ソフィアは現実主義者

りょう。

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ソフィアは現実主義者

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「では、わたくしとは結婚してくださらないのね……!」
「ああ、私と君の身分差では父の許しは得られなかった。すまない」


 ソフィアは建物の影に身を潜め、口に手を当てて必死に空気と同化した。
 あの2人は片や麗しの青年と有名な侯爵家次男アクアセイド・クストゥーテ様と片や突如現れたとされる女神のような美少女男爵家次女のリーナ・カタリオ様ではないか。

 2人も貴族界では有名な美少年と美少女、後ろには満天の星空とその中に輝く満月、近くには優雅に置かれた噴水とバラが咲き乱れたアーチまであり、目に入った時は物語の世界に紛れ込んだようだった。

 だがソフィアは現実主義者、咄嗟に身を隠して今の状態である。


 暗くて良く見えなかったが、2人は愛し合う恋人のように手を繋ぎ合わせて見つめ合い、別れを惜しんでいるように見えた。

 邪魔もできないし、したくもない。
 できれば巻き込まれずこのままやり過ごし、早々にお手洗いに行きたい。


「では、また……」

 そんな言葉が聞こえ、布などが擦れる音も無くなった。
 チラリと建物から身を乗り出すと、2人の姿は無く、ソフィアはホッと胸を撫で下ろす。


 会場に戻った時には既にソフィアは2人のことなど記憶の片隅に追いやり、美味しい食事を頬張って、いつものように王宮を後にした。












「クストゥーテ侯爵家次男、アクアセイド・クストゥーテと申します。この度、ソフィア嬢に婚約を申し込みたく伺わせて頂きました」
「……はぁ」
「ソフィア、挨拶」
「え、ああ……トワイシュ伯爵家次女のソフィア・トワイシュと申します、お会いできて光栄でございます」


 隣では母がアクアセイド様へ謝っている、突然の訪問のため、父は不在だ。

 ソフィアは漠然と、昨日見た顔だな、と思った。


 アクアセイド様の方は一人で来たようだが、お父様からの手紙があるとのことで、そちらは確かにクストゥーテ侯爵のサインが載っていた。

 いや、何故だ。
 昨日あんな物語みたいな場面を見せておいて求婚だと?

 ソフィアは必死に笑顔を作りながら優雅な仕草でお茶を啜る。


 暫く日常的な会話が続いた後、母が席を立った。

「あとは2人でお話ししなさい」
「かしこまりました、お母様」
「ソフィア……しっかりね」
「……はい」

 クストゥーテ家は安泰と有名だし、麗しの美青年が旦那なんて社交界ではきっと鼻が高い案件だろう。
 断る理由など無い。しかも、基本的に侯爵家からの縁談なのでこちらが断ることは叶わない。

「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが」
「何かな」

 ただ、ソフィアは、現実主義者。
 事前に問題点は解決したい。

「昨日王宮開催のパーティーの時、庭に、おりましたね」
「……居たかな」
「ええ、カタリオ様と」
「…………」
「その、物語のようでしたから、覚えております」
「……見ていたのか」
「不可抗力でしたわ、あそこはその、通路ですから」


 流石にお手洗いという言葉は控えさせてもらった。
 だが、あそこは本当に良く使われる通路である。
 もし見られたく無かったのであれば、あんな場所で話していた方が悪い、とソフィアは思う。


 母が去り、2人だけがお茶を飲む客間はいつも以上に広く感じた。周りに侍女達はいるが、会話は聞こえない位置に置いている。
 一応それでも声は抑えて話したので、確実に聞かれてはいないだろう。



「……リーナとは結婚できないんだ」
「ええ、聞いておりました」
「なるほどな、では何だ?正式に別れたのかと確認か?」


 少しだけ、怒りが混じるアクアセイド様へ僅かな恐怖を抱きつつ、ソフィアはしっかりと目を合わせた。


「私はその、別に貴族の夫婦の間に恋という物は存在しなくても良いと思っておりますから。ええ。例え、カタリオ様を側に置くという形となっても、文句などは言いませんわ」
「ほお?」
「ただですね。恋は無くても愛は頂きたく。また、家では安心して過ごしたいので、彼女に、その、敵意などを向けられる事は遠慮したいなと思うのです」

 アクアセイド様は考えるように人差し指を顎下へと持っていく。

「例えば?」
「例えば。そうですね、彼女が愛人となったとしましょう」

 ソフィアは人差し指を立てた。

「あの優秀な学校を主席で卒業したのに、何故アクアセイド様と結婚出来ない理由が分からないのか、寧ろそういった方を作るために恋人となったかはさて置きまして」

 その前置きにギロリと睨まれたその視線を無視してソフィアはお茶で喉を潤す。

「お伝えしたように私は安心して過ごしたいのです。舞踏会で表立って後ろ指を刺されたり、コソコソと裏で囁かれたり。はたまたいじめに加担しているなどと思われる事は避けたいのです」
「……」
「つまり、あのように美少女が影で私のように肩幅のある女からいじめられたと噂を流したらと思うと怖くて眠れなくなるかもしれませんわ」
「リーナはそのような事はしない」
「ええ、そうでしょうとも、アクアセイド様がお好きになった方ですから、さぞかし素敵な方でしょう」

 ただ……とソフィアは言う。

「嫉妬に狂った女というのは、ある種の化け物に変幻いたしますの。自分の愛した男が他の女と結婚をし、子を成し、その子供を温かい目で見つめたそんな瞬間が酷く憎く、疎ましく、消し去りたい瞬間に変わる。つまりは私は最後まで安心して生きる事ができないという未来が見えなくない。とお伝えしましょう」
「だから、リーナはそんな人では無い」
「ですから、これは、例えばのお話しですわ」

 ソフィアは再び口にお茶をふくみ、喉を潤した。
 アクアセイド様はそんな彼女を険しい目で見つめながら、彼もお茶を口にふくむ。

 暫し無言の時間が流れると、ソフィアはふと思った。
 ここまで早急に婚約を申し込まなければいけない理由はなんだろう。


「愛人には……しない」

 アクアセイド様が突然口を開いた。
 未だ不機嫌そうな顔は隠しもせず、ただ事実を述べる為に口を動かしているようだ。

「本当ですの?」
「父上が、彼女を良く思っていない。もし彼女と今後関わる事があれば勘当だと言われている」

 ふい、と顔を背けたアルレイド様は気まずそうな顔でそう呟く。その顔は少し頬を染め、眉はずっとひそめたままだ。

「あら?勘当するほどお好きではなかったのですか?」
「彼女に何も与えられない男など惨めなだけだろう」


 ついソフィアは手を口に持っていく。


「まぁまぁ、そうですの。それで?次は来月にまた王宮で開かれる舞踏会でお会いになるのですね?」
「ああ……いや違う!もう会わない!」
「でも、まだ貢げるように他の、私のように何とも無害そうな娘と婚約をするのでしょう?」
「そんな事は言っていない!」
「では何のメリットがあって私に婚約を申し込むのですの?先ほど初めて言葉を交わしましたのに」
「………それはっ」
「ぷっ、あっははは!」


 ソフィアは抑えていた手を外して我慢できずに笑い出した。
 アクアセイド様は驚いてすぐにバカにされたと顔を真っ赤にしてソフィアを睨みつけている。
 だが、ソフィアはどうにも笑いを収まる事が出来ずについには顔を伏せてしまった。きっと周りにいる侍女達に『またやっている』と後ほどバカにされるだろうが、今はどうでもよい。


「無礼だぞ」
「あら失礼しましたわ。あまりにも罠に引っかかってくれるものだから、つい」


 彼も分かっているのだろう。怒り任せにここを出たとて、ソフィアに告げ口をされてしまえば計画が終わってしまうことに。
 だからこんなに怒っていても出ていく事はしないと分かる。
 ソフィアは一息つく為に茶菓子で置いてあった一口サイズのクッキーを口へと運ぶ。
 いつも通りの味に満足げに頷くソフィアに、怒りを必死で抑えているアクアセイド様が慎重に話しかけた。


「何が条件だ」
「条件?何がですの?もしかして告げ口をしない条件?いやですわ、私、別にアクアセイド様に恨みなどありませんもの。もちろん黙っていて差し上げますわ」
「ありがたい、では、この話は無かったことに……」
「はぁ……でも、私、悩んでる事がありますのよ。ええ、非常に深刻な問題でまだ誰にも言った事がないのですけれど」


 ソフィアは手を頬に当て、まるで恋悩む乙女のような表情でアクアセイド様を見る。アクアセイド様はまだ何かあるのかと半端腰を上げた体を再び戻していた。
 本当に何も無かったように帰るなんてアクアセイド様の頭は弱いのかもしれないなどと考えつつ、ソフィアは口を開く。


「婚約者様が出来ないと、もうずっと母がうるさいんですの。そうです、お分かりの通り私も良い年齢ですから。そんな時に婚約を希望する殿方が現れましたの。しかも安泰と噂されるクストゥーテ家の次男坊!その方に、何故か『やはり婚約は無かったことに』なんて言われたら私はつい、『リーナ様とまだ恋仲らしい』と口を滑らせてしまうかもしれませんわ。だって全く私のせいではないのに酷いではありませんか、そう思いません?」


 母には、そのよく回る口を一度黙らせる薬でも飲ませれば婚約者ができるのでは無いかと言われた事があるが、アクアセイド様の表情を伺うと、今回ばかりはそうではないかもしれない。


「ねぇ?アクアセイド様」


 ソフィアは現実主義者、大きな獲物は逃がさない。

 愛よりもお金を取るのがモットーである。









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