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これはもう諦めるしかないと思った。
私の目を覗き込んだその人は、作り物かのような綺麗な顔に笑みを浮かべ私の手首を壁へと押しつけている。
「レティシア、もう一度聞くよ。貴方は、私の、パートナーだね?」
「………わ、私は、……」
抗えないそのパートナーとしての共鳴に、私は____。
人生は頑張りすぎないように生きる事が得策であるといつ思ったのだろう。
私は自分から発する微力な魔力を手元の練り物に混ぜ込みながらそんな事を考えていた。
私が通っている学校では魔法が使える平民と魔力が少なめな貴族達が通うような、ある意味有名な学校だ。
魔力を多く持ち、自由自在に操る事ができるのは血の関係で貴族が多く、そして魔力が多い平民は小さい頃に貴族が養子として引き上げる仕組みを取っているため平民には僅かほどの魔力を持つ者しか残らない。
だから平民の中で魔力が使える私は、平民の割には将来有望のはずだった。
だが現在、私には全クラスで唯一『パートナー』がいない人間というレッテルが貼られている。
この世界には魔力を持つ者には必ず1人に対してパートナーとなる人物が存在する。そしてそのパートナーは自分の魔力との相性が異常によく、今までの自分の力よりも何倍もの効力が発揮できる、という。
そんな人物と出会える確率は魔力量が下がるにつれ高くなり、魔力量では最下位の学校に通う私が出会っていないのは魔術師としてかなり致命的な事であった。
既に来年卒業する年である4学年では、パートナーを組んでいる事を前提とした授業が殆どとなっており、私はその授業をかなり手に余らせている状態だ。暇過ぎて短い暗唱で魔法が使えるようにするなんて事もやってしまった。
なんと言っても火を出そうにもロウソク程度の火しか起こさないため、料理をする時位役に立たせようと練習した結果だった。
そしてまだ時間のある間に本を読みながら魔法薬を作れるように練習を始めていた。
魔法薬を売るお店は存在しており、登録ができれば普通に働くよりはかなり稼ぐ事ができる。
家族の中で唯一魔法が使えるからと通わせてもらっているというのに、私が1番稼げるようにならなければ意味がない。
しかしパートナーも居らずこの魔法量では頑張って冒険者をやってもそこそこしか稼げないだろう。という事で今の現状にたどり着いた。
家事に役立ち、魔法薬を作れたらもう家族は万々歳なはずだ。
それくらいしか今の私には出来る事がなかった。
パートナー探しに躍起になり、誰とでも相性が良くなるように色々な魔法を勉強したあの頃を思い出して「クラスで残ったパートナー無しが私1人になった時に頑張り方を変えたんだった」なんて、独り言を呟いた。
____________
「ええ、皆。集まってくれてありがとう。今日は重大な発表があってここに集合してもらった」
現在、年の終わり頃位に行われる舞踏会もどき以外では珍しく全校生徒が広場に集められていた。
恐らく皆んなも不思議に思っているのだろう、なにもない時期に呼び出された事は初めての事だ。辺りからはざわざわという音が僅かに聴こえてくる。
「静かに」
ここで学長が落ち着きなく『こほん』と咳をした。
「ええ……ほ、本日から、ええ……あー」
「………………」
あまりの歯切れの悪さに再びざわめきが大きくなり始めた時だ。後ろから声が聞こえてきた。
「学長様、私の紹介にそんなに勿体ぶらないでほしいのですが」
しーーんという音が聞こえてくるかと思った。
この場に居るはずのない人物の登場に皆んな一斉に息を飲んだに違いない。
「あ、ああ。申し訳ありません。あまり貴方様の様な方が来られる場所ではなくて。ええ……本日より1か月、この学園に通う事となっている。ギルベルト・ファン・ザヘメンドさ…君だ」
『様』、と紹介しようとしていたのだろうが、ギルベルト様の圧力に、『君』と言い直す学長を見て、既に呼び名では変えられない位置関係に居るような気もするが、今は皆、何故ここにあの有名人が来ているかの方が気になっているのだろう。
ギルベルト・ファン・ザヘメンド
ザヘメンド辺境伯爵の息子である。
ザヘメンド地区にある森には様々な魔物が出るとされているがその魔物から王国を守る為に作られた騎士団がいつの間にか多くなり、街ができた。そこを取り仕切るのがザヘメンド家だ。
今まで多くの実力のある魔剣士を輩出してきた家ではあるが、その中でも歴代トップクラスの魔力と実力を持ち、輝くその白銀の髪には光が吸い寄せられ、アメジストを切り取ったかの様な瞳にはどんな宝石も叶わない、などと謳われているのがギルベルト様であった。
私たちの学校は24箇所ある魔法学校の中で最下位位に位置するが、ギルベルト様の通う学校はトップ独走のナンバーワン。
そして彼自身、その学校ではシングルナンバーワンの成績なんだとか。
つまりは、露店で彼を主役にした記事が売り出された途端買い占めが起き、昨日は何をしたのかを平民皆んなが知るくらいにはプライベートなんかない有名人である。
その彼が、こんな錆びて枯れたような学校でお目にかかれるなんて、一体全体何があったのか。
「皆様はじめまして。私はここに、パートナーを探しに参りました」
そして、パチリ。
目が合った。
___ぞわ。
「…………」
なんとも言えない感覚に逃げ出したくなる衝動が加わる。
しかし、話しを続けている彼の視線は既にこちらには向いておらず、気のせいかと思い直した。
誰しもがきっと、自分があの有名な魔剣士がパートナーかもと夢を見るものだ。
私の先程のあれも、そんな興奮を感じただけに過ぎないと考えたのだった。
____________
「パートナーとは、自分の魔力との相性90%以上の人物の事を言い、平均的に3人以上………」
先生が急にパートナーについての復習を始めるほど、私の学校は浮き足立っていた。
パートナーの定義なんてこの学校に入った直後に習うほど常識的な内容である。特に今話している『世界に候補者は数人存在する』『一度パートナーとなると変更はできない』『相手が死亡の場合変更可能』の部分などは、パートナーを作る際には必ず確認作業が入るので、私よりもパートナーがいる人達の方が把握しているはずなのである。
そっと教室を見渡すと、今から戦闘でも始まるんではないかと思うほどギラギラと目を光らせている生徒たち。
君たちみんな、パートナー居るはずだけど、一体どこを復習しているのだろうか……。
とりあえず、最近魔法学校で急な戦闘が始まって退学者が続出しているという記事の原因は判明したとして、もしかして私達の学校にまで来たということは既に他の学校はしらみつぶしに探してきたということなのだろうか。
そうだとしたら理由は恐らく1つ。
彼のパートナーがこの世界に1人だけしか居ないから。
かなり特殊な例として、唯一無二のパートナーがいる人物が存在する。
それは数百年前の勇者と言われた人間と聖女と言われた人間が有名ではないだろうか。
彼らは他の人間の魔力は全く馴染むことはなく、しかし互いに唯一魔力が溶け合い、結果、実力の数十倍の力を発揮した。と、されている。
その後も何人か該当する人物はいるが、いずれも著名な人物として記録に残っているだろう。
その人物は全て年は離れておらず、離れていても1歳との研究結果があり、彼は私より1つだけ歳が上なので、一応私のクラスも該当しているということらしい。
『それは非常に面白いですね。』
さて、そろそろ授業も終わりにさしかかる。
私は机の上を急いて片付けると、いつものように薬学室へと向かった。
____________
私は足早に歩いていた廊下で動くことができなくなっていた。
「…………」
「…………」
互いに見つめ合う事1分。
私は彼から視線を外して歩き出す。
「ちょっと待って」
「い、いえ。私は関係ありませんので」
「それは私が決める事だ」
「…………は、離し……」
しかし、すれ違った瞬間に手首を掴まれて止められた。
彼、ギルベルト・ファン・ザヘメンドが廊下の反対方面からこちらに歩いてきた事は、恐らく偶然の出来事だったはずだ。だからまさかこんな状態になるなんて予想もしていない。
彼は私よりも頭ひとつ分位大きな体で覗き込むようにして私に問いかけてきた。
「……君の名前は?」
「…………レ、レティシア…です」
「パートナーは?」
「おりませんが……」
そう言葉を漏らすと、彼は空いた手を顎に当てたまま私を凝視してきた。それはもう、居た堪れなくて仕方がない。
私はもう一度離してくださいと伝える為に口を開こうとした。
「私たちはパートナーだと思うんだが」
「は……は?」
私は全く貴族ではないしその礼儀作法も分からないが、多分貴族様に「は?」なんて口を聞いた平民はサクッと処分されてきたに違いない。
そんな事を考えて慌てて謝ろうとしたが、それよりも前に、彼が発言した言葉を頭が理解したようだ。
『私たちはパートナーだと思うんだが』
まさか彼からそんな事を言われるとは思っていなかった私は、自分の聞いた言葉が本当であったのかを必死に思い返した。だが、あまりの緊張によって思っていることが口に出てしまっていた。
「え?な、なんです?」
「私たちはパートナーだと思うんだが」
先ほどよりは強い口調だけれど彼はもう一度言ってくれた事に驚き、案外貴族様も優しいんだなぁなんてふと思う。
「レティシア」
「ひぃ!」
「もう一度言ったほうが良いか?」
しかし、こんな自分とは別世界の人間に名前を呼ばれたことが恐れ多く、頭は真っ白、息をすることを忘れてつい彼の顔を見てしまった。
目の前の人間はもしや人工的に作られた人形で命が吹き込まれたんじゃないかと思うほど整った綺麗な顔立ちをしている。
突然訪れた息苦しさにゴホゴホと咳をすると、彼は心配そうに私の腕を掴んでいた手を緩めてくれた。
今息してなかったわ、なんて思いながらここぞとばかりに勢いよく後退する。
「だ、だ、大丈夫です。パートナーじゃないです、私の魔力量はか、カスみたいなもんですから、違いますから、絶対」
「…………そうか」
「はい、そうなんです失礼いたします」
まるで流れ作業のようなスムーズな動きで私はその場から慌てて立ち去った。
パートナーって、あのパートナーの事を言っているのだろうか。あの今彼が探しているという魔法を使用する上でのパートナー。まさか、そんな事。
そう、考えたかった。
実のところ、彼と廊下で会った瞬間、まるで運命の相手に出会ったかのような衝撃が体を駆け抜けていた。
脳がこの人が正解だと勝手に反応し、本当は抱きついてしまいたい位の衝動がずっとあった。まだその感覚が抜けず手が震えている。
彼が、私の、最愛のパートナーだと。
だが。
私は平民代表を張れるほど全く貴族と関わりもなく、しかも魔力は極小、彼にとって周りに知られると不都合なパートナーだと思われた。
だから彼は私に声なんかかけず、つい声をかけてしまっても考えを押し込んでパートナーなどと言わないと思っていたのに。
「はぁ、はぁ……はぁ…………」
想像と違う。
貴族様は自分の見栄を気にして、そして強情な人物なんだと思っていた。だからあの短時間で考えた私の貴族様への対応は間違っていなかったはずなのに。
冷静に考えて私自身にこんなハイスペックなパートナーは要らない。
相手は外見麗しい貴族様で、誰も倒せないような魔動物の討伐を1人で行ったとかいう非現実的なことしている相手とは関わりたくない。私はゆっくり魔法薬でも作りながらまったりと家族の為に稼ぐ位が似合っているのだから。
「なんで……いやだ、いやだよ……」
ある程度の距離を走った私は廊下の端っこで座り込んで、よく分からない感情をどうにもできずに涙を静かに流した。
貴族様はあの後、色々な学年のクラスに顔を出し、庭を見学され、学食を楽しまれ、授業に先生として出ているようだ。
普通に楽しんでいて少し意外である。
魔力が少なくここの学園に通っている貴族の方々は、こぞって話しかけに行っているらしい。
確かにここで目をかけてもらえれば今よりは遥かに良い生活を送れる事だろう。
さて私は、彼がこの学園を去るまでの間、こそこそと隠れながら生活する事にしていた。
寮から出て教室に着くのは時間ぎりぎり。休憩時間はトイレに向かい、授業が終わればすぐに薬学室に立て篭もった。
お陰で以前よりも薬の性能は格段に上がり、性能の高い薬も作れそうである。
そんなある日。
カラカラと薬学室の扉を開けると「きゃっ!」という声が聞こえてきた。
「…………ん?」
顔を上げるとそこには少し服の乱れた女生徒とギルベルト様の姿。女生徒は慌ててシャツの前ボタンを閉めて前髪を直している。
「ミーシャ、今日の事は内緒だよ」
「……はい、一生の大切な思い出にいたしますわ」
彼は彼女に優しく声をかけると、前髪を直してあげるかのように撫でつけ、そこにキスを落とす。そして、私にぶつかりながら女生徒が走り去ると教室内には彼だけが残った。
「…………」
実は先ほど既に薬学室に入り、私の荷物は中に置いてある。まさかお手洗いに行っている間にこんな事になるとは思うはずもなく、私は瞬時に逃げるという選択を取ることを忘れてしまった。
「やぁ、レティシア」
「こ、こんにちは……」
まず、ここで何をしていたのかを問いただしたいところだ。しかしすでに私の荷物が部屋にあることを、彼は気がついていたはず。
これは確実に罠だ。
ここはコの字の形をした学園の1番端にある教室で、そこからは寮へ繋ぐ廊下しかない。だから彼は確実に私を狙ってここに来た。そして、あの可愛いと有名な女の子(名前は忘れた)と何か理由があってあんな、あんな……如何わしいことをいていたんだ。
「…………」
「何か言いたそうな顔だね」
「言わせたいのは貴方の方では」
「さぁ、私はどちらでも構わないよ」
一筋縄とはいかないようだ。1つ言えることは、この、やたら麗しい男から溢れる言葉自体は全く麗しくなさそうだという事。
そして、きっとこの状況を打破出来る策なんて、私にはすぐ出せないという事だ。
私の目を覗き込んだその人は、作り物かのような綺麗な顔に笑みを浮かべ私の手首を壁へと押しつけている。
「レティシア、もう一度聞くよ。貴方は、私の、パートナーだね?」
「………わ、私は、……」
抗えないそのパートナーとしての共鳴に、私は____。
人生は頑張りすぎないように生きる事が得策であるといつ思ったのだろう。
私は自分から発する微力な魔力を手元の練り物に混ぜ込みながらそんな事を考えていた。
私が通っている学校では魔法が使える平民と魔力が少なめな貴族達が通うような、ある意味有名な学校だ。
魔力を多く持ち、自由自在に操る事ができるのは血の関係で貴族が多く、そして魔力が多い平民は小さい頃に貴族が養子として引き上げる仕組みを取っているため平民には僅かほどの魔力を持つ者しか残らない。
だから平民の中で魔力が使える私は、平民の割には将来有望のはずだった。
だが現在、私には全クラスで唯一『パートナー』がいない人間というレッテルが貼られている。
この世界には魔力を持つ者には必ず1人に対してパートナーとなる人物が存在する。そしてそのパートナーは自分の魔力との相性が異常によく、今までの自分の力よりも何倍もの効力が発揮できる、という。
そんな人物と出会える確率は魔力量が下がるにつれ高くなり、魔力量では最下位の学校に通う私が出会っていないのは魔術師としてかなり致命的な事であった。
既に来年卒業する年である4学年では、パートナーを組んでいる事を前提とした授業が殆どとなっており、私はその授業をかなり手に余らせている状態だ。暇過ぎて短い暗唱で魔法が使えるようにするなんて事もやってしまった。
なんと言っても火を出そうにもロウソク程度の火しか起こさないため、料理をする時位役に立たせようと練習した結果だった。
そしてまだ時間のある間に本を読みながら魔法薬を作れるように練習を始めていた。
魔法薬を売るお店は存在しており、登録ができれば普通に働くよりはかなり稼ぐ事ができる。
家族の中で唯一魔法が使えるからと通わせてもらっているというのに、私が1番稼げるようにならなければ意味がない。
しかしパートナーも居らずこの魔法量では頑張って冒険者をやってもそこそこしか稼げないだろう。という事で今の現状にたどり着いた。
家事に役立ち、魔法薬を作れたらもう家族は万々歳なはずだ。
それくらいしか今の私には出来る事がなかった。
パートナー探しに躍起になり、誰とでも相性が良くなるように色々な魔法を勉強したあの頃を思い出して「クラスで残ったパートナー無しが私1人になった時に頑張り方を変えたんだった」なんて、独り言を呟いた。
____________
「ええ、皆。集まってくれてありがとう。今日は重大な発表があってここに集合してもらった」
現在、年の終わり頃位に行われる舞踏会もどき以外では珍しく全校生徒が広場に集められていた。
恐らく皆んなも不思議に思っているのだろう、なにもない時期に呼び出された事は初めての事だ。辺りからはざわざわという音が僅かに聴こえてくる。
「静かに」
ここで学長が落ち着きなく『こほん』と咳をした。
「ええ……ほ、本日から、ええ……あー」
「………………」
あまりの歯切れの悪さに再びざわめきが大きくなり始めた時だ。後ろから声が聞こえてきた。
「学長様、私の紹介にそんなに勿体ぶらないでほしいのですが」
しーーんという音が聞こえてくるかと思った。
この場に居るはずのない人物の登場に皆んな一斉に息を飲んだに違いない。
「あ、ああ。申し訳ありません。あまり貴方様の様な方が来られる場所ではなくて。ええ……本日より1か月、この学園に通う事となっている。ギルベルト・ファン・ザヘメンドさ…君だ」
『様』、と紹介しようとしていたのだろうが、ギルベルト様の圧力に、『君』と言い直す学長を見て、既に呼び名では変えられない位置関係に居るような気もするが、今は皆、何故ここにあの有名人が来ているかの方が気になっているのだろう。
ギルベルト・ファン・ザヘメンド
ザヘメンド辺境伯爵の息子である。
ザヘメンド地区にある森には様々な魔物が出るとされているがその魔物から王国を守る為に作られた騎士団がいつの間にか多くなり、街ができた。そこを取り仕切るのがザヘメンド家だ。
今まで多くの実力のある魔剣士を輩出してきた家ではあるが、その中でも歴代トップクラスの魔力と実力を持ち、輝くその白銀の髪には光が吸い寄せられ、アメジストを切り取ったかの様な瞳にはどんな宝石も叶わない、などと謳われているのがギルベルト様であった。
私たちの学校は24箇所ある魔法学校の中で最下位位に位置するが、ギルベルト様の通う学校はトップ独走のナンバーワン。
そして彼自身、その学校ではシングルナンバーワンの成績なんだとか。
つまりは、露店で彼を主役にした記事が売り出された途端買い占めが起き、昨日は何をしたのかを平民皆んなが知るくらいにはプライベートなんかない有名人である。
その彼が、こんな錆びて枯れたような学校でお目にかかれるなんて、一体全体何があったのか。
「皆様はじめまして。私はここに、パートナーを探しに参りました」
そして、パチリ。
目が合った。
___ぞわ。
「…………」
なんとも言えない感覚に逃げ出したくなる衝動が加わる。
しかし、話しを続けている彼の視線は既にこちらには向いておらず、気のせいかと思い直した。
誰しもがきっと、自分があの有名な魔剣士がパートナーかもと夢を見るものだ。
私の先程のあれも、そんな興奮を感じただけに過ぎないと考えたのだった。
____________
「パートナーとは、自分の魔力との相性90%以上の人物の事を言い、平均的に3人以上………」
先生が急にパートナーについての復習を始めるほど、私の学校は浮き足立っていた。
パートナーの定義なんてこの学校に入った直後に習うほど常識的な内容である。特に今話している『世界に候補者は数人存在する』『一度パートナーとなると変更はできない』『相手が死亡の場合変更可能』の部分などは、パートナーを作る際には必ず確認作業が入るので、私よりもパートナーがいる人達の方が把握しているはずなのである。
そっと教室を見渡すと、今から戦闘でも始まるんではないかと思うほどギラギラと目を光らせている生徒たち。
君たちみんな、パートナー居るはずだけど、一体どこを復習しているのだろうか……。
とりあえず、最近魔法学校で急な戦闘が始まって退学者が続出しているという記事の原因は判明したとして、もしかして私達の学校にまで来たということは既に他の学校はしらみつぶしに探してきたということなのだろうか。
そうだとしたら理由は恐らく1つ。
彼のパートナーがこの世界に1人だけしか居ないから。
かなり特殊な例として、唯一無二のパートナーがいる人物が存在する。
それは数百年前の勇者と言われた人間と聖女と言われた人間が有名ではないだろうか。
彼らは他の人間の魔力は全く馴染むことはなく、しかし互いに唯一魔力が溶け合い、結果、実力の数十倍の力を発揮した。と、されている。
その後も何人か該当する人物はいるが、いずれも著名な人物として記録に残っているだろう。
その人物は全て年は離れておらず、離れていても1歳との研究結果があり、彼は私より1つだけ歳が上なので、一応私のクラスも該当しているということらしい。
『それは非常に面白いですね。』
さて、そろそろ授業も終わりにさしかかる。
私は机の上を急いて片付けると、いつものように薬学室へと向かった。
____________
私は足早に歩いていた廊下で動くことができなくなっていた。
「…………」
「…………」
互いに見つめ合う事1分。
私は彼から視線を外して歩き出す。
「ちょっと待って」
「い、いえ。私は関係ありませんので」
「それは私が決める事だ」
「…………は、離し……」
しかし、すれ違った瞬間に手首を掴まれて止められた。
彼、ギルベルト・ファン・ザヘメンドが廊下の反対方面からこちらに歩いてきた事は、恐らく偶然の出来事だったはずだ。だからまさかこんな状態になるなんて予想もしていない。
彼は私よりも頭ひとつ分位大きな体で覗き込むようにして私に問いかけてきた。
「……君の名前は?」
「…………レ、レティシア…です」
「パートナーは?」
「おりませんが……」
そう言葉を漏らすと、彼は空いた手を顎に当てたまま私を凝視してきた。それはもう、居た堪れなくて仕方がない。
私はもう一度離してくださいと伝える為に口を開こうとした。
「私たちはパートナーだと思うんだが」
「は……は?」
私は全く貴族ではないしその礼儀作法も分からないが、多分貴族様に「は?」なんて口を聞いた平民はサクッと処分されてきたに違いない。
そんな事を考えて慌てて謝ろうとしたが、それよりも前に、彼が発言した言葉を頭が理解したようだ。
『私たちはパートナーだと思うんだが』
まさか彼からそんな事を言われるとは思っていなかった私は、自分の聞いた言葉が本当であったのかを必死に思い返した。だが、あまりの緊張によって思っていることが口に出てしまっていた。
「え?な、なんです?」
「私たちはパートナーだと思うんだが」
先ほどよりは強い口調だけれど彼はもう一度言ってくれた事に驚き、案外貴族様も優しいんだなぁなんてふと思う。
「レティシア」
「ひぃ!」
「もう一度言ったほうが良いか?」
しかし、こんな自分とは別世界の人間に名前を呼ばれたことが恐れ多く、頭は真っ白、息をすることを忘れてつい彼の顔を見てしまった。
目の前の人間はもしや人工的に作られた人形で命が吹き込まれたんじゃないかと思うほど整った綺麗な顔立ちをしている。
突然訪れた息苦しさにゴホゴホと咳をすると、彼は心配そうに私の腕を掴んでいた手を緩めてくれた。
今息してなかったわ、なんて思いながらここぞとばかりに勢いよく後退する。
「だ、だ、大丈夫です。パートナーじゃないです、私の魔力量はか、カスみたいなもんですから、違いますから、絶対」
「…………そうか」
「はい、そうなんです失礼いたします」
まるで流れ作業のようなスムーズな動きで私はその場から慌てて立ち去った。
パートナーって、あのパートナーの事を言っているのだろうか。あの今彼が探しているという魔法を使用する上でのパートナー。まさか、そんな事。
そう、考えたかった。
実のところ、彼と廊下で会った瞬間、まるで運命の相手に出会ったかのような衝撃が体を駆け抜けていた。
脳がこの人が正解だと勝手に反応し、本当は抱きついてしまいたい位の衝動がずっとあった。まだその感覚が抜けず手が震えている。
彼が、私の、最愛のパートナーだと。
だが。
私は平民代表を張れるほど全く貴族と関わりもなく、しかも魔力は極小、彼にとって周りに知られると不都合なパートナーだと思われた。
だから彼は私に声なんかかけず、つい声をかけてしまっても考えを押し込んでパートナーなどと言わないと思っていたのに。
「はぁ、はぁ……はぁ…………」
想像と違う。
貴族様は自分の見栄を気にして、そして強情な人物なんだと思っていた。だからあの短時間で考えた私の貴族様への対応は間違っていなかったはずなのに。
冷静に考えて私自身にこんなハイスペックなパートナーは要らない。
相手は外見麗しい貴族様で、誰も倒せないような魔動物の討伐を1人で行ったとかいう非現実的なことしている相手とは関わりたくない。私はゆっくり魔法薬でも作りながらまったりと家族の為に稼ぐ位が似合っているのだから。
「なんで……いやだ、いやだよ……」
ある程度の距離を走った私は廊下の端っこで座り込んで、よく分からない感情をどうにもできずに涙を静かに流した。
貴族様はあの後、色々な学年のクラスに顔を出し、庭を見学され、学食を楽しまれ、授業に先生として出ているようだ。
普通に楽しんでいて少し意外である。
魔力が少なくここの学園に通っている貴族の方々は、こぞって話しかけに行っているらしい。
確かにここで目をかけてもらえれば今よりは遥かに良い生活を送れる事だろう。
さて私は、彼がこの学園を去るまでの間、こそこそと隠れながら生活する事にしていた。
寮から出て教室に着くのは時間ぎりぎり。休憩時間はトイレに向かい、授業が終わればすぐに薬学室に立て篭もった。
お陰で以前よりも薬の性能は格段に上がり、性能の高い薬も作れそうである。
そんなある日。
カラカラと薬学室の扉を開けると「きゃっ!」という声が聞こえてきた。
「…………ん?」
顔を上げるとそこには少し服の乱れた女生徒とギルベルト様の姿。女生徒は慌ててシャツの前ボタンを閉めて前髪を直している。
「ミーシャ、今日の事は内緒だよ」
「……はい、一生の大切な思い出にいたしますわ」
彼は彼女に優しく声をかけると、前髪を直してあげるかのように撫でつけ、そこにキスを落とす。そして、私にぶつかりながら女生徒が走り去ると教室内には彼だけが残った。
「…………」
実は先ほど既に薬学室に入り、私の荷物は中に置いてある。まさかお手洗いに行っている間にこんな事になるとは思うはずもなく、私は瞬時に逃げるという選択を取ることを忘れてしまった。
「やぁ、レティシア」
「こ、こんにちは……」
まず、ここで何をしていたのかを問いただしたいところだ。しかしすでに私の荷物が部屋にあることを、彼は気がついていたはず。
これは確実に罠だ。
ここはコの字の形をした学園の1番端にある教室で、そこからは寮へ繋ぐ廊下しかない。だから彼は確実に私を狙ってここに来た。そして、あの可愛いと有名な女の子(名前は忘れた)と何か理由があってあんな、あんな……如何わしいことをいていたんだ。
「…………」
「何か言いたそうな顔だね」
「言わせたいのは貴方の方では」
「さぁ、私はどちらでも構わないよ」
一筋縄とはいかないようだ。1つ言えることは、この、やたら麗しい男から溢れる言葉自体は全く麗しくなさそうだという事。
そして、きっとこの状況を打破出来る策なんて、私にはすぐ出せないという事だ。
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