76 / 178
第一章
愛の形【sideなし】
しおりを挟む
アリアナが王宮に出向く少し前。
ボニート家の応接室で資料に目を通すのは第一王子ディルク。
シャロンはアリアナから聞いたことをまとめてみた。これを読む限りでは、事が動き始めるのはアカデミー卒業後の、王妃教育を受ける日から。
それより前には目立つ事件もなく、破滅への階段を登っていることにさえ気付かないほど、いつもと変わらない日常を過ごしていることになる。
ディルクの目に留まった一枚の資料。これが現実に起きた事実だとしたら、あのアリアナが何も気付かないはずがない。
そんなディルクの疑問の心を読んだようにシャロンは
「アリーは気付いていたと思います。だからこそ真実の記憶に蓋をした」
「なぜだ。この件は裏切りなんて優しいものではないだろう?」
「認めてしまえば現実を受け入れなくてはいけなくなる。現実を受け入れるってことは……」
悔しそうに、悲しそうに、目を伏せた。
すぐにでもローズ家に乗り込んで力ずくで白状させたいのを我慢する代わりに、まだ読み終えていない資料が握り潰される。これにはディルクも引いて……かなり驚いている。
ヘレンやエドガーを目にする度にこんな殺意を抱いていた。抑え込むのに並の精神力じゃ足りない。
物心つく前から握っていた剣のおかけで、心が感情に支配されない術を身につけたのかもしれない。
ディルクは自分が子供に思えてならなかった。
アリアナの復讐に協力すると約束しながらも、シャロンのように証拠を集める能力もなければ、平民の血が混じる自分が傍にいるせいでアリアナの評価が落ちていくのではと。
平民混じりの卑しい身分。
王族のなりそこない。
異物。
ディルクを中傷する言葉はいくらでもある。
同じ人間でありながら血筋や身分だけで差別の対象となってしまう。
そういえば……ローズ家でアリアナだけが不快感を示さなかった。家族も、使用人でさえディルクを軽視していたのに、アリアナはしっかりと目を見て、言葉を交わしてくれたのだ。
シャロンもだった。棘はあるものの、敬意を払い礼儀も忘れない。
ヘレンはどうだった?同じ馬車から降りたディルクには目もくれずエドガーにだけ挨拶を交わした。
顔を知らなかったと言われればそれまで。追求するのも無駄になる。もし平民の血が混じっているなんて理由だけで無視したのなら不敬罪に値する。
しかし、ディルクにはヘレンを裁く権利はない。
無礼な態度に腹を立ててもキリがなかった。王宮での無視と比べたら何も感じない。
そして何よりディルクが憎んでいるのは戸籍上、父親となっている陛下。
「読まないなら帰ってもらえますか?アリーに渡すためにまとめなきゃいけないので」
慰めるつもりも優しい言葉をかけるつもりもない。
今世では、過去に起きた出来事が起きなくてアリアナは動揺している。
些細なこと。アリアナの死に直接は関係なくても、僅かな綻びから一気に崩れていくこともある。
そうならないようにシャロンは常に万全の状態を整えておく。
イレギュラーが起きても素早く対処するために。
アリアナの身代わりとなって死ぬことは怖くない。むしろこの命一つで救えるのなら安い。
なぜシャロンがここまでアリアナに尽くすのは神にも知りえない。
「すまない」
「何に対しての謝罪ですか」
「先触れも出さずにこんな朝早くから訪ねてしまったことに」
「自覚あるんですね」
意外、とでも言うようにわざとらしく驚いた。
「アリーもどうして殿下を選んだのでしょうか。選ばない選択肢もあったはずなのに」
どこか意地悪さを感じた。
「ボニート令嬢……!!変なことを聞く。気分を害すかもしれないから先に謝っておく」
シャロンの中には聞いても答えない選択肢はある。
ディルクをからかうのは楽しい。アリアナから作られた笑顔ではなく、純粋な笑顔を引き出した王子様。
偽りも打算もなく、好意と親切でアリアナの手を取り、氷のように冷たくなった心を溶かしつつある。
それはシャロンがやり遂げたかったことの一つ。ディルクが過去にアリアナを助けた“鎧の騎士”であることは調べがついている。
その日を境にディルクの初恋が芽生えたことも。
一途にアリアナだけを想い続けた恋心は第三者の他人が茶化していいものではない。
これならエドガーのほうがマシだったなんて、思う日もある。下衆な外道ならば何をしても良心は痛まない。
むしろ。やり過ぎなくらい、徹底的にやるだろう。
「令嬢はアリーが好きなのか」
「友人として、ですよ。好きな人は……まぁ、いますけど」
愛には様々な形がある。
無償の愛。嫉妬に狂った愛。尽くす愛。
シャロンは……諦めた愛だった。
失言だと悟る。
失恋でもしたかのような切ない笑顔。
男を宛にしないシャロンが恋焦がれるほどの相手。余程良い男に違いない。
知りたいと思いつつも、無関係の自分が踏み込んだら困らせてしまうと言葉を飲み飲む。
そんなディルクの優しさにシャロンは気付いていた。
親友が選んだ王子様は誠実で文句のつけようがない。
ボニート家の応接室で資料に目を通すのは第一王子ディルク。
シャロンはアリアナから聞いたことをまとめてみた。これを読む限りでは、事が動き始めるのはアカデミー卒業後の、王妃教育を受ける日から。
それより前には目立つ事件もなく、破滅への階段を登っていることにさえ気付かないほど、いつもと変わらない日常を過ごしていることになる。
ディルクの目に留まった一枚の資料。これが現実に起きた事実だとしたら、あのアリアナが何も気付かないはずがない。
そんなディルクの疑問の心を読んだようにシャロンは
「アリーは気付いていたと思います。だからこそ真実の記憶に蓋をした」
「なぜだ。この件は裏切りなんて優しいものではないだろう?」
「認めてしまえば現実を受け入れなくてはいけなくなる。現実を受け入れるってことは……」
悔しそうに、悲しそうに、目を伏せた。
すぐにでもローズ家に乗り込んで力ずくで白状させたいのを我慢する代わりに、まだ読み終えていない資料が握り潰される。これにはディルクも引いて……かなり驚いている。
ヘレンやエドガーを目にする度にこんな殺意を抱いていた。抑え込むのに並の精神力じゃ足りない。
物心つく前から握っていた剣のおかけで、心が感情に支配されない術を身につけたのかもしれない。
ディルクは自分が子供に思えてならなかった。
アリアナの復讐に協力すると約束しながらも、シャロンのように証拠を集める能力もなければ、平民の血が混じる自分が傍にいるせいでアリアナの評価が落ちていくのではと。
平民混じりの卑しい身分。
王族のなりそこない。
異物。
ディルクを中傷する言葉はいくらでもある。
同じ人間でありながら血筋や身分だけで差別の対象となってしまう。
そういえば……ローズ家でアリアナだけが不快感を示さなかった。家族も、使用人でさえディルクを軽視していたのに、アリアナはしっかりと目を見て、言葉を交わしてくれたのだ。
シャロンもだった。棘はあるものの、敬意を払い礼儀も忘れない。
ヘレンはどうだった?同じ馬車から降りたディルクには目もくれずエドガーにだけ挨拶を交わした。
顔を知らなかったと言われればそれまで。追求するのも無駄になる。もし平民の血が混じっているなんて理由だけで無視したのなら不敬罪に値する。
しかし、ディルクにはヘレンを裁く権利はない。
無礼な態度に腹を立ててもキリがなかった。王宮での無視と比べたら何も感じない。
そして何よりディルクが憎んでいるのは戸籍上、父親となっている陛下。
「読まないなら帰ってもらえますか?アリーに渡すためにまとめなきゃいけないので」
慰めるつもりも優しい言葉をかけるつもりもない。
今世では、過去に起きた出来事が起きなくてアリアナは動揺している。
些細なこと。アリアナの死に直接は関係なくても、僅かな綻びから一気に崩れていくこともある。
そうならないようにシャロンは常に万全の状態を整えておく。
イレギュラーが起きても素早く対処するために。
アリアナの身代わりとなって死ぬことは怖くない。むしろこの命一つで救えるのなら安い。
なぜシャロンがここまでアリアナに尽くすのは神にも知りえない。
「すまない」
「何に対しての謝罪ですか」
「先触れも出さずにこんな朝早くから訪ねてしまったことに」
「自覚あるんですね」
意外、とでも言うようにわざとらしく驚いた。
「アリーもどうして殿下を選んだのでしょうか。選ばない選択肢もあったはずなのに」
どこか意地悪さを感じた。
「ボニート令嬢……!!変なことを聞く。気分を害すかもしれないから先に謝っておく」
シャロンの中には聞いても答えない選択肢はある。
ディルクをからかうのは楽しい。アリアナから作られた笑顔ではなく、純粋な笑顔を引き出した王子様。
偽りも打算もなく、好意と親切でアリアナの手を取り、氷のように冷たくなった心を溶かしつつある。
それはシャロンがやり遂げたかったことの一つ。ディルクが過去にアリアナを助けた“鎧の騎士”であることは調べがついている。
その日を境にディルクの初恋が芽生えたことも。
一途にアリアナだけを想い続けた恋心は第三者の他人が茶化していいものではない。
これならエドガーのほうがマシだったなんて、思う日もある。下衆な外道ならば何をしても良心は痛まない。
むしろ。やり過ぎなくらい、徹底的にやるだろう。
「令嬢はアリーが好きなのか」
「友人として、ですよ。好きな人は……まぁ、いますけど」
愛には様々な形がある。
無償の愛。嫉妬に狂った愛。尽くす愛。
シャロンは……諦めた愛だった。
失言だと悟る。
失恋でもしたかのような切ない笑顔。
男を宛にしないシャロンが恋焦がれるほどの相手。余程良い男に違いない。
知りたいと思いつつも、無関係の自分が踏み込んだら困らせてしまうと言葉を飲み飲む。
そんなディルクの優しさにシャロンは気付いていた。
親友が選んだ王子様は誠実で文句のつけようがない。
273
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる