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Ⅳ
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「呪いだよ! 黒魔法が掛かってるんだよ絶対!」
翌朝、カウンターの一番端っこからピゲはもう何度目か同じ台詞を叫んだ。
――あの後、また起こされたらたまらないと時計をカウンター上に置いたままリリカは二階の寝室に戻りさっさと寝てしまった。でもピゲは怖くてなかなか寝付けず、久しぶりにリリカの隣に潜り込んで明け方近くになんとか眠ることが出来た。お蔭で寝不足だ。
「そんな悪い感じはしないけど」
「もう触らない方がいいってリリカ!」
リリカはカウンターに頬杖をつき、もう片方の手に持った金の懐中時計を眺めている。
昨日全ての修理を終わらせてしまったので今のところやるべき仕事はない。要するに暇なのだ。
いつも通りピゲの忠告など聞かずにリリカは竜頭を押して文字盤を開いた。
「2時28分」
「え?」
「2時28分で止まってる」
「あぁ」
「そういえば昨夜のアレ、丁度このくらいの時間じゃなかった?」
ぞわっとピゲの全身の毛が逆立った。
「ねぇ! やっぱり何か呪いが掛かってるんだって。もう触るのやめなよ!」
「……誰が、あなたに魔法を掛けたの?」
リリカが懐中時計に向かって囁きかけたそのとき、ピゲの耳がぴんっと立った。
「リリカ、お客さん……あっ!」
「あっ!」
ふたりはカランコロンという音と共に現れたそのお客を見て同時に声を上げた。
「やぁ、調子はどうだい?」
昨日のやたら顔の良い金髪碧眼の男が帽子を脱ぎながら入ってくる。昨日と同じ笑顔を貼り付かせて。
リリカはカウンター前までやって来た彼を睨み上げ、持っていた懐中時計を突き出した。
「これ、お返しします」
「直った?」
「直ってないです」
「え~、困るんだけどなぁ」
全然困ったふうではなく彼は言う。目の前に差し出されている時計を受け取ろうともしない。
「困るのはこちらです! これのおかげで私たち今日寝不足なんですよ」
リリカはしっかり寝ていたけどな、とピゲは思いながらカウンター端からふたりを見守っていた。
「寝不足? なぜ」
「なぜって、これが昨日勝手に動いたからです!」
すると、その男から初めて笑顔が消えた。どうやら驚いている様子だ。
「勝手に、動いた?」
「そうですよ。夜中にカタカタと、うちの猫が怖がってしまって可哀想なので、もう持ち帰ってもらえませんか?」
ピゲはそんな余計なことまで言わなくていいのにと思いながら男の方を見て、あれ? と思った。ふいに、その男をどこか別の場所でも見たような気がしたのだ。
「うちにあるときには、そんなこと一度もなかったんだけどな……」
「知りませんよ。あなたの元に早く帰りたいんじゃないんですか?」
男は口元に手を当てて少し考え込んだあとで、また例の笑顔を浮かべ口を開いた。
「きっとその時計も君に直して欲しいんじゃないかな」
「は?」
「うん、そう思う。引き続き修理を頼むよ」
「いやいやいや、直せませんって言ってるじゃないですか」
「直せないんじゃないだろう? 君になら、直せるはずだ」
その挑戦的とも取れる物言いに、リリカは一瞬言葉を失くした。
「魔法使いの時計屋さんは君しかいないんだ。頼むよ、リリカちゃん」
「無理です!」
「え~、どうしても?」
「どうしても!」
すると男はうーんと天井を見上げた後で良いことを思いついた、というようにリリカに告げた。
「じゃあ、直してくれるまで僕もその時計と一緒にここにいていいかい?」
「はぁ!?」
ピゲも同じ声が出そうになった。代わりにあんぐりとその小さな口を開けた。
男はお客さん用の椅子に深く腰掛けると、にっこりと笑った。
「今日は昨日より時間があるんだ。ここでゆっくり待たせてもらうよ」
「じょ、冗談じゃ」
「あ、お構いなく。仕事の邪魔はしないよ」
そこにいるだけで邪魔なんだけど! というリリカの心の罵声がピゲにははっきりと聞こえた気がした。
翌朝、カウンターの一番端っこからピゲはもう何度目か同じ台詞を叫んだ。
――あの後、また起こされたらたまらないと時計をカウンター上に置いたままリリカは二階の寝室に戻りさっさと寝てしまった。でもピゲは怖くてなかなか寝付けず、久しぶりにリリカの隣に潜り込んで明け方近くになんとか眠ることが出来た。お蔭で寝不足だ。
「そんな悪い感じはしないけど」
「もう触らない方がいいってリリカ!」
リリカはカウンターに頬杖をつき、もう片方の手に持った金の懐中時計を眺めている。
昨日全ての修理を終わらせてしまったので今のところやるべき仕事はない。要するに暇なのだ。
いつも通りピゲの忠告など聞かずにリリカは竜頭を押して文字盤を開いた。
「2時28分」
「え?」
「2時28分で止まってる」
「あぁ」
「そういえば昨夜のアレ、丁度このくらいの時間じゃなかった?」
ぞわっとピゲの全身の毛が逆立った。
「ねぇ! やっぱり何か呪いが掛かってるんだって。もう触るのやめなよ!」
「……誰が、あなたに魔法を掛けたの?」
リリカが懐中時計に向かって囁きかけたそのとき、ピゲの耳がぴんっと立った。
「リリカ、お客さん……あっ!」
「あっ!」
ふたりはカランコロンという音と共に現れたそのお客を見て同時に声を上げた。
「やぁ、調子はどうだい?」
昨日のやたら顔の良い金髪碧眼の男が帽子を脱ぎながら入ってくる。昨日と同じ笑顔を貼り付かせて。
リリカはカウンター前までやって来た彼を睨み上げ、持っていた懐中時計を突き出した。
「これ、お返しします」
「直った?」
「直ってないです」
「え~、困るんだけどなぁ」
全然困ったふうではなく彼は言う。目の前に差し出されている時計を受け取ろうともしない。
「困るのはこちらです! これのおかげで私たち今日寝不足なんですよ」
リリカはしっかり寝ていたけどな、とピゲは思いながらカウンター端からふたりを見守っていた。
「寝不足? なぜ」
「なぜって、これが昨日勝手に動いたからです!」
すると、その男から初めて笑顔が消えた。どうやら驚いている様子だ。
「勝手に、動いた?」
「そうですよ。夜中にカタカタと、うちの猫が怖がってしまって可哀想なので、もう持ち帰ってもらえませんか?」
ピゲはそんな余計なことまで言わなくていいのにと思いながら男の方を見て、あれ? と思った。ふいに、その男をどこか別の場所でも見たような気がしたのだ。
「うちにあるときには、そんなこと一度もなかったんだけどな……」
「知りませんよ。あなたの元に早く帰りたいんじゃないんですか?」
男は口元に手を当てて少し考え込んだあとで、また例の笑顔を浮かべ口を開いた。
「きっとその時計も君に直して欲しいんじゃないかな」
「は?」
「うん、そう思う。引き続き修理を頼むよ」
「いやいやいや、直せませんって言ってるじゃないですか」
「直せないんじゃないだろう? 君になら、直せるはずだ」
その挑戦的とも取れる物言いに、リリカは一瞬言葉を失くした。
「魔法使いの時計屋さんは君しかいないんだ。頼むよ、リリカちゃん」
「無理です!」
「え~、どうしても?」
「どうしても!」
すると男はうーんと天井を見上げた後で良いことを思いついた、というようにリリカに告げた。
「じゃあ、直してくれるまで僕もその時計と一緒にここにいていいかい?」
「はぁ!?」
ピゲも同じ声が出そうになった。代わりにあんぐりとその小さな口を開けた。
男はお客さん用の椅子に深く腰掛けると、にっこりと笑った。
「今日は昨日より時間があるんだ。ここでゆっくり待たせてもらうよ」
「じょ、冗談じゃ」
「あ、お構いなく。仕事の邪魔はしないよ」
そこにいるだけで邪魔なんだけど! というリリカの心の罵声がピゲにははっきりと聞こえた気がした。
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