不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「病院の待合室で出会った人たちは、この世の人たちではなかった」

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 大好きだったお婆ちゃんが亡くなった。
 赤ちゃんの頃から、私のことを一番、可愛がってくれたお婆ちゃんだった。隣町で独(ひと)り住まいだったが、特に大きな病気をするわけではなく、まだまだ長生きしてくれるものと信じていた。ただ、いつも薬を飲んでいたことから、何らかの病をかかえていたことは確かだった。
 私の家から、お婆ちゃんのうちまで、自転車で三十分ほどかかったが、高校のクラブ活動が休みの土曜日には、必ずお婆ちゃんの家を訪ね、学校や友達のことなどを話した。その時、私がお婆ちゃんにやってあげたのは、一週間分の飲み薬をセットすることだった。
 朝晩の二回、飲むのを忘れないように、薬のケースにセットする。お婆ちゃんは、帰宅時に「お礼よ」と、お小遣をくれ、「気をつけてお帰り」と、私の自転車を見送ってくれた。
 お婆ちゃんが亡くなった今、父はお婆ちゃんの家を売却する予定だった。家族総出の遺品整理が終わり、帰り際に母から、小さな袋を渡された。

「亡くなる前に、この袋を渡すように言われていたの」

 生前から母は、お婆ちゃんから、万一の時に、私に渡すように言われていたようだった。
 自分の部屋のベッドに寝転びながら、お婆ちゃんの残した袋の中身を広げた。何か月か先の私の誕生祝いのポチ袋と、価値のありそうな古い指輪、それと封筒に入った手紙と一万円札が一枚入っていた。手紙の中身は、これまでの私への礼と、ある頼みが書かれていた。
 頼みの内容は、これまで世話になったかかりつけの医者に、同封の金でお礼の品物を買って、届けてほしい、と言うものだった。私が、いつも飲み忘れないように薬をセットしてあげた、薬袋に書かれていた病院の医師のことだとすぐわかった。
 行ったことはなかったが、病院の場所は、お婆ちゃんに聞いていたので、来週の土曜日に訪ねてみるつもりだった。念の為、病院に電話をいれると、小さな病院らしくすぐに医師の声が聞こえ、お婆ちゃんが亡くなったことを伝えると、お悔やみの言葉を返してくれた。

 土曜日に母に用意してもらった品物を持って、病院を訪ねた。路地の奥まった場所だったが、すぐにわかった。お婆ちゃんの家から、歩いて数分の距離だった。
 ドアを開けると、すぐ小さな待合室があり、そこには、たくさんのお年寄りが座っていた。

「待っていたのよ。お孫さんが来ると聞いていたから」

 みんなお婆ちゃんの知り合いらしかった。先生もすぐに診察室から顔を出し、笑顔で私を迎えてくれた。病院と言う場所柄、あまり長居はできない。皆んなは、引き留めてくれたが、お婆ちゃんに代わって感謝の言葉を告げ、待合室を引き上げた。中には涙を流して悲しんでくれる人もいて、お婆ちゃんが、多くのお友達に愛されていたことを知った。
 それから、半年ほど経った頃。母が怪訝そうな顔で私に聞いた。

「あなた、お婆ちゃんの件で、病院を訪ねたよね。その時、先生に会った」
「会ったよ。お婆ちゃんのお友達だった人達とも」
「本当に?。お婆ちゃんの家の売却を頼んだ不動産屋さんから聞いたのだけど。お婆ちゃんのかかっていた先生も亡くなって、あの病院も売りに出されているんだって」
「じゃあ、私が会った後、しばらくして亡くなったんだね」
「そうじゃないのよ。もう一度聞くけど、あなた本当に先生に会ったの」
「会ったよ。一緒にいた患者さんもみんな先生と呼んでた」
「ヘンね。不動産屋さんの話だと、お婆ちゃんの亡くなる少し前に、先生は亡くなっていて、あなたが訪ねた土曜日には、既に閉院していたはずなの」

 その時は、不動産屋の勘違いだと思った。しかし、ネットで調べてみると、母の言う通り、私が訪ねた土曜日には、閉院となっていたはずだった。
 そう言えば、不思議なことがもう一つあった。あの待合室で会った、お婆ちゃんの友達の顔を、誰一人、お葬式の際に、目にしていないことだった。通夜や葬儀の日に、お婆ちゃんの友達と顔を合わせたが、あの日の待合室にいた人達はいなかった。
 私の脳裏に、ある想いが浮かび上がり、確信のようなものが全身に拡(ひろ)がった。
 急いで、お婆ちゃんの遺品を入れてあるダンボール箱の中から、写真類を取り出した。お婆ちゃんちゃんが、町内や友達との旅行の写真を一枚一枚確認した。目的の写真はすぐに見つかった。それは、お婆ちゃんと友達数人が、温泉旅館に出かけた時のものだった。
 その中に、あの日、待合室で出会った人物は簡単に見つかった。その人物の写真を携帯に撮って、母に送った。母の返事は、ずいぶん前に亡くなった、お婆ちゃんのお友達とのことだった。
 私は、それ以上のことは、母に言わなかった。言っても信じてくれないと思ったからだ。
 ただ、私は信じていた。待合室で出会った人達が、先生もお友達も、この世の人達ではなかったことを。
 私は、その後、幾度か病院を訪ねてみたが、看板は外され、ドアは閉ざされたままだった。このドアが開いたら、待合室には、友達と一緒の笑顔のお婆ちゃんがいるような気がした。
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