不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「VIP待遇の元医師の患者は恐ろしい真実をかかえていた」

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 私は、地域で名高い老人病院の看護師長をしている。老人病院と呼ばれるのは、認知症や脳梗塞などの病気を抱えた、お年寄りの入院患者が多いからだ。内科、精神科、心療内科などからして、認知症専門の病院と言ってもいいかもしれない。
 近年は、認知症の患者さんに対する研究が進んだとは言え、スタッフへの負担は大きく、部下のグチなどを聞いていると、ストレスがたまる一方だった。
 そんな時には、大越さんを訪ねることにしている。大越さんは、院長の知人のお医者さんで、うちの病院の個室に入院している。認知症でも、命にかかわる重い病気というわけでもない。内臓に慢性疾患があり、長期療養のために入院していた。
 大越さんは、いつも私たちの働きを労ってくれる。優しい言葉と、微笑みを忘れることがなかった。しかし、知人とはいうものの、院長は、大越さんをあまり好きではないようだった。大越さんの、個室から出てくる院長は、いつも不機嫌そうだった。時には、声もかけられないほど厳しい表情のこともあった。馬が合わないとは、院長と大越さんの関係のように思えることもあった。それなら、他の病院に転院すればいいのだが、そんな話を耳にしたこともなかった。
 忙しい毎日が続く中で、気になる出来事が二件発生した。まだ命に関わるとは考えにくい病の、患者さんが続けて亡くなったのだ。医師や看護師も不思議がったが、それなりの病名がつけられ、葬儀が行われた。病院では、その患者さんの死因について、深く追及することはなかった。しかし、三件目の患者さんが、危篤状態に陥った時、病院内では秘密の調査チームが組織されることになった。三件目の患者さんは、認知症ではあるものの、取り立てて重要な疾病を持ってはいなかった。たまたま、脱水症状が見られて、生理食塩水の点滴を行っていたのだ。その点滴も、あと少しで終わる状態だった。そんな患者さんが、危篤状態に陥ったのだった。
 私は、調査チームのメンバーではなかったが、師長という立場上、さまざまな情報が耳に入ってきていた。警察が動いていることも耳にしていた。スタッフはもちろん、患者さんの動揺を抑えるために、調査はできるだけ秘密裡に進められているようだった。
 そして、数日後、一人の看護師が警察に呼ばれ、そのまま逮捕された。
 私の部下のひとりだったが、全く疑っていなかった人物だったため驚いた。中堅の女性看護師だったが、病院にきてからまだ二年ほどしか経っていなかった。
「生きているのが辛そうで、患者さんを助けてあげたかった」 
 彼女は、犯行の動機をそう語ったらしい。犯行も点滴に異物を混入するという単純な方法で、誰もが彼女の行為に疑問を持った。看護師も人間だ。患者さんの苦痛に同情することは不思議ではない。しかし、亡くなったのは、耐えたれない苦痛と闘っている患者さんではなかった。認知症気味とは言え、まだまだ長生きしそうな人達ばかりだった。
 事件はマスコミに取り上げられ、病院も大きな騒ぎに巻き込まれたが、半年も過ぎると平穏な日々が続くようになっていた。
 そんなある日、久しぶりに大越さんの部屋を訪ねた。事件を起こした看護師が、時折、大越さんの部屋を訪れていたこともあって、少し心配だったからだ。
「今回の事件では、いろいろとお騒がせしました。ところで、彼女、この部屋にも時折、お邪魔していたようですが、ご迷惑かけたりしていませんよね」
 大越さんは、いつもの柔和な笑いを浮かべながら、私の心配を打ち消した。それから、彼女がなぜ事件を起こしたかについて、大越さんの意見を聞いたが、取り立てて参考になるような話は出なかった。それから、少しの時間、新人の看護師の教育について大越さんの意見を聞いて、部屋を退出した。
 その時、部屋の中から、つぶやくような大越さんの声が、私の耳に届いた。
「あんな分かりやすい方法では、すぐにバレてしまうだろう」
 私の耳には、つぶやきが鮮明に残り、しばらくドアの外に立ち尽くす状態だった。
 帰宅して、家族と食事をしている時も、大越さんの言葉が気に掛かった。
 数日後、耐えきれず、自分の気持ちを院長に話した。大越さんとあまり仲のよくない院長とはいえ、私の話を笑い飛ばすものと思っていた。ところが、院長は、しばらく沈黙を続けた後で、「これは、師長と私だけの話にしてほしい」
 と前置きを述べ、
「大越さんをうちで引き受けたのは、危険な人だからだ。彼はサイコパスだ。キミは彼の担当が毎日変わることを知っているね。担当を決めると、影響を受ける危険性があるから、毎日、担当者を変えている。ところが、今回のように、彼に引き寄せられ洗脳されてしまうことがある」
「洗脳ですか。私も時々、大越さんを訪ねていますし、仲がいいです」
「キミは洗脳されにくい性格だから、問題ないが、逮捕された彼女は性格的に弱点があったかもしれない」
 院長は、大越さんに洗脳されて、事件を起こしたと確信しているような口ぶりだった。しかし、そうはいうものの、大越さんが彼女を洗脳した、と言う証拠はない。
 院長は、大越さんの危険性を知っている仲間うちの病院で、持ち回りで彼を引き受けていたらしい。ただ、今回の事件を知ったことで、引受先があるかを心配していた。私も、この事実を知った以上、大越さんにどのような対応をしてよいのか、悩ましい毎日が続くことになってしまった。
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