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「その夜食べたキノコ鍋には、彼女との相性を占う秘密があった」
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稲刈りの終わった田んぼを、部屋の中から眺めていると、幼い頃を思い出す。私は、住民が数百人という、四国地方の限界集落に生まれた。父母は、主に農業で暮らしを立てていたが、私が小学生高学年の頃、車の事故で亡くなった。夫婦で山で採れたキノコを売るため街に出かけた際、運転を誤って渓谷に落下してしまったのだった。独りになった私を、子供のいなかった校長先生夫婦が引き取り、大切に育ててくれた。
今、私が眺めている風景は、故郷のものではない。東北の小さな村の診療所の窓の向こうに拡がる風景だった。私は義父の影響もあって、僻地医療を志し、東北のとある小さな村の診療所の医師となっていた。医師は私一人。看護助手の中年女性、中山晴美さんと、介護士の資格を持つ村役場の職員の木元貞雄さんがスタッフだった。
卒業した大学の関連病院や、同じような僻地の診療所での短期間の研修を終え、ひと月ほど前に、この施設の責任者として着任した。前任の医師が亡くなり、しばらく無医村だったため、私の着任は大いに歓迎された。また、私が、同じような寒村の出身であり、おまけに腰掛けではなく、望んでの仕事とわかると、その歓迎ぶりは異様なほどだった。
今夜は、お婆さんの診察を兼ねて、中山晴美さんの家の夕食に招待されていた。普通の日は、独身の私のために、村人の誰かが食事を用意してくれたが、とりあえず日曜が休診のため、今夜は晴美さんの招待に甘えることにした。ただ、このことは地域の誰もが承知しているため、急患の際は、晴美さんあてに緊急連絡が入ることになっていた。
診察が終わって、晴美さんの家に着いたのは、夜の七時頃だった。お婆さんと、ご主人の洋平さん、娘の雛さんたちが、すでに夕食の用意をして、私たちを待ち構えていた。
「今夜は、おばあちゃんが山で採ってきたキノコづくし」
キノコ鍋からは、食欲をそそる匂いが漂ってきた。しばらくすると、木元貞雄さんがジビエ肉持参で酒宴に参加した。私は、酒が嫌いではないが、その夜は進められるまま盃を重ねていたため、充分に酔いが回っていた。
「どうだ、先生は合格か」
「合格だ」
木元貞雄さんと中山洋平さんの短い会話の後で、お婆さんの、
「めでたい、めでたい」
と繰り返す言葉が聞こえたような気がした。
そのまま意識が遠ざかり、目覚めたのは、陽の光が部屋まで差し込む時間になっていた。
「ようやくお目覚め」
雛さんが私の顔を覗き込んでいた。あわてて飛び起きると、自分がパンツ一枚の姿であることに気がついた。
「先生、暑いっていいながら裸になるから」
雛さんは、そう言いながら笑いかけた。
その日から、雛さんが、たびたび診療所に顔を出すようになった。私も雛さんに対して、少なからず好意を寄せていたため、二人が結びついたのは自然の成り行きだった。
やがて、私は雛さんと結婚した。雛さんのご両親はもちろん、四国に住む義父や村人の誰もが喜んでくれた。結婚してからは、村が用意してくれた、診療所近くの一軒家に住むことになった。
ある日、雛に誘われて山頂近くにある、村の神社に参拝した。この神社は以前から村の住人が持ち回りで管理している。私も雛も祭神が誰かは知らない。しかし、村や村人を護ってくれるありがたい神様に違いなかった。
「この神様が、私たち二人を結びつけてくれたの」
雛が、手を合わせながら、つぶやいた言葉が気になった。帰り途に、その言葉の意味を雛に聞いたが、笑っているだけだった。
翌日、木元貞雄さんに、そのことについて聞いてみた。木元さんは、しばらく考えた末、ゆっくりと話し始めた。
「実は、この村には不思議な言い伝えがある。好きな相手ができて、一緒になりたい時は、村の神様にお願いした後、ある食べ物を相手に食べさせなさい、と。ダメな場合は、軽い食あたりを起こし、そうでない場合は、何も起きない。雛ちゃんは、先生と一緒になりたくて、神様にお願いしたわけだ」
そう言われても、その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「先生、あの日、キノコ鍋食べたろう」
はっ、と気がついた。私がキノコ鍋を食べた後、雛のお婆さんが、「先生は合格か」と聞いていたのだ。そして、合格と聞いて、「めでたい、めでたい」と喜んでいた。その後、私は、ある事実に気づいて、まさか、と叫んでいた。その驚きの表情を見つめながら、木元さんはニヤリと笑った。あの夜、目覚めた時、自分はパンツ一枚で布団の中にいて、枕元には雛が私の顔を覗き込んでいた。あの日、私と雛は、結ばれていたのだ、と確信のようなものを感じていた。
いく日か経ったある日、雛から子供ができたことを聞いた。その報告がてら、四国の義父に電話を入れた。これまでの出来事を話すと、郷土史家として民俗学にも造詣が深い父は、
「その地域特産のキノコを食べさせて、その反応によって、相手への対応を決めた地域があるらしい」
と話してくれた。
電話を代わって、父と話す雛の姿を見つめながら、私は、この村が続く限り、自分は、あの診療所で生きていくだろう、と想っていた。
今、私が眺めている風景は、故郷のものではない。東北の小さな村の診療所の窓の向こうに拡がる風景だった。私は義父の影響もあって、僻地医療を志し、東北のとある小さな村の診療所の医師となっていた。医師は私一人。看護助手の中年女性、中山晴美さんと、介護士の資格を持つ村役場の職員の木元貞雄さんがスタッフだった。
卒業した大学の関連病院や、同じような僻地の診療所での短期間の研修を終え、ひと月ほど前に、この施設の責任者として着任した。前任の医師が亡くなり、しばらく無医村だったため、私の着任は大いに歓迎された。また、私が、同じような寒村の出身であり、おまけに腰掛けではなく、望んでの仕事とわかると、その歓迎ぶりは異様なほどだった。
今夜は、お婆さんの診察を兼ねて、中山晴美さんの家の夕食に招待されていた。普通の日は、独身の私のために、村人の誰かが食事を用意してくれたが、とりあえず日曜が休診のため、今夜は晴美さんの招待に甘えることにした。ただ、このことは地域の誰もが承知しているため、急患の際は、晴美さんあてに緊急連絡が入ることになっていた。
診察が終わって、晴美さんの家に着いたのは、夜の七時頃だった。お婆さんと、ご主人の洋平さん、娘の雛さんたちが、すでに夕食の用意をして、私たちを待ち構えていた。
「今夜は、おばあちゃんが山で採ってきたキノコづくし」
キノコ鍋からは、食欲をそそる匂いが漂ってきた。しばらくすると、木元貞雄さんがジビエ肉持参で酒宴に参加した。私は、酒が嫌いではないが、その夜は進められるまま盃を重ねていたため、充分に酔いが回っていた。
「どうだ、先生は合格か」
「合格だ」
木元貞雄さんと中山洋平さんの短い会話の後で、お婆さんの、
「めでたい、めでたい」
と繰り返す言葉が聞こえたような気がした。
そのまま意識が遠ざかり、目覚めたのは、陽の光が部屋まで差し込む時間になっていた。
「ようやくお目覚め」
雛さんが私の顔を覗き込んでいた。あわてて飛び起きると、自分がパンツ一枚の姿であることに気がついた。
「先生、暑いっていいながら裸になるから」
雛さんは、そう言いながら笑いかけた。
その日から、雛さんが、たびたび診療所に顔を出すようになった。私も雛さんに対して、少なからず好意を寄せていたため、二人が結びついたのは自然の成り行きだった。
やがて、私は雛さんと結婚した。雛さんのご両親はもちろん、四国に住む義父や村人の誰もが喜んでくれた。結婚してからは、村が用意してくれた、診療所近くの一軒家に住むことになった。
ある日、雛に誘われて山頂近くにある、村の神社に参拝した。この神社は以前から村の住人が持ち回りで管理している。私も雛も祭神が誰かは知らない。しかし、村や村人を護ってくれるありがたい神様に違いなかった。
「この神様が、私たち二人を結びつけてくれたの」
雛が、手を合わせながら、つぶやいた言葉が気になった。帰り途に、その言葉の意味を雛に聞いたが、笑っているだけだった。
翌日、木元貞雄さんに、そのことについて聞いてみた。木元さんは、しばらく考えた末、ゆっくりと話し始めた。
「実は、この村には不思議な言い伝えがある。好きな相手ができて、一緒になりたい時は、村の神様にお願いした後、ある食べ物を相手に食べさせなさい、と。ダメな場合は、軽い食あたりを起こし、そうでない場合は、何も起きない。雛ちゃんは、先生と一緒になりたくて、神様にお願いしたわけだ」
そう言われても、その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「先生、あの日、キノコ鍋食べたろう」
はっ、と気がついた。私がキノコ鍋を食べた後、雛のお婆さんが、「先生は合格か」と聞いていたのだ。そして、合格と聞いて、「めでたい、めでたい」と喜んでいた。その後、私は、ある事実に気づいて、まさか、と叫んでいた。その驚きの表情を見つめながら、木元さんはニヤリと笑った。あの夜、目覚めた時、自分はパンツ一枚で布団の中にいて、枕元には雛が私の顔を覗き込んでいた。あの日、私と雛は、結ばれていたのだ、と確信のようなものを感じていた。
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「その地域特産のキノコを食べさせて、その反応によって、相手への対応を決めた地域があるらしい」
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