不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「いい人は悪魔のような存在だった」

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 誰からも、その人の悪口を聞いたことがなかった。
 誰もが「いい人」とその人をほめる。
 しかし、どこがいいのかは、聞いたことがない。
 彼は、社員数名の、小さな企画会社を経営していた。クライアントは、上場企業ばかり。仕事も確かで、能力も高い会社なのだろうと思った。
 私が、その人を紹介されたのは、数年前のことだった。大学時代の友人が、取引先だったからだ。私はそのころ、出版社で編集者をしており、友人から耳にした人物評に興味を持ち、その人に会ってみたくなったのだ。友人の人物評は、他の人とは違っていた。彼を決して「いい人」とは言わなかった。
「彼に絶対、深入りするな」と釘をさされた。
 会ってみると、仕事には厳しいが、相手に対する心遣いが細やかな「いい人」に思えた。世間の評判通り、その人の周りには色々な職種の、バラエティに富んだ人々が集まっていた。そして、その人達の多くが、彼のために仕事を持ってきていたのだ。
 結果的に、全く仕事と関わりがないのは、私だけだった。そのことについて、友人に聞いてみた。
 友人は、「あの人は、人間の本性を見抜いて、そこを突いてくる」。そう答えた。その意味が理解できず、詳しい説明を求めた。
「相手が野心や、欲望を持っていると、それを引き摺り出すんだ」
 つまり、最初は仕事だけの付き合いだが、彼と関わるうちに、その人の本性が顕(あらわ)になり、多くが自滅してしまう、と言うのだ。
 友人の上司も、会社で上を目指して失脚してしまった。他にも、売り上げをあげるため無理をしたり、現実的でないプランに大金を投じた場合もある。総じて言えることだが、最初は、無理のない計画が、担当者が欲を出した途端、非現実なものに変わり、当事者は破滅に導かれていたのだ。
 そう言えば、ここ一年の間にも、多くの人が「いい人」の側に集まり、野心を露出した途端に破滅して消えて行った。面白いのは、誰もが「いい人」のせいにはしない。
「彼はよくやってくれた」と感謝する。
 最初の無理のないプランの場合は成功し、担当者が野心を持った途端、失敗していた。ただ、全ての人が、失敗するわけではない。数は少ないが、中には、野心や欲望を糧に、より高い地位についた人もいる。その人物のおかげで、「いい人」の会社は潤っていた。
 多くの人達が去って行ったが、自分のテリトリーを守っていたり、自らが考えているより、ずっと能力の高い人物だけは生き残っていた。
 ある時、ぶしつけな質問をしてみた。
「あなたは、人の欲望を曝け出し破滅させる」と。
 彼は、怒ることなく、
「私は、相手の野心や欲望が見える。欲望が、その人の器に合っていれば成功する。私は、彼らの欲望を達成するため手伝いをしているだけだ」
 そう言って笑った。
 私は、今も、「いい人」と会い続けている。今日も、新しい人達が、「いい人」の会社を訪れていた。多くの人が彼に潰されるが、中には業界のトップ企業に上り詰めた人もいる。
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