【完結】漆黒の公爵と純白の魔性

舞米

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14話

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轟音と共に扉が吹き飛んだ瞬間、暗殺者たちは勝利を確信していた。
魔術師「霧雨」が放った、この屋敷の警備網を麻痺させるための「魔力相殺」の余波が、扉を破壊したのだ。

(警報が鳴った! だが遅い!)
(ターゲットは無防備!)
(あの男娼を抱いたまま、死ね!)
二人の戦士が、致死の毒を塗った剣を抜き、フェリクスに飛びかかる。

後方では「霧雨」が、本命である「解呪不能」の呪詛の詠唱を開始した。
全てが、コンマ数秒の世界。
遠くからバルタスたちの怒声と足音が聞こえるが、到底間に合わない。


「―――邪魔しないでよ」
その、オフィールの冷ややかな呟きは、誰の耳にも届かなかった。

フェリクス以外は。
フェリクスは、襲い来る暗殺者たちを見ても、なお動じなかった。
ただ、膝の上のオフィールが、その純白の指先で、自分の胸元――心臓の真上――を、トントン、と軽く叩いたのを感じただけだ。
それは、オフィールの「八つ当たり」の合図だった。

(僕のフェリクスを驚かせた)
(僕の時間を台無しにした)
(埃っぽい。うるさい。不快)
(だから、ちょっとだけ、痛い目にあって)
オフィールがそう「思った」瞬間。

「「なっ!?」」
フェリクスに飛びかかっていた二人の戦士が、まるで巨大な、見えない壁に激突したかのように、その場で動きを止めた。
いや、止められたのだ。

「ぐ…! あ…!?」
「か、体が…動か…!」
金縛り。
だが、それは聖職者が使うような聖なる力ではない。
もっと根源的で、圧倒的な、「魔力」による物理的な圧迫だった。


「馬鹿な! 結界か!? 詠唱はなかったぞ!」
後方で呪文を詠唱していた魔術師「霧雨」が、驚愕に目を見開く。

その視線の先で、信じられない光景が繰り広げられた。
フェリクス・ラヴェンズワースは、椅子に座ったまま、表情一つ変えていない。
まるで、目の前の暗殺者たちなど、壁のシミ程度にしか認識していないかのように。

「貴様…っ! 何を…!」
戦士の一人が、必死に体を動かそうともがく。

(あ、もがいてる。うるさいな)
オフィールが、フェリクスの胸に頬をすり寄せたまま、さらに「不快」を募らせた。

(もっと、静かにしてよ)
次の瞬間。


「「ぎゃあああああっ!!」」
二人の戦士の体が、見えない巨人の手に掴まれたかのように、宙に持ち上げられた。
そして、そのまま、凄まじい勢いで、部屋の反対側の壁石に叩きつけられた。


ゴシャッ!!
肉が壁に叩きつけられる、鈍く、水っぽい音。
骨が砕ける音も混じっていたかもしれない。

二人は、壁に「貼り付け」られたまま、白目を剥いて意識を失い、ズルズルと床に崩れ落ちた。
原型は留めている。だが、生きていたとしても、二度と剣を握ることは叶わないだろう。

「ひ…っ!」
「な、なんだ…今の…!?」
残った三人の暗殺者、霧雨ともう二人が、恐怖に後ずさった。

(魔法か!? だが、どこから!?)
(あの公爵は、魔術師ではないはず…!)
(まさか、あの「愛人」が…!?)
一瞬、オフィールに視線が向くが、彼はただフェリクスの胸に顔をうずめ、怯えているようにしか見えない。

「…そうか。貴様か」
魔術師「霧雨」は、この異常事態の源が、フェリクス本人から発せられている「何か」であると、直感的に悟った。

(これが…「完全無欠」の正体か…!)
「だが! 俺の『解呪不能』の呪詛は、物理防御など意味をなさ…!」
霧雨が、最後の切り札である呪詛を放とうと、杖を振り上げた。

「―――うるさい」
今度は、フェリクスの冷たい声が響いた。
彼は、膝の上のオフィールが「埃っぽい」と身じろぎしたことに、明確な不機嫌さを示していた。

オフィールの「八つ当たり」に、フェリクスの「不機嫌」が乗った。
それは、暗殺者たちにとって、完全な死の宣告だった。

オフィールは、フェリクスの胸元に隠れたまま、その小さな手のひらを、侵入者たちに向けた。

(もう、おわりにして)
―――閃光。
いや、光ではない。
純白の「魔力」そのものが、オフィールの手から、傍目にはフェリクスが座る椅子、その空間全体から奔流となって溢れ出した。
それは、蛇の形をしていた。
無数の、目に見えないほどの速度で動く、純白の魔力の蛇。
それらが、残った三人の暗殺者たちに襲いかかった。


「ぐ…あ…!」
「魔力が…吸われる…!?」
「やめ…がはっ…!」
それは、物理的な攻撃ではなかった。

オフィールは、彼らの「魔力」と「生命力」そのものを、直接掴み、握り潰したのだ。
霧雨は、杖を握ったまま、信じられないという顔で己の体を見下ろした。
力が、抜けていく。
呪詛も、抵抗も、何もかもが霧散していく。
原型は留めている。だが、その中身は、もはや抜け殻だった。

三人の暗殺者たちは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ち、二度と動かなくなった。


「…………」
扉が吹き飛び、五人の暗殺者が全滅するまで、わずか数十秒。
部屋には、再び静寂が戻った。
埃がゆっくりと床に落ちていく音だけが響く。
その、静寂を破ったのは、廊下の向こうから全力で駆けてきた、バルタスたちの荒い息遣いだった。


バァン!!

すでに半壊していた扉の残骸を蹴散らし、バルタスと、彼の率いる「影」たちが、血相を変えて私室になだれ込んできた。

「ボスッ!! ご無事ですか!!」

「敵は!?」
彼らが飛び込んできた時、そこに広がっていた光景に、全員が息を呑み、凍りついた。
部屋は、荒らされている。
だが、その中央。

主、フェリクス・ラヴェンズワースは、涼しい顔で、椅子に座ったままだった。
その膝の上には、はだけた寝間着姿のオフィールが、今しがたの惨劇に「怯えた」かのように、主人の首に必死にしがみついている。

そして、その周囲には。
壁に叩きつけられた二人と、床に崩れ落ちた三人。
合計五名の、原型を留めたまま「無力化」された、高名な暗殺者集団の残骸が、転がっていた。

「……」
バルタスは、己の目を疑った。
(俺たちが駆けつける、ほんの数十秒の間に…)
(この、S級の暗殺者チームを…)
(ボスは…椅子から、一歩も動かずに…?)
バルタスの視線が、床に転がる「霧雨」の魔術杖に移る。

(間違いない…『霧雨』だ…! あの連中を、一瞬で…!)

ぞくり、と。
バルタスの背筋を、恐怖と、それ以上の、神にも等しい存在への「畏怖」が駆け上がった。

(これが…これこそが、我が主、ラヴェンズワース公爵の、真の『力』…!)
(「完全無欠」とは、このことか…!)

フェリクスは、部下たちの完璧な誤認=いつも通りの認識に、満足げな表情すら浮かべなかった。
ただ、心底、面倒そうに、ため息をつく。
そして、「怯える」オフィールの背中を、優しく撫でた。

「…バルタス」

「は、はっ!!」

「騒がしいぞ」
その声は、氷のように冷たかった。

「お前たちの警備がザルだから、オフィールが怯えてしまったではないか」

「も、申し訳…ございませんっ!!」
バルタスは、その場で崩れ落ちるように片膝をつき、深く、深く頭を垂れた。

(あ、そうだ、僕、怯えてるんだった)
オフィールは、フェリクスの胸の中で、主人の完璧な「アシスト」に気づき、わざとらしく、か細い声を出した。

「…ふぇりくす…こわかった…」

そのか細い声を聞き、フェリクスは部下たちに、最後の命令を下した。

「…この『ゴミ』を掃除しろ。それから、この部屋の埃もだ。オフィールが不快に感じている」

「はっ!」

「あと、こいつらを送り込んだ『黒幕』を調べろ。…明日の朝までに、だ」

「「「御意!!」」」
部下たちが、戦慄きながらも、手際よく「掃除後処理」を開始する。

フェリクスは、もうその場に興味はないとばかりに、オフィールを抱え上げた。

「寝室に戻るぞ、オフィール。埃っぽい」

「…うん」
(あ、寝室。…ってことは、さっきの続き、してくれるかな)

フェリクスは、己の「力」に畏怖する部下たちを一瞥もせず、オフィールと共に、隣の寝室へと消えていった。

後に残されたバルタスたちは、主人の圧倒的な力と、あの「愛人」への溺愛っぷりを、改めて骨身に刻み込むのだった。





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