丸の内OLと女マッサージ師の入れ替わり

ジャンタマオ

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「元・私」への施術

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狭い施術室の静寂のなか、志穂(中身:美月)は無言でタオルをかけ、ベッドに仰向けになっている“美月の身体”を見下ろした。

いや、“かつての自分”だった身体。

「はじめますね……」

声が、少しだけ震えていた。目の前の肌はなめらかで、均整の取れたラインがベッドに沿って横たわっている。その曲線は見慣れていたはずだった。数週間前まで、自分が持っていたのだから。

——でも今、目の前にあるそれは、まるで他人の宝物のように遠く、美しく見えた。

オイルを手に取り、背中に手を滑らせる。滑らかな肌の下に、しなやかな筋肉がわずかに動く。

「……ああ」

知らず、志穂(中身:美月)の喉から小さく声が漏れる。力を入れて肩甲骨のまわりを押すと、筋肉が抵抗し、すぐにほどける。自分の知っていた“反応”だ。

「……ほんとうに、この体は……よくできてる」

言葉にして、胸が締め付けられる。

背中から腰へ。ウエストのくびれをなぞるように手が進む。マッサージの手技のはずが、指先がその形を確かめるように、ゆっくりと辿っていた。

「このラインも……あたしの、だったのに……」

腰に手を置いたまま、志穂は目を閉じる。
自分の中に残る“美月だった頃の感覚”が、施術されるたびに思い出される。
運動後に感じていた筋肉の張り、下着が肌に沿う感覚、ヒールで歩いたときの膝から足首にかけての緊張……。

すべてが、この身体に宿っていた。

——でも今は、違う。

太ももを両手で包み、圧をかける。しっかりと引き締まり、余分な肉は一切ない。
同時に、今の“自分の身体”——元・志穂のものとの違いが、いやというほど浮かび上がってくる。

「本当に、手放したくない……」

唇を噛んで、ふくらはぎへ。まっすぐで形のよい脚。これで歩けば、どんな服も映える。
足裏を揉みながら、志穂(中身:美月)はゆっくりと息を吐いた。

——この脚で、何度駅の構内を颯爽と歩いたか。
——この腰で、何度スーツを着こなしたか。

全部、自分だった。なのに今は、“志穂”の名で、下町のマッサージ師を演じている。

うつ伏せの“美月”(中身:志穂)は、施術されながら、静かに目を閉じていた。

志穂(中身:美月)は、手を止めない。けれど、その指はもう、単なる施術ではなかった。

——これは、確認だ。
——あの完璧な身体を、この手で、もう一度確かめるための。

「返して……。あたしの体、なのに……」

その声は、誰にも届かないように、指先から肌へと染みこんでいった。
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