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第一章
陛下なりの愛情
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「つまらない話をしてしまったね」
思い出を語る陛下の声は穏やかで、本当に大切に想っていた。
愛は人を変える。変わり方は様々。
良い変化か悪い変化かは私には判断しかねるけど、ソフィア様を愛した陛下の変化は間違ってはいない。でも、正しくもなかったのかもしれない。
こんなにもたった一人の女性を愛せる陛下を羨ましく思う反面、だからこそ、より、不思議でたまらなかった。
「なぜ陛下はディーの名前を呼ばないのですか?」
私の記憶では陛下がディーの名前を呼んたことは一度としてない。
私と同じく父親に呼ばれたことがなかったから、より鮮明に覚えている。
痛いところを突かれたのか、あからさまに目を逸らした。
ソフィア様のことは愛していても、ディーのことはそれほど、って感じかしら。
全ての愛情がソフィア様だけに向けられていてもおかしくはない。ソフィア様がそれほどの存在だった。それだけのこと。
父親が妻しか愛さない、もしくは子供を愛しているふりをするのは珍しくない。
特に陛下は長年片想いしていた女性をようやく側に置くことが出来た。愛と名のつく感情をソフィア様だけに与えたい気持ちも、わからないではない。
「愛しているからだよ」
予想外の答え。私の仮説を真っ向から否定する。
マヌケな顔は晒してないにしろ、驚きは隠せていないだろう。
言葉の意味を理解するのに時間を費やしてしまうのは、言葉の意味がわからなかったからではなく、いや、ちょっとわからない。
私の知ってる「愛している」と意味が違うのだろうか。
悩んでいると陛下は、ここにはいないディーの姿を思い浮かべているかのような表情をしていた。
穏やかな、愛おしそうな、そんな表情。
陛下の「愛している」は私もよく知っている感情で、私が最も欲していたもの。
愛しているなら尚更、気にかけてあげるべきだった。
陛下の言葉には信用性がない。
生まれてから一度も愛されたことのない私が、絶対にそうだと断言出来る自信はなく、どうしても疑ってしまう。
顔や態度には出ていなくても疑っているのがバレバレで、陛下は付け加えた。
「名前を呼ばないことが私なりの愛情のつもりだった」
何十年越しの初恋の女性を側室に迎え、政略結婚とはいえ正妻となった王妃からしてみれば邪魔者以外の何者でもない。
昔のように好意を表に出すのではなく、胸の内に秘めておくことで守ろうとした。
王宮内での陰湿ないじめも差別にも、関与しないのはソフィア様とディーのため。
王妃の怒りを買ってこれ以上、傷つけさせないように。
おかしくて笑ってしまいそうなのを我慢した。
愛する人が苦しんでいるのに見て見ぬふりするのが陛下なりの愛の形。
どうやら私もディーも父親には恵まれなかったようね。
本来なら愛されていたことを羨ましく思うはずなのに、ディーに関しては可哀想としか思えない。
「無礼を承知で申し上げます。陛下がそのような考えだからディーは、襲われたときも陛下ではなくクラウス様とカルに助けを求めたのではないのですか」
「なぜそれを!?……ボニート令嬢か」
「もしも本当に愛していると言うのなら、今のように目を逸らさず、ちゃんと見て下さい。現実を」
「そうか。私は……“そうするべきだった”のか。ありがとう、アリアナ嬢」
どこか吹っ切れた陛下はディーと同じ顔をして笑った。
このまま帰るには、出されたクッキーが口に合わないと言っているみたいで席を立てない。
お土産として持ち帰る手もあるけど、ここに出されているものとは別に用意されているのを見つけた。
私を呼んだのは、さっきの話を聞かせるためだったらしい。
シャロンが私なら陛下の望む答えを示してくれると断言したから。
そしてこれはシャロンからのメッセージ。
陛下を味方につけろ、と
結果は満足のいくものだった。
話題はシャロン……と言うよりも暗部に移り変わった。
王宮内の誰が暗部か知っていたら教えて欲しいと言われたけど、心当たりはカルしかいない。
違うと即答されたし、きっと違うのでしょうね。
カルはディーを守る使命があるし、わざわざ王宮を出歩く時間なんてない。
そうなると怪しいのは王宮を出入りする人、あるいは……陛下の侍従。
暗部の存在は陛下のみに知らされていることで、他の人にバレたら大騒ぎだけではない。
四六時中、密告者を傍に置いておく不安。
ボニート家に対して反乱が起き、それこそ国内で内乱に発展する可能性も。
王国が火の海に包まれるとこまで想像してしまった。国民の怒りは全てボニート家に向けられ、一族は女・子供関係なく殺される。
陛下は私よりも頭を抱えて気分が沈んでいた。
「ボニート家が殺されてしまった後、暗部が国を滅ぼすとこまで想像出来る」
笑っているのに、笑っていない。
現実になりうるかもしれないからこそ、笑い事では済まされない。
「疑問なんですが、暗部は情報収集に長けた組織ですよね?その……人を殺したりするのは……」
「あぁ、いや。元は暗殺集団だからね。そっちが本業なのだよ」
「…………はい?」
驚き聞き返す私に、まだ聞いていなかったのかと口元を手で隠した。
中途半端なままじゃ気になりすぎて仕方ない。口を滑らせてしまったついでに王宮で起きた過去の事件の真実を語った。
それは公にされていない秘密。
思い出を語る陛下の声は穏やかで、本当に大切に想っていた。
愛は人を変える。変わり方は様々。
良い変化か悪い変化かは私には判断しかねるけど、ソフィア様を愛した陛下の変化は間違ってはいない。でも、正しくもなかったのかもしれない。
こんなにもたった一人の女性を愛せる陛下を羨ましく思う反面、だからこそ、より、不思議でたまらなかった。
「なぜ陛下はディーの名前を呼ばないのですか?」
私の記憶では陛下がディーの名前を呼んたことは一度としてない。
私と同じく父親に呼ばれたことがなかったから、より鮮明に覚えている。
痛いところを突かれたのか、あからさまに目を逸らした。
ソフィア様のことは愛していても、ディーのことはそれほど、って感じかしら。
全ての愛情がソフィア様だけに向けられていてもおかしくはない。ソフィア様がそれほどの存在だった。それだけのこと。
父親が妻しか愛さない、もしくは子供を愛しているふりをするのは珍しくない。
特に陛下は長年片想いしていた女性をようやく側に置くことが出来た。愛と名のつく感情をソフィア様だけに与えたい気持ちも、わからないではない。
「愛しているからだよ」
予想外の答え。私の仮説を真っ向から否定する。
マヌケな顔は晒してないにしろ、驚きは隠せていないだろう。
言葉の意味を理解するのに時間を費やしてしまうのは、言葉の意味がわからなかったからではなく、いや、ちょっとわからない。
私の知ってる「愛している」と意味が違うのだろうか。
悩んでいると陛下は、ここにはいないディーの姿を思い浮かべているかのような表情をしていた。
穏やかな、愛おしそうな、そんな表情。
陛下の「愛している」は私もよく知っている感情で、私が最も欲していたもの。
愛しているなら尚更、気にかけてあげるべきだった。
陛下の言葉には信用性がない。
生まれてから一度も愛されたことのない私が、絶対にそうだと断言出来る自信はなく、どうしても疑ってしまう。
顔や態度には出ていなくても疑っているのがバレバレで、陛下は付け加えた。
「名前を呼ばないことが私なりの愛情のつもりだった」
何十年越しの初恋の女性を側室に迎え、政略結婚とはいえ正妻となった王妃からしてみれば邪魔者以外の何者でもない。
昔のように好意を表に出すのではなく、胸の内に秘めておくことで守ろうとした。
王宮内での陰湿ないじめも差別にも、関与しないのはソフィア様とディーのため。
王妃の怒りを買ってこれ以上、傷つけさせないように。
おかしくて笑ってしまいそうなのを我慢した。
愛する人が苦しんでいるのに見て見ぬふりするのが陛下なりの愛の形。
どうやら私もディーも父親には恵まれなかったようね。
本来なら愛されていたことを羨ましく思うはずなのに、ディーに関しては可哀想としか思えない。
「無礼を承知で申し上げます。陛下がそのような考えだからディーは、襲われたときも陛下ではなくクラウス様とカルに助けを求めたのではないのですか」
「なぜそれを!?……ボニート令嬢か」
「もしも本当に愛していると言うのなら、今のように目を逸らさず、ちゃんと見て下さい。現実を」
「そうか。私は……“そうするべきだった”のか。ありがとう、アリアナ嬢」
どこか吹っ切れた陛下はディーと同じ顔をして笑った。
このまま帰るには、出されたクッキーが口に合わないと言っているみたいで席を立てない。
お土産として持ち帰る手もあるけど、ここに出されているものとは別に用意されているのを見つけた。
私を呼んだのは、さっきの話を聞かせるためだったらしい。
シャロンが私なら陛下の望む答えを示してくれると断言したから。
そしてこれはシャロンからのメッセージ。
陛下を味方につけろ、と
結果は満足のいくものだった。
話題はシャロン……と言うよりも暗部に移り変わった。
王宮内の誰が暗部か知っていたら教えて欲しいと言われたけど、心当たりはカルしかいない。
違うと即答されたし、きっと違うのでしょうね。
カルはディーを守る使命があるし、わざわざ王宮を出歩く時間なんてない。
そうなると怪しいのは王宮を出入りする人、あるいは……陛下の侍従。
暗部の存在は陛下のみに知らされていることで、他の人にバレたら大騒ぎだけではない。
四六時中、密告者を傍に置いておく不安。
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王国が火の海に包まれるとこまで想像してしまった。国民の怒りは全てボニート家に向けられ、一族は女・子供関係なく殺される。
陛下は私よりも頭を抱えて気分が沈んでいた。
「ボニート家が殺されてしまった後、暗部が国を滅ぼすとこまで想像出来る」
笑っているのに、笑っていない。
現実になりうるかもしれないからこそ、笑い事では済まされない。
「疑問なんですが、暗部は情報収集に長けた組織ですよね?その……人を殺したりするのは……」
「あぁ、いや。元は暗殺集団だからね。そっちが本業なのだよ」
「…………はい?」
驚き聞き返す私に、まだ聞いていなかったのかと口元を手で隠した。
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