【完結】漆黒の公爵と純白の魔性

舞米

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10話

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夜の闇が白み、王都の空が乳白色に染まり始める頃。
ラヴェンズワース公爵邸の主寝室は、まだ薄暗い静けさの中にあった。

重厚な天蓋付きの寝台の上で、フェリクス・ラヴェンズワースは、すでに目を覚ましていた。
彼は眠るのが常から浅い。だが、今朝の目覚めは、ここ数年で最も満ち足りたものだった。  

彼は寝返りを打たず、片肘をついて、隣で眠る存在を飽きることなく眺めていた。
シーツの海に散らばる、純白の髪。
規則正しい寝息を立てる、無防備な恋人、オフィール。

昨夜、あれほど激しく求められ、快楽に声を枯らし、妖艶に喘いでいた姿が嘘のように、その寝顔は幼く、無垢ですらあった。

黄金色の睫毛が、わずかに頬に影を落としている。
シーツから覗く白い肩や背中には、フェリクスが昨夜つけた「罰」の痕跡――彼の独占欲が刻み込んだ、赤い花印が点々と散っていた。
フェリクスは、その所有の証を、愛おしげに指先でそっとなぞる。

(…俺のものだ)
この美しい魔物が、自分だけのものだという事実が、彼の冷徹な心臓を、甘く、熱く満たしていく。
昨夜、己の腕の中で恍惚とし、甘く可愛い声を上げて乱れていた姿を思い出し、フェリクスの口元には、彼自身も気づかないほどの、浅く満足げな笑みが浮かんだ。

「…ん……」
フェリクスの指の感触に気づいたのか、オフィールの瞼が小さく震えた。
やがて、黄金の瞳が、寝ぼけ眼のまま、ゆっくりと開かれる。

「……ふぇり、くす…?」
掠れた、甘い声。
昨夜、あれだけ酷使したのだから当然だった。

「ああ、おはよう、オフィール」
フェリクスは、その純白の髪が額にかかっているのを、優しく払い除けてやった。

そして、その額に、朝の挨拶代わりの、軽いキスを落とす。

「…あさ…?」
オフィールは、まだ半分夢の中にいるように、ぼんやりと呟いた。
そして、自分がフェリクスの腕の中にすっぽりと抱きかかえられていること、そして、お互いにほとんど何も纏っていないことに気づき、昨夜の記憶が奔流のように蘇ってくる。

「…っ!」
顔が、カッと熱くなる。

「…どうした。顔が赤いぞ」
フェリクスが、わざと意地悪く囁く。

「…っ、うるさい…」
オフィールは、羞恥心から、フェリクスの広い胸に顔をうずめた。
その仕草が、フェリクスの庇護欲をさらに掻き立てる。

オフィールが、身じろぎしようとして、腰に走った微かな、しかし甘美な痛みに、小さく眉を寄せた。

「…ぅ…」

「…痛むか」
フェリクスの声に、愉悦の色が混じる。

「お前の『お仕置き』が、少々厳しすぎたか?」

「……フェリクスの、せいだ…」
胸に顔を埋めたまま、オフィールが抗議する。

「あんなに、するなんて…」

「フッ…」
フェリクスは小さく笑い声を漏らすと、オフィールの体をさらに強く抱きしめた。

「それもこれも、お前が蛇の姿で俺をからかったのが悪い。それに…」
フェリクスは、オフィールの耳元に唇を寄せ、昨夜のように囁いた。

「…あれほど、可愛く鳴いて俺を求めたのは、どこの誰だ?」

「んん…っ! ちがう…!」
耳元で囁かれたその声に、オフィールの体は、快感の記憶を思い出して、ビクリと敏感に反応した。
これ以上からかわれるのは敵わないと、オフィールは慌てて顔を上げ、抗議の視線を主人に向ける。

だが、その潤んだ黄金の瞳は、抗議どころか、フェリクスの欲望を再び煽るだけの、妖艶な光を宿していた。

「…ああ、駄目だ」
フェリクスは、その瞳を見て、深い溜息をついた。

「…お前は、朝から俺を煽る天才らしい」

「え…?」
オフィールが、何を言われたのか理解する前に、再びその唇は、フェリクスのものによって塞がれていた。

昨夜の激しいものではなく、慈しむように、甘く、深く、角度を変えて繰り返される、口づけ。

「ん…んぁ…、…ぁ…」
オフィールは、すぐに抵抗するのをやめ、うっとりと目を閉じ、そのキスを受け入れた。

もう、フェリクスから与えられる快楽には、逆らえないことを知っていたから。
長い口づけが終わり、名残惜しそうに唇が離れる。

「…フェリクス、おなかすいた」
オフィールが、少しだけ腫れた唇で、素直に告げた。

「ああ。今日はベットで食べろ」

「え、でも…」

「いいから。お前は今日一日、ここから動くことを許さん」
それは命令であり、同時に、最大限の甘やかしだった。

フェリクスは、寝台の脇にあるベルを鳴らし、侍従に朝食を部屋まで運ぶよう命じた。
そして、再びオフィールを腕の中に抱きしめる。

「…フェリクス」

「なんだ」

「…昨日の、執務室の書類、よかったの?」
オフィールは、自分が原因で放り出された、あの報告書の山を思い出していた。

「ああ。そんなものより、お前の方が遥かに重要だ」
フェリクスは、こともなげに言い切った。

「叔父上が騒ぐだろうが、知ったことか。…それより、オフィール」

「なに?」

「…朝食が来たら、また蛇の姿に戻れ。お前の魔力回復が最優先だ」

「…やだ」

「…なぜだ」
オフィールは、フェリクスの胸に頬をすり寄せ、甘えるように言った。

「…人型のほうが、フェリクスに、こうして、ぎゅってしてもらえるから」
その答えに、フェリクスは一瞬、息を呑んだ。

そして、この愛しい魔物をどうしようもない、というように、強く、強く抱きしめた。

国の暗部も、王の密命も、この腕の中の温もりと、甘い声の前では、全てが色褪せていく。

「…分かった。お前の好きにしろ」
影の当主の、完全な降伏だった。






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