[完]偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜

あいみ

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第二章

レーツェルの森、奇跡の樹、万能薬。

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 私とノアールも祭りを楽しむことにした。気になる屋台を回り、ノアールが食べたい物を購入した。

 パトロール中の騎士団員に出会うと敬礼をされる。

 オルゼが私を女神だと団員達に話してしまったせいで、私には敬意を払わなくてはと思っているのかも。

 とりあえず、オルゼに頼んで普通に接してもらえるようにしないと。

 通りは多くの人で賑わっている。人混みはあまり得意なほうではないけど、嫌じゃない。

 流れが特に決まっているわけでもなく、みんな好きなように動く。歩いている途中で立ち止まり、ぶつかってしまっても「ごめん」とお互いが謝りトラブルにもならない。

【シオン。良い匂いがする】

 祭りは国民全員が祈りを捧げると終わり。王宮から花火が上がると終わりの合図。

 これまた七色の花火。明るくてもしっかりと青空に浮かび上がる花。

 名残惜しそうな雰囲気のまま片付けが始まる。

 祭りが終わる瞬間なんて滅多に見られるものではなく、目に焼き付けていると、ノアールの鼻が動く。

 満腹で幸せそうに寝ていたノアールはパチッと目を開け、飛び降りた。

 今にも駆け出したいのを我慢して、私に付いて来いと言わんばかりに振り返る。

 ──隠れ家的出店でもあるのだろうか?

 気になるから後を追う。

 大通りをひたすら進んでいくと、大きな噴水のある広場に出た。憩いの場かな。

 台に上がり水の中を覗き込む。

 ためらいなく飛び込むノアールに肝を抜かれると同時に、姿が消えたことに恐怖した。

 ──嫌よ。置いて行かないで。私を一人にしないで!!

 「ノアール!!」

 頭で考えるよりも先に体が動いた。助けようと私も飛び込むと、目を疑った。

 視界が水で歪むことなくハッキリとしている。ここは水の中ではなく地上。目の前には多くのリンゴの成る樹。

 洞窟を抜けた先にあるような神秘的な空間。実際は周りは森だけど。

 「ここ、どこ?」

 まさかあの噴水。別の空間に繋がっていたのかな。

 一本道は続いているみたいだし、帰りはこの道を辿ればいいと信じたい。

 艶やかな赤を強調するリンゴ。漂ってくる甘い香り。

 そして何より。リンゴがあったことによる驚き。

 果物でこんなにテンションの上がったノアールは初めて。食べたくて仕方なくて木に登り、爪で枝を引っ掻いてリンゴを落とした。

【シオンシオン!これ、剥いて!食べよ!!】
 「うーん……まだダメよ」

 この世界にリンゴだけがない理由がわからないのに、無闇に口にするのは危ない。

 毒かもしれないからレイに鑑定をしてもらわないと。
 その考えがレイの仕事を増やしていると私自身、気付いていない。

【わかった!早く確認してもらお!】

 一本道を行こうとするのは、その先に知っている人の臭いがあるから。

 やっぱり帰り道だったのか。

 袋なんて持ってないから、そのままリンゴを持つ。

 ノアールには急かされるけど、歩きたい気分なのだ。

 自然に囲まれている感じがする。空気が美味しいとはこのこと。

 リーネットに来るときに抜けた北の森と違って、四方が完全に木で覆われているわけではないから陽の光は届く。

 変わらない景色なのに飽きがないのが不思議。

 鳥のさえずりも風の音もない。美しいだけが、ただ広がっている。

 まだここにいたいと思いながらも、ゆっくりと歩いていると出口が見えた。ガッカリするのはノアールに悪いか。

 「は……?レディー?」
 「どうしてシオンがここに?」

 出口の先で待っていたのは剣を構えたレイとオルゼ。
 殺気と戸惑いが入り混じる。

 ──あれー。もしかして私、立ち入り禁止区域に入っちゃってたかな。

 悪気なんてなく、偶然だって言えば信じてもらえるかな。噴水が入り口になっているなんて、あんなの……。仕方ないよね!?

 剣を納めてくれたのは良かったけど誤解は生じたまま。

 「レディー。その手に持っている物はなんだ」
 「これ?リンゴだよ。この奥の樹にいっぱいあったよ」

 あれ?二人共なんで黙ってるの。

 これか!リンゴのせいか!!

 見るからにここは王宮敷地内。ということはだよ。このリンゴも王宮が管理している物。

 勝手に取って泥棒扱いされてるのかも。

 土下座で許してもらえる!?

 笑みを取り繕ってはいるものの、内心では焦りまくり。あたふたして、見えない壁に頭を打ち付けて。

 心の中では謝罪をしまくっている。

【ナンシー。空間をここに繋げてくれ。今すぐに】

 通信魔道具で連絡を取った。ナンシーはすぐに空間を繋げて、私を見るなり目を見開いて固まっていた。

 ああ、うん。リンゴだよね。ほんとごめんなさい!!

 私の心境とは裏腹にノアールはレイに飛び付いて鑑定をしろと高速猫パンチを繰り出す。

 状況に合っていなさすぎる行動に一瞬、空気が和んだ。

 「レディー。こっちへ」

 怒られるだけで済めばいいけど。

 ノアールはレイから離れようとせず、そのまま空間を移動した。

 レイの執務室だ。国王陛下夫妻とスウェロまでいる。
 そんな危険物なの!?リンゴなのに。

 空気が重い。ピリピリしている。

 最上級の謝罪ってなんだろう。アクロバティックに滑らかな土下座?

 無理だ。身体能力が高い人ならともかく。

 他の謝罪方法を考えなくては。誠意が伝わらないと意味がないからな。

 「人払いを頼む」

 私が考え込んでいるうちに話は進んでいた。

 物音一つ立てることなく側近二人は退室した。しばらくの間、誰も近づかないように廊下に見張りまで立てる。
 スウェロは集中するかのように目を閉じ、全神経を魔力に注いだ。

 目に見えた風は強風となり壁をすり抜けた。

 この魔法は指定した範囲に人が足を踏み入れた場合知らせてくれるものらしい。

 侵入者用の感知センサーみたいなものか。音が鳴ったりするわけではなく、魔法を発動しているスウェロにだけ、違和感として伝わってくる。

 側近を押し退けてまでの緊急な事態なんて早々あるわけもないけど、念には念を入れて。

 ──あれ?もしかしてあの場所にも同じ魔法を発動してたりする?

 上級であろう魔法を発動し続けているのに顔色を変えることなく、いつも通りを過ごすスウェロの天才っぷりには驚かされる。

 更にそこに、声が漏れないように水魔法を使うのだから天才のすごさを目の当たりにした。

 複数の魔法を使うときは、同じ用途にしか使えない。炎の威力を風で上げたり、水と雷を融合させて致命傷を与えたり。

 異なる用途で別々の魔法を使うなんて。

 「レディー。もう一度聞かせてくれ。そのリンゴはどこから持ってきた?」

 真剣そのもの。

 ノアールが猫パンチをしたり袖を引っ張ったりするおかげで緊張感はない。

 リンゴはテーブルに置いて、ノアールが暴れないように膝の上で顎を撫でると次第に体の力が抜けてゴロンと横になる。

 「具体的な場所は私もわからないんだけど。さっきいた森?の奥にある樹になってて」
 「では、どうやってそこに行った?」
 「噴水に飛び込んだら、なぜかそこに立ってた」
 「あそこがレーツェルの森へのもう一つの入り口だったのか。だが、以前鑑定したときはそんなこと記されていなかった」

 顎に手を当て独り言を言いながら考え出した。

 「スウェロ。宰相の仕事を本格的に教えてやる」
 「本当ですか!!?」
 「あぁ。明日から私の代わりに仕事を頼みたい」
 「…………明日?」

 宰相の仕事ってそんな短時間で覚えられるほど簡単ではないはず。

 今日、といっても今は夕方。徹夜するつもりならまだ半日は残っている。

 スウェロの才能を買っているからこその無茶ぶりなんだろうけども。どんなスパルタでいくつもりですか。

 叔父上大好き王子が黙り込むなんてよほど。

 オルゼの瞳にも生気が薄れている。

 「私はずっと自分の鑑定に間違いないと思っていた。鑑定をしてもわからないことがあるのは、とても興味が引かれる。お前に任せられるのなら私は研究が出来る」
 「叔父上に頼られるのは嬉しいです。次期宰相として、精一杯頑張ります」
 「交渉がまとまったところで、本題に戻ってもいいか」

 律儀に待ってくれていた。口を挟もうともせず結果を見守る。

 “良い人”は遺伝するのか。勉強になった。

 「私がいたのはレーツェルの森って言うの?」
 「そうだ。詳しいことは歴史の本にも記されていないが、何百年も前から王宮敷地内にあの森が誕生したらしい」
 「樹が生えてたあの空間も敷地内なの」
 「いや。森を抜けている間、別の空間に移動しているんだ」
 「空間魔法ってことか。でもさ。魔法って使う人がいなくても発動するの?」
 「魔道具を使えば可能だな。王族の血を引く者が整備と管理を受け継いでいる」

 それがレイなのか。

 仕事の分担してあげてよ。一人だけ負担が大きすぎる。

 好きで立候補したなら外野がとやかく言うわけにもいかないけど。

 「シオンが見たのは奇跡の樹。私達が知る限りでは一度として、あの樹に実がなったことはない」

 軽く二十以上はあったような。しかもだよ。ノアールが落とした枝からすぐに、新しいリンゴが実っていた。

 ──奇跡と言えば奇跡。

 会話からリンゴは毒ではなく、希少価値が高くどんな病も治してしまう万能薬であることが判明。

 藤兄がリンゴは医者いらずだと言っていた。

 海外のことわざだと思っていたのに、まさか本当だったとは。

 元はゲームの世界だし、その辺は何でもアリなんだろう。

 「これは食べられるってことでいいの」
 「当然だ」
【食べるーー!!】

 復活したノアールはリンゴの周りをグルグル回る。言葉が通じなくても食べたいのだと丸わかり。

 魔法を使って皮を剥くと器用だとスウェロに褒められた。

 この程度なら、ちゃんとした家庭教師に習っていれば誰でも出来る。

 ここにいる全員、絶対出来るよ。

 「シオン?これは」
 「兎だよ兎。ほら、ここが耳」

 果物を食べるときは必ず、皮も種も取るのが一般的。少しでも皮を残すのは受け入れ難い。貴族ならば尚更。

 「皮にも栄養があるんだよ」
 「確かに。水で洗えばそのまま食べられるとなっているな」

 耳の部分だけを透明感のある水が覆う。

 ──いや、スウェロのほうが器用だな!!

 寸分の狂いもなく皮だけを洗浄するなんて。魔法を使うときも集中している様子はなかった。

 すごいことをしているはずなのに、スウェロのほんわかとした雰囲気のせいか、あまり凄みを感じられない。

 食べることをためらうみんなに、毒がないことを示すために私から先に一口食べた。

 甘っ!美味しい!

 噛んだ瞬間に甘さが口の中いっぱいに広がる。甘さだけでなく程よい酸味とのバランスが良くて味もくどくない。

 食感もシャキシャキしていて私の好きなタイプ。

 このリンゴでお菓子作ったら最高じゃん。果汁100%ジュースも美味しい。

 幸せな気分。

【ぼくも、食べる】

 しっかりと味わっていると、ノアールが涙目ながらに訴えてきた。

 「わー!ごめんねノアール!!」

 リンゴはノアールが食べたいから持ってきたんだった。

 極小一口サイズにカットして手の平に乗せると輝く笑顔で、一瞬にして完食。

 あれっぽっちでは足りないらしく、残ったリンゴは全部ノアールのお腹の中に消えていった。

 満足したようだ。

 「そうだ。リンゴをリーネットの特産物にするのはどうかな」

 万能薬なら高く売れるだろうし。

 リーネットは豊かではあるけど特筆すべき物はない。ハーストでさえあるというのに。確かイチゴって書いてた気がする。

 「残念だけど。それは出来ないよ」
 「どうして。だって……」
 「リンゴはね。他の果物と違って特別なんだ」

 通常、果物は種さえ植えたら早いもので半年以内には実がなる。でも、リンゴだけは違う。

 そもそも実物がないから種もない。仮にあったとしても、これまでの歴史で実がなったことは一~二回だけ。リーネットに限定せず、全世界の中で。

 加えて万能薬ときた。特産物として売り出せば戦争が起きる可能性しかない。国民を危険に晒さないためにも秘匿にするのが賢明。

 説明を受ければ納得の理由しかない。いかに軽率だったか思い知らされた。

 たった一つのリンゴでどんな病も治せてしまうのであれば、多くを犠牲にしてまでも手に入れたい。
 争いの火種をわざわざ自慢する必要はないということか。

 「ごめん。考えなしの発言だった」
 「シオンが悪いわけじゃないから!」
 「気持ちもわからないでもないしね」
 「それならさ。街や村に届けるっていうのはどうかな。病を治すなら予防も出来るはずでしょ」

 この提案もあまり良い顔はされない。

 国内だけで取り扱うなら問題ないはずなのに。

 国境近くの街は外から人が入ってくる。そこで偶然にもリンゴを目にしたら結局は争いが起きてしまう。

 「それならすりおろして保管しておけばいいんじゃないかな」
 「「すりおろす?」」

 切ることはあっても、すりおろすという概念はない。お菓子に使う果物も決まった物だけで、他はそのまま食べるのが当たり前。

 パイはサクランボ、タルトはオレンジかブルーベリー。イチゴだけはそのまま食べたり、ケーキに使ったりする。

 リンゴは未知であるけど、手を加えることなく食べるだけなのだろう。

 食べ物を保管する魔道具は存在するため、その中に入れておけばいい。

 「カクテルのように飲み物にするのもアリだと思うな」
 「シオン嬢。そんなことをしてしまえば効果が消えてしまうのではないか」
 「そんなことは……ないかと」

 確認も込めて鑑定したレイに視線を向けた。

 「期待しているところ悪いが、そこまで詳しくは見ていない」

 一度鑑定したものは自由に見返せるわけではないため、再びリンゴを鑑定する必要がある。

 奇跡の樹に実るリンゴをその目で見てみたいと、レイ以外も一緒に来ることになった。

 ナンシーを呼び出そうと通信魔道具に手をかける前に、「みゃっ」とノアールが鳴いた。

 視界がぐにゃりと歪む。正常に戻ったかと思えば、そこはレーツェルの森、奇跡の樹の真ん前。

 誰もが言葉を失う。二つの理由で。

 一つは当然ながらリンゴだ。もう一つはノアールがたった今、空間魔法を使ったこと。

 色々と混乱しているせいで、第一声が見つからない。

【シオンー!もっと食べる!!】

 当の本人に魔法を使った自覚はない。あのときと同じだ。

 私を守るために長男に立ち向かい引っ掻いた。あれが私の最上級魔法の腐敗であるとわかったのは長男が寝込んだとき。

 想いが一定値を超えたら魔法として具現化されるのかも。

 今回はリンゴを食べたい気持ちが強すぎて一秒も待てなかった。

 ──今度、ノアールの鑑定をお願いしてみよう。

 レイは一人黙々と鑑定をしている。

 樹に触れた後はリンゴを個別に。

 ──全部同じじゃない?

 終わったかと思えば触れていた最後のリンゴを採り、それも鑑定した。

 ──だから、同じだよね。

 鑑定結果が変わるはずはないのにレイの表情は険しい。

 「レディー。さっきのリンゴはどっちが採った?」
 「ノアールだけど」
 「では、レディーが採ってみてくれないか」
 「それはいいけど」

 こんなにも立派な樹は、私の身長でも採れる高さになっている実もある。背伸びをして目いっぱい手を伸ばさないといけないけどね。

 力を入れなくても採る意志があるだけで、すんなりと手の中に収まる。

 私が採ったのとすぐに生えたのを鑑定。

 違いがあるのか聞いてもいいかな。いいよね。

 「品質が違う。レディーが採ったこれは最高品質。ノアールが良品質……なんだ?」
 「初めてノアールの名前を呼んでくれたなって」
 「随分と嬉しそうだな」
 「嬉しいよ。だって家族の名前が呼ばれるんだもん」
 「そうか」
 「レイ。シオン嬢のことをえらく気にしているようだな?」
 「兄上。次にそのようなことを言ったら、宰相の仕事を放棄しますよ」
 「う……悪かった」

 本心じゃないんだろうな、今の。

 兄のために全てを捧げた弟が、たったそれだけのことで職務を放棄するわけがない。

 脅しとしては効果は抜群。

 イタズラがバレて母親に怒られる子供のように、しょんぼりした。

 「すまない、レディー」
 「何に対しての謝罪?」
 「冗談でも私のような歳上の男をあてがわれそうになったら嫌だろう」
 「レイは素敵な殿方だから全然嫌じゃないよ」

 モテる要素だけを詰め込んだ完璧な人。私は好きにならないってだけなんだけど。

 こんな境遇ではなく、普通に出会っていたらミーハー気分でカッコ良いとか思っていたのかな。

 彼と生涯を共にする女性は幸せだと、羨望の眼差しを向けるのだろうか。

 いや、想像するだけ無駄。そんな“もしかしたら”の世界は訪れなかった。今が、現実でしかない。

 「シオンは叔父上が好き?」
 「私、大切な人はノアールだけって決めてるから」
 「そ、それは、つまり……えっと」

 オルゼの顔色が悪い。スウェロもどこか笑顔が暗い。

 ──ノアールが恋愛対象と勘違いされてる?

 大好きだし愛してるよ。死ぬまでずっと傍にいたい存在。ノアールが人間だったらな。そう思わない日はなかった。

 いちいち訂正しなくても、わかってくれるでしょう。私はみんなを信じている。

 「じゃ、じゃあシオンは、誰も好きになったりしないの」

 オルゼがやたら私の恋愛に興味を示している。

 騎士の中に女性がいないわけではないけど、普段の会話は鍛錬や魔物討伐のことばかりになりがち。浮ついたような話もしてみたいのかも。

 恋バナは男女問わず、みんなでするものだ。

 「ならないよ」
 「絶対?」
 「うん。絶対」
 「これまでに出会った人で、ちょっと心惹かれた人はいた?」
 「全くいないけど」

 出会う人は限られていたし、そのほとんどがもれなくクズ。

 好きになる要素は一つもない。

 攻略対象なんかクズを通り越した連中。

 画面の向こうに見ていたのは愛する主人公を悪女から守ろうとする勇敢な姿のみ。本当の彼らは最低だ。

 「これから出会う人はもしかしたら……」
 「レクシオルゼ。その辺にしておけ。レディーを困らせるな」
 「レック。強要してはいけないよ。シオンの人生を縛る権利を私達は持ち合わせていないのだから」
 「それではあまりにも兄様が……」
 「レック!シオンが決めることだ。誰を好きになって、誰も好きにならないのかは」
 「……はい。ごめん、シオン」
 「私は気にしてないから」

 私に好きな人がいないのはそんなに焦ることなのだろうか。

 オルゼ自身が私に好かれたいわけではない。

 兄様。スウェロではない、二番目の“アル”。

 あ!そうか。王太子はアル殿下だから。王太子と(一応)聖女が結婚したら国民は大盛り上がり。国ももっと豊かになる。

 国を想うオルゼの気持ちに心打たれても、会ったこともない人を好きにはなれないし、他人に深く踏み込む恋愛は絶対しない。

 私は今のままがいいんだ。

 そりゃあ、国のために結婚するのはいいけど、相手を好きにならないのに夫婦になるなんて失礼すぎる。政略結婚とは、そういうものだと割り切ってはいるけども。愛だけではなく愛情すらないのであれば、誰よりも近い存在になるのは間違っている。

 「それで、叔父上。結果はどうだったんですか」
 「どんな病も食べるだけですぐに治る。毎日、一さじ食べれば病にかかることもない」
 「問題はどうやって配るかだな」
 「え?魔道具に詰めて渡せばいいんじゃないの」
 「辺境や各領地は遠すぎるからな。ナンシーの空間魔法なら一瞬だとしても、負担が大きすぎる」

 空間魔法は五大魔法と違い遺伝ではないため、何人も空間魔法を使う人は現れない。

 各地に移動するような画期的な魔道具は発明されていないのが痛手となっている。仮に実用可能まで仕上げたとしても、恐らく莫大な魔力を消費してしまう。国内の移動で使うには不向き。

 頭が良いレイやスウェロが本気で悩む。

 「見回りに行く騎士に持たせたらダメなの?」

 リーネットでは魔物の目撃情報が激減した。これまでは討伐に出向かなければならないほど、危険で酷い状況だったのに今では数人体制で見回るだけ。

 魔物を見たからといって無闇に剣を突き立てるわけではない。襲ってこなければ害はないのだ。不必要な殺生で魔物の怒りを買うのは避けなければならない。

 絶対の安全が保証されているわけではないから、魔物が出現しやすい地域を重点に国全体を見回り警備する。

 その際に何か困り事がないかを聞いて、力を貸すことが多い。

 「今すぐにでも必要な村にはナンシーに空間を繋いでもらい、それ以外には順番にという形か」

 問題は解決した。

 次は収穫。私が採ったほうが品質が良いため、心を無にして作業を繰り返す。途中で飽きてきたけれど、何十個では全然足りない。一家に一瓶。それを目標とする。

 瓶は保管する魔道具であり、思っていたより大きい。五百グラムも入るからね。

 すりおろす作業より、こっちのほうが断然疲れる。

 「今日はこの辺にしておこう。レディーも疲れただろう」
 「うん。でも、これで足りる?」
 「今すぐに必要な村は少ないからな」

 魔物が多く出現する村は病が流行る。免疫のない子供やお年寄りがかかりやすい。体に発疹が浮かび、徐々に体力を奪う。回復魔道具では治せないため、隔離する他ない。

 成人男性が病にかかることは稀で、看病は彼らにお任せ。感染覚悟でお世話をしても、治る治らないは半々。まだ体力のある子供のほうが治る確率は高い。

 絶対に助からない境界線があり、発疹が顔に出始めたら看病をやめて隔離小屋から出なければならない。

 私が生まれ、闇魔法を得たことにより、ハーストに加護が与えられ魔物は近寄らなくなった。消えてなくなるわけでもなく、全て近隣の国の付近に移動しただけ。

 責任を感じてしまう。私がいなければ失われる命は少なかったはず。

 ──心臓に見えないナイフが刺さったみたいだ。

 心が痛い。直接、この手で殺したわけでもないのに。死体の山が目の前に積み重なる。

 「レディーが気に病むことではない。昔から魔物はいた。病も蔓延していた。私達も出来る限りの対策をしたが、それでも。零れ落ちる命は多かったのだ。決して、彼らや彼女達の命が奪われたのはレディーが生まれたからではなく、私達に救う力がなかった。それだけだ」

 もし、もしも。ヘリオンがレイのように優しかったら。ボロボロに傷ついた心を優しく抱きしめてくれていたのなら。

 シオンは「助けて欲しい」と口に出来た。

 叶わないとわかっていても、この手を引いて逃げて欲しいと縋っていたのかもしれない。泣きながらみっともなく懇願して。

 「それでも。まだ棘があるようなら、こう思ってみたらどうだ。レディーの存在はこれから、数え切れないほどの命を救うのだと」

 柔らかい笑顔。王様に似ている。やっぱり兄弟なんだなぁ。

 初めて見る表情に、私はアホなことを考えていた。

 ──これ絶対、スチルじゃん。

 実物じゃなくて画面越しに見たかったなんて、なんとも失礼なことを思っている自覚はある。

 イケメンは直に見るよりガラスでも何でも、一枚間に挟んだほうが良いらしい。

 特別感がなくなる。

 「レイの言う通りだわ。シオン嬢がいなければ今でも私達は、多くの民を救えずにいたのよ」

 心臓に刺さったナイフを、抜いてくれた。傷にならないよう、ゆっくりと。

 痛みは完全に消えたわけではない。でも、温かい優しさが包んでくれたおかげで、明日からも生きていける気がした。

 病に苦しむ人々はまだまだ多く、指を咥えて見ているだけの現状を憂うばかり。

 そこに、希望が現れた。苦しむ人々を救う万能薬。

 可能な限り、良い物を届けたい。

 私も協力を惜しむつもりはない。魔力コントロールを教わっているし、出来ることは進んでやらないと。

 どんなことでも頼られるのは嬉しい。地味な作業かもしれないけど、やりがいを感じる。

 これから毎日、ここに来て最低でも百個は採ろう。

 「一応聞いておきたいのだが、レディーはなぜ、魔法を使わない?さっき見せた初級魔法。あれで枝を切れば早いのだが」
 「…………もっと早くに言ってくれないかな!?」
 「あえて手間のかかる素手を選んでいるのかと」
 「レイって意外と性格悪いよね」

 鞭のようにしならせるイメージで枝を一気に切れば確かに楽で早い。

 ──私ってそういうの気付けないよね。

 宝石を売ってお金を作る発想もなかったし。

 すりおろして詰めるのは私の役目ではないため、今日の仕事は終了。

 祭りを楽しむだけだったのに、思わぬ大発見をしてしまった。

 私の驚きより彼らの私への感謝のほうが大きい。

 昨日まで何もなかった、ただの樹にリンゴが実った理由。鑑定したレイだけはわかっていて、私の祈りが影響している。 笑顔で暮らすには病気や怪我は厳禁。光魔法の使い手がいないリーネットでは万能薬が必須。

 奇跡が私の願いを聞き届けてくれた。

 そして、もう一つの大発見。

 私達がリーネットに初めて来た日。ノアールが良い匂いがすると言っていた。あれは淀みがなく空気が澄んでいる意味だとばかり。まさかリンゴの匂いを嗅ぎ取っていたとは。

 あのときはまだ、ただの樹だったはず。残り香みたいに匂いが染み付いていたのかな?

 ただ、甘い匂いとは別らしく、とにかく良い匂いらしい。

 戻ろうとすると、もっと食べるとノアールが駄々をこね始めた。あと一つだけと約束をして、試しに魔法を使ってリンゴを採った。失敗することなく上手くいき、内心では大喜び。

 スウェロに水で洗ってもらうと、勢いよくかぶりつく。

 食べる度に幸せを噛み締めるノアールの頭をそっと撫でた。

 私の幸せはノアールが傍にいてくれること。それだけで笑顔になれる。
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