愛してください!〜前世で元親友と元婚約者に殺されましたが、今世の親友と婚約者と共に復讐します〜

あいみ

文字の大きさ
75 / 178
第一章

魔法使いだった

しおりを挟む
 情報量が多すぎて処理に困る。

 暗部の正体がまさか魔法使いだったなんて。

 勝手にこっちの国の人間だとばかり思い込んでいた。

 隣とはいえ、あまり深く干渉しあう仲でもないため、そう思うのも無理はなかった。

 話し終えた陛下は私があの男と会う前にこっそりと帰してくれる。

 見つかったら面倒になるとわかっているんだ。

 何人もの騎士のおかげで、私は無事に王宮を後にした。

 ディーと会いたかったけど今日は我慢しよう。

 またアカデミーで会えるんだから。

 それだけが少しだけ、私の胸を軽くする。



 今日も小公爵は来ていた。

 あれからほぼ毎日、時間の許す限りギリギリまで粘ってニコラと他愛のない世間話……、あれは一方的に喋ってるだけね。

 ニコラは完全に思考を停止させて小公爵の話を右から左へ受け流す。二人の関係性があってこそだから、他の人が真似したらアルファン家に睨まれるだけじゃ済まない。

 ──立場的にも真似する人はいるわけないか。

 失態と失敗を犯したあの子は無理を言ってこの場にいることを許された。必死すぎる姿を哀れにでも思ったのかも。

 小公爵と仲良くなって損はないんだけど、眼中にも入っていない。

 教養のないあの子が会話に入り込めないよう事業の話をして時折、ニコラに助言を求める。

 ここまで露骨に嫌がられているのに席を立たないのはなぜなの。

 鈍感と天然。どちらも当てはまりそうにはないけど、強いて言うなら鈍感。

 誰からも愛される自分が、まさか異性に嫌われているなんて夢にも思っていない。

「そうだ。アリアナ様にお聞きしたいことがあるのですが」
「小公爵様。その呼び方はお止め下さい」
「私にはこの方がしっくりくるので」
「ですがヘレンには……」
「アリアナ様はニコラがお慕いしているお方。敬意を払うのは当然です」
「もう!小公爵様は黙ってて下さい!!」

 照れて赤くなる顔をお盆で隠した。

 そんなに私のことを好いてくれていたのね。

 紅茶のおかわりを持って来ると言って部屋を出るのはいいけど、ティーポットはここにあるんだけどな。

 動揺したニコラを可愛いと思ったのは私だけではなく、小公爵も小さく笑っていた。

「それで、お聞きしたいことはですね」

 話続けるんだ。ニコラには関連していないことなのね。

「風の噂で聞いたのですが、ハンネス様に婚約者がいるというのは本当なのですか?」

 小公爵の言う、風の噂とはシャロンのこと。

 人名を出すと迷惑がかかってしまうため、私達の間で確かな情報をくれるシャロンを“風の噂”と呼ぶことにした。

 これならあの子の、ローズ家の噂もすぐ広まる。

「(残念ながら)いますよ」

 ビアンカ・フォール伯爵令嬢。

 ハンネスと同じ歳で、おっとりした性格。ビアンカ嬢は本当に良い人であんなクズにはもったいない。前世の私にも優しく接してくれていた数少ない優しい心の持ち主。

 伯爵家であるビアンカ嬢から婚約破棄を申し出るのは難しいかもしれないけど、悪評にまみれていればフォール伯爵がそこを突いて破談を持ちかけてくれる。

 ビアンカ嬢は本気でハンネスを愛している。噂なんかに惑わされず、信じ込むほどに。

 恋は盲目。ビアンカ嬢の愛こそは本物であっても、二人は真実の愛で結ばれているわけではない。

 ──だって嫌でしょう?あんなのがビアンカ嬢の運命の相手なんて。

 シャロンもビアンカ嬢とは何度か交流があって、良い人すぎることを知っているからハンネスの醜く汚い姿を知って傷つけたくない。

 ビアンカ嬢のことだ。何も気付けなかったことに胸を痛める。

 私もシャロンも、それだけは嫌だ。

 こちらとして助かるのはビアンカ嬢が婚約者であることを、ハンネスが世間には公表していないこと。

 普通の令嬢と比べるとビアンカ嬢は地味で、いじめを受けてもハンネスにさえ助けを求めず一人で苦しむ。そういう性格だとわかっているからこそ、今はまだ公にはせず、私を殺す機会をずっと伺っていた。

 単なる侯爵家ではなく、王族が家族の侯爵家のほうが箔が付く。

 そして、その婚約者には手を出しずらくなる。

 私の死はあの子だけでなく、この家の全員が得をするように仕組まれていたわけね。

 まぁ、公表しなかったおかけでビアンカ嬢の名前に傷がつくことがない。ハンネスを断罪したとしても。

 フォール伯爵は一人娘のビアンカ嬢をとても大切に育ててきた。惜しみなく愛情を注ぎながら。

 溺愛する娘の婚約者がクズ以下だと知ればフォール家はハンネスを助けようと動いたりはしない。

 例え、ビアンカ嬢のお願いだろうと。幸せが待っていない未来を掴ませるわけにはいかない。

「相手は聞かないほうが良さそうですね」
「申し訳ありません」
「お詫びついでにお願いを聞いてもらえると嬉しいです」
「私に出来ることなら」
「小公爵ではなくテオと呼んで頂けますか?」

 婚約者のいる女性が異性を愛称で呼ぶなんて不貞を疑われても文句は言えない。

 身分的にも小公爵のほうから言い出したことは明白。

 侯爵が公爵のお願いを断れるわけがない。

 私の軽率な判断でディーの立場を危うくしたら?

 軽々しく頷けない。

 なんと答えるのがベストなのか。頭の中で必死に探していると、小公爵は穏やかな声で言った。

「難しく考えないで下さい。アリアナ様を利用したいだけなんですから」

 あまり悪い気はしなかった。

 正直に打ち明けてくれたこともそうだけど、悪意があって利用するわけじゃない。下心はあるけど。

 穏やかなその表情から読み取れるのは、ニコラが関係している。

 小公爵……テオの思惑がわからないあの子は、公爵の権限を使って人を思い通りにするのは最低だと言った。

 ──え……?それを貴女が言うの?

 権力にしがみついてやりたい放題なのに。

 記憶力の乏しいあの子は、自分の都合の良いように記憶を改ざんしているから好き勝手している自覚はない。

 まともな会話が出来ないと判断したテオは、あの子に部屋から出て行ってもらいたそうに何度も入り口を見た。

 ごめんなさいテオ。口で言っても通じないあの子が、視線や態度で気付くわけがない。

 常識なんて欠片もない子なの。

 心の中で謝ると、聞こえたかのように小さく笑う。

 出て行く素振りもなく、厚かましくも居座り続ける。

 カップが空になったテオに紅茶のおかわりを聞くと、欲しいと答えた。

 ニコラほど香りを引き立たせはしないけど、淹れ方は教わったし今までずっと近くで見てきた。

 似たような味にはなるはず。

 立ち上がると、ニコラとお母様の珍しい組み合わせで戻ってきた。

 あの子を連れ出してくれるわけではなさそう。

「初めまして侯爵夫人。お邪魔しています」
「ゆっくりしていってね」
「はい。ありがとうございます。ところで夫人は体調を崩していたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか」
「あら、お恥ずかしい。誰からそのようなことを?」
「風の噂です」

 ──喋りすぎじゃないですか。シャロンさん。

 テオは私を裏切らない味方になるかもしれない。

 私としてはディーを支持すると表明してくれただけで充分。

 それでもシャロンはテオを引き込んだほうがいいと言うの?

「お母様。何かご用ですか?お客様がいますので後にしてもらったほうがいいのですが」
「ごめんなさいね。どうしてもアリアナの耳に入れておきたいことなの」
「僕のことは気にせずにどうぞ」

 テオならそう言うと確信していたかのように、口角が上がる。

 一瞬のこととはいえ、私は見逃さなかった。

 ──一体何を言うつもりなの。

「実はね。ディルク殿下が、その……ボニート令嬢と密会してるみたいなの」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...