読心能力者

凪田

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物語の始まり

賭けをしよう

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「試すって?具体的にはどうするんですか」

黒髪の男は少し興味深そうにこちらを向いた。
向かい合った瞳は、窓から差し込む陽の光を吸収してキラキラと反射する。
さっき見た時、色はブラウンだと思ったけど、光の角度で金色に光るのか。まるでビー玉みたい。
綺麗だなぁと純粋に思った。

「へぇ、意外。興味はあるんだな」
「まぁ……」
「あんたの方が歳上なんだろ?別に敬語とかいいよ」
「そうはいかないです」
「別に俺はあんたの客でもなんでもない。あんたの上司?それとも知り合い?が呼び出した他人だろ?俺に至っては、腐れ縁が連れてきた知り合いだ。口調なんて気にすることない」
「…分かった。善処しよう」

やはり相容れないタイプのようだ。
お堅い頭をしていらっしゃる。
こういう相手には断然やる気が出てきた。調子に乗った男には制裁である。少しだけ気分が上昇した。
俺は切り分けていた最後の一口であるパンケーキに、たっぷり余っていた蜂蜜を存分に吸わせる。
そして口に含めば、口内に一気に甘さが広がった。続いてバターの匂いが鼻いっぱいに広がる。
ここのパンケーキは最後まで本当に美味しいなと頷いた。
そうして、口の中でしっかりと咀嚼してから、使っていた銀のフォークをガチリと音を立てて少し噛んだ。

「よし、じゃあやるか」

口で噛んだままそう言えば、嫌そうな顔でこちらを睨んでくる。
なんだ?お行儀が悪いとでも言いたいのか。
生憎マナーを丁寧に教えてくれる両親は、物心ついたときには既にいないのでねと心の中で唱えながら、しかし邪魔なのは確かなので、一旦皿の上にフォークを置いた。
やる前に少し喉が乾いたし、ウインナーコーヒーで潤そうとも思ったが、この後のご褒美に戴こう。
勝利の一杯というやつだ。

俺は視線を浴びているのを感じ、これは好都合と、ゆっくり見せつけるように、右手から皮の手袋を引き抜いた。
やっと外の空気に触れることが出来た両手は、風を通さないので汗ばんでしっとりとしている。乾かすためにヒラヒラと左右に振る。
冷房が効いているといっても、外部に晒されることがない手は熱くなって蒸れているので、普通なら心地いいはずなのだが、あまりにも冷ややかな冷気は急激な温度の差で困ってしまう。
これだと、乾かすを通り越してすぐ手先が冷えそうだ。
万年、末端冷え性なんだよなぁと両手を自分の指で摩った。

「あんた、あんたの横の奴から聞いてんだよな、俺の能力の話」
「ちゃんと先輩の名前は呼べ」
「アイザワサンから話聞いてんだよな」
「なんでお前はそう嫌そうなんだ」
「嫌なんだよ。話進めるからお前は黙ってろよ相沢さん」

会話中に横から入ってきた相沢に、シッシッと指で払い除けるジェスチャーをしながら、目の前の男に笑いかけ「で?どうなんだ?」と聞くと、怪訝そうな顔で一度頭を縦に降った。

「まぁ、一通りは」
「その反応だと信じてないのか」
「逆に言われて信じる人間はいるのか?相沢先輩から聞いた話でも、未だに俺は半信半疑だ」

これは相当、相沢を尊敬しているのが分かる言葉だった。
そりゃある日突然、俺人の心が読めるサイコメトラーなんだ!なんて言われたら、普通の人間ならまずドッキリか、本当に狂ってるか、どこかの宗教勧誘と考えることだろう。信じられるわけが無い。

「だから、実際に試してみるか?ってこと」
「…オイ、結」

横から相沢の声が聞こえる。
ちらりと見れば、停止を促すようにやめろとこちらを睨んでいた。なんだ?咎めているのか?なにを今更。
俺にはまだ死体が移動されてない、サイコパス連続殺人の犯行場所や、殺人現場の近くに残された武器の残留思念を見て、犯人にたどり着くための何かしらを教えろと散々こき使われた。
冷たくなった死体にだって何度も何度も触れてきたし、非人道的なシーンを何度も見て、吐きながら事件解決に尽力したことも両手では数え切れないほどだ。
最近で言うなら、惨殺された一家の最期の姿を見て、監禁された子供の居場所の特定に駆け回った。
本当に痛ましい事件だったのだ。

そのような悲惨な事件を、望んでもいないのに見せられれば、当然心は憔悴しきっている。
だが、誰でもない相沢の頼みだから、俺は頷いてきたのだ。
なのにこの男を庇う方が優先なのは、酷い話である。少しだけモヤモヤとした。
本人に売られた喧嘩を返してやるだけなのだ。別に死にもしない。やらかした醜態やら、性癖のひとつやふたつ、公の場に晒されたところで、煽りに乗っただけなのだ。

「サイコメトリーを分かった上で信じないと言ってるんだから、見せても別に問題ないだろ」
「お前、後悔するぞ」
「…なにをいまさら。どんなえっぐい記憶持ってんだよこいつ。それにどんなに嫌われても慣れっこなもんでね」

相沢の忠告を無視して、手袋を外した男の方へと右手を伸ばした。
袖から覗く手首は折れそうな程に白い。
そこに陽の光が当たると、さらに白く感じた。
元より筋肉も付きにくい体だし、肌も陽を当て続けたらすぐ赤くなるので困る。
もっと言うなら、用事がない日は極力外出はしたくない引きこもりなので、ここまで来ると不健康は一目瞭然な見た目だろう。
中性的な見た目も相まって、昔はよく女性に間違われたし、小さい頃は金髪青目の子供というのは、日本で珍しいためか、危険な目に遭遇した。相当苦労したのだ。
女性からは羨ましいと言われるが、女々しいこの見た目は好きではない。
そういうのも含め、気持ち悪いだろう?触れられるものなら触れてみろという挑発だ。

「改めまして、どんな人間の心も読み取り、あなたに人生の転機を差し上げます。縁を結ぶ、出張サービスへようこそ」

この台詞は、仕事の時に依頼者に向けて使う常套句だ。それを満面の笑みを浮かべながら伝えると、大体の人間はここで態度をコロッと変える。
自分のこの顔面の何がいいのかは分からないが、実際好まれやすい顔面だという自覚はあった。下手に出れば鼻の下を伸ばして簡単に感情を表に出してくれるのだ。使わない手はない。
そうすればもう、読みやすいのなんの。有難い限りである。

「…出張サービス?」

小馬鹿にしたようにこちらを見る顔。
あまり感情はブレなかったので、これはさすが相沢の後輩だなと内心思った。
相沢のように屈強な精神をお持ちだったら、こちらも体力を消耗することとなる。読みにくいとなると、己の体力をかけた持久戦へ突入だ。

「出張サービスは俺の本職。依頼者の元へ駆け付けて、対象者の弱みを報酬と交換する仕事。もちろん復讐とかだけじゃなくて、彼の気持ちが知りたいとかそういうのもある」
「…へぇ、能力を使った仕事もしてるんだな」
「ほぼ恋愛とかの相談だよ。血なまぐさい依頼なんかほぼほぼ何処かの誰かさんのせいだし」
「誰だろうな」
「会話に入ってくんな」
「はいはい。じゃあおじゃま虫はタバコ吸ってくるから若い者同士仲良くしとけ」

胸元のポケットから、相沢のお気に入りのタバコの箱と、昔から大切に使ってる古ぼけたジッポを掴んで。相沢は立ち上がった。30代前半の男が何をほざいてやがるのか。早く行ってくれ。

「君は相沢先輩が嫌いなのか」
「嫌い?さぁどうだろ。知りたい?」
「教えてくれるつもりは無いようだ」
「お、わかってんじゃねぇか」

俺と相沢優咲はある種の依存関係である。と、勝手に俺は思っている。
この関係のことを、他の人間にとやかく触れられるのは、俺は好きでは無い。当然話すつもりもないのだ。誰にも言いたくない。絶対に。

「別にいい。俺は深くは探ろうと思わない。でもどれだけ信頼に足る先輩の言葉であっても、まだサイコメトラーというのは信じられない」
「そりゃそうだろ。信じる奴なんてほとんどいねぇよ。冷やかしだ」
「そんな大それた能力なら、そこそこ儲かってるんじゃないのか?」
「ああ、生活に困らないくらいはな。この顔だと詐欺でもいいからって会いたがる変態はいっぱい居るよ」

ただし、力になるのは本当に困っている人間だけだ。
大体は冷やかしの通り、こちら側もその時の気分次第で、それ相応の対応でいかせて頂いている。
その辺も能力を使えば容易に選別出来るから有難い話だ。

「じゃあ、今一度君の能力について、教えてくれないか」
「…相沢センパイから聞いてんだろ?」
「本人の口から聞きたいんだ」

興味があるのか無いのか、今ひとつ分からない男である。信じない、と言うだけで好奇心は備わっているということだろうか?

「よくあるアニメのまんまだよ。触れた人間の心や感情を読み取れたり、物体のある物に触れれば、過去それに触った人間が残した強い感情の残留思念を読み取れる」
「まるで魔法のようだな」
「だから超能力なんだろ?初めてサイコメトリーを題材にした人間は、相当第六感が冴えているか、俺と同じ能力者だよ。断言出来る。まぁ、思ってるほど万能なわけでもないけど」
「どういう意味だ?」
「ごく稀に読めない人間、ってのが存在するんだよ。相沢は典型的なそれ。腹立つよな。それに人より優れた物ってのは、当然代償だってある」
「代償とはなんだ?寿命が削られるのか」
「はは、ファンタジーもの読みすぎだ。俺はどちらかと言えばHPだな。使い過ぎたら昏睡状態になる」

俺は比較的優しい代償だとは思っている。
昔に相当こき使われ、途中ぶっ倒れて3日目覚めなかったことがあったので、多分下手したら死ぬかもしれないが、今現在はそこまでして使うことは禁じられているし、俺も今後そんな無茶をしてまで使うつもりは無い。

「本当なんだな」
「それを見極めたいんだろ」

伸ばした手を掴むようにブラブラと左右に振る。俺は左手で触れるのが一番記憶を読み取りやすい。
だから右手を伸ばした。これは俺なりの譲歩である。折れるように、完膚無きまで叩きのめしたいのではない。
人のことを見た目で判断する人間はもちろん嫌いだ。しかしながら、相沢はどちらかと言うと、見ない限りは信じられない人間だというのが正しい。
過去馬鹿にしながら依頼してきた人間には、もうやめてくれと泣くまでは許さなかったが、悪では無いことは確かだった。
相沢が連れてきた人間だから、その辺は安心出来た。
それに、なんのために相沢が俺をここに呼び出ししたのかは知らないが、それも質問の中に混ぜて、心を読めばわかるだろう。
相沢が面倒な案件を持ってきていたとして、俺と関わることにこいつがそれを拒絶するならば、それはそれで一石二鳥である。

「えっと、榊、さん?」
「あってる」
「言わないのはフェアじゃないから、一応言っとくけど、俺本物だからな」
「…というのは?」
「数々偽物だとか、ホラ吹きだとか言われてきたんだよ。その後になってやめてくれだ勘弁してくれって泣き喚く。嫌になるわ」
「嘘かどうかは見てから決めるさ」
「……視えすぎるから後悔するって意味だからな」
「なら問題ないな」

伝わってねぇなと、嫌味のつもりで言ったのだが、全く伝わっていないどころか、男は楽しそうにこちらを見て笑った。いい度胸である。

「フェアじゃない、か」
「なんだ?」
「…じゃあ1つ、賭けをしないか」
「賭け?」

そんなことを言ってくるとは、意外であった。
男はちらりと一瞬こちらを見てから、手元にあった、もうすっかり冷えているであろうコーヒーを口に含んでから、音を立てずにコーヒーソーサーの上にカップを置く。
取手から離す動作まで、指の使いが美しくて、思わず少し相沢と似ているという印象を受ける。

「君は…」
「俺の名前、相沢から聞いてんだろ?西園寺でも結でも何でもいい」
「……じゃあ西園寺。俺が西園寺に心を読むのを止めてくれと言わせられたら、西園寺の勝ち。西園寺が俺の心を読むのが無理だと手を離したら俺の勝ち。どうだ?」
「は?それ、お前にメリットある?」
「少なくとも泣き面は拝める」
「泣かねぇよ」
「はは、どうだ?やる?」

こっちのセリフだって言うんだよと、心の中で悪態をついた。
スっと、ついでとばかりに差し出された左手を見つめる。大きくて指タコのある手のひら。
普通に生活してる上では、そんなに所は硬くはならない。それだけで気が滅入りそうだ。
差し出された手のひら自体も、想像していたよりもずっと大きかった。
手首から二の腕にかけ程よく焼けていて、そういえば相沢もこいつも半袖なんだなと考える。勝手にお堅い職業だと思っていたので、クールビズってそんなお堅い仕事にもあるんだ、なんて。
ネクタイはしておらず、半袖のワイシャツから覗く腕は、程よく筋肉がつき、逞しく見えた。俺の腕とは正反対だ。
強く握られたら折れそう……そういう意味じゃないよな?

「へし折るのは無しだからな」
「?何言ってるんだ君は」

純粋に試そうと思ってるだけらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。

「ならなおさら。どう考えても俺の方が有利だと思うけど」
「さぁどうだろう」
「いいならいいけど。で?賭けの内容は?」
「そうだな、勝った方の願いをなんでも聞く」
「…ふーん。まぁいいや、乗った。高い肉奢れよ」
「いいよ、君が勝てばね」

どう考えても俺の方が有利だと思うが、本人がそれでいいと言うなら断る義理はない。
恐る恐る、差し出された手を重ねるように、己の手を上に被せた。

俺はこの時、賭け事というのは、勝敗が決まっていたとしても、その願いの内容をちゃんと先に聞かないのは、後々痛い目を見ることを知らなかったのだ。
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