77 / 180
第一章
私に嘘をついていたのは、私である
シャロンの家にいたのなら王宮で会えるわけもなかった。私が陛下からの召喚状を受け取ったからディーを呼んだ、とは限らない。
むしろシャロンなら会わせるために日程はズラす。それをしなかったってことは、思いがけない訪問。ディーのほうから尋ねた。先触れも出さず。
ディーらしくない。礼儀やマナーは心得ているはずなのに。よっぽど急ぎの用事でもあったのかしら。
今後の打ち合わせもあるし、あまり目立たない場所で集まれたらいいのだけれど。
クラウス様に結界をお願いするのは気が引ける。国際交流のために来てくれているのに、私の私情で魔法を使ってもらうのは違う気がする。
店を貸し切るにしても身分が必要となり、貸し切ったことが大きな話題となり、憶測が憶測を呼び不利になってしまう。
「お話はそれだけですか?それなら先程も言った通り、お客様がいるので退室をお願いします」
「私はアリアナのためを思って……!!」
「ディーがシャロンの家に行ったのはかなり早い時間のはずです。我が家の使用人は仕事もしないでシャロンの家の前で何をしていたのですか?」
「そ、それは……」
見張っていたのでしょう。
ボニート家への売買を禁じたはずなのに、今までと同じように暮らしていることに疑問を抱いた。
一介の商人が侯爵家に逆らってまでも伯爵家に商品を売り続ける。
弱点だけでも探そうと四六時中見張らせているのなら時間と人員の無駄遣い。
貴族がそう簡単に弱点や弱みを晒すわけがないのに。
私のためと言ってくれるお母様に感激、なんてするはずもなくドアを開けたまま
「話は以上でしたら出て行ってもらえますか。ヘレンもよ」
「どうして私まで」
「さっきから座ってるだけなんて時間がもったいないでしょ。これを機に貴族の勉強をしたらどうかしら。二つしかない公爵家のご子息がわからないなんて、自らの無知を晒しているようなものよ」
「アリアナ!!ヘレンに向かって何なの、その言い方は!ヘレンはずっと苦労して生きてきたんだから、休息が必要なのよ!」
「……」
「都合が悪くなると黙り込むなんて淑女とは呼びませんよ」
「九年。ヘレンが我が家に引き取られてからの年月。この九年間、お父様もお母様もお兄様もヘレンを甘やかしていたのに苦労することなんてありましたか?」
私の七歳の誕生日にどこからともなく連れて来たのだ。事前の報告もなかったにも関わらずあの子の部屋が用意されていた。
去年までならほとんどの貴族を呼んで盛大なパーティーをしていたのに、その年だけは違った。
お父様の言いつけで招待状を出せないお詫びの手紙をそれぞれの家に送ると、当日には山のようなプレゼントが届いた。
彼女達や彼らにも繋がりを広げておきたい下心はあったかもしれないし、私にも同じ気持ちがあったからプレゼントは受け取る。
あの子が。
あろうことか私のプレゼントを全てあの子にあげてしまった。まるでそれが当たり前だとでも言うようにお父様は、理解の追いつかない私を睨んで一言
「お前には散々くれてやっただろう。今日ぐらい我慢したらどうだ」
それは一度でもプレゼントをくれた人の台詞。
あの子の存在を素直に受け入れられない私だけが除け者で、ホールに一人取り残される。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた大きなケーキはニコラとヨゼフの三人で食べた。
あの日のケーキはなぜか味がしなくて、誕生日おめでとうと書かれたプレートは、より私を惨めにさせた。
あのときから私の中で何かが壊れる音がして、それと同時に“ある真実”に気付いてしまったのだ。それはとても信じ難いことで、認める勇気がなかった。
臆病だった私は記憶に蓋をすることで、目に見えていた真実を覆い隠す。
怖いことは口にせず、飲み込んでしまえば楽になれる。
そうやって私は、自分自身を欺いてきた。
愚かな私はそれだけが正しいと信じて疑わない。
「もしかして怒ってるの?ボニート令嬢を悪く言ったから。あれは悪気があったわけじゃないの」
「貴女の言ってることは、人を殺したけど悪気がなかったから許して欲しい。そう言ってるようなものよ」
「そんなつもりは……」
「親友を侮辱されたのに貴女を許すわけがないでしょう?出て行きなさい」
ウォン卿とラード卿に連れ出された。
あそこまでの拒絶は予想していなかったのか、廊下の向こうからまだあの子の声が響いてくる。
テオはポカンとした様子だった。
「アリアナ様は居候の方にも優しく接していると聞きましたが」
「恩を仇で返されるのなら、優しくする理由はありませんので」
「なるほど」
「それにあの子は場違いですから」
ニコラの紅茶に手を付けずに、他のメイドに新しい飲み物を催促した。ニコラを好いているテオの前で。
バカな子。せめてテオの怒りには気付くべきだった。
カップを持つ指は震えていた。穏やかな顔をしている割に目は鋭く、全く笑っていなかったのに。
愛に疎い私でさえ気付いたことを、多くの愛を与えられたあの子が気付かないなんて。皮肉ね。
私が許可をしなかったら新しい飲み物が運ばれてくることはなかったけど。
むしろシャロンなら会わせるために日程はズラす。それをしなかったってことは、思いがけない訪問。ディーのほうから尋ねた。先触れも出さず。
ディーらしくない。礼儀やマナーは心得ているはずなのに。よっぽど急ぎの用事でもあったのかしら。
今後の打ち合わせもあるし、あまり目立たない場所で集まれたらいいのだけれど。
クラウス様に結界をお願いするのは気が引ける。国際交流のために来てくれているのに、私の私情で魔法を使ってもらうのは違う気がする。
店を貸し切るにしても身分が必要となり、貸し切ったことが大きな話題となり、憶測が憶測を呼び不利になってしまう。
「お話はそれだけですか?それなら先程も言った通り、お客様がいるので退室をお願いします」
「私はアリアナのためを思って……!!」
「ディーがシャロンの家に行ったのはかなり早い時間のはずです。我が家の使用人は仕事もしないでシャロンの家の前で何をしていたのですか?」
「そ、それは……」
見張っていたのでしょう。
ボニート家への売買を禁じたはずなのに、今までと同じように暮らしていることに疑問を抱いた。
一介の商人が侯爵家に逆らってまでも伯爵家に商品を売り続ける。
弱点だけでも探そうと四六時中見張らせているのなら時間と人員の無駄遣い。
貴族がそう簡単に弱点や弱みを晒すわけがないのに。
私のためと言ってくれるお母様に感激、なんてするはずもなくドアを開けたまま
「話は以上でしたら出て行ってもらえますか。ヘレンもよ」
「どうして私まで」
「さっきから座ってるだけなんて時間がもったいないでしょ。これを機に貴族の勉強をしたらどうかしら。二つしかない公爵家のご子息がわからないなんて、自らの無知を晒しているようなものよ」
「アリアナ!!ヘレンに向かって何なの、その言い方は!ヘレンはずっと苦労して生きてきたんだから、休息が必要なのよ!」
「……」
「都合が悪くなると黙り込むなんて淑女とは呼びませんよ」
「九年。ヘレンが我が家に引き取られてからの年月。この九年間、お父様もお母様もお兄様もヘレンを甘やかしていたのに苦労することなんてありましたか?」
私の七歳の誕生日にどこからともなく連れて来たのだ。事前の報告もなかったにも関わらずあの子の部屋が用意されていた。
去年までならほとんどの貴族を呼んで盛大なパーティーをしていたのに、その年だけは違った。
お父様の言いつけで招待状を出せないお詫びの手紙をそれぞれの家に送ると、当日には山のようなプレゼントが届いた。
彼女達や彼らにも繋がりを広げておきたい下心はあったかもしれないし、私にも同じ気持ちがあったからプレゼントは受け取る。
あの子が。
あろうことか私のプレゼントを全てあの子にあげてしまった。まるでそれが当たり前だとでも言うようにお父様は、理解の追いつかない私を睨んで一言
「お前には散々くれてやっただろう。今日ぐらい我慢したらどうだ」
それは一度でもプレゼントをくれた人の台詞。
あの子の存在を素直に受け入れられない私だけが除け者で、ホールに一人取り残される。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた大きなケーキはニコラとヨゼフの三人で食べた。
あの日のケーキはなぜか味がしなくて、誕生日おめでとうと書かれたプレートは、より私を惨めにさせた。
あのときから私の中で何かが壊れる音がして、それと同時に“ある真実”に気付いてしまったのだ。それはとても信じ難いことで、認める勇気がなかった。
臆病だった私は記憶に蓋をすることで、目に見えていた真実を覆い隠す。
怖いことは口にせず、飲み込んでしまえば楽になれる。
そうやって私は、自分自身を欺いてきた。
愚かな私はそれだけが正しいと信じて疑わない。
「もしかして怒ってるの?ボニート令嬢を悪く言ったから。あれは悪気があったわけじゃないの」
「貴女の言ってることは、人を殺したけど悪気がなかったから許して欲しい。そう言ってるようなものよ」
「そんなつもりは……」
「親友を侮辱されたのに貴女を許すわけがないでしょう?出て行きなさい」
ウォン卿とラード卿に連れ出された。
あそこまでの拒絶は予想していなかったのか、廊下の向こうからまだあの子の声が響いてくる。
テオはポカンとした様子だった。
「アリアナ様は居候の方にも優しく接していると聞きましたが」
「恩を仇で返されるのなら、優しくする理由はありませんので」
「なるほど」
「それにあの子は場違いですから」
ニコラの紅茶に手を付けずに、他のメイドに新しい飲み物を催促した。ニコラを好いているテオの前で。
バカな子。せめてテオの怒りには気付くべきだった。
カップを持つ指は震えていた。穏やかな顔をしている割に目は鋭く、全く笑っていなかったのに。
愛に疎い私でさえ気付いたことを、多くの愛を与えられたあの子が気付かないなんて。皮肉ね。
私が許可をしなかったら新しい飲み物が運ばれてくることはなかったけど。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
空港清掃員58歳、転生先の王宮でも床を磨いたら双子に懐かれ、国王に溺愛される
木風
恋愛
羽田空港で十五年、黙々と床を磨いてきた清掃員・田中幸子(58)は事故死し、没落寸前の子爵令嬢エルシアとして転生する。
婚約破棄の末に家を追われた彼女が選んだのは、王宮の清掃員――前世の技で空気まで変わるほど磨き上げていく仕事だった。
やがて母を亡くした双子王子王女に懐かれ、荒れた執務室の主である喪中の国王とも距離が縮まり……。
「泣くなら俺の胸で」――床も心も磨き直す、清掃令嬢の溺愛成り上がり。
「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました
木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。
自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。
ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。
そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。
他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。
しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。
彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。
ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。
※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)
追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです
歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。
翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に——
フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。
一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。
荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。