アラサー伯爵の病気名は初恋です。

りょう。

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ランクを見送ってからかなりの時間が過ぎた。
既に閉店の時間が近づいている。

今は夕方だ。
店内には男が一人、ショーケース前をゆっくりと歩いている。
たまに訪れる貴族はいれど、こんなに長く物色する事はない。更に言えば、身なりからして貴族かそこそこ稼いでいる商人なのだろう。こんな場所でこんなにじっくりと宝石を見るなんて怪し過ぎた。
私は神経を集中させて、なるべく武器になりそうな傘と盾になりそうな看板の近くに陣取っている。

カチ、カチと時計の針が動く音が響く店内は見慣れているはずなのに気味が悪い。早く出て行ってほしい。

「そこの君、ちょっと来てくれないか」
「えっ……」
「え、ではない。これを近くで見せてほしい」

正直本物のお客様(お客様に本物とか無いんだけど)だったとしたら今の反応は店員としては良くない反応だろう。
でも今日は全然反省できない。何故なら殺されちゃうかもしれないからね。

「はい……ただ今参り」

勇気を振り絞って隠れ混んでいたカウンターから出ようとすると、勢いよく扉が開いた。

「ひっ!」
「おお!まだ開いていたか!良かった良かった!」
「お、お、お客さん……いらっしゃいませ」

今日は夜のお客様が多い日らしい。
今呼びつけて来たお客様の仲間かと思って、殺されるところを想像してしまった。
少し恨めしく今来た人物を見つめながら呼ばれていた方向に向かおうとした。しかし、入ってきた人物は親しげに店に居た男に声をかけた。

「おお!ハウズハンド男爵ではないか!貴殿も居るとは!」
「エルレジェンダ侯爵……お久しぶりです」

知り合いか。これは空気を読んで出向かない方が良いかもしれない。
……ハウズハンド男爵も、エルレジェンダ侯爵も聞いたことがあるな。
あれかな。あまりにも有名だから頭に残っていたとかかな。

「いやー!貴殿のお陰で貴重な体験ができましたよ!まさかフォーリカウスに盗みに入られるなんて!」
「いいえ、こちらも相応の事をして頂いておりますので」

ん?フォーリカウスに盗みに入られた?
そう言えば、なんかそれ関連で名前を聞いたことが……。

「更にその後にファミリア系の宝石までお目にかかれたのです。本当に感謝しきれない!」
「噂では、そちらの石の方が劇に合っていたとか?」
「ええ!そうなのですよ、フォーリカウスにも助けられましたなぁ、はっはっはっ」

ああー!
エルレジェンダ侯爵ってあの劇団の時に伯爵から聞いた人か!ハウズハンド男爵もそうだ。
っていうか侯爵が店に居るとか、今になって緊張して来た。死にそう。何かお茶とか出した方がいいの?
そんな事は普段していないけど。

そう、悠長に考えていた時だった。

「伏せなさい!!!」

そんな声が聞こえてきて反射的に体を低くした。
その刹那、店の周りから魔法弾が撃ち込まれた。まるで蜂の巣にされるかのような魔法弾の数。
私はうるさい音を避けるように耳へと手を当ててより低い体勢を取るように伏せる。

かなりの魔法の使い手が外に居る。

魔法の攻撃が止んだのか、急に静かになった店内は、店の壁が軋む音が響いていた。
カウンターの内側に伏せたせいで周りの状況が良く見えないが、侯爵と男爵は無事なのだろうか。
それに、棚に飾られていたたくさんの宝石も……。

「へぇ?これだけ打ったのに、誰一人死んでないなんてなぁ」
「何者だ貴様」
「俺か?俺は……フォーリカウスの長。カランだ」
「くっ……男爵、貴殿の従者は……」
「残念だなぁ、従者なんて既に殺している。残るは貴様らと……そのカウンターに隠れている店員だけ。その後じっくり調べさせてもらうぜ」

普通に扉を開けて入ってきたらしい男と、侯爵と男爵の声が聞こえてくる。
彼らはまだ生きているらしいが、声からは何が傷を負っているのか分かった。さらに従者達が殺されている以上すぐに助けが来る事はなさそうだ。
私の位置もばれてしまっていては外に出て助けを求めるのも難しい。
周りに店は有ると言っても、殆どの店は早く閉めて家に帰ってしまう。その人達が見つけたとしてもこの人達と対抗できそうな人を呼ぶ事はできないだろう。

さて、どうしよう。

「何をしているのか分かっているのか!」
「はぁ?何?お前ら状況分かってんの?死人に口なしだ。この状況を説明する奴なんか居なくなるんだぜ?」
「ここに私の物が残っていれば、誰かが殺した事は分かるだろう……」
「ふん……じゃあこうしてやろう」

私が頭を抱えて悩んでいると、偉そうに話すカランなどと言う男がパチンと指を鳴らす。

ゴウ。という音とともに放たれたそれは、火だった。
壁や床に放たれて木が燃える臭いが漂ってくる。

「全て、燃やし尽くしてしまえば良い、だろ?」
「な…!!」
「ファミリアの宝石はこんな火じゃ燃えないからね。残念だったな」

外で何が起きているのか、声だけでは全く判断ができないが、ただ分かるのは。このままでは炎で焼かれて燃え尽きるだろうという事だった。
でも逃げるにはカウンターから外に出なければいけない。
裏口から逃げる方法もあったが、それでもすぐに相手にはバレてしまいそうだ。見つかり次第攻撃されてしまう気しかしない。

あの男が自分は長だと言っていた事からも、彼らがグループを組んでやっていると言うのが分かる。
穴が空いた隙間から、店の周りにもまだ敵がたくさん居そうだという事もよく分かった。

火を付けた男は、まだ店内にいるようだった。
侯爵と男爵を動かないようにさせていたぶっているような声が聞こえてくる。
魔法の火は普通の火より格段に物を燃やす速度が早いのだ。このままでは今まで楽しく働いてきた店が全部燃えてしまう。

ああ、ムカつく。
やっている事全てムカつく。

でも。

「…………はぁ、はぁ……」

少し良くない空気を吸ってしまったらしい。
呼吸が苦しくなり、喉が痛い。
しかし、ここでじっとしていても何も変わらないが、焦っていてどうして良いのか分からない。

こんな時に浮かんだ顔を、本当に腹ただしく思う。
この間まで何かしらちょっかいをかけまくって来ていたくせに、肝心な時に居ないなんでどういう事なのか。
あんたの大切な店が無くなろうとしているのに一体何をしているのか。


本当にもう……早く助けに来なさいよ、ばか!



心でそう叫んだ瞬間、急に大量の雨が降ってきた。

「な、なんだ!!」
「水……」
「う、うわぁぁぁ!!!!」

店の周りからはたくさんの叫び声が聞こえてきて、店についていた火が消えたようで周りの熱が引いている。
外で敵の仲間たちが逃げていくような足音が聞こえ、中にいる男も少しだけ動揺しているような声を上げていた。



ゆっくりと裏口の扉が開き、私の思い浮かべてしまった人物がそこに立つ。


「……誰だ、貴様……」
「初にお目にかかります、フォーリカウスの長殿。私はリチャード・トルネンと申します、以後お見知り置きを」


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