)
(……もう、分からないんだ)






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