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Ⅰ
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ここは『魔法通り商店街』。
その名の通り、魔法使いのお店が軒を連ねる商店街だ。
飛び上がるほどに美味しくて本当に飛び上がれる魔法のレストラン。
一瞬で思い通りの髪型や髪色にしてくれる魔女のヘアサロン。
いつまでも枯れない花が買える魔法の花屋などなど、昼でも夜でも魔法でキラキラと輝くその通りに、ひっそりとその小さな時計屋はあった。
『リリカ・ウェルガー時計店』――通称「魔法通りの魔法を使わない時計屋さん」。
その通称通り、魔法使いなのに魔法は一切使わないという奇妙な時計屋だ。
店主の名はリリカ・ウェルガー。歳は20歳。トレードマークは長く艶やかな黒髪と目元のほくろ。
魔法学校では一位二位を争うほどの実力を持っていた彼女だが魔法使いなら誰もが憧れる就職先からのスカウトを全て断り、この魔法使いだけが出店を許される通りで時計屋を始めた。
なのに仕事に魔法は一切使わない。皆が彼女を「変わり者」と呼んでも仕方のないことだった。
「ほんと、リリカって変わってるよ」
「なによ、急に」
朝起きてからずっと片目にキズミを付け、古そうな時計を弄っている彼女のすぐ傍らで使い魔のハチワレ猫ピゲは溜息をついた。
「そんな修理、魔法を使えばもっと簡単なのにさ。もうお昼だよ」
「煩いわね。今丁度終わるとこ。――よし、これでどうかしら」
彼女がキズミを外しながら顔を上げると、時計の中の小さな歯車がカチコチと規則正しく動き始めた。
ピゲもそれを上から覗いて確認する。
「ほらね。魔法なんて使わなくても私のじぃじ譲りの手があればどんな時計も直るのよ!」
「ハイハイ。――あ、リリカお客さんみたいだよ」
耳をドアの方へ向けてピゲが言った直後、カランコロンというベルの音とともにそのお客は現れた。
「いらっしゃいませ」
「ふぅん、君が噂のリリカちゃんか」
――あ、マズイ。ピゲは思わず耳を伏せた。
帽子を脱ぎながら入ってきたのは20代半ばほどのやたらと美しい金髪碧眼の男で、身なりも良かったが何か含みのありそうな笑顔の貼り付いたリリカの一番嫌いそうなタイプのお客だった。
たまにいるのだ。『魔法通りの魔法を使わない変わり者の時計屋』を見に来る興味本位の客が。
「そうですが、冷やかしならお引き取りください」
あちゃ~、やっぱりとピゲは思った。見るからにリリカの顔が不機嫌だ。
でもそのお客はそんなリリカの態度にも気を悪くする様子なく、クスクスと笑った。
「冷やかしじゃないよ。ちゃんとしたお客さ。是非、君に時計修理を頼みたくてね」
「……どちらですか?」
お客なら仕方ないというふうに、リリカが訊く。
その男性客は鞄から取り出したそれをリリカの前のカウンターに置いた。それは古そうな金の懐中時計だった。
途端、リリカの目付きが変わる。職人の目、いや、小さな子供が玩具を手に入れたときの目だとピゲは思った。
「随分年代物ね」
「わかるかい?」
「えぇ」
リリカはそれを手に持ち竜頭を押して蓋を開いた。ピゲも一緒に覗くと、確かに針は止まってしまっていた。
「実は他の時計屋にも行ったんだけど皆お手上げで、君の噂を聞いて来たんだ。どうやらその時計には魔法が掛かっているみたいでね、皆直せないっていうんだよ」
「魔法……?」
リリカの声が一気にオクターブ下がり、目からは一瞬にして先ほどの輝きが失われた。
「君は優秀な魔女なんだろう?」
「……噂を聞いて来たなら、私が魔法を使わない時計屋だって聞きませんでした?」
「聞いたよ。でも君が魔女なのは本当のことだろう? だから君に頼みに来たんだ」
「お断りします」
はぁ、とピゲは溜息をついた。……折角お金を持っていそうなお客なのに。
リリカは時計の蓋を閉め彼に差し出しながらにっこりと笑った。
「魔法使いならこの通りに他にたくさんいますよ。そちらに頼んでみたらどうですか?」
「困ったなぁ。どうしても無理かい?」
「魔法を使わない時計修理ならいつでも」
「なんで魔法を使わないんだい? 折角の才能なのに」
ピゲはハラハラした。このお客、まるでリリカの嫌がる質問を全て知っているかのようだ。案の定リリカの笑顔がぴくぴくと引きつっている。
「答える必要性を感じません。どうぞお引き取りください」
するとお客はやっと諦めたのかフゥと小さく息をついた。
「仕方ない。また来るとするよ。それ預かっておいて」
「え」
リリカが短く声を上げる。ピゲも一緒に声を上げそうになった。その間にもう彼は背を向けていて。
「じゃあね」
「え、ちょっと、これ! 置いていかれても困ります!」
リリカが懐中時計を掲げて叫ぶが、その男は笑顔でひらひらと手を振り帽子を目深にかぶるとそのまま出て行ってしまった。
「……嘘でしょ」
懐中時計を握った手を力なく下ろしたリリカに、ピゲは言う。
「名前も連絡先も、何も聞かなかったね」
直後、ボーンボーンという振り子時計の音が12回店内に鳴り響いた。
その名の通り、魔法使いのお店が軒を連ねる商店街だ。
飛び上がるほどに美味しくて本当に飛び上がれる魔法のレストラン。
一瞬で思い通りの髪型や髪色にしてくれる魔女のヘアサロン。
いつまでも枯れない花が買える魔法の花屋などなど、昼でも夜でも魔法でキラキラと輝くその通りに、ひっそりとその小さな時計屋はあった。
『リリカ・ウェルガー時計店』――通称「魔法通りの魔法を使わない時計屋さん」。
その通称通り、魔法使いなのに魔法は一切使わないという奇妙な時計屋だ。
店主の名はリリカ・ウェルガー。歳は20歳。トレードマークは長く艶やかな黒髪と目元のほくろ。
魔法学校では一位二位を争うほどの実力を持っていた彼女だが魔法使いなら誰もが憧れる就職先からのスカウトを全て断り、この魔法使いだけが出店を許される通りで時計屋を始めた。
なのに仕事に魔法は一切使わない。皆が彼女を「変わり者」と呼んでも仕方のないことだった。
「ほんと、リリカって変わってるよ」
「なによ、急に」
朝起きてからずっと片目にキズミを付け、古そうな時計を弄っている彼女のすぐ傍らで使い魔のハチワレ猫ピゲは溜息をついた。
「そんな修理、魔法を使えばもっと簡単なのにさ。もうお昼だよ」
「煩いわね。今丁度終わるとこ。――よし、これでどうかしら」
彼女がキズミを外しながら顔を上げると、時計の中の小さな歯車がカチコチと規則正しく動き始めた。
ピゲもそれを上から覗いて確認する。
「ほらね。魔法なんて使わなくても私のじぃじ譲りの手があればどんな時計も直るのよ!」
「ハイハイ。――あ、リリカお客さんみたいだよ」
耳をドアの方へ向けてピゲが言った直後、カランコロンというベルの音とともにそのお客は現れた。
「いらっしゃいませ」
「ふぅん、君が噂のリリカちゃんか」
――あ、マズイ。ピゲは思わず耳を伏せた。
帽子を脱ぎながら入ってきたのは20代半ばほどのやたらと美しい金髪碧眼の男で、身なりも良かったが何か含みのありそうな笑顔の貼り付いたリリカの一番嫌いそうなタイプのお客だった。
たまにいるのだ。『魔法通りの魔法を使わない変わり者の時計屋』を見に来る興味本位の客が。
「そうですが、冷やかしならお引き取りください」
あちゃ~、やっぱりとピゲは思った。見るからにリリカの顔が不機嫌だ。
でもそのお客はそんなリリカの態度にも気を悪くする様子なく、クスクスと笑った。
「冷やかしじゃないよ。ちゃんとしたお客さ。是非、君に時計修理を頼みたくてね」
「……どちらですか?」
お客なら仕方ないというふうに、リリカが訊く。
その男性客は鞄から取り出したそれをリリカの前のカウンターに置いた。それは古そうな金の懐中時計だった。
途端、リリカの目付きが変わる。職人の目、いや、小さな子供が玩具を手に入れたときの目だとピゲは思った。
「随分年代物ね」
「わかるかい?」
「えぇ」
リリカはそれを手に持ち竜頭を押して蓋を開いた。ピゲも一緒に覗くと、確かに針は止まってしまっていた。
「実は他の時計屋にも行ったんだけど皆お手上げで、君の噂を聞いて来たんだ。どうやらその時計には魔法が掛かっているみたいでね、皆直せないっていうんだよ」
「魔法……?」
リリカの声が一気にオクターブ下がり、目からは一瞬にして先ほどの輝きが失われた。
「君は優秀な魔女なんだろう?」
「……噂を聞いて来たなら、私が魔法を使わない時計屋だって聞きませんでした?」
「聞いたよ。でも君が魔女なのは本当のことだろう? だから君に頼みに来たんだ」
「お断りします」
はぁ、とピゲは溜息をついた。……折角お金を持っていそうなお客なのに。
リリカは時計の蓋を閉め彼に差し出しながらにっこりと笑った。
「魔法使いならこの通りに他にたくさんいますよ。そちらに頼んでみたらどうですか?」
「困ったなぁ。どうしても無理かい?」
「魔法を使わない時計修理ならいつでも」
「なんで魔法を使わないんだい? 折角の才能なのに」
ピゲはハラハラした。このお客、まるでリリカの嫌がる質問を全て知っているかのようだ。案の定リリカの笑顔がぴくぴくと引きつっている。
「答える必要性を感じません。どうぞお引き取りください」
するとお客はやっと諦めたのかフゥと小さく息をついた。
「仕方ない。また来るとするよ。それ預かっておいて」
「え」
リリカが短く声を上げる。ピゲも一緒に声を上げそうになった。その間にもう彼は背を向けていて。
「じゃあね」
「え、ちょっと、これ! 置いていかれても困ります!」
リリカが懐中時計を掲げて叫ぶが、その男は笑顔でひらひらと手を振り帽子を目深にかぶるとそのまま出て行ってしまった。
「……嘘でしょ」
懐中時計を握った手を力なく下ろしたリリカに、ピゲは言う。
「名前も連絡先も、何も聞かなかったね」
直後、ボーンボーンという振り子時計の音が12回店内に鳴り響いた。
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