読心能力者

凪田

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物語の始まり

morning

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駅を降りて徒歩5分の場所にある、某有名なファミリーレストランへと足を踏み入れれば、ひんやりとした冷気が体を包んだ。
最近のレストランにしては開店時間が早く、お値段も安くて、モーニングが美味しいと、巷で評判のファミリーレストランである。
店内は寒いほどに冷房が効いていて、体が急激に冷えるのを感じた。
だがそれも苦ではない。
朝なのにもう汗が滲み出していたので、むしろ助かる。暑いのは正直辛い。冬の方が結は好きだった。

今日は7月上旬というのに、最高気温が35℃近くにもなるらしく、ニュースでは記録的な猛暑になると言っていた。
今年の夏は長くなり、暑いと言っていた。
夏に殺される。いや、まじで。
日本の夏は湿気が多いから余計に暑く感じるのだ。
暑いよりは、よっぽど肌寒いの方が耐えられるのに。
なにを言っても、あの地獄の車内に比べたら全然マシだが。

レストランの中は平日の早朝ということもあり、数人のサラリーマンと常連客がまばらに座っているだけで、比較的ガラリとしているイメージだった。ゆっくりとした店内のメロディが心地よい。
「いらっしゃいませ」と笑顔を向けてくれる女性店員に少しお辞儀をして、店内をぐるりと見渡すと、見覚えのある姿が視界に入る。
奥の方の窓際の席に座る、長身の男を指さし「ツレです」と呟いてからその場所へと向かった。

窓際で優雅にモーニングセットのホットサンドを頬張り、ブラックのコーヒーを飲む男性の横に立った。コーヒーの良い匂いがする。
仕事明けなのだろうか?夜勤?少し疲れているような気がした。
しかし珍しい。4人がけのソファー席に腰を降ろしている。
いつもは2人席に座るのにと思ったが、よく見れば奥側に見覚えのない若い男が同席しているので、多分それでだろう。
男の歳は20代前半ぐらいだろうか。オムライスとスパゲティ、それにサラダの盛合せ。
朝食とは思えない量の皿が手元にあって少し引いた。

「……おい」

来てやったのに、こちらをちらりとも見ない男に声を掛けるも、聞こえないかのようにまた大きく口を開いてホットサンドに噛み付いた。
こっちの存在に絶対気づいてるくせに、振り向きもしやがらない。
はてどうしてやろうかと考えたところで、コーヒーを煽った男はふうと呟いてからこちらを見上げた。

「…分かってて無視するなよ」
「おう、おはよう」
「どうも」
「小さいから気づかなかった」
「座ってるあんたよりデカいわ」

呼び出しておいてこの態度。
いつものことである。
こっちが怒るだけ、この男には無駄なので、俺は特に何も言わないまま、2人の正面の椅子へとテーブルを挟んで座った。
見覚えのない男の正面を初めて拝んだが、中々整った顔立ちをしていた。
何よりスーツの上からでも分かるほどガッチリした体をしている。顔は多少疲れているが。
やはり夜勤明けなのだろう。
俺は近くを通り掛かった店員さんに、いつもと同じメニューのウインナーコーヒーと蜂蜜たっぷりのフワフワパンケーキをオーダーする。

「……で?今日はなんの用だよ」

店員が遠ざかり、声が聞こえなくなったのを確認してから、一拍置いて再び俺の正面に座る男を見た。
俺の正面には、今日呼び出した元凶の男、右側には見覚えのない男が腰かけている。
正面の男、名前を相沢 優咲(あいざわ ゆさ)という。優咲は呑気な顔をして、相変わらず熱そうにホットサンドを口に含んでいた。
この男は、何かしらの首を突っ込んではいけない職業に就いてる、ということを俺は知っている。
知っている範囲で言うなら警察関係。国家の犬、と言うやつだろうか。
具体的な内容は聞いてないし、知らないけど。
……いや知りたくないが正解だ。

小さい時に、とある事件で知り合ってからというもの、この数年、主に調査の手助け(パシリ)としてよく呼び出されているので、今日の呼び出しもその手の依頼だろうなと予想する。
しかし、待てども待てども永遠に物を口に運ぶので一向に話が始まらない。
痺れを切らして頬杖を着きながら、指先でテーブルをコツコツと鳴らすも、相沢は残り少なくなったサンドを全てゆっくり噛み砕いて完食してから、流れるような手つきでマグカップを口に当て、優雅に啜った。

「……いい加減、喧嘩売ってんのか」
「相変わらず血の気が多いな」
「呼び出しといて何言ってんだよ」
「どうせ暇だろうが」
「あんたがした仕打ち、今回ばかりは許さないからな。今胸ぐら掴んでやってもいいレベルでムカついてる。何度も何度も満員電車の時間帯は嫌だって言ってるだろ」
「ならタクシーで来ればいい」
「そっちがタクシー代持ってくれるならな!」
「俺達はお前ほど暇じゃないんでな。今日も夜勤明けで何とか時間作ってここに来てんだよ」
「知らねぇよ」
「相変わらず天使みたいな見た目で口悪いクソガキだなお前は」
「ガキで結構」

舌打ちして睨む俺に、ハイハイ、すまなかったと相沢が手を伸ばした。
その大きな手が頭に触れ、クシャリとかき混ぜる。
触れた先の手付きは顔に似合わず優しくて、思わずうっとなった。

「来てくれてご苦労さん」

ポンポンと二度触れられて、俺は唇を噛み締める。
久しぶりに触れられる、というのは少しばかり緊張するのだ。何とも言えない感情が頭の中を支配する。
騙されてはいけないのに。
微かに頭皮越しに感じる違和感。それは俺と同じ皮物の手袋の厚みである。
さっきまで素手でホットサンドを食していたくせに、いつの間にか手に装着したのだ。俺に触れるために、警戒している、ということである。

「触れんな」
「どうせ読めないんだから良いだろ」
「ベタベタ触られるのが嫌なんだよ」

触れた手を右手で払い除けて、男の手を見ると、やはり分厚い手袋が装着されていた。
優咲は俺に読まれたくないものをずっと内側に隠しているのだ。
俺の能力は、触れたものの感情や心の中を覗くことが出来る。しかし一部例外はもちろんあった。
基本的には、服の上からでも一般人なら普通に読み取ることは可能だ。
今朝の電車のように不満が爆発しているもの、欲望が溢れているものなど、ダダ漏れな感情などは難なく読み取れる。
難なくとは言っても、服などで阻めば感度は当然鈍くなるが、集中すれば時間はかかっても敵ではない。
ところが、そんな中でもある一定の人間に心が読みにくい人間が存在する。
訓練して心を覗かれないようにする強硬な精神を持ち、俺と素肌を触れない対策をしている人間だ。
精神が統一されているというのだろうか。
強硬な精神で心が安定した人間というのは、こちらも読むのに相当苦労する。
読めない訳では無い。しかし、時間は果てしなくかかり、気力も大量に吸われる。疲れる。
しかも、読み解くまでに触れ続けなければならないので、心を読まれていると分かって、触れ続けることを許す人間など、そうは居ないだろう。

まぁ、強靭な精神を持つ特殊な人間など、出会ってこの方相沢と、その他数名程度しか知らないが。

相沢という男は、30代前半。本人曰くすごく仕事が出来るらしい。知らねぇわ。
本人とは10年以上と、比較的長い付き合いとなるが、あまり詳しいことは教えてくれないので、言えない職業なのだろうとは思ってる。
そもそも出会った時から、心はほぼ読めなかった。
だから元より相性が悪いのか、図太い精神をしているのだろう。そこから訓練してさらにレベルアップさせたということだ。
つまり、ほぼ読むことが出来ない。
まぁ俺自身、一度知り合って言葉を交わした人間の心を本気で読もうとは思わないし、心が読めないという相手は、こちらも気持ちが楽だ。対等に話が出来る。
そういうこともあり、相沢は結にとって頭の上がらない人物だ。

……そういうのを含めて、一瞬も俺に隙を作らないこの姿は、本人が仕事が出来るとほざくのを表しているみたいで少々癪に障る。
また非常にオモテになるらしい。
無駄な脂肪の無い、筋肉質な体。身長は180cmを超えているし、鼻はスっと通っている。切れ長の瞳は日本人には珍しい紫色で、見つめられると思わず見蕩れてしまう。磨かれた宝石のようだと、知り合いの女性が言っていた。綺麗だとは思うが、その気持ちは俺には分からないけど。
また、艶やかな黒髪はワックスでしっかり固められ、オールバックで後ろに流している。
街中で歩くだけで、その辺の女性に幾度となく声を掛けられる姿を見て来たので、本当にモテるのだろう。
見た目はとにかく優しそうな顔だ。騙される人間はきっと多い。
人は見かけによらないのだ。
性悪ドS男。どこが優しく咲くで優咲だよ詐欺だってのと、手で額を抑えた。

「オイ榊、どうだ?」

問い掛けたその名前が、右前に座ってる男のことなのだろうと気づいて、ずっと黙り込んでいた男へと視線を移した。
すると、いつから見ていたのだろうか。俺と視線が交差する。
薄茶色の瞳は、ガラス玉のように透き通っていた。しかし、冴え冴えとした眼光を放っている。
何より、機嫌の悪そうな顔を隠そうともせず、ただじっと俺を見つめていた。


…直感的に思った。本能が告げた。
━━俺、多分こいつのこと苦手だ。関わらない方が良いと。

サイコメトリーという能力を持つ者は、誰よりも鋭い直感をもちあわせているらしい。
過去に数人、同じ能力を持つと発言する者と、俺は実際に出会ったことがある。
残念ながら詐欺師ばかりであったが、ごく稀に第六感の鋭い人間というが本当に存在する。
皆口を揃えて、見た瞬間能力を使わずともその人間の人間性を把握できると呟いた。
これは俺もその通りだと思う。

俺の直感は100%外れない。
これは俺の経験上の話だ。外れたことがない。

「思ってた数倍苦手なタイプです」

場が凍るのを感じた。
会って数分で失礼すぎる、最悪な第一印象を聞いて、ああ俺の予想は当たっていたと思う反面、普段なら言い返していたはずなのに、湧き上がる思いは腹が立つというよりは…?
不思議な感覚で、頭を傾げる。

「なんですか」

目を細めて睨まれたが、その声を聞いて分かった。何となくだが。
多分、声が引っかかったのだと思う。
見た目の割に、とても心地の良い声をしている。甘いバリトンだ。
決して人を不愉快にさせることがない声。
だがなんだろう。この男に嫌な引っ掛かりを覚える。喉に魚の骨が引っかかったみたいだ。

「彼、なんなんですか?」
「可愛いだろ?猫みたいで」

相沢が愉快そうに笑っている。俺は嫌な予感がした。
こういう顔をする時のこの男はろくな事がない。
それに、目の前の男が言い放った、数倍苦手なタイプという言葉。
この男は俺の存在を事前に聞かされていたのだ。
俺の事を知った上でここに居るということ。
だが、歓迎はされていない。

「…俺だけがここに呼び出されたのを知らないのは、気分が悪いんだけど」

話の内容を知る必要がある。
面倒ならもう能力を使うのも手だが、溢れ出した感情が入り込んでくるものと、使うべくしての使用は全くの別物だ。
それに使用すればするほど体力の消費が激しいので、朝に使用した手前、今日はもう使いたくはない。
タイミングよく女性店員さんが持ってきたウインナーコーヒーとショートケーキを受け取った。
「ありがとう」と笑った瞬間、一瞬だけ指先が触れる。途端に頭の中が真っピンクに染った。
ダダ漏れになった心の声が(イケメン揃い)と、語尾にハートが付く勢いでげんなりする。口角がひくついた。
これが意図せず入り込む、溢れ出した感情である。
店員さんの視線は、相沢と横の男に行くので、細マッチョ好きか~と眉を寄せた。
右前の男は知らないが、相沢はやめとけ。お姉さん。激務激務で構って貰えないのは大前提だ。
男見る目ないぞと思いながら、俺はフォークでパンケーキを一口分切り分け、頬杖を着いてそれを口に含んだ。

「こんななよなよしい見た目だが、腕は確かだから安心しろ」
「と言っても、こんな態度…それに、こんな高校生大丈夫なんですか?相沢先輩」
「安心しろや。こいつは一応成人してっから」
「えっ」
「22歳だ。見えないだろ」

呆然とした顔をこちらに目を向けてくる。
幼い顔立ちとは言われるが、野郎に見られても別に嬉しくも何ともない。

「本当なんですか?そんなふうに見えないですが…」

目を細めこちらを見る男に、こちらも流石に少しだけ反抗する気持ちが出てきた。

「見た目で判断すると痛い目見るぞ、お前」

確かに筋肉がつきにくい体質だ。身長も170cmには届かない。悔しいが。
だが、俺はそもそも物理ではない。別に武器を持っている。相沢が俺を危険視しているのに、部下であろうお前はもう少し周りを見た方が良い。
つまり、少し痛い目を味わえ、というやつだ。

能力は使いたくないと思ったが、前言撤回しよう。

「私に喧嘩を売ってるんですか」
「挑発してる。いい機会だし、相沢からある程度のこと聞いてきたんだろ?信じられないなら、なんなら少し試してみるか?」

大体、先に喧嘩を売ったのはそっちだろうに。
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