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●本編●

71.領地と屋敷、2人の家令。

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 狐っぽい顔立ちのイケオジ、目の前に姿勢良く立つ初老の男性使用人を今一度じっくりと観察する。
領地家令アンタンダンを任されているサミュエルはオズワルドと並んでフォコンペレーラ公爵家に奉公する全使用人の長、それぞれが違う役割を担うが職位は同じ文字通りのツートップなのだった。

他の貴族家ではどうなのかわからないけれど、我が家では家令の下に執事バトラーが2人ずついて、執事バトラーにも各々2人ずつ副執事スー・バトラーがいる体制を取っている。

わたくしの前世での知識では執事は1家に1人で事足りる、そんな意識で居たけれど、この屋敷の(おそらく)規格外なだだっ広さを余すこと無く体感した今となっては、1人で管理できるとは到底思えず納得の一言だった。
だってこのカントリーハウスの他にもタウンハウスがあって、要所要所には別荘感覚の屋敷まであるそうなのだから想像しただけでも仕事量が半端ない、そんなものを1人で全部管理しろなんて言われたら泣くしかない。
さらにカルチャーショックだったのは上の職位である家令までいて、役割が別れて2人いるなんて夢にも思わなかった。

上級使用人の中でも最上級の職位であるのに、オズワルドにしてもサミュエルにしても、お父様と年齢がすごく近いように感じる。
今日お父様が話して下さった過去のお話でもチラリと触れられていたけれど、お父様の両親、私からみた祖父母はお世辞であってもあまり良い印象だとは言えない、そんな印象を欠片も受け取れなかった。
お父様のあの口ぶり、憎悪以外の感情を抱いたことがないかのような口ぶりだった。
それと関係してお祖父様に仕えていた使用人はお祖父様が亡くなった際、一度キレイに一掃されてしまったのかもしれない。

お父様より一世代上の使用人を見かけないのはそのせいなのかも、なぁ~んて物騒な事を考えていると、知らない間にサミュエルがばんばん喋り進めていて、手に持っていた何らかの情報を纏めた資料らしき紙束を見つつ、とんでもないリーク話をし始めた。

「奥様が倒れたと一報を受けてから直ぐ、私がざぁーーーっと取り急ぎ調べましたと・こ・ろぉ、今屋敷に勤める使用人の中でぇ、今回の騒動に加担しそーなぁ、特に最近目立って後暗ぁーーい人物は10人程度でございましたねぇ。 ち・な・み・にぃ~、オズ君の見立てではどんなものでしょうねぇ~?」

 ーーん? お母様が倒れたのって…お昼過ぎよね?? 今ってどう見ても…日が暮れて間もない頃、遅くても18時くらいだと思うのだけど、そんな短時間で精査できるものなの??? この世界にコンピューターなんて存在したかしら????ーー

紙ベースが主体だと記憶していたけれど、違っただろうか?
自分の中にあるゲーム知識と『悪い夢』の中で得た知識をざっと思い出してみるが、機械はこの世界に存在しないとの結果が出る。
サミュエルの問いかけに間髪入れず答えるオズワルドの返答である考えが浮上した。

「私も直ぐに思い浮かぶのは同じくらいの人数ですよ。 昨年雇い入れた従僕見習いの3人と従僕の1人、後は…ハウスメイドセルヴァントゥ2人、厨房キュイジーヌの小間使い3人、馬丁ヴァレ・デキュール1人、といったところですかね。 ここ一年で新たに雇い入れた者が殆どかと思いますが、如何でしょう?」

「そ~そぉ~、オズ君の仰るとーぉり! 従僕見習いはちょっと胡散臭い仲介人が間にいたんで最初っから不安要素有+要注意だった3人とぉ、従僕は少々問題のあるご夫人・・・・・・・・・・の子息でぇ、ハウスメイドセルヴァントゥはこれまたちょっと癖のある仲介人が絡んで紹介された2人にぃ、厨房キュイジーヌの小間使い3人はあれですよねぇ貧民救済の一貫で孤児院から受け入れた段階から素行に若干の・・・難ありだった彼等とぉ、馬丁ヴァレ・デキュールの1人はぁ、何でしたっけぇ…あれあれぇ~、何とか商会の……?」

「…サミュエルさんがかねてから懸念していた商会ですね? 確かにそこの仲介で半ば強引に雇い入れさせられましたね。 先方もこちらが警戒していると十分分かっているはずなので、今回は無関係であるとは思いますが…、それを考慮に入れられる人物か、と言えば些か疑問の残る御仁ではありましたね。」

2人の会話は流れるようにスムーズで頷き合いながら話が進んでいく。
事情を把握している2人だけでどんどんと話を掘り下げていく、その様子をただただ見聞きしているだけしか出来ない私たちは移り変わる話題を追うのに終始するのみだった。

 ーーあ、これ、この人たちがそもそも規格外なんだわ! 頭のスペックが常人のそれとは隔絶してしまっているあれなんだわきっと!!ーー

この2人の頭の中にはきっとスパコンが内蔵されているのだと思ったほうがスムーズに納得できる。
ハイスペック使用人というカテゴライズを終え、それ以上深く考えることを放棄する。
考えても時間の無駄、これは非凡な類の人物たちなのだと結論づけて強制的に自己完結する。

 ーーそうすれば、あ~~ら不思議☆ 2人の発する言葉が自ずと宇宙語に思えてスムーズに聞き流せて超・安心♪ーー

「いやはやぁ~、さっすがオズ君ですねぇ~~♪ 屋敷の使用人の動向をしっかりきっちり隅々まで把握していらっしゃるぅ~、抜け目の無さは相変わらずピカイチだぁ~~!! 優しい笑顔の下で常に目を光らせてぇ、一体どんなことを考えてるのかと想像するとぉ…、ほぉ~~んとコッワーーーイ♡」

 ーー安心して聞き流したいのに、全然安心できる雰囲気じゃなーーーいっ?! どうして、何で、どこでスイッチ切り替わっちゃったの!?ーー

真面目な話の後で突然ぶっ込まれたディスり、心臓に悪い。
それまでの会話からこの前兆を微塵も感じられなかっただけに、気づいた今の反動が大きい。
最後の方でどこぞのギャルのようなキャピッた喋り方に変えて、指をピンと伸ばして広げた両の手で口元を覆い、『ッキャーー!』と今にも幻聴が聞こえてきそうな仕草で宣う。

 ーーでもちょっと待ってえぇ!! 持って生まれた顔面がちょっとイケメンだからってキャピッた話し方が許されると思ったらぁっ、大正解ですぅ~~っ!!ーー

いいねボタンが今ここにあって欲しい、あれば間違いなく光の速さで連打確定だった、というか押したくてたまらない。

そして同僚の口から飛び出した突飛なディスりの言葉に一切怯むこと無く、にこやかに微笑みながら殊勝な言葉で切り替えしたもう1人の家令の対応は慣れを感じさせるほど落ち着き払っていた。

「お褒めに預かりまして光栄です、が頂いたお言葉はそっくりそのままサミュエルさんにお返し致しますよ。 私程度の把握能力では、サミュエルさんがお持ちの情報網には到底、遠く足元にも及ばぬでしょうからね。」

ふふふ、と笑い合う2人の間を流れる空気が…重い気がする。
この空気の淀みを特に気にした風もなく、呆れつつも普段通りの調子で声をかけたのは彼等の主人であるお父様だった。

「いつも不思議で仕方ないのだがねぇ、なぁ~んで領地家令アンタンダンの君が屋敷家令マジョルドムのオズと同じくらい屋敷に勤める使用人たちの事細かい動向を把握しているんだぃ~? 一体何人子飼いにした人間を潜ませているのかねぇ、前々から注意しているが越権行為も甚だしい、オズの仕事の領分を侵しすぎていると思うのだかねぇ~~??」

今現在も私を膝に乗せながら姿勢を崩し身体を預けて座っている椅子、その向かって右側の肘置きに片肘をのせ、その腕で頬杖をつきながら、胡散臭さしか感じられないにやついた笑みを浮かべる領地家令アンタンダンにジト目で睨みを効かせつつ注意する。

この時のコーネリアスには勿論理解できていた、この行為が全くの無駄であることが。
相手が何と返答してこようと結果は同じ、この男にはこの手の注意は全く響かないことはわかりきってはいたが、自分がこの腐れ縁の家令に注意を促せる立場にある唯一の人物である為、不毛と知りつつも言わずに放置することも適わないのだった。

「それは丸っとぜぇ~~んぶ、気・の・せ・い、でございますよぉ、旦那様♡ それに情報源の詳細わぁ、ヒ・ミ・ツ♡に決まってるじゃござーせんかぁ♡ 必要に迫られなければ私とて必要以上に出しゃばる気なんてサラサラござーせんので、悪しからず♪ そもそもオズ君はぜぇ~~んぜん、気にして無いでしょーし、ねぇ~オズ君?」

案の定、響くどころか跳ね返してきた、その上更に開き直って居直ってさえみせてくる。

「はは、そうですね。 毎回感心させられこそすれ、越権行為だとは思っておりませんよ。 特に今回に限って言えばこれ程心強い裏付けの情報提供者は他におりませんので、寧ろ好都合でございましたね。」

「ほぉ~~らほらぁ~♪ 当の本人が全然まっっったく気にしていないのですからぁ、そう目くじら立てなさんなって話ですよぉ、だ・ん・な・さ・ま♡」

「オズ、お前はどっちの味方なのかねぇ~? ただでさえこのサミーは質の悪い口八丁の権化だというのにぃ、これ以上増長するきっかけを易々と与えるものではないよぉ~、全くぅ~~!!」

「ははは、それにつきましては、ここでの言及は差し控えさせて頂きます。 それはそうと、サミュエルさんの本来の報告は違った内容だったのではありませんか? 今朝は昨夜依頼された件の話をする予定だと仰っていた、と記憶しておりましたが?」

主人からの軽い詰りを同じ軽やかさで笑っていなし、落とし所の見つからない不毛な問答を切り上げるため話題転換をはかる。

「あ、そ~そ~、そぉ~~なんでございますよぉ、旦那様! 奥様の件で私も少なからず気が動転しておりまして…本来のご報告を失念するところでございましたよぉ!! ありがとう、オズ君! 持つべき者は覚えの良すぎる同僚、ですねぇ~ホント♡」

とても動転していたとは信じ難い、芝居がかった胡散臭さしかない声音で嘯いてから、感謝の言葉の後に自然な流れで続いた同僚に対しての再びのディスり。

「それも褒め言葉として受け取らせて頂きますね、サミュエルさん。」

 ーーえ……っとぉ~?! これは…もしや…、この2人の仲はあまり宜しくないのだろうか!?ーー

何故かそれぞれの背後に狐と鼬がバッチバチに火花を散らして睨み合ってる構図が見える。
にこやかなはずのお互いの表情がとっても取り繕ったものに見えてしまうのは…気の所為だと思いたい。

お父様の膝抱っこを受けながら、体の前に回されたお父様の腕、その服の袖を軽く掴んでピリ付いた空気を耐えようと試みる。

私の微かな怯えをその行動で正確に感じ取り、把握してから、お父様が目の前で静かに喧嘩腰になっている家令2人に目を向けて、わざとらしい咳払いで正気に戻す。

「んっんーー!! お前たちぃ、こんなところで戯れ付くものではないよぉ~?! ライラが怯えているだろう、大人げない態度は控え給えよぉ、まぁったくぅ~!!」

お父様の一言でそれまで2人の間に停滞していた重苦しい険悪な雰囲気はたちどころに霧散して消え、私に視線を定めた家令たちはすぐさま謝罪の言葉を奏上してみせた。

「おやおやぁ~、これは大変失礼致しましたライリエルお嬢様。 初めましてな今日の今で、私たちの常のやりとりは些か刺激が強すぎましたねぇ~? ついつい、いつもの通りに振る舞ってしまいましたこと、お詫び申し上げます。」

「ライリエルお嬢様、心労をおかけしてしまい申し訳ございません。 ですがどうぞご安心を、私共の間には今お嬢様が感じられたような不和は微塵もございませんので。」

 ーーそれは本当に、真実ほんとうですかぁ? 本当はこう聞きたい、でも無理!! 如何に幼女な私とて本音と建前は使い分けられる、だってこれ、口にするの間違えたらヤバいヤツですから!!ーー

本当に聞きたかったことをぐっと堪えて、オブラートにぐ~るぐ~~る巻いた言葉で、なるべく穏便に済むように問いかける。

「じゃぁ、本当は仲良し…なんです、ね?」

「「 ご想像にお任せ致します(♡)。 」」

 ーーちょっと、どっちよ?! 感情を読ませない鉄壁の笑顔、ホントやめてくださいなぁ~~!? っていうかどんだけ仲良しっ?!! タイミングバッチリ過ぎて、もう真実ほんとうが迷子!!!ーー

タイプの全く違う有能な家令2人にニッコリ笑顔で頭を下げられる、けれどその笑顔をそのまま信じて良いのか疑わしくてしょうが無い。
灰汁が強いのは領地家令アンタンダンのみならず、屋敷家令マジョルドムもらしい、と今日早速認識を改めることとなった。

「それでサミー、本来の報告内容は何だったのかねぇ~?」

「はいはい、今申し上げますよぉ~。 そんな脅しつけるように急かさないで下さいなぁ、怖くなってしまうでしょう? ほぉ~んと、圧の強い主人って面倒臭くって使用人泣かせですよねぇ~~、そー思いませんかぁユーゴ君??」

「んあえぇっ?! おっ?! 俺は別にぃ~!? なんっっっとも!! これっっっぽっっっちも!! 不平も不満もありゃあしませんって話ですよぉ~~?? てか、俺にそんな話ふらんでくれませんかねぇ、ホント、勘弁してくださいよぉ!!」

「寿命が縮む!!」と半べそになりながら悪戯心全開の領地家令アンタンダンから予期せず寄越された話のキラーパスに戦慄する筆頭医師。
その尋常ではない慄き具合にやれやれと首を振って、主人に物申そうとする家令げんきょうの云うことにゃーー。

「あ~あ~~、駄目じゃないですかぁ、こんなに怯えさせてぇ! 旦那様の普段からの高圧的な態度が彼にこぉ~~んな分っかり易ぅ~~い怯えた反応を起こさせているのですよぉ? 全くもぅ、少しはご自重なさって下さいねぇ~、でないたこのよーに、周囲の人間が多大な迷惑を被るのですから!」

「今のは全部が全部お前のせいだろう、取ってつけたような理由でありもしない責任をなすり付けようとするものではないよぉ!? 茶番は十分、ちゃっちゃと本題に移り給えよぉ~、いい加減にねぇ~~?!」

「はいはいぃ~、では短気な旦那様の為に端的に申しますネ。 昨日申しつかりました子豚さんの出荷準備が万事恙無く整いま・し・た♡ なのでいつでもお望みの日時に出荷可能でーっす♪」

一枚の紙をお父様に恭しく差し出して受け渡してから。
人差し指と小指を耳に見立ててピンと伸ばし、残りの3本の指をくっつけて何らかの動物の頭の形を模した手をブヒブヒと鳴かせて自分の顔の横で蠢かせながらながら陽気に言い渡す。

「あぁ…、その事かぁ。 成る程ねぇ~…、この面子でかぁ~~。 ふぅ~むぅ、早ければ早いほど良いけれどもいつにするかねぇ~、これ以上手元には置いておきたくないしねぇ、正直な話ぃ~。」

渡された紙に記された内容をじっくりと読みすすめながら、出荷日をいつにするか思い倦ねて独り言ちているお父様の気配を背中に受けながら私はもっぱら目の前に立つ領地家令アンタンダンの手に視線が釘付けとなっていた。

サミュエルの顔の横ではどう見ても狐にしか見えない手の形を見て、お父様はバッチリ理解している子豚とは一体何のことを言っているのかすぐには理解できなかった。
数拍遅れてからやっと『もしかしてあの子豚令息のことを指している?』と思い至れた。

 ーー私も人のことを言えないけれど、仮にも貴族の子息を『子豚』とこんなにはっきりと言いきってしまって良いものなのだろうか? 不敬罪とか侮辱罪とかって、公爵家の家令には科されない罪状なのだろうか?ーー

勿論本気で心配したわけではない、こんな超・プライベート空間であるお母様の寝室で行われた雑談を家人以外の誰に聞かれる心配もないのだから、万一にも外に漏れるはずなんてない。

それでもこの領地家令アンタンダンの怖いもの知らずな物言いには不安を覚える。
人を選んで言葉を使い分けているとはいえ、ボロが出ないとも限らないのだ。
私よりも全然大人なのだから余計な心配とはわかっていても、この時は何故か妙に気になってしまった。

私の訝しむような表情に気付いてか、サミュエルが手で真似た豚…には到底見えない動物の顔らしきそれを私にちょっと近づけて、自分の声に合わせてパクパクと口に見立てた指を動かしてみせた。

「どーされました、ライリエルお嬢様ぁ~? 何かご不満でしたかぁ~~?? あぁ、不満ではなく不安になられてしまわれましたかねぇ、今申し上げた子豚さんはライリエルお嬢様に無礼を働いた不届き者でしたものねぇ~~!! お嬢様の抱く苦悩に思い至らず、お心を煩わせるような話題を軽率にも口にした事、深くお詫び申し上げます。」

動物の形を解いた手ともう片方の手でぽんっと手の平を打ち合わせて、今やっと自分の失言に気がついたように、芝居がかった大仰さで謝罪される。

「え…、あ、いいえっ!? こぶ…じゃなくって、アンジェロン子爵令息の事なら、全然気にしていないから大丈夫、本当よ! だから謝らないで、違うことが気になってしまっただけなの!! ほら、その…手!! それがどう見ても…豚には見えなかったものだから、つい、訝しんで見てしまったの、紛らわしい顔をしてしまってごめんなさい、サミュエル。」

サミュエルの言いようが胡散臭かろうとなんだろうと、誤解されたままでは私が嫌だったので子豚令息についての部分は全面的に否定する。
本当に私は気にしていない、だって昨日も話題に出たはずなのに今までその存在が我が家に拘禁されているという事実をすっかり忘れてしまっていたのだから不安になる要素なんてあるはずがない。

「おやおや、そーでございましたか! それならようございました、ホッと人心地付けましたよぉ~!! というのもほら、今も向けてくる旦那様の射殺さんばかりの視線、お気づきですかぁ? お嬢様がこの場で赦してくださらなければぁ、私の首があっさりすげ変わっていたところでございますよぉ~、冗談抜きで♡」

どこまで本気の言葉だったのか、職を失う心配など微塵も感じさせない陽気さで言ってから、「でも豚に見えませんかねぇ、おかしいなぁ~。」と言って再び先程と同じ動物の頭を模した手をじーーっと見て、豚に見えないと指摘した私の言葉の真偽を確認している。

真顔で真剣に審議している(ように見える)サミュエルの姿が可笑しくてクスッと笑ってしまってから、何の気なしに思い浮かんだ言葉をそのまま口にした。

「誕生日パーティーの日は屋敷に居たのね。 あまり屋敷に居ないと言っていたから、てっきり不参加だったかと思っていたのだけど、違ったのね。 姿も見た覚えがないし…気付かずにごめんなさい、サミュエル。」

 ーーこれだけ特徴的な髪色、視界の端にでも引っかかれば気付きそうなものだけど…、うん、それどころじゃなかったわね、あの日は。 殆ど自分の事で手一杯だったのだもの、気付かなかったとしてもおかしくない、仕方ないわよね!ーー

「いえいえ~、滅相もございませんお嬢様! 気付くも何も、そもそも不参加でしたからねぇ~♪ 私の姿を見かけるはずなどございませんともぉ♡」

「え、でもさっき…、アンジェロン子爵令息が私への無礼を働いたって、言ってたでしょう? あの場にいなかったならどうして……!!」

 ーー知っているのかってそれはズバリ、子飼いにしてる情報源!? 本当なんだぁ、潜ませちゃってるんだぁ~、本当にぃっ!! なんか普通に反応に困る、この場合私はどんな反応を返せば正解??ーー

「ンアッハッハッハ! いーんですよぉ、ライリエルお嬢様ぁ! そんな難しく考えないでもぉ、1使用人でしかない私如きに気を遣って言葉を選ぶ必要ござーせんからねぇ~?? 思ったまま言って下さって構いませんともぉ♪ あぁ、でも面と向かって『キモチワル~~イッ!!』とかなんとか言われてしまった日にはさすがの私も涙で枕を濡らしてしまうかもしれませんがネ?!」

私の苦りきった表情か、はたまた他の何かしらの要因でこちらの考えを正確に読み取って、助け舟になるだろう言葉を寄越してくれた。
『キモチワル~~イッ!!』の部分がやけに実感籠もった言い様で、実際過去誰かに言われたことがあるのかと勘繰ってしまった。

「あははっ、ふふっ、…ごめんなさい、笑ってしまって。 でも言い方が、とっても面白かったから…つい。 驚いてはしまったけど、『キモチワルイ』とは思わないから、安心してね? 仕事熱心で尊敬するわ、でもあんまり無理をせず、適度に息抜きもしてね。」

自分の職務外の範囲にまで常にアンテナを張り巡らせて情報収集に勤しんでいるなんて、余程の心配性なのかと思えた。
自分の仕事に責任感を十分感じているからこそ万全を期したいと考えているのかもしれない、でもそんなに1人で気を張り続けたらいつか気を抜いた瞬間に疲労困憊で倒れてしまいそう、だからあまり根を詰めすぎないよう控え目に釘を刺すに留める。

しかし何と言っても自分は今、ちんちくりんの3歳幼女でしかない、こんなガキンチョに指摘されただけでも気分を害してしまったかも、もしかしたら今後鬱陶しがられて避けられてしまうかもしれない、急にネガティブな考えに支配されて不安を煽られた。

「あ、勿論、貴方の自己管理能力を疑っての発言ではないのよ?! 差し出がましくも言ってしまったけれど、貴方の行動を制限するとかでもないし、とにかく何が言いたいのかと言うと、えーと、えーーっと、ね!?」

言葉に詰まってしまい、場を繋いで誤魔化すために無駄に手をぶんぶん左右に振ることしか出来ない。

 ーーうまく言葉が出てこない、語彙の引き出しが底をついてしまったわ!? どうしよう、ヤヴァッ!! 何が言いたかったのかも、何の言い訳だったのかもわからない、最終的に何を言いたかったのか完全に見失ってしまったわ?!!ーー

脳内は大パニック、けれどなんとか表面には表れすぎないように努めている、でもそれの限界も近そうだ。
冷や汗がダラダラ出てきたところで、サミュエルの身体がブレている事に気がつく。
音はしないけど、身体の輪郭が二重に見えるくらいにはしっかりブレていた。

今見ているサミュエルの足元から恐る恐る、目線を上に移動していき、顔を上目に伺い見る。
顔を背けている為その表情は見えなかった、けれど代わりに口元を覆った手が目についた。
口元を力の限りに押さえている、手袋の上からでもはっきりと血管が浮いて見えるほどの力が込められていると見てわかって、戦慄する。

 ーーこのブレはどんな感情から引き起こされているの?! 怒り? 耐え難い怒りの感情をやり過ごすためにこんなブレ動いているわけでしょうか!?ーー

もしもそうであるのなら、どれだけ怒らせてしまったのだろうか…考えるだけで恐ろしい。
下手に声をかけて余計な刺激を与えたら大爆発してしまうかもしれない、これ以上余計な言葉は逆効果、自分を窮地に追い込むだけ、かもしれない。

お父様の腕にぎゅーーーっとしがみつきながら、相手の出方を伺い待つ、その待機時間がどれだけ続くかと考えたときに突然空気が弾けた。

「っっっっぶっっっっっは………っ!!! んんっふふふっ、んふっ、んん~~~っはっはっはっはっは!!
!」

 ーー前より一層盛大に笑われている!!? でも何で、こんなに笑える要素、どこかにあった??!ーー

身に覚えが全くない、だから余計に混乱してしまい掛ける言葉も見つけられないまま、サミュエルの笑いがおさまるのを待つしかない。

しばらくして、ヒーヒー言いながらも笑いを表す以外の言葉を紡ぐ余裕を取り戻したサミュエルはお父様に向かってこう言い放った。

「旦那様ぁ~、私もこれ・・、欲しいですぅ~~!! なんで譲って下さいな♡」

「譲るわけ無いだろう、ブチ殺すぞ!! 人の娘を勝手にモノ扱いするな、触れるのも止めろ、生きながらに炙るぞいい加減!! 気色の悪い猫なで声も二度と遣うな、不快でしかない!!」

『これ』と言って頭をポンポンされた、その手はすぐさまお父様の手で容赦なくバシッと弾かれてしまったが、どうやら私をご所望のようだ、でも何で?!
モノ扱いなのはさておいて、お気に召して頂けたポイントが全く不明、なにがそんなにこの御仁の琴線に触れたのか…謎でしかない。

でもイケオジに好かれて悪い気はしない、寧ろ光栄の極みだ。
頭に触れた手も凄く優しかった、愛玩動物に対するそれだったとしても不快感は一切感じなかった。
怒らせていなかったと知れて、私はもう単純に思い悩むことから開放された喜びとイケオジに所望されるくらいには好感を抱いてもらえたという事実に喜び勇んでした。

お父様が夥しい殺気を放っていようが、話が全く進まなくなっていようが気にもならないくらいには浮かれていた。
なのでお母様がいつものように鶴の一声を上げるまで、険悪になってしまったこの部屋の空気は変わらず、怒り狂う主人とその怒りをケタケタ笑いながらやり過ごす領地家令アンタンダンとのやりとりを見守るという無為な時間を余計に過ごすこととなった。
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