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Ⅺ
しおりを挟む「どんな魔法かわからないので何が起きるかわかりません、少し離れていてください」
準備を終えたリリカは、魔法陣の中央に置かれた金の懐中時計に指先で触れた。
彼は言われた通りにカウンターから少し離れてからごくりと喉を鳴らす。
リリカは一度深呼吸をしながら目を閉じ、次に開いたときには魔女の目つきになっていた。
「――魔女リリカ・ウェルガーの名において命じます。誰その呪縛から解かれ、私に従いなさい」
カタカタと懐中時計が揺れ出したのをピゲはカウンターの端っこからおっかなびっくり見ていた。
「解!」
パンっと短く破裂音がした。
「――え?」
それとほぼ同時、リリカが発した小さな声をピゲの耳は確かに聞き取っていた。
「……解け、ました」
「もう? 早いね」
感心したように戻ってきた彼の前で、リリカはそばに置いておいた「こじ開け」を手にした。
「開けてみます」
「あぁ」
ヘラの先を隙間に差し込んで押し上げると、パカっと今度は難なく裏蓋は外れた。
中はとても綺麗だった。とても大切に扱われてきたのがピゲから見てもわかる。
その裏蓋を裏返して、リリカは「あっ」と声を上げた。
「じぃじ……」
「え?」
「じぃじの、ウェルガーのサインが」
「ということは、この時計を前に修理したのは君のおじいさんだったのか」
「……」
リリカの様子がどこかおかしい。じぃじのサインを見て喜ぶどころか、先ほどから何かを必死に思い出そうとしているように見える。
「それは素敵な偶然だね」
「偶然……じゃ、ない」
「うん?」
リリカは止まった懐中時計をじっと見下ろしながら、言った。
「この時計に魔法をかけたの、私です」
「え?」
「え?」
ピゲと彼の声がまたぴったりと重なる。
リリカの震える指がもう一度懐中時計に触れた、その途端だった。
『……君が一人前の魔女になった頃に、また直してもらいに来るよ……』
そんな優し気な男の人の声が耳に響いた。
「この声は」
彼が、瞳を大きくして虚空を見つめる。
『……その頃、君が本当に強い魔女になっていたら、守ってもらいたい方がいるんだ……』
そこで、その不思議な声は途切れた。
「そうだ……すっかり忘れてた」
リリカは懐中時計の向こう側を見つめるように、淡々と言葉を紡いでいく。
「私、まだ小さかった頃に、じぃじに構ってほしくてお客さんの時計に魔法をかけてしまって」
勿論、ピゲも知らない話だ。
「でも私、まだ魔法の解き方がわからなくて、わんわん泣いてじぃじを困らせて……」
リリカは今にも泣きだしそうな顔で続ける。
「そのお客さんが私に言ったんです。『君が一人前の魔女になった頃に、また直してもらいに来るよ』って……私、今の今まですっかり忘れてた」
「そのお客が、僕の先生だったわけか」
「え?」
リリカが顔を上げると、彼は口元に手を当て、してやられたというような顔をしていた。
そしてふっと優しく微笑んでリリカを見つめた。
「きっと先生は、僕と君を引き合わせたかったんだ」
わけがわからないという顔でリリカが眉を寄せる。ピゲも一緒に首を傾げた。
そんな中彼はひとりで「そうか、そうか」とおかしそうに笑っていた。
「直りそうかい? その時計」
「え? あ、はい。とても綺麗なので、お掃除して新しい油を差せばすぐに動きだすと思います」
「見ていていいかな。君のおじいさん譲りの魔法を」
リリカは目を大きく見開いた後で頬を少し染め、頷いた。
「はい!」
中の部品を一度全てバラバラに外し、その小さな小さな部品に付着した古い油をひとつひとつ洗浄、再び組み立て新しい油を差す。
その細かく根気のいる作業を、彼はまるで子供のように目を輝かせながら見つめていた。
「本当に、魔法のようだね」
そう口にした彼にリリカは小さく笑った。
そんなふたりを眺めながら、ピゲはまるで昔のじぃじとリリカを見ているようだと思った。
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