【完結】漆黒の公爵と純白の魔性

舞米

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26話

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王室舞踏会の夜。
王城は、その威信を示すかのように、城全体が魔術的な光でライトアップされ、まるで闇夜に浮かぶ巨大な宝石のようだった。

ひっきりなしに到着する、王都の有力貴族たちを乗せた豪華な馬車。
その中でも、ひときわ異彩を放つ一団が、正面玄関に到着した。

ラヴェンスワース家の紋章が刻まれた、漆黒の馬車。
そこから、まず、護衛であるバルタスが降り立ち、周囲に鋭い視線を走らせる。

そして、彼が恭しく扉を開けると、まず、闇そのものが凝ったかのような、黒の礼服に身を包んだ「影の当主」、フェリクス・ラヴェンスワースが姿を現した。

「「「…………っ」」」
エントランスで招待客の到着を眺めていた貴族たちが、息を呑んだ。

(ラヴェンスワース公だ…)
(あの方が、舞踏会になど…珍しい…)
(国王陛下の、じきじきのご命令だそうだ…)
フェリクスの機嫌は、今夜、屋敷を出る時からずっと「最低」だった。

その身から放たれる絶対零度の威圧感は、今夜のためにあつらえた最高級の礼服でも隠しきれず、周囲の喧騒を、まるでナイフで切り裂いたかのように静まらせた。

だが、貴族たちの息が、本当に止まったのは、その次の瞬間だった。

フェリクスが、馬車の中に、そっと手を差し伸べた。
その黒い手袋の手を、まるで当然のように、一本の、白魚のような手が掴む。

そして、その「手」の持ち主が、闇色のフェリクスに導かれ、光の中へと降り立った。

「「「…………あ……」」」
それは、声にならない、感嘆とも畏怖ともつかない、ため息の連鎖だった。

純白の至宝。
フェリクスが五日間かけて「作り上げた」、完璧な存在。

光を吸い込むような純白の礼服は、銀糸の刺繍で縁取られ、オフィールの人ならざる美しさを、神聖な領域にまで高めていた。

肌の白さは陶器のようであり、金色の瞳は、この世の宝石のどれよりも妖しく輝いている。

そして、その白い首元には――フェリクスの蒼い瞳の色を宿した、大粒のサファイアのチョーカーが、まるで「首輪」のように、官能的な光を放っていた。

あれが。
影の当主が、その膝の上から片時も離さないと噂の。
あの冷酷無比な男を、骨抜きにしたという。

「…噂の、『愛人』…」
「なんと…男、なのか…?」
「美しすぎる…まるで、月の精霊だ…」
「だが、あの首輪を見ろ。公爵閣下の瞳の色だ。…なんという、あからさまな『所有』の証…」
侮蔑、好奇心、嫉妬、そして恐怖。
あらゆる感情の視線が、針のようにオフィールに突き刺さる。

オフィールは、その無数の視線に、わずかに眉をひそめた。
(…村の時より、うるさい)
(匂いも、キツい。香水と、見栄と、嘘の匂いだらけだ)
彼は、本能的に、この空間が「不快」だと感じ取っていた。

オフィールは、自分に向けられる視線から逃れるように、フェリクスの腕に、無意識に身を寄せた。
その仕草が、フェリクスの独占欲を、さらに強く刺激した。

(…フン。そうだ、俺から離れるな)
フェリクスは、オフィールのその細い腰を、周囲に見せつけるように、強く、しかし優雅に抱き寄せた。

そして、貴族たちの視線など、まるで道端のゴミでも見るかのように、一切無視し、会場である「大広間」へと、悠然と歩き出した。


大広間は、千の燭台と、巨大なシャンデリアによって、白昼よりも明るく照らされていた。
優雅なワルツが流れ、着飾った貴族たちが、虚飾の笑みを浮かべて踊り、あるいは、グラスを片手に政治的な「噂話」に興じている。

「公爵閣下、ご到着!」
その声が響き渡った瞬間、それまでの喧騒が、嘘のように静まった。

音楽さえも、一瞬ためらったかのように、音量を落とす。
全ての視線が、入り口に立つ、完璧な「黒」と「白」のコントラストへと注がれた。

玉座の上から、国王アリストリウスが、その光景を実に、楽しそうに眺めていた。
(…来たか、甥よ。…そして、随分と、派手に『飾り立てて』きたものだ)
(あれが、あのゲルハルトでさえ道を踏み外させた、噂の『傾国の白』か。…確かに、あれは、毒だ)


国王は、これから起こるであろう「波乱」を予測し、笑いを堪えるのに必死だった。
フェリクスは、この焦げ付くような視線の集中を、心底、不快に感じていた。

(…忌々しい)
彼は、誰に挨拶することもなく国王にだけは、儀礼的に、頭をわずかに下げるという「最大限の敬意」を払ったが、広間の最も奥、しかし、最も会場全体を見渡せる「壁際」の、豪華な長椅子へと、まっすぐに向かった。

そこは、暗黙の了解で、最も高貴な者のために空けられていた場所だった。

フェリクスは、その長椅子に、ふんぞり返るように座ると、オフィールを、自分の膝の上ではなく、すぐ隣に座らせた。

だが、その間隔は、ゼロ。
オフィールの肩と太腿は、フェリクスのそれと、ぴったりと密着していた。

そして、そのオフィールの腰に、フェリクスの腕が、まるで「誰にも触れさせるな」と主張するかのように、回されている。

それは、貴族社会の常識からすれば、ありえない光景だった。
公の場で、パートナーしかも、男の腰を、あれほどあからさまに抱きしめるなど。
それは、言葉よりも雄弁に、周囲に語りかけていた。

(―――こいつは、俺の『所有物』だ。指一本、触れてみろ)と。



(((なんと、はしたない…)))
(((だが、美しい…)))
(((公爵閣下は、本気なのだ…)))
貴族たちは、恐怖と好奇心に引き裂かれながら、遠巻きに、しかし、執拗に、その二人を観察し続けた。

「…フェリクス」
オフィールは、その居心地の悪い視線から逃れるように、フェリクスにだけ聞こえる声で、囁いた。

「…僕、おなかすいた」

「侍従を呼べ」
フェリクスが護衛として、数歩後ろに控えているバルタスに目で合図すると、すぐに侍従が、最高級のシャンパンと、色とりどりのカナッペや菓子を、銀の盆に乗せて運んできた。

オフィールは、周囲の視線など、もうどうでもよくなった。
(あ! あれ、きれい)

彼は、キラキラと輝くゼリー寄せや、小さなタルトに目を輝かせ、フェリクスが許可するのも待たずに、それを一つ、つまみ上げた。

「ん、おいしい」

「…こぼすなよ」
フェリクスは、オフィールの口元を、自分のハンカチで拭ってやりながら、その無邪気な様子に、ほんの少しだけ、苛立ちを和らげていた。

(((食べさせている…!)))
(((あの、影の当主が、まるで子供にあやすように…!)))
貴族たちの間の「噂」が、さらに熱を帯びていく。

フェリクスの機嫌は、オフィールが菓子を食べる姿が「可愛い」ことで、わずかに「良」に傾いたかと思えば、その「可愛い」姿を、他のゴミどもが見ているという事実に気づき、再び「最悪」へと急降下する。

その、不安定な「焦ったさ」だけが、その場を支配していた。
誰もが、その「聖域」に近づけずにいた。

フェリクスが放つ「触れるな」という冷気が、物理的な壁となって、人々を遠ざけていたのだ。

音楽が再び流れ始め、人々は踊りに戻ったが、その視線の、実に三割は、壁際の「黒と白」に注がれ続けていた。
その、張り詰めた均衡を、破る者が現れた。


「―――素晴らしい。まるで、月光のようだ」
それは、若く、朴訥で、しかし、王族としての気品に満ちた、テノールの声だった。

声の主は、今夜の「主賓」である、「海龍王国」の第二王子、テオドール。
彼は、ラヴェンスワース家の「影」の噂など、全く知らない、純粋で、真っ直ぐな青年だった。

彼は、政治的な駆け引きなど意にも介さず、ただ、オフィールの「人ならざる美しさ」に、純粋な芸術品を見るかのような感動を覚えて、近づいてきてしまったのだ。

バルタスがしまった!という顔で、前に出ようとする。

フェリクスの蒼い瞳が、音もなく、その「邪魔者」に向けられた。

オフィールは、菓子を食べる手を止め、不思議そうに、その「新しい人間」を見上げた。

若き王子は、フェリクスの殺意に満ちた視線にも気づかず、完璧な礼をすると、にこやかに、こう言った。
「失礼、ラヴェンスワース公爵閣下。…そちらの、あまりにも美しい『ご婦人』と、よろしければ、一曲、踊らせていただいても?」


その、致命的な「性別の誤認」と、「命知らずな申し出」が、大広間に響き渡った。






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