77 / 178
第一章
私に嘘をついていたのは、私である
しおりを挟む
シャロンの家にいたのなら王宮で会えるわけもなかった。私が陛下からの召喚状を受け取ったからディーを呼んだ、とは限らない。
むしろシャロンなら会わせるために日程はズラす。それをしなかったってことは、思いがけない訪問。ディーのほうから尋ねた。先触れも出さず。
ディーらしくない。礼儀やマナーは心得ているはずなのに。よっぽど急ぎの用事でもあったのかしら。
今後の打ち合わせもあるし、あまり目立たない場所で集まれたらいいのだけれど。
クラウス様に結界をお願いするのは気が引ける。国際交流のために来てくれているのに、私の私情で魔法を使ってもらうのは違う気がする。
店を貸し切るにしても身分が必要となり、貸し切ったことが大きな話題となり、憶測が憶測を呼び不利になってしまう。
「お話はそれだけですか?それなら先程も言った通り、お客様がいるので退室をお願いします」
「私はアリアナのためを思って……!!」
「ディーがシャロンの家に行ったのはかなり早い時間のはずです。我が家の使用人は仕事もしないでシャロンの家の前で何をしていたのですか?」
「そ、それは……」
見張っていたのでしょう。
ボニート家への売買を禁じたはずなのに、今までと同じように暮らしていることに疑問を抱いた。
一介の商人が侯爵家に逆らってまでも伯爵家に商品を売り続ける。
弱点だけでも探そうと四六時中見張らせているのなら時間と人員の無駄遣い。
貴族がそう簡単に弱点や弱みを晒すわけがないのに。
私のためと言ってくれるお母様に感激、なんてするはずもなくドアを開けたまま
「話は以上でしたら出て行ってもらえますか。ヘレンもよ」
「どうして私まで」
「さっきから座ってるだけなんて時間がもったいないでしょ。これを機に貴族の勉強をしたらどうかしら。二つしかない公爵家のご子息がわからないなんて、自らの無知を晒しているようなものよ」
「アリアナ!!ヘレンに向かって何なの、その言い方は!ヘレンはずっと苦労して生きてきたんだから、休息が必要なのよ!」
「……」
「都合が悪くなると黙り込むなんて淑女とは呼びませんよ」
「九年。ヘレンが我が家に引き取られてからの年月。この九年間、お父様もお母様もお兄様もヘレンを甘やかしていたのに苦労することなんてありましたか?」
私の七歳の誕生日にどこからともなく連れて来たのだ。事前の報告もなかったにも関わらずあの子の部屋が用意されていた。
去年までならほとんどの貴族を呼んで盛大なパーティーをしていたのに、その年だけは違った。
お父様の言いつけで招待状を出せないお詫びの手紙をそれぞれの家に送ると、当日には山のようなプレゼントが届いた。
彼女達や彼らにも繋がりを広げておきたい下心はあったかもしれないし、私にも同じ気持ちがあったからプレゼントは受け取る。
あの子が。
あろうことか私のプレゼントを全てあの子にあげてしまった。まるでそれが当たり前だとでも言うようにお父様は、理解の追いつかない私を睨んで一言
「お前には散々くれてやっただろう。今日ぐらい我慢したらどうだ」
それは一度でもプレゼントをくれた人の台詞。
あの子の存在を素直に受け入れられない私だけが除け者で、ホールに一人取り残される。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた大きなケーキはニコラとヨゼフの三人で食べた。
あの日のケーキはなぜか味がしなくて、誕生日おめでとうと書かれたプレートは、より私を惨めにさせた。
あのときから私の中で何かが壊れる音がして、それと同時に“ある真実”に気付いてしまったのだ。それはとても信じ難いことで、認める勇気がなかった。
臆病だった私は記憶に蓋をすることで、目に見えていた真実を覆い隠す。
怖いことは口にせず、飲み込んでしまえば楽になれる。
そうやって私は、自分自身を欺いてきた。
愚かな私はそれだけが正しいと信じて疑わない。
「もしかして怒ってるの?ボニート令嬢を悪く言ったから。あれは悪気があったわけじゃないの」
「貴女の言ってることは、人を殺したけど悪気がなかったから許して欲しい。そう言ってるようなものよ」
「そんなつもりは……」
「親友を侮辱されたのに貴女を許すわけがないでしょう?出て行きなさい」
ウォン卿とラード卿に連れ出された。
あそこまでの拒絶は予想していなかったのか、廊下の向こうからまだあの子の声が響いてくる。
テオはポカンとした様子だった。
「アリアナ様は居候の方にも優しく接していると聞きましたが」
「恩を仇で返されるのなら、優しくする理由はありませんので」
「なるほど」
「それにあの子は場違いですから」
ニコラの紅茶に手を付けずに、他のメイドに新しい飲み物を催促した。ニコラを好いているテオの前で。
バカな子。せめてテオの怒りには気付くべきだった。
カップを持つ指は震えていた。穏やかな顔をしている割に目は鋭く、全く笑っていなかったのに。
愛に疎い私でさえ気付いたことを、多くの愛を与えられたあの子が気付かないなんて。皮肉ね。
私が許可をしなかったら新しい飲み物が運ばれてくることはなかったけど。
むしろシャロンなら会わせるために日程はズラす。それをしなかったってことは、思いがけない訪問。ディーのほうから尋ねた。先触れも出さず。
ディーらしくない。礼儀やマナーは心得ているはずなのに。よっぽど急ぎの用事でもあったのかしら。
今後の打ち合わせもあるし、あまり目立たない場所で集まれたらいいのだけれど。
クラウス様に結界をお願いするのは気が引ける。国際交流のために来てくれているのに、私の私情で魔法を使ってもらうのは違う気がする。
店を貸し切るにしても身分が必要となり、貸し切ったことが大きな話題となり、憶測が憶測を呼び不利になってしまう。
「お話はそれだけですか?それなら先程も言った通り、お客様がいるので退室をお願いします」
「私はアリアナのためを思って……!!」
「ディーがシャロンの家に行ったのはかなり早い時間のはずです。我が家の使用人は仕事もしないでシャロンの家の前で何をしていたのですか?」
「そ、それは……」
見張っていたのでしょう。
ボニート家への売買を禁じたはずなのに、今までと同じように暮らしていることに疑問を抱いた。
一介の商人が侯爵家に逆らってまでも伯爵家に商品を売り続ける。
弱点だけでも探そうと四六時中見張らせているのなら時間と人員の無駄遣い。
貴族がそう簡単に弱点や弱みを晒すわけがないのに。
私のためと言ってくれるお母様に感激、なんてするはずもなくドアを開けたまま
「話は以上でしたら出て行ってもらえますか。ヘレンもよ」
「どうして私まで」
「さっきから座ってるだけなんて時間がもったいないでしょ。これを機に貴族の勉強をしたらどうかしら。二つしかない公爵家のご子息がわからないなんて、自らの無知を晒しているようなものよ」
「アリアナ!!ヘレンに向かって何なの、その言い方は!ヘレンはずっと苦労して生きてきたんだから、休息が必要なのよ!」
「……」
「都合が悪くなると黙り込むなんて淑女とは呼びませんよ」
「九年。ヘレンが我が家に引き取られてからの年月。この九年間、お父様もお母様もお兄様もヘレンを甘やかしていたのに苦労することなんてありましたか?」
私の七歳の誕生日にどこからともなく連れて来たのだ。事前の報告もなかったにも関わらずあの子の部屋が用意されていた。
去年までならほとんどの貴族を呼んで盛大なパーティーをしていたのに、その年だけは違った。
お父様の言いつけで招待状を出せないお詫びの手紙をそれぞれの家に送ると、当日には山のようなプレゼントが届いた。
彼女達や彼らにも繋がりを広げておきたい下心はあったかもしれないし、私にも同じ気持ちがあったからプレゼントは受け取る。
あの子が。
あろうことか私のプレゼントを全てあの子にあげてしまった。まるでそれが当たり前だとでも言うようにお父様は、理解の追いつかない私を睨んで一言
「お前には散々くれてやっただろう。今日ぐらい我慢したらどうだ」
それは一度でもプレゼントをくれた人の台詞。
あの子の存在を素直に受け入れられない私だけが除け者で、ホールに一人取り残される。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた大きなケーキはニコラとヨゼフの三人で食べた。
あの日のケーキはなぜか味がしなくて、誕生日おめでとうと書かれたプレートは、より私を惨めにさせた。
あのときから私の中で何かが壊れる音がして、それと同時に“ある真実”に気付いてしまったのだ。それはとても信じ難いことで、認める勇気がなかった。
臆病だった私は記憶に蓋をすることで、目に見えていた真実を覆い隠す。
怖いことは口にせず、飲み込んでしまえば楽になれる。
そうやって私は、自分自身を欺いてきた。
愚かな私はそれだけが正しいと信じて疑わない。
「もしかして怒ってるの?ボニート令嬢を悪く言ったから。あれは悪気があったわけじゃないの」
「貴女の言ってることは、人を殺したけど悪気がなかったから許して欲しい。そう言ってるようなものよ」
「そんなつもりは……」
「親友を侮辱されたのに貴女を許すわけがないでしょう?出て行きなさい」
ウォン卿とラード卿に連れ出された。
あそこまでの拒絶は予想していなかったのか、廊下の向こうからまだあの子の声が響いてくる。
テオはポカンとした様子だった。
「アリアナ様は居候の方にも優しく接していると聞きましたが」
「恩を仇で返されるのなら、優しくする理由はありませんので」
「なるほど」
「それにあの子は場違いですから」
ニコラの紅茶に手を付けずに、他のメイドに新しい飲み物を催促した。ニコラを好いているテオの前で。
バカな子。せめてテオの怒りには気付くべきだった。
カップを持つ指は震えていた。穏やかな顔をしている割に目は鋭く、全く笑っていなかったのに。
愛に疎い私でさえ気付いたことを、多くの愛を与えられたあの子が気付かないなんて。皮肉ね。
私が許可をしなかったら新しい飲み物が運ばれてくることはなかったけど。
265
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる