アラサー伯爵の病気名は初恋です。

りょう。

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朝、私は伯爵が去っていく姿を見てから井戸に向かうようになった。
伯爵は遠くからこちらを伺い、私が出てこない事を確認するだけで決して勝手に中に入ることはない。
きっとその程度だったのだろう。一層、来ることもやめてしまえばいいのに。

店番は相変わらず続けていたが、伯爵が姿を見せる事もなくなった。店主であるガルスさんも店に来ることが少なくなり、お客さんも鑑定に訪れる人が数人いる位だ。

「よお」
「ランクさん、いらっしゃい。宝石はいかがですか」
「買わねぇよ、アホか」
「はぁ、今日は何しに」
「別に、暇つぶしだ」

ランクさんは何も仕事がない時に、お店を訪れるようになっていた。くだらない日常会話や、伯爵に酷く扱われた文句を言って帰っていく。時折、伯爵とカティネス嬢との話しもしてくるので、殴りたくなっているのは秘密だ。

「お邪魔するぜ!」
「あれ?紙屋のオヤジさん?どうしたのですか?」

紙屋というのは、街で起きた出来事や事件などをまとめて紙に書いて売っている店だ。たまに情報収集に来ることはあってもこんなに勢いよく来ることはなかったのに。

「号外なんだよ!!今回のは嬢ちゃんだから無料で渡してやる。だから気をつけな!!じゃあな!!」

嵐のような勢いで来たかと思うと、凄い勢いで出て行ってしまった。他の号外の時には店に寄ることは無かったはずなのに、今・回・の・は・と言って置いてあった記事。手に持つとやけに重く感じた。

「……フォーリカウス、ついに殺人?」
「え」
「フォーリカウスって言ったらあの有名な宝石泥棒か?」
「は、はい……でもフォーリカウスは殺人をしないことで有名でした」
「まぁでも、盗みを働いてた奴等なんだろ、殺人位するか」
「そんなこと!!!」
「お、おお。落ち着け」

私が読もうとした時、ランクさんが横から顔を覗かせて先にその文章を読んだ。慌てて取り返して紙を読むと、そこには確かに『フォーリカウスついに殺人!!』と大きな文字で書かれている。
内容を良く読むと、いつも通り予告状が出た貴族の家が皆殺しにされ、家にあったであろう宝石が盗まれていたらしい。
狙われた貴族の家は、今では舞踏会に全く参加せずひっそりと生活を続けている弱小貴族ではあるものの、昔から続く由緒ある家名の貴族だったらしい。
屋敷の中はぐちゃぐちゃに荒らされ、何を盗まれているのか判断することも難しい程だったという。

「そんな酷いことをするはずがありません」
「でも事実こうなってるじゃねぇか」
「そうですけど……」

私は信じていたかった。彼らは絶対に殺人なんてする人たちではない、市民に優しい怪盗がいてほしいと。
でも殺人が起きた。しかも屋敷の中を荒らすということまでしている。

「やっぱ悪い奴らだっただな、しかも油断させといて殺すとか非道すぎだろ」
「そうですね……」

紙屋のおやじさんは、宝石屋の店番をしている私にこの報告をしておきたかったのだろう。もしかしたらフォーリカウスから狙われて襲われてしまうかもしれないからという意図もあったかもしれない。

「ま、お前のとこなら大丈夫だろ、どうせファミリアの宝石もファミリア系の宝石も扱ってないだろ?」
「取り扱ってはないですけど……」
「くっくっ、こんなちぃせぇ店にそんなんがあるとは誰も思わねぇか!」
「うるさいですよ!!あっち行ってもうー」
「何すんだよ、ちょ」

なんだか腹立たしくなった私は、ランクの背中を押して外に追い出してしまった。なんだか店を馬鹿にされて私まで馬鹿にされたような気がしたからだ。

ランクを外に追い出した私は店の真ん中に立って周りを見渡した。宝石は、私が丁寧にホコリを取り除きキラキラと輝いている。この中にはファミリアが制作した作品は存在していない。
万が一、ここをフォーリカウスが襲ったとしたら。それはこの中の宝石が狙いではないはずだ。


私は、数日前にこの店に届いた白い封筒を開けた。
そこには『フォーリカウス』の文字。


フォーリカウスはどんな心変りをして人殺しを図ったのか。そして、何故部屋を荒らす必要があったのか。

「あまりにも急すぎる」

おそらくこの手紙は伯爵に知らせた方が良かったのだろう。でも距離を置きたくて話す事を辞めてしまった。
フォーリカウスなら別に来ても被害はあの宝石だけだろうと。
結局、私は油断していたのだ。

こんなに早く、フォーリカウスのをする輩が出てくるなんて思わなかった。

「とりあえず……手紙でも書いておこう」

封筒の中身には今日の日付が書かれている。
既に今、夕方になりかけていた。




____________


「お嬢、どうするんですかい?」

その男は口から出た言葉から想像するよりも遥かに良い服装をしていた。髪も整えられ、髭もなく、輝くステッキを持っている。暗闇であることが惜しいほど整った顔をしている事も、その口調に違和感を覚えるのに十分相応しい答えだろう。

「困ったわ、まさかあんな形で奪われるなんて思わなかったんだもの」
「ありゃないですよ、急に後ろから斧振りかざされちゃたまったもんじゃない」
「そうだよねぇ……どうしよう」

その男と話すのは、そこそこに質の良さそうなワンピースを着た少女だった。顔は全く見えないが、髪は綺麗に編み込まれてアップにされている。
その少女は恐らく困ったような表情をしているのだろう。声からは困惑していると思われた。

「全く、そんなんだと回収しきるなんて難しいんじゃないですかい?」
「そんな事ないわ!だってみんな優秀な者ばかりよ!」
「へいへい、そうですねぇ」

優秀な者ばかりであったのに、何故こんな事が起きてしまったのか。そして、奪われてしまった宝石は一体どこに行ったのか。
男は今後自分が働く事が増える事案に対しての不満と不安を感じながら彼女の言葉を聞いていた。

「……やっぱり私もそこに居るしか無いわね、誰が敵なのかちゃんと見なきゃ。」
「まぁ、あっしらがお嬢の命位は保証しますが、そこから盗み返すとかは出来ないすからね?」
「分かったわ、じゃあ信頼してるからちゃんとやってよ」
「へぇへぇ」

お嬢と飛ばれた少女はニコリと笑ったかと思うと、瞬間にしてその場から霧となって消えた。
男の方はその場でため息をつくと人差し指を空中に置いて横に引く。

『解除』

その男がその言葉を口にすると、瞬間にして騒めきが周りに落ちた。いや、その空間が日常に繋がったかのように街に戻ってきたようだ。

「はぁ、じゃあ……お仕事しますかねぇ」

路地から人通りの多い大通りに出ると、どこからか取り出したハットを頭に被り、人混みに紛れながら目的地まで足を進めるのだった。
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