12 / 26
「呪い返しの護符」
しおりを挟む
★これは、私がサラリーマンを辞め、フリーライターとして歩み始めた頃の出来事。壁に貼られた護符の文字は忘れたが、あの光景を今も思い出す。
多分、今はもう無くなっているのだろう。あの場所には随分、長い間、訪れていない。
そこは、東京、地下鉄の四谷三丁目から少し行った、わずかに江戸情緒の残る場所にあった。二階建ての木造モルタル造りのアパートのようなものがあって、十ある部屋の一つを除いて、小さな会社の事務所として使われていた。残りは大家の住まいで、年老いた女性が一人で住んでいた。
当時、駆け出しのフリーのライターだった私は、そこにあった編集プロダクションに足繁く通っていた。プロダクションの社長は、Hさんと言った。社員はHさんの奥さんと、若い女性の二人だった。
ある日、訪れた私をHさんは隣の部屋に連れて行った。隣と言っても、昨日、退去した会社の事務所だ。荷物などはなく机だけが残されていた。私を連れて行った意味が分からず、怪訝(けげん)な表情をしていると、Hさんは、ある場所を指差して、見るように指示した。そこには、奇妙な絵文字のようなものが書かれている札があった。縦長で二十センチ程の長方形をしている。
「これは何ですか」と聞くと、Hさんは、呪い返しの護符(ごふ)だと答えた。
「呪い返し?」
Hさんの、話の内容を要約するとこうなる。大家のお婆さんは、この土地を呪われた土地だと信じているそうだった。
「江戸時代にこの場所にあった商家が、盗賊のため、一家皆殺しにされ、それ以来、ここに住居を構えるものに不幸が降りかかっている。現に、ここに事務所を構えた多くの会社が、倒産の憂き目にあっている。自分も夫と一人息子を事故で亡くした。この土地には、呪いがかかっているに違いない。そのために、ここに事務所を置く人には、呪い返しの護符を貼るように頼んでいる」
とのことだった。しかし、Hさんの事務所には、呪い返しの護符は、見当たらなかった。
Hさんは、「そんなの迷信だ。ここは安いから借りている」と笑った。
ところが、バブルの崩壊後、不渡り小切手をつかまされて、Hさんの会社は倒産した。私も被害を受けたが、Hさんの落胆ぶりは見ていられないほどだった。特に奥さんの憔悴(しょうすい)ぶりはひどく、体調を崩し、呆気なく亡くなってしまった。
会社の後始末を手伝った際、大家のお婆さんが、呪い返しの護符を壁に貼り付けていた姿が、脳裏に刻まれている。その時は、本当に呪われた場所があるような気がしていた。
Hさんは九十過ぎだが、まだ健在(けんざい)だ。しかし、あの事務所の話はタブーとなっている。
あの建物はすでに壊されて、マンションにでもなっているかもしれない。しかし、そこに住む人は幸せだろうか、と考えてしまう。
見てみたい。
はやる気持ちはあるが、不吉な予感のようなものが、私を押し留めている。
多分、今はもう無くなっているのだろう。あの場所には随分、長い間、訪れていない。
そこは、東京、地下鉄の四谷三丁目から少し行った、わずかに江戸情緒の残る場所にあった。二階建ての木造モルタル造りのアパートのようなものがあって、十ある部屋の一つを除いて、小さな会社の事務所として使われていた。残りは大家の住まいで、年老いた女性が一人で住んでいた。
当時、駆け出しのフリーのライターだった私は、そこにあった編集プロダクションに足繁く通っていた。プロダクションの社長は、Hさんと言った。社員はHさんの奥さんと、若い女性の二人だった。
ある日、訪れた私をHさんは隣の部屋に連れて行った。隣と言っても、昨日、退去した会社の事務所だ。荷物などはなく机だけが残されていた。私を連れて行った意味が分からず、怪訝(けげん)な表情をしていると、Hさんは、ある場所を指差して、見るように指示した。そこには、奇妙な絵文字のようなものが書かれている札があった。縦長で二十センチ程の長方形をしている。
「これは何ですか」と聞くと、Hさんは、呪い返しの護符(ごふ)だと答えた。
「呪い返し?」
Hさんの、話の内容を要約するとこうなる。大家のお婆さんは、この土地を呪われた土地だと信じているそうだった。
「江戸時代にこの場所にあった商家が、盗賊のため、一家皆殺しにされ、それ以来、ここに住居を構えるものに不幸が降りかかっている。現に、ここに事務所を構えた多くの会社が、倒産の憂き目にあっている。自分も夫と一人息子を事故で亡くした。この土地には、呪いがかかっているに違いない。そのために、ここに事務所を置く人には、呪い返しの護符を貼るように頼んでいる」
とのことだった。しかし、Hさんの事務所には、呪い返しの護符は、見当たらなかった。
Hさんは、「そんなの迷信だ。ここは安いから借りている」と笑った。
ところが、バブルの崩壊後、不渡り小切手をつかまされて、Hさんの会社は倒産した。私も被害を受けたが、Hさんの落胆ぶりは見ていられないほどだった。特に奥さんの憔悴(しょうすい)ぶりはひどく、体調を崩し、呆気なく亡くなってしまった。
会社の後始末を手伝った際、大家のお婆さんが、呪い返しの護符を壁に貼り付けていた姿が、脳裏に刻まれている。その時は、本当に呪われた場所があるような気がしていた。
Hさんは九十過ぎだが、まだ健在(けんざい)だ。しかし、あの事務所の話はタブーとなっている。
あの建物はすでに壊されて、マンションにでもなっているかもしれない。しかし、そこに住む人は幸せだろうか、と考えてしまう。
見てみたい。
はやる気持ちはあるが、不吉な予感のようなものが、私を押し留めている。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる