不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「離れ屋の美女は人間だったのか?」

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 敷地が巨大で、たくさんの蔵を持ち、門構えも大きい。旧家然とした家が、私の故郷にあった。その家の家業が何で、何をして、これほど大きな所帯を維持しているのか、全く分からなかった。人を雇っているふうでもなかった。
 当時、私は、高校生だった。社会人だったら、調べる手段はいくらでもあっただろうが、父に聞いても知らない、と言われ、それ以上は調べる手立てがなかった。昔、手広く何かの商売をしていたが、今は辞めて、会社勤めでもしている。そう考えると、何となく納得がいった。その家の当主を見たことがなかった。そのため、どこか離れた場所に出稼ぎに行っているのか、外国船の船員のような仕事をしているのかもかも知れない、と思っていた。
 実は、私がその家に興味を持ったのは、家業のことではない。そこに住む人物のことだった。
 そこには、離れ屋があって、一人の少女が住んでいた。その少女のことを知ったのは偶然だった。たまたま友人の家を訪ね、帰りが深夜になった折、夜道を歩くその少女に出会ったのだった。少女は浴衣姿だった。まだ、春を過ぎたばかりで、夜中は肌寒かった。月の光に照らし出された、その少女の姿が、この世の者とは思えないほど美しく、私は、しばらく、その場に立ち尽くしていた。その時、足音が聞こえ、母親らしい女性が、少女をの手を引いて返って行った。少女は、手を引かれながら、私に微笑みかけた。その微笑は、心を蕩(とろ)かせるほど妖しかった。
 それ以来、私はその少女に心を奪われた。何とかもう一度会って、気持ちを伝えたいと思った。
 その家の近くに住んでいる友人に尋ねると、少女のことを知っていた。離れに住んでいる少女で、時折、夜中に家を抜け出して散歩しているとも話してくれた。高校に行っている様子もなく、何かの事情で外に出られないのかも知れないと語った。友人は、私の想いを聞くと、「オレがなんとかしやる」と男気のようなものを出してくれた。私たち二人とも、来年には大阪に出て、就職することになっていた。その前に、友人の恋心を充してやりたいと思ったのだろう。
 友人は、小学生の頃、友達と一緒に幾度かその家に忍び込み、離れの位置を記憶していた。「彼女の住む部屋まで連れて行ってやる」と言う。
 夜中に忍び込んで、彼女が驚いて騒がないか心配だった。ところが、彼は「騒がれたら、逃げればいい」と笑うばかりだった。
 それから数日後の深夜、私達はそのうちに忍び込んだ。離れ屋にはすぐにたどりつけた。彼女の棲む部屋の前に立った。中から明かりが漏れ、声が聞こえてくる。透き通るような女性の声だった。躊躇する私の背中を友人が押した。その勢いもあって、私は障子戸を開けて部屋に転がり込んだ。部屋の中には、少女が一人で、布団の上に座り歌をうたっていた。
 突然のことで、少女は驚嘆し、騒ぎ出すかと心配した。ところが、少女は騒ぎ出すわけではなく「待っていたの。やっと来てくれたのね」と、私を手招きした。ためらっていると、部屋の外から「イケ」と合図する友人の姿が見えた。
 一目見て恋をした女性が、夜中に、布団の上で待っている。私は、本能に従うことにした。
 後はどうなってもいい、そんな気持ちになっていた。彼女のそばに寄って、抱きしめようとして、私はあわてて飛び退いた。声を殺したまま、部屋を飛び出し、待っていた友人の手をとると、その場を逃げ出した。
 彼女や家人が追いかけてくる様子はなかった。
 友人は私が逃げ出した理由を聞いた。「あれは、人間じゃない」しか言えなかった。納得できない友人は、しつこく聞いてきたが、それ以上のことは言えなかった。
 その時、体験したことが、現実とは思えなかったからだ。
 彼女を抱きしめて、キスしようとした時、微笑んだその唇が大きく開き、私を飲み込むように思えたのだった。今では、気のせいだったのではないか、と考えることもある。そうすると、彼女には、とんでもない恥をかかせたことになる。
「いや、確かに彼女の口は、私を飲み込もうとした」
 あの光景を思い出すと、全身に戦慄が走った。
 あの日から、帰郷したのは、両親が亡くなった時だけだ。彼女の消息は全く分からない。 
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