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第二十三節気 小寒
初候――芹乃栄(せりすなわちさかう)
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お正月といえば、たこ揚げ、駒まわし。おせちと雑煮。初詣。
日本はクリスマスから年始にかけて、イベントが目白押しだ。最近はハロウィンも盛況である。
宮古家では暁治が、日本の妖怪どもがなにがハロウィンだと、イベント自体はしなかったのだが、かぼちゃは食べた。リヨン・リヨンの店主の差し入れのカボチャパイを、桃がことの他喜んだ。
紅白を観て年が明けたら、神棚を拝んで、稲荷神社に初詣だ。田舎の神社だが、屋台も出ていてなかなかの人出だった。
石蕗の姉が神楽舞を舞っているのを見て、神秘さに感動もしたものだ。主に普段の粗雑さ、豪快さを隠した舞の意外性についてだが。
正月休みを終えたというのに、宮古家の妖どもは未だに頭の中が正月らしい。
ぐでりとこたつに潜って出てこない。このまま春まで居座りそうな気配だ。
今しがたもこたつの中でごそっと朱嶺が動くと、キイチの耳がピンっと立った。
「痛いにゃ!!」
「はぅ、なにするんだよ駄猫!」
「また蹴ったにゃ!?」
どうやら朱嶺の足がキイチに当たったらしい。こたつの中で醜い争いが始まった。
「朱嶺殿、キイチ殿、ケンカはいけませんぞ!」
こたつの上に皿を並べていた河太郎が、窘める横で、お手伝いしていた桃もコクコクと頷く。
去年は居間の畳を掘りごたつにしていたのだが、今年は上から蓋をしてある。穴を塞ぐと畳敷きと変わらない。そのため足を伸ばせるのはいいのだが、度々勢力圏争いに発展してしまうのが難点だ。譲り合い精神は、少なくとも彼らにはない。
仲がいいのも困りものである。
「おい、遊んでないで支度を手伝えよ」
台所の暖簾から顔を出した暁治は、手にしたお玉で二人を指した。
先ほどより台所からは、温かい匂いが漂っている。今日の夕飯は鰤の煮付けとおせちの残り、厚焼き卵と雑煮。そして七草粥だ。
春の七草はセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロだ。暁治がネットで調べたところ、歌を歌いながら細かくするとあった。まるでまじないか呪文のようである。
そもそも七草粥自体、験担ぎのようなものだ。毎年母親が作っていたので食べてはいたが、暁治自身はそんなに美味しいとは思ったことはない。
ちょうどお隣から季節ものだとお裾分けされたことと、せっかくだからと季節の行事も兼ねて作ることにした。
鍋の蓋を開けると、くつくつと粥が吹いている。実家の七草粥は塩味だったのだが、食いたい盛りの居候どもがいるのだ。エネルギーが足りないだろう。
鳥もも肉や長ネギ、しょうがや酒を入れて煮込み。最後に七草を加えて一煮立ちした後、鶏がらスープと塩こしょう、ごま油で味を整える。
最後はゴマと、自家製フライドガーリック。
「いい匂いですな」
河太郎の横で、桃も顔を輝かせている。シェフの面目躍如である。
粥に汁物はどうかと思ったのだが、気にするような輩はここにはいない。
まだ大晦日にやった餅つきと、ご近所からもらった餅が山ほど残っているのだ。消化せねばと、使命感に燃える暁治だ。
「はる、僕お餅五個食べる」
「まったく、お前の胃袋はどうなってるんだ?」
ケンカは終わったらしい。居間から顔を覗かせる朱嶺に、呆れた声しか出ない。大量のお餅が消費されるのも、間近だろう。ありがたくはあるが。
「おれも五個食べるにゃ」
キイチも張り合うように冷凍庫から餅を取り出すと、網を持って行った。ストーブの上で焼くつもりらしい。
とてもじゃないが、他の連中の分が間に合わない。暁治はアルミホイルを取り出すと、餅を載せてオーブンに放り込んだ。食欲魔人どもは勝手に焼けばいいだろう。
粥は鍋ごとこたつの上だ。お代わりはご自由に。居間ではいつの間に来たのか、石蕗と桜小路がいた。
「お邪魔してます」
「よぉ」
二人とも差し入れは持参済みなところは、高ポイントだ。いつもの『菊花堂』のいなり寿司と果物、大きなロースハムと焼き豚。缶ジュースの詰まった箱は、お歳暮の横流しだろうか。
「ハム切って来るか」
「分厚く頼むにゃ」
「任せろ」
ついでにフライパンでちょっと炙ると、じゅわじゅわと脂がにじんでくる。少し焦げ目がついたのが、暁治の好みだ。
そしてマヨネーズ。これは譲れない。ご飯と一緒に食べるのが美味しいと思う。
皿を持って戻って来ると、すでに粥を配り終えたらしい。みんな一斉に暁治を見た。
鷹野はまだバイト中で、後から店主と一緒に年始挨拶に来る予定だ。たくさん作ったし、なくなることはないだろう。
「よし、食うか」
「うん!」
朱嶺が箸を手に、大きな声で返事をした。暁治が座るやいなや、揃っていただきますと手を合わせる。
「この粥、鶏が入ってる」
いつもは無愛想な桜小路の頬が綻んだ。
「あぁ、サムゲタン風にしてみた」
「長ネギも柔らかくていいな。甘くてとろとろだ」
「しょうがの味もしますね。温まりそうです。あ、このニンニクも美味しい」
石蕗がお粥に添えたフライドガーリックを、箸でつまんで口に入れた。もぐもぐと咀嚼する顔は、いつもの無表情がほんのりと緩んでいる。
この日ばかりはと、神社で分けてもらったお神酒を出して、桜小路に振る舞う。視界の隅で朱嶺が物欲しそうな顔をしていたが、素知らぬ振りで自分も飲み干した。久しぶりのアルコールは喉にくる。
否、先日夢の中で飲んだはずなのだが、あれはノーカンのようだ。
わいわいと騒がしい宮古家だが、ほんの一年前にはこうなるとは、想像もしていなかった。
去年の今時分はまだ実家にいて、遺品整理に追われていたころだろうか。
向かいでおせちを口にする桜小路とも、このような関係になるとは思ってもみなかった。
一寸先は闇とも言うが、人生なにが起こるかわからないものだ。
「はる、これ美味しいねぇ」
隣で笑う朱嶺を見て、知らず暁治の頬が緩む。
「当然だ」
なにせ美味しい七草粥を作るために、ネットで情報収集しまくったのだ。元々食事を作るのは苦ではなかったのだが、美味しく食べてくれる人がいると、腕の張り合いが違う。
「あ、そういや、はる」
「なんだ?」
「僕を描いたってホント?」
「ぶはっ!」
ちょうど粥を口に入れたところ。とっさに口を覆って防いだものの、思い切りむせた。
「あれ、坊、知らなかったんですか?」
咳き込みながら容疑者に目を遣ると、視線の先で石蕗が首を傾げている。前に彼が知っていたと、もう一人の朱嶺が言ってはいたが、どうやら石蕗が話したのではなさそうだ。
「うん、聞いてなかったよ~。モデルに内緒にするとかって、ずるくなぁい?」
ぷんぷんと、口を尖らせると、暁治の肩に手を回してきた。
「賞も取ったっんだってね! モデル代は弾んでよね」
「そっちか」
なんて即物的な。
別に内緒にするつもりはなかったのだが、最初描いたときはリハビリ代わりで、人前に出すのが億劫だったこともあり、その後のも前のを言えずにいたため、そのままになってしまっていた。
「お前、モデル代以上に食ってるだろ」
今食っている餅が七個目だと、気づかない暁治ではない。
「それはそれ、これはこれだよ!」
宮古家食材消費率ナンバーワンを誇る妖は、ドヤ顔で胸を張った。暁治は右手を伸ばすと、顔をがしりとつかむ。アイアンクロー。
「痛い痛いよはるぅ」
両頬を手で覆った朱嶺が、恨めしそうに視線を向けてきた。栄養が行き届いているのか、ツヤツヤと血色のよい肌が見える。A5ランクの特上霜降り肉に違いない。
「というか、石蕗でないなら一体誰に……」
知っている人間なんてそんないないはずだと、朱嶺や石蕗たちの視線の先に目を向ける。
「すまん、俺だ」
ぺこりと頭を下げるのは、宮古家の新人だ。
「てっきり知ってるものだと」
これに関しては桜小路を責められない。言わなかったのは暁治だ。
「コウちゃんはね、モデルがいいと褒めてたよ! 受賞は僕のお陰だよね」
もしや朱嶺の、桜小路への当たりが最近柔らかいのはそのせいか。お世辞を言うタイプではない分余計に。
しかたない。
「わかった。払う」
「おぉ、はるってば太っ腹。二メートルはあるとみたよ!」
正直そんなおデブは嫌だ。暁治は心の中で突っ込んだ。
おおよそのモデル代の相場を思い浮かべる。家族や妹は描いたことあるが、人物画自体滅多に描かないので、いまいちよくわからない。
「あ、お金じゃなくてもいい?」
「……いいけど」
訝しげに寄った暁治の眉の間を突いた朱嶺は、いたずらっ子のように歯を見せた。
「じゃ、一緒に旅行に行こう。もちろん夫夫水入らずで!」
「こないだ温泉行ったとこだろ」
「あれは水入らずじゃなかったし! 結局みんなでお泊まり会だったでしょ」
確かに。気づけばみんなが加わって、あまり旅行といった気分ではなかったと思う。
「わかった」
「やったあ!!」
ため息混じりに肩を落とすと、朱嶺が両手を上げてはしゃいだ声を上げた。
「よかったな」
「うん!」
桜小路の言葉に、嬉しそうにサムズアップしてみせる。
「そうだ、コウちゃんにもこれをあげよう」
懐から取り出した包みを、桜小路に渡す。
「じゃじゃ~ん。サトちゃん特製、お饅頭!」
いつから入れていたのか、お馴染み崎山さんちのお饅頭だ。
「坊、いいのですか?」
「うん、いいよ!」
首を傾げて尋ねた石蕗に、朱嶺が大きく頷く。それを見た暁治はなんとなく不思議に思った。
「妖のルールみたいなものなのですよ」
顔に出たらしい。いつの間にかそばに来ていた河太郎が耳打ちしてきた。
「こちらの世界に招待してもいいかどうか。サトさまが決めてあれを渡すのです」
こちらの――妖の世界。教えてもいいかどうか。桜小路は受け入れられた、ということらしい。
「管理人の仕事の一つなんですよ。もっとも、昔はもっと自由だったんですけどね」
そういう河太郎の表情は、なんだかしんみりとしたように見えた。
日本はクリスマスから年始にかけて、イベントが目白押しだ。最近はハロウィンも盛況である。
宮古家では暁治が、日本の妖怪どもがなにがハロウィンだと、イベント自体はしなかったのだが、かぼちゃは食べた。リヨン・リヨンの店主の差し入れのカボチャパイを、桃がことの他喜んだ。
紅白を観て年が明けたら、神棚を拝んで、稲荷神社に初詣だ。田舎の神社だが、屋台も出ていてなかなかの人出だった。
石蕗の姉が神楽舞を舞っているのを見て、神秘さに感動もしたものだ。主に普段の粗雑さ、豪快さを隠した舞の意外性についてだが。
正月休みを終えたというのに、宮古家の妖どもは未だに頭の中が正月らしい。
ぐでりとこたつに潜って出てこない。このまま春まで居座りそうな気配だ。
今しがたもこたつの中でごそっと朱嶺が動くと、キイチの耳がピンっと立った。
「痛いにゃ!!」
「はぅ、なにするんだよ駄猫!」
「また蹴ったにゃ!?」
どうやら朱嶺の足がキイチに当たったらしい。こたつの中で醜い争いが始まった。
「朱嶺殿、キイチ殿、ケンカはいけませんぞ!」
こたつの上に皿を並べていた河太郎が、窘める横で、お手伝いしていた桃もコクコクと頷く。
去年は居間の畳を掘りごたつにしていたのだが、今年は上から蓋をしてある。穴を塞ぐと畳敷きと変わらない。そのため足を伸ばせるのはいいのだが、度々勢力圏争いに発展してしまうのが難点だ。譲り合い精神は、少なくとも彼らにはない。
仲がいいのも困りものである。
「おい、遊んでないで支度を手伝えよ」
台所の暖簾から顔を出した暁治は、手にしたお玉で二人を指した。
先ほどより台所からは、温かい匂いが漂っている。今日の夕飯は鰤の煮付けとおせちの残り、厚焼き卵と雑煮。そして七草粥だ。
春の七草はセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロだ。暁治がネットで調べたところ、歌を歌いながら細かくするとあった。まるでまじないか呪文のようである。
そもそも七草粥自体、験担ぎのようなものだ。毎年母親が作っていたので食べてはいたが、暁治自身はそんなに美味しいとは思ったことはない。
ちょうどお隣から季節ものだとお裾分けされたことと、せっかくだからと季節の行事も兼ねて作ることにした。
鍋の蓋を開けると、くつくつと粥が吹いている。実家の七草粥は塩味だったのだが、食いたい盛りの居候どもがいるのだ。エネルギーが足りないだろう。
鳥もも肉や長ネギ、しょうがや酒を入れて煮込み。最後に七草を加えて一煮立ちした後、鶏がらスープと塩こしょう、ごま油で味を整える。
最後はゴマと、自家製フライドガーリック。
「いい匂いですな」
河太郎の横で、桃も顔を輝かせている。シェフの面目躍如である。
粥に汁物はどうかと思ったのだが、気にするような輩はここにはいない。
まだ大晦日にやった餅つきと、ご近所からもらった餅が山ほど残っているのだ。消化せねばと、使命感に燃える暁治だ。
「はる、僕お餅五個食べる」
「まったく、お前の胃袋はどうなってるんだ?」
ケンカは終わったらしい。居間から顔を覗かせる朱嶺に、呆れた声しか出ない。大量のお餅が消費されるのも、間近だろう。ありがたくはあるが。
「おれも五個食べるにゃ」
キイチも張り合うように冷凍庫から餅を取り出すと、網を持って行った。ストーブの上で焼くつもりらしい。
とてもじゃないが、他の連中の分が間に合わない。暁治はアルミホイルを取り出すと、餅を載せてオーブンに放り込んだ。食欲魔人どもは勝手に焼けばいいだろう。
粥は鍋ごとこたつの上だ。お代わりはご自由に。居間ではいつの間に来たのか、石蕗と桜小路がいた。
「お邪魔してます」
「よぉ」
二人とも差し入れは持参済みなところは、高ポイントだ。いつもの『菊花堂』のいなり寿司と果物、大きなロースハムと焼き豚。缶ジュースの詰まった箱は、お歳暮の横流しだろうか。
「ハム切って来るか」
「分厚く頼むにゃ」
「任せろ」
ついでにフライパンでちょっと炙ると、じゅわじゅわと脂がにじんでくる。少し焦げ目がついたのが、暁治の好みだ。
そしてマヨネーズ。これは譲れない。ご飯と一緒に食べるのが美味しいと思う。
皿を持って戻って来ると、すでに粥を配り終えたらしい。みんな一斉に暁治を見た。
鷹野はまだバイト中で、後から店主と一緒に年始挨拶に来る予定だ。たくさん作ったし、なくなることはないだろう。
「よし、食うか」
「うん!」
朱嶺が箸を手に、大きな声で返事をした。暁治が座るやいなや、揃っていただきますと手を合わせる。
「この粥、鶏が入ってる」
いつもは無愛想な桜小路の頬が綻んだ。
「あぁ、サムゲタン風にしてみた」
「長ネギも柔らかくていいな。甘くてとろとろだ」
「しょうがの味もしますね。温まりそうです。あ、このニンニクも美味しい」
石蕗がお粥に添えたフライドガーリックを、箸でつまんで口に入れた。もぐもぐと咀嚼する顔は、いつもの無表情がほんのりと緩んでいる。
この日ばかりはと、神社で分けてもらったお神酒を出して、桜小路に振る舞う。視界の隅で朱嶺が物欲しそうな顔をしていたが、素知らぬ振りで自分も飲み干した。久しぶりのアルコールは喉にくる。
否、先日夢の中で飲んだはずなのだが、あれはノーカンのようだ。
わいわいと騒がしい宮古家だが、ほんの一年前にはこうなるとは、想像もしていなかった。
去年の今時分はまだ実家にいて、遺品整理に追われていたころだろうか。
向かいでおせちを口にする桜小路とも、このような関係になるとは思ってもみなかった。
一寸先は闇とも言うが、人生なにが起こるかわからないものだ。
「はる、これ美味しいねぇ」
隣で笑う朱嶺を見て、知らず暁治の頬が緩む。
「当然だ」
なにせ美味しい七草粥を作るために、ネットで情報収集しまくったのだ。元々食事を作るのは苦ではなかったのだが、美味しく食べてくれる人がいると、腕の張り合いが違う。
「あ、そういや、はる」
「なんだ?」
「僕を描いたってホント?」
「ぶはっ!」
ちょうど粥を口に入れたところ。とっさに口を覆って防いだものの、思い切りむせた。
「あれ、坊、知らなかったんですか?」
咳き込みながら容疑者に目を遣ると、視線の先で石蕗が首を傾げている。前に彼が知っていたと、もう一人の朱嶺が言ってはいたが、どうやら石蕗が話したのではなさそうだ。
「うん、聞いてなかったよ~。モデルに内緒にするとかって、ずるくなぁい?」
ぷんぷんと、口を尖らせると、暁治の肩に手を回してきた。
「賞も取ったっんだってね! モデル代は弾んでよね」
「そっちか」
なんて即物的な。
別に内緒にするつもりはなかったのだが、最初描いたときはリハビリ代わりで、人前に出すのが億劫だったこともあり、その後のも前のを言えずにいたため、そのままになってしまっていた。
「お前、モデル代以上に食ってるだろ」
今食っている餅が七個目だと、気づかない暁治ではない。
「それはそれ、これはこれだよ!」
宮古家食材消費率ナンバーワンを誇る妖は、ドヤ顔で胸を張った。暁治は右手を伸ばすと、顔をがしりとつかむ。アイアンクロー。
「痛い痛いよはるぅ」
両頬を手で覆った朱嶺が、恨めしそうに視線を向けてきた。栄養が行き届いているのか、ツヤツヤと血色のよい肌が見える。A5ランクの特上霜降り肉に違いない。
「というか、石蕗でないなら一体誰に……」
知っている人間なんてそんないないはずだと、朱嶺や石蕗たちの視線の先に目を向ける。
「すまん、俺だ」
ぺこりと頭を下げるのは、宮古家の新人だ。
「てっきり知ってるものだと」
これに関しては桜小路を責められない。言わなかったのは暁治だ。
「コウちゃんはね、モデルがいいと褒めてたよ! 受賞は僕のお陰だよね」
もしや朱嶺の、桜小路への当たりが最近柔らかいのはそのせいか。お世辞を言うタイプではない分余計に。
しかたない。
「わかった。払う」
「おぉ、はるってば太っ腹。二メートルはあるとみたよ!」
正直そんなおデブは嫌だ。暁治は心の中で突っ込んだ。
おおよそのモデル代の相場を思い浮かべる。家族や妹は描いたことあるが、人物画自体滅多に描かないので、いまいちよくわからない。
「あ、お金じゃなくてもいい?」
「……いいけど」
訝しげに寄った暁治の眉の間を突いた朱嶺は、いたずらっ子のように歯を見せた。
「じゃ、一緒に旅行に行こう。もちろん夫夫水入らずで!」
「こないだ温泉行ったとこだろ」
「あれは水入らずじゃなかったし! 結局みんなでお泊まり会だったでしょ」
確かに。気づけばみんなが加わって、あまり旅行といった気分ではなかったと思う。
「わかった」
「やったあ!!」
ため息混じりに肩を落とすと、朱嶺が両手を上げてはしゃいだ声を上げた。
「よかったな」
「うん!」
桜小路の言葉に、嬉しそうにサムズアップしてみせる。
「そうだ、コウちゃんにもこれをあげよう」
懐から取り出した包みを、桜小路に渡す。
「じゃじゃ~ん。サトちゃん特製、お饅頭!」
いつから入れていたのか、お馴染み崎山さんちのお饅頭だ。
「坊、いいのですか?」
「うん、いいよ!」
首を傾げて尋ねた石蕗に、朱嶺が大きく頷く。それを見た暁治はなんとなく不思議に思った。
「妖のルールみたいなものなのですよ」
顔に出たらしい。いつの間にかそばに来ていた河太郎が耳打ちしてきた。
「こちらの世界に招待してもいいかどうか。サトさまが決めてあれを渡すのです」
こちらの――妖の世界。教えてもいいかどうか。桜小路は受け入れられた、ということらしい。
「管理人の仕事の一つなんですよ。もっとも、昔はもっと自由だったんですけどね」
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