愛してください!〜前世で元親友と元婚約者に殺されましたが、今世の親友と婚約者と共に復讐します〜

あいみ

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第一章

信じ、愛したいのは貴方ではない【sideなし】

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 その日の夜。

 王宮内はザワついていた。

 家族団欒の場、食堂にディルクが座っていたのだ。

 食事の時間に遅れるマナー違反をしたくなかったディルクは誰よりも先に来ていた。そのことを知らされていなかったエドガーは、侍従にディルクを追い出すように命じる。

「誰の許可を得てここにいるのですか?兄上は家族ではないのですから、ここにいるのはおかしいのでは?それに……」

 入り口付近に立つカルロを見た。

「なぜ護衛騎士がここに?」
「まさか私達が貴方に危害を加えるとでも!?」

 親子揃ってディルクを鼻で笑う。

 これが日常だ。

 アリアナに選ばれたことによりディルクには余裕が生まれ、逆にエドガーには焦りが見え始めた。

 自信しかなかったのだろう。アリアナに選ばれる自信しか。

 使用人の態度は今更、変わったりはしない。

 高貴な血筋と卑しい血筋。

 どちらにつけば得かは考えなくてもわかる。

 第一王子でもあるディルクに遠慮することもなく侍従は素早くディルクの背後に移動した。

 ディルクに指一本でも触れようものなら、すぐさまカルロが剣を抜くだろう。

 侍従の手に毒針が仕込まれているかもしれない。そう疑うには充分すぎるほど、この侍従はディルクを見下している。

 腕を掴まれる前に自分から席を立ち、食堂を後にしようとした。

 エドガーに言われたから席を立つのではない。カルロの手を血で染めたくないだけ。

 ずっと傍にいてくれた彼の手を汚すなんて嫌だ。

 血は洗い流せる。だが、血で汚れてしまった事実は消えない。

 カルロに「行こう」と声をかけた瞬間、陛下が時間通りにやってきた。

「どこに行く」
「私はお呼びではないようなので」

 その言葉は、自分が来るまでに何があったのかを陛下に理解させた。

 卑しい者を見るような蔑む目をする侍従。そしてのその主は……。

 陛下は追い出そうとしていた侍従を睨み付け、ディルクを席に戻した。

 本音は出て行きたかったが、陛下に逆らえるわけもなく。

「陛下!ソレは卑しく穢らわしい平民ですよ!!」

 席につくや否や、王妃が叫んだ。

 汚物でも見るかのような目。全身で不快を示している。

「王妃。口には気を付けろ。ディルクには私の血も流れているんだぞ」
「父上…?今なんと……?」

 陛下が名前を呼んだ。今まで一度だって呼んだとがなかったのに。

 最低限の会話もなく、交わすのは挨拶だけ。ほとんど顔も会わせることもなかった。

 公務を任せるのは、いかに無能かを知らしめるため。

 エドガーはそう聞いていた。もちろん陛下の口からではないが、そういう理由なら納得がいく。

 自分には一切何も任せてくれないのに、ディルクだけに大事な公務を任せることを。

 所詮、異物は異物。運良く半分は王族の血を引いていても、生まれてくる価値など無に等しい。

 それなのに名前を呼んだだけでなく、庇った。

 誰もが驚くなか、ディルクだけは平然としていた。まるで何も聞こえなかったように。

 カルロはそんなディルクを少し寂しげに見ていた。

 料理が運ばれるまでの短い時間、ディルクのアカデミーでの様子を知りたくて話しかけるも、模範的な答えしか返ってこない。

 張り付けられた笑顔。冷たくて色のない瞳。

 食事にさえ護衛騎士を連れて来なければならない現状。

 今まで何も見てこなかったツケを支払っている気分。

 空気が重い。ようやく運ばれてきた食事を黙々と食べる。

 中でもディルクだけが一切手をつけずにいる。

 毒でも入っているのかと警戒していると思ったが、そうではなかった。

 ちゃんと気にかけてあげたら、答えは簡単に見つかる。

 料理人と給仕を呼びつけた。

「私の息子にこのようなふざけた真似をしたのはどちらだ?」

 ディルクと陛下は同じテーブルで食事を摂ることはほとんどない。呼ばれないのも理由であるが、他人との食事ほど息がつまるものはない。

 ディルクにとって陛下は、国王陛下であり、父親ではなかった。

 用意されたナイフやフォークがおもちゃで、陛下に言えば解決することでも、黙って時間が過ぎるのを待つ。

 こんなことでわざわざ、高貴な国王陛下のお手を煩わせる必要などないと思っていた。

 アリアナの言葉を思い出す。ディルクが助けを求めるのはクラウスとカルロだけ。陛下よりも先に気付いたカルロは口に出すことはなかった。

 声を荒らげ追求したところで、恥をかくのは主であるディルク。

 無関心の陛下。指示したであろう王妃とエドガー。罰せられることはないと信じきっている使用人。

 護衛騎士の発言などこの場でもみ消されてしまうのが関の山。

 ならばなぜ陛下はディルクのために怒っているのだろうか。

 聡明なディルクにも解けない謎。

 スープに虫の死骸が入っていることに関しても説明を求めるも、顔を青ざめるばかりで答えようとはしない。

「仕方ありませんよ父上。兄上は平民混じり。そして彼らは高貴な王族に仕える身。“そういう”態度を取りたくなるもの無理はない」
「エドガー!!母親は違えどディルクはお前の兄だ。金輪際、そのようなことを言うんじゃない」

 また庇った。しかもエドガーを怒鳴りつけた。

 これは夢ではないかとエドガーも王妃も混乱している。

「お話中すみませんが、失礼してもよろしいでしょうか」

 返事を待たずに立ち上がったディルクは冷たい目を向け

「私はいつも通り自分で作りますので」

 王宮には厨房が二つある。一つは料理人達が料理を作り、もう一つはすっかり埃被って誰も使わなくなった古い厨房。

 無断で使用しているわけではなく、ちゃんと陛下の許可は得ている。それはもう何年も前のことで、包丁も握ったことのない幼い子供が厨房を使いたいと頼みに来たとき、陛下は何を思っていたのか……。

 咄嗟に伸ばした手は中途半端なところで止まった。


 ディルクを引き止める資格はあるのだろうか?


 父親としての責任も役割も果たしたことがないのに。

 これは罰だ。

 何もせず、傍観者として、愛するソフィアとディルクの苦しみから目を背けてきたのだから。

 許されるつもりは毛頭ないが、償いはしていくつもりだ。

「はは……アリアナ嬢の言葉は正しかったな。私は現実を見るべきだったのか」

 力なく笑う陛下は項垂れていた。

 誰よりもその名に反応したのは、当然のごとくディルク。

 不自然に立ち止まったディルクは冷たい視線を陛下に向けた。

「アリー?なぜここでアリーの名前が?」
「今朝方、呼び出して話をしただけだ」

 あんなにも無反応だったディルクは乙女のように想い焦がれる表情。

 優しく色付いた瞳は、ここにはいないアリアナを映しては、愛しいと言っていた。

 かつて、こんなにも人間味のあるディルクを見たことがあっただろうか。

 共通の話題にはならないが、アリアナのことならディルクは語ってくれる。もはや、それは確信だった。

 そんな利用するような真似にディルクはいい顔をしないが、ディルクの好きな人の話は聞きたかった。

「どうしようカル。アリーに無駄足を踏ませてしまったお詫びを贈るべきだろうか」
「そうですね。アリアナ様が会いに来られたのが殿下なら、そうするべきでしょう」

 最もな正論。

 アリアナのような良識ある人間が事前の連絡もなしに尋ねてくるわけがない。しかも王宮に。

 となると、別の誰かに会いに来た。

 エドガーなら自慢して見下してくる。王妃との接点はないため、消去法として残るは陛下。

 こちらも接点はない。

 ディルクは冷静になった。呼び出したのは陛下。ならばアリアナと会ったのは陛下になる。

 最初からそう言っていた。

 ──話をした?一体何の?

 不安に駆られた。アリアナに余計なことを言ったのでは、と。

 親はいつだって子供の意見を聞いてはくれない。傲慢で身勝手。権力を維持するための道具としか見ていない。

 初めてディルクは陛下と目を合わせた。その目は怒りに満ちていた。

「アリーに何かしたら許さない!!」

 突然の怒鳴り声に部屋の外に待機していた騎士が入ってきた。剣を抜く素振りはない。

 ピリつく空気の原因がディルクであることに戸惑いもある。

「陛下になんという口の聞き方!!謝りなさい!この卑しい平民混じりが!!」
「王妃!!」

 先程も同じことで注意を受けたのに。学習能力が著しく低い。

 幼い頃は優秀でも歳を重ねるごとに淑女らしさが失われていく。公共の場では上手くやるも、プライベートでは陛下を愛しすぎるあまり本音を隠すことも繕うこともない。

 自分のことなら何をされても何を言われても我慢し続けたディルクが声を荒らげるほど感情を表に出した。

 暴力や悪口など、慣れてはいけないものに慣れきっていたディルクが見せる、アリアナを守りたい強い意志。

 普通の親子ならとっくに知っていなければならないこと。

「はぁ……取り乱して申し訳ありません。ですが陛下。これだけはハッキリさせておきます。私がこの王宮で信じているのは母上とカル。そして元騎士団長のバルト卿。愛したいのはアリアナ・ローズただ一人。貴方の存在など気にかけたこともない」

 貴方もでしょう?と言いたそうなディルクに、陛下は言葉を失った。

「違う」と否定したかったのに言葉が出てこない。

 さっきまで色付いていたディルクの瞳は段々と暗くなり、陛下を見ることはなくなった。

 バルトの名前を聞いた騎士達はザワついた。

 騎士達はディルクを見下していたわけではないが、陛下の心を汲み取り、あまり近づかないようにしていたのだ。

 手を差し伸べ助けられる場面はいくつもあったのに、騎士道に反してまで見て見ぬふりをしてきた。

 最低な行いだと自覚していても、今更心配をしたところで形式的な感謝をされるだけ。

 許してくれるのだ、ディルクは。過去のことだからと割り切って。

 ディルクが自分自身にさえ無関心になったのは、職務を全うし、幼い子供を見殺しにし続けてきた騎士達の責任。

 守るべきは陛下の言葉や立場ではなく、力のないディルクだった。

 そんな当たり前のことをなぜ当時はわからなかったのか。

 幼いディルクは助けを求めることをしなかった。自分の立場をよく理解し、他人と深く関わることをやめていた。

 そんなディルクの傍にいたのがバルトたった一人。

 バルトは陛下の命令により護衛に付いていただけのはずだった。

 いつしか心を通わせるほど信頼されていたのだと、多くの騎士は知ることはない。

「エドガー。アリーは僕の婚約者だ。これ以上、手を出そうとするなら僕も容赦しない。わかったな?」

 弱く惨めな存在だったのに、鋭い目付きと威圧的オーラ。

 エドガーは息を飲み込み頷く。

 肩に置かれた手が重く感じ、ディルクに恐怖を感じていた。
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