不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「そのベットの中には、確かに何かが潜んでいるような不気味な感触がした」

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「ヤバイ」と叫んだ時には遅かった。
 スケボーで仲間の忠告を無視し、能力を超えた荒技に挑戦した結果、腰の骨折、みっともない状態に陥(おちい)ることになってしまった。
 そのまま、救急車で近くの病院に運ばれ入院、鎮痛剤で痛みを誤魔化しているが、自力でトイレにも行けない有様だった。まだ、彼氏とのキスの経験もない、十六歳の乙女に対して、女性用の尿瓶(しびん)を使えと、オバさん看護師に冷たく言われ、落ち込んだ。

 流行り病の名残(なご)りで、面会も肉親のみ。
 仲間達からは、たくさんのお見舞いのメールをもらった。
 そのうちでも、最近、付き合い始めた天馬のメールが、一番嬉しかった。薬がきれると、痛みがおそってきた。夜になると、我慢できずにナースコールのボタンを押した。
 夜勤の若い看護師は優しく、用意しておいた鎮痛剤を飲ませてくれた。

「このベッド変なんです。うまく動けなくて、嫌な感じなんです」

 激しい痛みはあるものの、状態に慣れてきたせいか、少しずつ体の移動ができるようになっていた。それとともに、今、寝ているベッドに、なんとも言えない違和感を感じ始めていた。
 誰かに抱きしめられている、と言えばプラスイメージだが、この場合、嫌な相手に抱きしめられて、逃げ出せないキモイ状態なのだ。

「若くて体力があるから、そう感じるかもね。このベッドは、うまく体が動かせない人向けのベッドなの。脳梗塞(のうこうそく)などで半身不随(はんしんふずい)になった場合、床ずれを軽減してくれる。体力のある若い香西千夏(こうざいちなつ)さんには、合っていないかもしれないわね」

 特殊なエアーベッドで、しばらくしたら普通のものに、換えてもらえることになった。しかし、薬の効果もあって、痛みが気にならなくなると、ベッドのキモさが我慢できなくなってくる。それでも、どうにもならない。
 いつの間にか眠りについた、夜中の二時を過ぎた頃だろうか、首筋の辺りに艶かしい感触を覚えて目を覚ました。

 一般病棟のため、天井には小さな灯りがあり、誰かのイビキも聞こえてくる。首を左右に動かし、頸(うなじ)を手で触れてみる。その時だった、頬の辺りにフーッと、生暖かい吐息のようなものを感じて、「イヤー」っと大声で叫んでしまった。

 その声で目覚めた、隣のベッとの中年女性がナースコールをする前に、千夏の絶叫を聞いた看護師が駆けつけてきた。

「ベッドに誰かが忍び込んできたんです」

 千夏は必死になって説明したが、結局、「強い痛み止めのせいで、夢を見たのだろう」で、終わってしまった。その後は、緊張と興奮のため、一睡もできなかった。検査や治療のため、幾度か部屋を出入りする間も、頭がボンヤリし気分はあまり良くなかった。

 しかし、夜を迎えると頭が鮮明になってくる。ベッドも、相変わらずキモイ感じで体に密着してくる。緊張が少し緩んだ零時を過ぎた頃だろうか、微(ひそ)かに人の気配を感じて、眠っているふりをすることにした。

(また、誰かが忍び込んできたのだ)

 負けん気の強い千夏は、昨夜、ナースに「夢だ」と言われた腹いせに、犯人を捕まえてやろう、と考えたのだった。やがて、誰かの体が肩先に触れる感触が伝わってきた。それとともに、昨夜と同じ、頸のあたりに生温かい吐息を感じた。

 この時とばかりに両手を動かして、侵入者を捕まえようとした。一旦、何かを掴んだような感触はあった。しかし、それはスーッと手のひらをすり抜け、薄闇の中に消えてしまった。ただ、ベッドを囲むカーテンは全く揺れていなかった。つまり、相手はカーテンの外に出たのではなく、ベッドの下に隠れてしまったとしか考えようがなかった。

 朝になって、看護師の巡回があった時、千夏はベッドの交換を懇願した。看護師は、意外と簡単に千夏の要望を受け入れ、その日の午後には設備の担当者が、交換用のベッドを引いて現れた。交換用は、通常仕様の電動ベッドだった。新しいベッドに千夏が移り、それまで寝ていたベッドを移動させる時、

「何だ、このベッド、ファスナーが壊れてる。空気が漏れてるかもしれない。寝にくかったかもしれませんね」

 担当者が申し訳なさそうに謝った。頭を下げながら、しかし、と続けた。

「このベッド、ダメなんですよね。患者さんにすぐに交換してほしいと言われる。同じ種類のベットはたくさんあるのに、これだけなんです。嫌われるのは」

 千夏は、その日も昼に寝て、夜、目覚めている状態だったが、何事も起こらなかった。

 朝になると、ベッドの話を仲間たちにメールした。病院の怪談話として、楽しんで読んでくれた。

 今は、骨折も治り、懲(こ)りずにスケボーを楽しんでいる。ただ、彼氏の天馬にも話していないことがあった。

(確かに、ベッドの中に人間でない何かが潜んでいた)

 千夏は、そう確信していた。ポケット中からネットで購入した、魔除(まよ)けの守り袋を取り出した。その中には、紙に包まれた、白い髪の毛が一本入っていた。
 あの日、生温かい吐息を感じて、相手を捕まえようとした時、虚空(こくう)を掴(つか)んだと思った手の中に、一本の白い髪の毛が残っていたのだ。気味の悪い存在だったが、千夏は、この髪の毛を御守(おまも)り代わりにしてやろうと決めていた。
 そう思いながら、骨折の原因となった荒技に、再挑戦しようとしている。
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