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第一章
ヘレンの暴挙
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意外にも今日は楽しかった。話をしてご飯を食べただけなのに。
まだ陽が昇る内からデートは終わった。急な予定だったし、出来る限りのことはやったわ。お互いに。
──次はもっと計画を立てなくちゃ。
自然と「次」のことを考える自分がおかしかった。
会話やコミュニケーションはアカデミーで充分補える。休みの日にわざわざ時間を作って出掛ける必要性がない。
にも関わらず私は、ディーと並んで歩きたいなどと柄にもないことを思っている。
どうしてそんなことを思うのか。心が落ち着いた。
朝のモヤモヤが吹き飛ぶほど。あんなにも穏やかな時間を過ごせるなんて思ってもみなかった。
ディーの性格のおかげかしら。
考えることが多い私にはゆっくりする時間なんてなく、私だけがいつも忙しかった。
頼られることが嬉しかったあの頃とは違う。
私の時間の使い方は私が決める。私の時間を割くに値するかどうかは私が判断する。
お土産も貰ったしニコラと食べよう。
そう思って部屋に呼ぶとニコラの頬は赤く腫れていた。
何があったか聞くと、紅茶が不味かったという理由でヘレンに叩かれたのだと正直に答えてくれた。
ヘレンにも専属の侍女はいる。ニコラにやらせる理由がない。
メイドならともかく私の侍女に個人的用を押し付けただけでなく勝手に罰を与えた。大胆不敵な行動は目に余る。
上手くいかないことへの苛立ちを私の大切な侍女に向けるなんて。
年頃の女の子の顔に傷をつけるなんて。痕が残ったらどうするつもり。
責任なんて取れないくせに。
ニコラが私に告げ口をしてもしなくても、ヘレンに罰を与えることは出来ない。この家の当主はお父様なのだから。
お父様が黒と言えば黒になる。それが当主としての力。
理不尽な暴力を受けたニコラは毅然としている。私に迷惑をかけないように振舞ってくれているのが痛いほど伝わってくる。
ニコラを抱きしめると、悔しいと怒りに声が震えていた。
叩かれたことがじゃない。私が大好きな紅茶を貶されたことに。
「いいニコラ。これからは私の命令以外に従ってはダメよ。貴女の主人はアリアナ・ローズなのだから」
「はい……!!」
私の考えが甘かった。ニコラは完全に私の味方。人質としては最適。
下手をすればニコラを使って、婚約者をエドガーに代えろと脅してくる。
アカデミーに行ってる間にもニコラは標的となり傷つけられる。
ヨゼフに頼むにしても彼まで危険には晒せない。
この間の一件以来、ヨゼフはお父様に睨まれているしヘレンが誇張してカストやハンネスに話したおかけで、顔を合わせただけで殺伐した空気となる。
突然、殴りかかるわけではないにしても、いつまでも睨み合いだけで済むはずがない。
ヨゼフが負けるなんて思ってないけど、あんな人達のために怪我を負わされるのは嫌。
どうすればいいの。
コゼット卿に頼むにしてもリスクが高すぎる。
そもそもカストやお父様の耳に入るのも一刻の猶予もない。
そうなれば無関係のコゼット卿は騎士団を追い出されるだけでなく私と同じように冤罪で殺される。
平団員が団長や雇い主に異議を唱えることは出来ず、泣く泣く従ってコゼット卿に無実の罪を着せてしまう。
その後はどうなるのか容易に想像がつく。口止め料を払うか、罪の意識に耐えきれなくなった団員は容赦なく切り捨てる。
いらなくなったもの、邪魔になったもの。それらは簡単に手放せる。
いくら同じ時間を過ごそうとも、彼らには思い入れはない。大切にしたいのはヘレンとの時間なのだから。
この家の中で目に見える形で私の味方となった者を彼らは許さない。
私を陥れるのではなくヘレンをきちんと教育すればまともになれたはずなのに。
そんな手間もお金もかかることをするぐらいなら私を利用したほうが早いと決断した。
改めて無力さを痛感する。
大切な人を守ることさえ他力本願に縋るしかない。
私が帰ってきたからこれ以上の手出しはしないだろうけどカストとハンネスはそうはいかない。
最悪、解雇通知を持って来るかも。
それは突き返すつもりだ。ニコラに関してはお父様にもクビにする権限を持ち合わせていない。
なぜならニコラは私との個人契約によりローズ家で働き侍女となっている。そのことは教えていないし教えるつもりもない。
この家の人間は私なんかに興味はなく、使用人は全員お父様が雇用契約しているのだろう、と私に何の確認もしない。
不当解雇は“ニコラの実家の怒りを買う”だけ。
今日は食堂で食事をする気分になれなくて、ディーのお土産で空腹を満たした。
それがあまりにも美味しくてニコラにも勧める。
口に入れた瞬間、パァっと笑顔になった。
──待って。こんな笑顔、初めてなんだけど。
今度ディーにどこで買ったか聞いておこう。
二つ目に手が伸びるのが早い。そんなに気に入ったのなら、残りは全部ニコラにあげようかな。
「お嬢様の頂き物を私が全部食べるわけには」
「私がいない間、頑張ってくれたんでしょう?そのご褒美だと思って」
言い返すこともせずに、立場を弁えて謝罪するニコラは強い。
絶対に許しはしない。
ヘレンにはいつか、ニコラと同じ痛みを与えてあげる。
なったことになんてさせないわ。
その日ヘレンは私の侍女を勝手に罰して傷つけたことへの謝罪には来なかった。
まだ陽が昇る内からデートは終わった。急な予定だったし、出来る限りのことはやったわ。お互いに。
──次はもっと計画を立てなくちゃ。
自然と「次」のことを考える自分がおかしかった。
会話やコミュニケーションはアカデミーで充分補える。休みの日にわざわざ時間を作って出掛ける必要性がない。
にも関わらず私は、ディーと並んで歩きたいなどと柄にもないことを思っている。
どうしてそんなことを思うのか。心が落ち着いた。
朝のモヤモヤが吹き飛ぶほど。あんなにも穏やかな時間を過ごせるなんて思ってもみなかった。
ディーの性格のおかげかしら。
考えることが多い私にはゆっくりする時間なんてなく、私だけがいつも忙しかった。
頼られることが嬉しかったあの頃とは違う。
私の時間の使い方は私が決める。私の時間を割くに値するかどうかは私が判断する。
お土産も貰ったしニコラと食べよう。
そう思って部屋に呼ぶとニコラの頬は赤く腫れていた。
何があったか聞くと、紅茶が不味かったという理由でヘレンに叩かれたのだと正直に答えてくれた。
ヘレンにも専属の侍女はいる。ニコラにやらせる理由がない。
メイドならともかく私の侍女に個人的用を押し付けただけでなく勝手に罰を与えた。大胆不敵な行動は目に余る。
上手くいかないことへの苛立ちを私の大切な侍女に向けるなんて。
年頃の女の子の顔に傷をつけるなんて。痕が残ったらどうするつもり。
責任なんて取れないくせに。
ニコラが私に告げ口をしてもしなくても、ヘレンに罰を与えることは出来ない。この家の当主はお父様なのだから。
お父様が黒と言えば黒になる。それが当主としての力。
理不尽な暴力を受けたニコラは毅然としている。私に迷惑をかけないように振舞ってくれているのが痛いほど伝わってくる。
ニコラを抱きしめると、悔しいと怒りに声が震えていた。
叩かれたことがじゃない。私が大好きな紅茶を貶されたことに。
「いいニコラ。これからは私の命令以外に従ってはダメよ。貴女の主人はアリアナ・ローズなのだから」
「はい……!!」
私の考えが甘かった。ニコラは完全に私の味方。人質としては最適。
下手をすればニコラを使って、婚約者をエドガーに代えろと脅してくる。
アカデミーに行ってる間にもニコラは標的となり傷つけられる。
ヨゼフに頼むにしても彼まで危険には晒せない。
この間の一件以来、ヨゼフはお父様に睨まれているしヘレンが誇張してカストやハンネスに話したおかけで、顔を合わせただけで殺伐した空気となる。
突然、殴りかかるわけではないにしても、いつまでも睨み合いだけで済むはずがない。
ヨゼフが負けるなんて思ってないけど、あんな人達のために怪我を負わされるのは嫌。
どうすればいいの。
コゼット卿に頼むにしてもリスクが高すぎる。
そもそもカストやお父様の耳に入るのも一刻の猶予もない。
そうなれば無関係のコゼット卿は騎士団を追い出されるだけでなく私と同じように冤罪で殺される。
平団員が団長や雇い主に異議を唱えることは出来ず、泣く泣く従ってコゼット卿に無実の罪を着せてしまう。
その後はどうなるのか容易に想像がつく。口止め料を払うか、罪の意識に耐えきれなくなった団員は容赦なく切り捨てる。
いらなくなったもの、邪魔になったもの。それらは簡単に手放せる。
いくら同じ時間を過ごそうとも、彼らには思い入れはない。大切にしたいのはヘレンとの時間なのだから。
この家の中で目に見える形で私の味方となった者を彼らは許さない。
私を陥れるのではなくヘレンをきちんと教育すればまともになれたはずなのに。
そんな手間もお金もかかることをするぐらいなら私を利用したほうが早いと決断した。
改めて無力さを痛感する。
大切な人を守ることさえ他力本願に縋るしかない。
私が帰ってきたからこれ以上の手出しはしないだろうけどカストとハンネスはそうはいかない。
最悪、解雇通知を持って来るかも。
それは突き返すつもりだ。ニコラに関してはお父様にもクビにする権限を持ち合わせていない。
なぜならニコラは私との個人契約によりローズ家で働き侍女となっている。そのことは教えていないし教えるつもりもない。
この家の人間は私なんかに興味はなく、使用人は全員お父様が雇用契約しているのだろう、と私に何の確認もしない。
不当解雇は“ニコラの実家の怒りを買う”だけ。
今日は食堂で食事をする気分になれなくて、ディーのお土産で空腹を満たした。
それがあまりにも美味しくてニコラにも勧める。
口に入れた瞬間、パァっと笑顔になった。
──待って。こんな笑顔、初めてなんだけど。
今度ディーにどこで買ったか聞いておこう。
二つ目に手が伸びるのが早い。そんなに気に入ったのなら、残りは全部ニコラにあげようかな。
「お嬢様の頂き物を私が全部食べるわけには」
「私がいない間、頑張ってくれたんでしょう?そのご褒美だと思って」
言い返すこともせずに、立場を弁えて謝罪するニコラは強い。
絶対に許しはしない。
ヘレンにはいつか、ニコラと同じ痛みを与えてあげる。
なったことになんてさせないわ。
その日ヘレンは私の侍女を勝手に罰して傷つけたことへの謝罪には来なかった。
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