不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「緩和ケア病棟に現れる子供の正体は?」

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 私の名前は、町田公恵(まちだきみえ)五十二歳。とある総合病院の介護士をしている。
 勤務先の病院には、一般病棟の隣に、緩和ケアの専門病棟や施設がある。癌などの進行で治療手段をなくし、痛みなどの苦痛などを和らげるなど、安らかな余生を選択した人たちの施設だ。

 この施設ができたのは二十数年前。その前は、一般病棟勤務だったが、施設設立とともにこちらに移ってきた。緩和ケア施設の目的は治療ではない。安らかな余生を送るための手助けだ。だから、面会時間に制限もない。入所者に悪影響を及ぼさない限り、ペットの入室も許されている。

 私が、その男の子に出会ったのは、施設ができて数年後のことだった。最初は、面会者の一人だと思っていた。実際、家族連れの面会者が多く、土日ともなると、子供たちの姿も珍しくはなかった。その子は、昏睡状態にある高齢者のペットの隣の椅子に、ポツリと一人で座っていた。学齢前の年齢に見えた。その年頃の子供が、死期の間近いお年寄りの側に、一人でいることが不自然に思えた。

「あなたのおじいちゃんなの。ご家族はどうしたの」

 子供は何も応えない。近くに彼の家族を探すため、その場を離れた間に、姿が見えなくなっていた。近くを通りかかった看護師に、子供のことを聞いても、知らない、と素っ気ない返事がかえってきた。
 しかし、その時は、その子供の存在に、疑念をもったわけではなかった。
 ところが、その日の深夜だった。ナースコールが鳴って、夜勤の看護師が出払っていたため、その部屋に私が駆けつけることにした。昼間に子供と出会った、あのお年寄りの部屋だった。昏睡状態のため、ナースコールできるはずがないと思ったが、急いで部屋を訪ねた。

 ドアを開けて驚いた。あの子供が一人でいたのだ。

「あなた、どこからきたの」

 私は、それ以上、何も言えないまま、その場に立ち尽くしていた。その間、子供は横たわるお年寄りの身体から浮かび出る、透明な風船のようなものを手のひらに乗せていた。そして、その風船を私に見せながら、ニコリと笑った。お年寄りの身体に装着された機器から、大きな音を立て緊急サインが点滅し始め、直ぐに医師や看護師が駆けつけてきた。

 そして、医師達の姿を確認し、振り返った時には、すでに子供の姿はどこにもなかった。

 朝になって、知り合いのスタッフに、私の目にした子供のことを聞いた。しかし、誰もその子供を目にした人はいなかった。

 不思議なことは、その後も続いた。どうも、その子供の姿は、私にだけ見えるようなのだ。そして、その子は、死期の迫った入所者のもとに現れ、その後に必ず入所者が亡くなっているのだ。私は、親しい同僚にこのことを話したが、笑うだけで、信じてはくれなかった。

 私は、あの子が、死者をあの世に導くための、道案内のような存在だと信じ始めていた。そしてこの施設で、その存在が見えるのは自分だけだ、と確信を持っていた。

 二十世紀の初め、アメリカの医師が、ある実験によって、人の魂が21gであることを発見したと知り合いの医師から聞いたことがあった。つまり、人は亡くなると、21g体重が減少することになる。あの子供が、両手に乗せていたのは、21gの人の魂に違いないと思った。

 それから数年が経った。子供とは不思議な関係が保たれていた。

 そんなある日、私の夫が、この施設に入所することになった。夫は、膵臓癌が見つかった時は、すでにステージ4で、ひどい痛みに苦しんでいた。夫婦で話し合った結果、私の勤めるこの施設で、余生を送ることにした。治療の手立てがないのは悔しかったが、施設にいればいつでも顔を合わせることができた。

 不安なことが一つあった。夫の部屋に、あの子が現れないことを毎日、願った。

 しかし、ある日の昼の休み時間に、夫の部屋を訪ねると、彼の横たわるベッドの隣の椅子に、あの子供が座って、夫と談笑していたのだ。私は顔面蒼白になり、今にも気を失いそうになっていた。

「どうしたんだよ。蒼い顔ををして。どこの子か知らないけど、かわいい子だね。公恵の知ってる子」

「ええ。知り合いの子なの」

 私は、その子に笑いかけながら、心では、「まだ連れて行かないで」と繰り返していた。やがて、彼は笑顔のまま、部屋を出て行った。それから、次の日になるまで、必死で夫に何事もないことを祈った。これまでは、その子が姿を現すと、入所者の全てが、その日のうちに亡くなっていたのだ。

 私の願いが通じたのか、翌日になっても夫は無事だった。それからも、医師が驚くほどの期間、夫は命を長らえている。彼の命がいつまで続くかはわからない。しかし、わたしは、あの子に対して、感謝の気持ちを持ち続けている。
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