14 / 26
「病院の待合室で出会った人たちは、この世の人たちではなかった」
しおりを挟む
大好きだったお婆ちゃんが亡くなった。
赤ちゃんの頃から、私のことを一番、可愛がってくれたお婆ちゃんだった。隣町で独(ひと)り住まいだったが、特に大きな病気をするわけではなく、まだまだ長生きしてくれるものと信じていた。ただ、いつも薬を飲んでいたことから、何らかの病をかかえていたことは確かだった。
私の家から、お婆ちゃんのうちまで、自転車で三十分ほどかかったが、高校のクラブ活動が休みの土曜日には、必ずお婆ちゃんの家を訪ね、学校や友達のことなどを話した。その時、私がお婆ちゃんにやってあげたのは、一週間分の飲み薬をセットすることだった。
朝晩の二回、飲むのを忘れないように、薬のケースにセットする。お婆ちゃんは、帰宅時に「お礼よ」と、お小遣をくれ、「気をつけてお帰り」と、私の自転車を見送ってくれた。
お婆ちゃんが亡くなった今、父はお婆ちゃんの家を売却する予定だった。家族総出の遺品整理が終わり、帰り際に母から、小さな袋を渡された。
「亡くなる前に、この袋を渡すように言われていたの」
生前から母は、お婆ちゃんから、万一の時に、私に渡すように言われていたようだった。
自分の部屋のベッドに寝転びながら、お婆ちゃんの残した袋の中身を広げた。何か月か先の私の誕生祝いのポチ袋と、価値のありそうな古い指輪、それと封筒に入った手紙と一万円札が一枚入っていた。手紙の中身は、これまでの私への礼と、ある頼みが書かれていた。
頼みの内容は、これまで世話になったかかりつけの医者に、同封の金でお礼の品物を買って、届けてほしい、と言うものだった。私が、いつも飲み忘れないように薬をセットしてあげた、薬袋に書かれていた病院の医師のことだとすぐわかった。
行ったことはなかったが、病院の場所は、お婆ちゃんに聞いていたので、来週の土曜日に訪ねてみるつもりだった。念の為、病院に電話をいれると、小さな病院らしくすぐに医師の声が聞こえ、お婆ちゃんが亡くなったことを伝えると、お悔やみの言葉を返してくれた。
土曜日に母に用意してもらった品物を持って、病院を訪ねた。路地の奥まった場所だったが、すぐにわかった。お婆ちゃんの家から、歩いて数分の距離だった。
ドアを開けると、すぐ小さな待合室があり、そこには、たくさんのお年寄りが座っていた。
「待っていたのよ。お孫さんが来ると聞いていたから」
みんなお婆ちゃんの知り合いらしかった。先生もすぐに診察室から顔を出し、笑顔で私を迎えてくれた。病院と言う場所柄、あまり長居はできない。皆んなは、引き留めてくれたが、お婆ちゃんに代わって感謝の言葉を告げ、待合室を引き上げた。中には涙を流して悲しんでくれる人もいて、お婆ちゃんが、多くのお友達に愛されていたことを知った。
それから、半年ほど経った頃。母が怪訝そうな顔で私に聞いた。
「あなた、お婆ちゃんの件で、病院を訪ねたよね。その時、先生に会った」
「会ったよ。お婆ちゃんのお友達だった人達とも」
「本当に?。お婆ちゃんの家の売却を頼んだ不動産屋さんから聞いたのだけど。お婆ちゃんのかかっていた先生も亡くなって、あの病院も売りに出されているんだって」
「じゃあ、私が会った後、しばらくして亡くなったんだね」
「そうじゃないのよ。もう一度聞くけど、あなた本当に先生に会ったの」
「会ったよ。一緒にいた患者さんもみんな先生と呼んでた」
「ヘンね。不動産屋さんの話だと、お婆ちゃんの亡くなる少し前に、先生は亡くなっていて、あなたが訪ねた土曜日には、既に閉院していたはずなの」
その時は、不動産屋の勘違いだと思った。しかし、ネットで調べてみると、母の言う通り、私が訪ねた土曜日には、閉院となっていたはずだった。
そう言えば、不思議なことがもう一つあった。あの待合室で会った、お婆ちゃんの友達の顔を、誰一人、お葬式の際に、目にしていないことだった。通夜や葬儀の日に、お婆ちゃんの友達と顔を合わせたが、あの日の待合室にいた人達はいなかった。
私の脳裏に、ある想いが浮かび上がり、確信のようなものが全身に拡(ひろ)がった。
急いで、お婆ちゃんの遺品を入れてあるダンボール箱の中から、写真類を取り出した。お婆ちゃんちゃんが、町内や友達との旅行の写真を一枚一枚確認した。目的の写真はすぐに見つかった。それは、お婆ちゃんと友達数人が、温泉旅館に出かけた時のものだった。
その中に、あの日、待合室で出会った人物は簡単に見つかった。その人物の写真を携帯に撮って、母に送った。母の返事は、ずいぶん前に亡くなった、お婆ちゃんのお友達とのことだった。
私は、それ以上のことは、母に言わなかった。言っても信じてくれないと思ったからだ。
ただ、私は信じていた。待合室で出会った人達が、先生もお友達も、この世の人達ではなかったことを。
私は、その後、幾度か病院を訪ねてみたが、看板は外され、ドアは閉ざされたままだった。このドアが開いたら、待合室には、友達と一緒の笑顔のお婆ちゃんがいるような気がした。
赤ちゃんの頃から、私のことを一番、可愛がってくれたお婆ちゃんだった。隣町で独(ひと)り住まいだったが、特に大きな病気をするわけではなく、まだまだ長生きしてくれるものと信じていた。ただ、いつも薬を飲んでいたことから、何らかの病をかかえていたことは確かだった。
私の家から、お婆ちゃんのうちまで、自転車で三十分ほどかかったが、高校のクラブ活動が休みの土曜日には、必ずお婆ちゃんの家を訪ね、学校や友達のことなどを話した。その時、私がお婆ちゃんにやってあげたのは、一週間分の飲み薬をセットすることだった。
朝晩の二回、飲むのを忘れないように、薬のケースにセットする。お婆ちゃんは、帰宅時に「お礼よ」と、お小遣をくれ、「気をつけてお帰り」と、私の自転車を見送ってくれた。
お婆ちゃんが亡くなった今、父はお婆ちゃんの家を売却する予定だった。家族総出の遺品整理が終わり、帰り際に母から、小さな袋を渡された。
「亡くなる前に、この袋を渡すように言われていたの」
生前から母は、お婆ちゃんから、万一の時に、私に渡すように言われていたようだった。
自分の部屋のベッドに寝転びながら、お婆ちゃんの残した袋の中身を広げた。何か月か先の私の誕生祝いのポチ袋と、価値のありそうな古い指輪、それと封筒に入った手紙と一万円札が一枚入っていた。手紙の中身は、これまでの私への礼と、ある頼みが書かれていた。
頼みの内容は、これまで世話になったかかりつけの医者に、同封の金でお礼の品物を買って、届けてほしい、と言うものだった。私が、いつも飲み忘れないように薬をセットしてあげた、薬袋に書かれていた病院の医師のことだとすぐわかった。
行ったことはなかったが、病院の場所は、お婆ちゃんに聞いていたので、来週の土曜日に訪ねてみるつもりだった。念の為、病院に電話をいれると、小さな病院らしくすぐに医師の声が聞こえ、お婆ちゃんが亡くなったことを伝えると、お悔やみの言葉を返してくれた。
土曜日に母に用意してもらった品物を持って、病院を訪ねた。路地の奥まった場所だったが、すぐにわかった。お婆ちゃんの家から、歩いて数分の距離だった。
ドアを開けると、すぐ小さな待合室があり、そこには、たくさんのお年寄りが座っていた。
「待っていたのよ。お孫さんが来ると聞いていたから」
みんなお婆ちゃんの知り合いらしかった。先生もすぐに診察室から顔を出し、笑顔で私を迎えてくれた。病院と言う場所柄、あまり長居はできない。皆んなは、引き留めてくれたが、お婆ちゃんに代わって感謝の言葉を告げ、待合室を引き上げた。中には涙を流して悲しんでくれる人もいて、お婆ちゃんが、多くのお友達に愛されていたことを知った。
それから、半年ほど経った頃。母が怪訝そうな顔で私に聞いた。
「あなた、お婆ちゃんの件で、病院を訪ねたよね。その時、先生に会った」
「会ったよ。お婆ちゃんのお友達だった人達とも」
「本当に?。お婆ちゃんの家の売却を頼んだ不動産屋さんから聞いたのだけど。お婆ちゃんのかかっていた先生も亡くなって、あの病院も売りに出されているんだって」
「じゃあ、私が会った後、しばらくして亡くなったんだね」
「そうじゃないのよ。もう一度聞くけど、あなた本当に先生に会ったの」
「会ったよ。一緒にいた患者さんもみんな先生と呼んでた」
「ヘンね。不動産屋さんの話だと、お婆ちゃんの亡くなる少し前に、先生は亡くなっていて、あなたが訪ねた土曜日には、既に閉院していたはずなの」
その時は、不動産屋の勘違いだと思った。しかし、ネットで調べてみると、母の言う通り、私が訪ねた土曜日には、閉院となっていたはずだった。
そう言えば、不思議なことがもう一つあった。あの待合室で会った、お婆ちゃんの友達の顔を、誰一人、お葬式の際に、目にしていないことだった。通夜や葬儀の日に、お婆ちゃんの友達と顔を合わせたが、あの日の待合室にいた人達はいなかった。
私の脳裏に、ある想いが浮かび上がり、確信のようなものが全身に拡(ひろ)がった。
急いで、お婆ちゃんの遺品を入れてあるダンボール箱の中から、写真類を取り出した。お婆ちゃんちゃんが、町内や友達との旅行の写真を一枚一枚確認した。目的の写真はすぐに見つかった。それは、お婆ちゃんと友達数人が、温泉旅館に出かけた時のものだった。
その中に、あの日、待合室で出会った人物は簡単に見つかった。その人物の写真を携帯に撮って、母に送った。母の返事は、ずいぶん前に亡くなった、お婆ちゃんのお友達とのことだった。
私は、それ以上のことは、母に言わなかった。言っても信じてくれないと思ったからだ。
ただ、私は信じていた。待合室で出会った人達が、先生もお友達も、この世の人達ではなかったことを。
私は、その後、幾度か病院を訪ねてみたが、看板は外され、ドアは閉ざされたままだった。このドアが開いたら、待合室には、友達と一緒の笑顔のお婆ちゃんがいるような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる