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そう問うと、彼女はキョトンとした顔をした後にケラケラと笑い始めた。
「まさか私を試しているのですか?どこをどう見ても聖女様ではありませんか。外見も、魔力の波動も全て」
「………え、ええ?」
最早私がおかしいのではないかと思うほど、彼女の発言に嘘があるようには見えなかった。
私は頭を捻って昔のことを思い出すも、やはり私は何千年と生きた記憶は全くなく、年齢通りの生活しか思い出すことはできない。チラリとギルベルト様を見てみると、彼も同じように昔の記憶を巡っているように見えた。
しかし、今回のように彼ではなく私が身分が高いように振る舞われる事は初めてであり、とても居心地が悪かった。
私はやはり平民で雑な扱いの方が性に合っていると改めて感じる。
「聖女様?」
「あーあの、私本当に記憶が無くて。貴方の事を聞かせて頂いてもいいでしょうか」
私はとりあえず彼女の話を聞こうという結論に達した。
そもそも今無い記憶を蘇らせることは不可能だ。
正直『聖女』などという不・吉・な単語は聞きたくないとも思っている。
「記憶が……そうだったのですね、かしこまりました。私が知る、貴方様についてお話しいたしましょう」
しかし、彼女はギルベルト様を邪魔だという目で見るといきなり握り拳をだぁんっ!と机に叩きつけた。
「うおあ!!」
「わっ!」
「部外者は出て行くのが筋かと」
「……………」
「……………」
きっとギルベルト様と同じ事を考えているはずだ。いや初めからなんとなく気がついてはいた、このエルフ絶対面倒な人物だ。
ギルベルト様は動揺しながらも私に視線を移すと、コテリと小首を傾げる。私は勢いよく首を横に振った。
もしここで念が通じるのであれば、『どっか行ったら許さない』と言っていた事だろう。
「す、すまないが、私はレ…彼女のパートナーでね」
「パートナー?お前がか」
「それに彼女は少し面倒な事に巻き込まれているから、離れたくないんだ」
「は?パートナーでありながら聖女様を面倒ごとに巻き込むとは。貴様舐めているのか」
「……い、いや」
おお。ギルベルト様がかなり押されている状態はアナリア様の時以来だ。そして他人からのこの様な上からの物言いに慣れていないのだろう。
そもそもこのエルフ何者なんだろうか。
エルフは基本的に人間の階級などは通じない。人間に興味がない者が多く、殆どの人間よりも多くの魔力を保持する為に、人間が畏って物事が進む事が多い事は知っていたが。
だが、ここまで高圧的とは知らなかった。
「……はぁ、ありえん。聖女様、是非私と一緒にお帰りになった方が安心でございます」
「…………い、いやあの。申し訳ないのですが、記憶が無いので急に色々言われても分かりません。ギルベルト様も同行してよいでしょうか」
私が思わずと同席についての件で口を挟むと、そもそも大きな目を更に大きく見開き、少し血走った目をしながらギルベルト様に迫った。
ギルベルト様はたじろいで最早怯えている様に見えた。
まぁ、この意味わからない状況ならば怯える事もよく分かる。
「……貴様、聖女様から慕われてさぞかしいい身分なのだろうな」
「…は?慕われる?何が」
「何『様』をつけられて名前を呼ばれていると言っているんだ、貴様ぁ!」
「ちょ、ちょっと」
ああ、神様。
このエルフを一回黙らせてはくれないでしょうか。
とりあえず彼女を落ち着かせて今の現状を伝える。
私は平民で彼は貴族だと、そして急に感情を露わにされると人間は驚いてしまうので少し落ち着いてほしい事だ。
「……人間のそのシステムは困ります」
「どういう事ですか」
「私たちにはオーラが見えるのです。だからこそ従うべき人物がよく分かる。だから私には貴方が平民であろうが慕うべき人物であると認識できるのです」
そこまで聞いて気が滅入った。
そんな事言われたって今の私には迷惑でしかない。
確かに物語などに出てくるエルフなどに出会えて興奮はしたが、別に従えたかった訳ではないし、寧ろお願いして手伝って貰えるかという立場のエルフが急に侍女みたいな存在として扱えと迫られてもどうしてよいか分からない。
「………それで、その、聖女様?とはどんな関係だったんですか?」
「私は聖女様の侍女でございました」
「5700年前……の?」
「ええ、エルフで魔力に長けたものは永遠に生きると言われているほどなのです。それくらい生きている者も結構います」
「あ、そうなんですか。それで、何故エルフの貴方が人間になんか仕えて……」
「…………本当に覚えてらっしゃらないのですね」
私の問いにエルフはとても悲しそうな表情に変わった。辛そうに下を向いて肩を震わせている。
ギルベルト様の方を向くと、彼は片手を顎に当てて何か悩んでいるようだ。
この、無言の沈黙が耐えきれず私はコホンと咳払いをした。
「私の名前はフローナと申します、聖女様には私自ら志願して侍女とさせて頂きました………」
彼女は、小さい頃はこの街の7つほど丘を越えたとても小さな街で生まれたらしい。その時から自分が仕えるべき人間が存在している事を把握していたという。
出会ったのは聖女様が魔王を退治して英雄として街に戻った時。興奮してパレードの馬車の前に飛び出てしまった彼女を聖女様は微笑みだけで許し、何があったのかを問うてきたらしい。
すぐさま貴方の侍女として仕える為に生まれてきたのだと伝えたという。
「すると聖女様は快く快諾してくださり、私は自分の役目を果たす事ができたのです。……そう、あの日までは」
「………なんか、嫌な予感がする」
「同感だ」
「あの、コソ泥男が聖女様を孕ませるまでは!!!」
想像以上の大きな声でそんな事を叫ぶ彼女の口を塞いで周りを見渡した。
この状況を想定して既に半個室に通してもらっていた私達は、誰かにこの状況を目撃される事は防げたようだ。
まだ夕食の時間には少し早いこの状況でわざわざ半個室で食事をする者も少ないのだろう。今回に関しては助かったとでも言っておくべきかもしれない。
「もうちょい、声を落としていただけると?」
「申し訳ありません、聖女様」
「あ、うーん。やはり私は聖女様と呼ばれる事はおこがましいと思うのです。私のことは、レティとでもお呼びください」
「………で、できません!!」
私が塞いでいた口から再び大きな声が聞こえると、エルフは『はっ』としたのか大袈裟にしょぼんと落ち込んだ。
そして涙目で私を伺い、どうしてもダメなのかと視線で訴えてくる。
「いや、そもそも聖女とか知らないので。本当に困るんですよ」
「レティが聖女というのは分からなくないけどね」
「ギルベルト様にそう呼んで良いとは言ってないんですけどね」
「良いじゃないか、パートナーなんだから」
「貴様!私が許された呼び方を!!」
ギルベルト様はこの状況を楽しむ事にしたらしい。
エルフの怒鳴りに対して笑いながら受け流している。
私もこれくらい図太い神経を持たないとやってられないかもしれない。
とりあえずまだ注文が終わっていなかったのでウェイターを呼び、飲み物と食事を注文した。
そこの食事はとても美味しかった。
前菜から主菜、デザートや飲み物、特別に金額が高い訳でもないのにギルベルト様も感心するほどだった。
「……聖女様が、お肉を、アルコールも呑まれるなんて……」
「…………」
そして、フローナさんはさらに落ち込んでしまった。
どんな幻想を抱いているのか知らないが、私は、貴方様は聖女だからお肉を食べないでほしいという要望は聞くことができなかった。
別にお肉が大好きという訳ではないが、食べるなと言われると食べたくなる物である。しかもここの料理はとても美味しいのだ、食べないで帰るなどできない。
まぁ、アルコールについてはフローナさんをいじめる為にわずかに飲んだに過ぎないけれど……。
「聖女様は何で食べなかったのですか」
「生きていた生命を食べるなどできないと」
「ほほお。でも、このお肉たちは食べられる為に殺されてしまったんですよ。それなのに食べないで残すなんて、逆にお肉に失礼ではありませんか」
「私達が食べなければ余計な命は殺されません」
「でも、その分捨てられてしまうかもしれませんよ」
ああ言えばこう言うと思われるかもしれないが、ここで折れたら私はお肉を食べられなくなるかもしれないと思うと致し方ないと思われた。
そして、私はつい、聞きたかった事が口から漏れた。
「聖女様ってどんな人だったんですか」
その質問は、随分と昔から思っていた事を思い出す。
世界の英雄である勇者と聖女は、一体どんな性格だったのだろうと。
世界が彼らを慕う中でどのように振る舞っていたのか、私はずっと気になっていた。
あまりにも我儘に振る舞っていたのだとしたら、かなり残念に思う。
フローナさんは両手を組み、少しだけ目を輝かせてこう言った。
「とっても、素晴らしい人物でした!」
ガタンと椅子を倒しながら立ち上がると、何かに操られたかのように動きが止まった。
彼女は上を向いたまま瞬きもせずにいるため、私とギルベルト様は少し動揺した後に目を合わせて私から声をかける。
「あ、あの。フローナさん?」
私が彼女の腕に触った直後、彼女はそのまま糸が切れたかのように倒れ込み意識を失った。
私はとても驚いて椅子から転げ落ち、ギルベルト様はフローナさんの頭が地面に落ちる瞬間に慌てて支えてくれている。
「えー、なに、どう言う事…」
「流石に唐突に意識を失われるとは思わなかったな…」
ギルベルト様は彼女をヒョイと肩に抱えると、今日はどこか宿を探そうかと言いながら外に向かっていった。
私も賛成だったので後ろからついてきく。
まるで、操り人形のようだった。本当に事切れたかのように急に倒れ込んだのだから。
普通に感じたことのない恐怖が襲って椅子から落ちたことは頑張っても防げなかったと思う。少しだけ思い出して恥ずかしくなった。
「はぁ………」
意味のわからない事を初対面のエルフに告げられ、謎に慕われ、そして急に意識を失われるなんて。きっと誰も経験した事がないだろう。
色々と考えすぎたからなのか少しだけ頭痛がする気がした。
それからフローナさんは目を覚さなくなってしまった。
息はしているし心臓も動いているので生きてはいるのだろう。だが、私とギルベルト様は彼女の居場所を知らないのでどうしたら良いのかを決めかねていた。
彼女に家族や仲間が居たとすれば急に居なくなった彼女を心配しているはずである。
「はぁ……ギルドに聞いてみるか」
「何だったんでしょう」
「変な人ではあったけど、嘘をついているようには見えなかったから、レティは聖女様なんじゃないかな」
「………からかってますね?ギルベルト様」
「ギルって呼んでいいよ」
「怒りますよ」
流石にフローナさんを抱えて出歩くことは避けたいと、ギルベルト様は1人でギルドへと向かった。
私はフローナさんのベッドの横に椅子を置いて一応話を整理しようと外の風景を眺め始めた。
「貴方はあの男が好きなのですか?」
「………!?」
辺りを見渡しても先程と変わらない、ここは誰も居ない部屋だったはずである。しかも声はドアの方から聞こえたのではない、フローナの口から聞こえてきた。
「え、フローナさん?」
「いいえ、私はフローナではありません。今の世界で言う勇者と聖女と共に旅をしていたエルフ、フラワージェ。私は今フローナを媒体して貴方と会話しているのです」
急に何を言っているのかと思ったが、確かに昨日のフローナと比べると落ち着いた話し方をしている。
更に言えばフローナの瞳は閉じたまま、本当に操られていたのではないかと思うほどだ。
「私は、魔王城にて起きた爆発によって体が消滅し、意識だけが残った存在。そもそもエルフには体は存在しておりませんので、その摂理に戻された状態なのです。ご心配なさらず」
「は、はぁ。フローナさんは?」
「エルフは皆通信を繋げることが出来ます故、長く生きればこの様なことも可能なのですよ」
エルフの事情を聞かされても、人間の私からしたらよく分からない内容である。そこに対する理解も上手く追いついていない。体を乗っ取られるなど気分の良い物ではないだろうに。
フラワージェと名乗るエルフは、勇者と聖女と同行していたと言っていた。
一体何故それを私に伝えてきたのだろうか。
「アスティと貴方は本当に良く似ております。恐らく貴方の先祖もしくは前世がアスティなのでしょう」
「アスティ?」
「聖女と呼ばれていた女ですよ」
聖女の名前はアナスタシア。とある国のお姫様だった。そして、姫はその年の捧げ物に選ばれた。宛ては魔王。
彼女は反抗することもなく『名誉なこと』であると従っていたらしい。
唐突に始まった聖女の語りについていけず、私はつい黙って話を聞いてしまっていたが、ふと、我に帰った。止まることが無さそうな口をつい手で塞ぐ。
エルフ2人目にして2人ともに口を塞いでいるのだけれど、すべてのエルフがこうしなければならない相手で無ければ良いなと思いつつ「一旦待ってください」と伝えた。
「何故いきなり聖女様のお話を?」
「そうですね、何故貴方は落ち着いていられるのかなと思ったのです」
「何に対して?」
「全てです」
私は頭を捻ったが、今この、未知の世界に連れ込まれてしまったような現状を打破する作戦は無いという結論が出た。
しかし、今何が起きているんだ、という混乱は止まらない。
エルフの能力は知らなかったとは言え、いきなり他のエルフを媒体にして聖女の知り合いが話しかけてくるなどと誰が想像出来るだろうか。
ただ、ここまでいくと私とギルベルト様ができれば考えたくなかった事実、『運命のパートナー』と勇者と聖女の関係が深く結びつき始めた事だけが私の中で理解できていた。
「別に落ち着いてなんかいませんよ」
私はそう答えてから再び外の風景に目を移した。
今日は雲ひとつない青空、先程まで木に小鳥が止まり楽しそうに鳴いていたのに、その子たちは既に居なくなってしまった。
「そうでしょうか。今までの『運命のパートナー』たちは皆混乱して取り乱しておりましたよ」
「今までのパートナー達を知っているんですか!」
「ええだって私は魔王に……」
「魔王?」
そこまで言うとフラワージェさんは何も話さなくなった。
「え!?ちょ、ちょっと、フラワージェさん!」
外から視線を中に戻すと、そこには先程と変わらないフローナさんがただ横になっている。
先程からエルフという存在に散々振り回されているのだけど、エルフにとっては通常運転なのだろうか。
何も話さなくなった彼女からは安定した呼吸音だけが聞こえてきた。
これは完全に居なくなってしまったのだろう。
さらなる、謎だけを残して……。
魔王。
それは世界の最悪と呼ばれた存在。
その者が世界の魔物を使役し、人間達を襲い、争いが絶えない世界がそこに存在していたという。
それが、図書館や教科者で見かけていた魔王。
しかし、最近私がその文字を見たのは、とある日記の中である。そこから感じられる魔王の姿は、あの短文だけ見ても、存在しなければいけなかったようだった。使役はしていたのかもしれないが、それによって人間を襲わないようにしていた可能性が高いように感じられるほどに。
聖女達と旅をしたエルフから魔王の言葉が出るなんて、もう、万々歳だ……。
「ただいま」
「あ、おかえりなさいギルベルト様」
「……どうした?何かあったの?」
「……ええ、ありました」
私はその状況や言葉などを事細かく話させてもらった。
フラワージェと名乗るエルフがフローナの体を借りて突然話し始めた事、聖女と勇者と共に旅をしていたらしいこと。
顔色を白黒させていたギルベルト様は、最後の魔王の言葉に頭を抱えたようだった。
「やはり、関係がありそうだな……それに、フラワージェ殿の意識が途絶えたことも、誰かが関与してそうだ」
「はぁー!確かにそうですね。なんか、来るべくして来たようで、納得いきません」
「同感だよ……」
まるで思い通り事が運んでいるみたいだ。
しかし、どこから?
今回はアスティア様のせいでこの街まで運ばれて来た。アスティア様が誰かからの指示で動いたとでもいうのか。
いいや、それは違うだろう。
もしくは誰かが協力をしたのか。
では、それは誰が。
「だめだ、頭がパンクする」
「そう言えば、フローナさんというエルフはここのギルド役員らしいんだ。今日は休みだったが連れてきてくれて構わないと」
「そうですか。じゃあ仕方ないですから担いでいきましょう」
「……私がね」
「ええ、ギルベルト様が」
ギルベルト様はため息をつくとフローナさんを担ぎ上げ、扉を開けようとしている。
「少し休まないのですか」
「フローナさんが起きる前に返してくるよ」
「なるほど、ありがとうございます」
片手を上げて去っていく彼を見守ると、ふと疑問に思う事ができた。
私と聖女様が似ていると言うことは、今までの運命のパートナーとも似ていたりするのだろうか。
血筋の可能性もあると言っていたので、歴代の運命のパートナーとの関係性も確かめてみても良いかもしれない。
私はこの街にある図書館に向かう事にした。
「まさか私を試しているのですか?どこをどう見ても聖女様ではありませんか。外見も、魔力の波動も全て」
「………え、ええ?」
最早私がおかしいのではないかと思うほど、彼女の発言に嘘があるようには見えなかった。
私は頭を捻って昔のことを思い出すも、やはり私は何千年と生きた記憶は全くなく、年齢通りの生活しか思い出すことはできない。チラリとギルベルト様を見てみると、彼も同じように昔の記憶を巡っているように見えた。
しかし、今回のように彼ではなく私が身分が高いように振る舞われる事は初めてであり、とても居心地が悪かった。
私はやはり平民で雑な扱いの方が性に合っていると改めて感じる。
「聖女様?」
「あーあの、私本当に記憶が無くて。貴方の事を聞かせて頂いてもいいでしょうか」
私はとりあえず彼女の話を聞こうという結論に達した。
そもそも今無い記憶を蘇らせることは不可能だ。
正直『聖女』などという不・吉・な単語は聞きたくないとも思っている。
「記憶が……そうだったのですね、かしこまりました。私が知る、貴方様についてお話しいたしましょう」
しかし、彼女はギルベルト様を邪魔だという目で見るといきなり握り拳をだぁんっ!と机に叩きつけた。
「うおあ!!」
「わっ!」
「部外者は出て行くのが筋かと」
「……………」
「……………」
きっとギルベルト様と同じ事を考えているはずだ。いや初めからなんとなく気がついてはいた、このエルフ絶対面倒な人物だ。
ギルベルト様は動揺しながらも私に視線を移すと、コテリと小首を傾げる。私は勢いよく首を横に振った。
もしここで念が通じるのであれば、『どっか行ったら許さない』と言っていた事だろう。
「す、すまないが、私はレ…彼女のパートナーでね」
「パートナー?お前がか」
「それに彼女は少し面倒な事に巻き込まれているから、離れたくないんだ」
「は?パートナーでありながら聖女様を面倒ごとに巻き込むとは。貴様舐めているのか」
「……い、いや」
おお。ギルベルト様がかなり押されている状態はアナリア様の時以来だ。そして他人からのこの様な上からの物言いに慣れていないのだろう。
そもそもこのエルフ何者なんだろうか。
エルフは基本的に人間の階級などは通じない。人間に興味がない者が多く、殆どの人間よりも多くの魔力を保持する為に、人間が畏って物事が進む事が多い事は知っていたが。
だが、ここまで高圧的とは知らなかった。
「……はぁ、ありえん。聖女様、是非私と一緒にお帰りになった方が安心でございます」
「…………い、いやあの。申し訳ないのですが、記憶が無いので急に色々言われても分かりません。ギルベルト様も同行してよいでしょうか」
私が思わずと同席についての件で口を挟むと、そもそも大きな目を更に大きく見開き、少し血走った目をしながらギルベルト様に迫った。
ギルベルト様はたじろいで最早怯えている様に見えた。
まぁ、この意味わからない状況ならば怯える事もよく分かる。
「……貴様、聖女様から慕われてさぞかしいい身分なのだろうな」
「…は?慕われる?何が」
「何『様』をつけられて名前を呼ばれていると言っているんだ、貴様ぁ!」
「ちょ、ちょっと」
ああ、神様。
このエルフを一回黙らせてはくれないでしょうか。
とりあえず彼女を落ち着かせて今の現状を伝える。
私は平民で彼は貴族だと、そして急に感情を露わにされると人間は驚いてしまうので少し落ち着いてほしい事だ。
「……人間のそのシステムは困ります」
「どういう事ですか」
「私たちにはオーラが見えるのです。だからこそ従うべき人物がよく分かる。だから私には貴方が平民であろうが慕うべき人物であると認識できるのです」
そこまで聞いて気が滅入った。
そんな事言われたって今の私には迷惑でしかない。
確かに物語などに出てくるエルフなどに出会えて興奮はしたが、別に従えたかった訳ではないし、寧ろお願いして手伝って貰えるかという立場のエルフが急に侍女みたいな存在として扱えと迫られてもどうしてよいか分からない。
「………それで、その、聖女様?とはどんな関係だったんですか?」
「私は聖女様の侍女でございました」
「5700年前……の?」
「ええ、エルフで魔力に長けたものは永遠に生きると言われているほどなのです。それくらい生きている者も結構います」
「あ、そうなんですか。それで、何故エルフの貴方が人間になんか仕えて……」
「…………本当に覚えてらっしゃらないのですね」
私の問いにエルフはとても悲しそうな表情に変わった。辛そうに下を向いて肩を震わせている。
ギルベルト様の方を向くと、彼は片手を顎に当てて何か悩んでいるようだ。
この、無言の沈黙が耐えきれず私はコホンと咳払いをした。
「私の名前はフローナと申します、聖女様には私自ら志願して侍女とさせて頂きました………」
彼女は、小さい頃はこの街の7つほど丘を越えたとても小さな街で生まれたらしい。その時から自分が仕えるべき人間が存在している事を把握していたという。
出会ったのは聖女様が魔王を退治して英雄として街に戻った時。興奮してパレードの馬車の前に飛び出てしまった彼女を聖女様は微笑みだけで許し、何があったのかを問うてきたらしい。
すぐさま貴方の侍女として仕える為に生まれてきたのだと伝えたという。
「すると聖女様は快く快諾してくださり、私は自分の役目を果たす事ができたのです。……そう、あの日までは」
「………なんか、嫌な予感がする」
「同感だ」
「あの、コソ泥男が聖女様を孕ませるまでは!!!」
想像以上の大きな声でそんな事を叫ぶ彼女の口を塞いで周りを見渡した。
この状況を想定して既に半個室に通してもらっていた私達は、誰かにこの状況を目撃される事は防げたようだ。
まだ夕食の時間には少し早いこの状況でわざわざ半個室で食事をする者も少ないのだろう。今回に関しては助かったとでも言っておくべきかもしれない。
「もうちょい、声を落としていただけると?」
「申し訳ありません、聖女様」
「あ、うーん。やはり私は聖女様と呼ばれる事はおこがましいと思うのです。私のことは、レティとでもお呼びください」
「………で、できません!!」
私が塞いでいた口から再び大きな声が聞こえると、エルフは『はっ』としたのか大袈裟にしょぼんと落ち込んだ。
そして涙目で私を伺い、どうしてもダメなのかと視線で訴えてくる。
「いや、そもそも聖女とか知らないので。本当に困るんですよ」
「レティが聖女というのは分からなくないけどね」
「ギルベルト様にそう呼んで良いとは言ってないんですけどね」
「良いじゃないか、パートナーなんだから」
「貴様!私が許された呼び方を!!」
ギルベルト様はこの状況を楽しむ事にしたらしい。
エルフの怒鳴りに対して笑いながら受け流している。
私もこれくらい図太い神経を持たないとやってられないかもしれない。
とりあえずまだ注文が終わっていなかったのでウェイターを呼び、飲み物と食事を注文した。
そこの食事はとても美味しかった。
前菜から主菜、デザートや飲み物、特別に金額が高い訳でもないのにギルベルト様も感心するほどだった。
「……聖女様が、お肉を、アルコールも呑まれるなんて……」
「…………」
そして、フローナさんはさらに落ち込んでしまった。
どんな幻想を抱いているのか知らないが、私は、貴方様は聖女だからお肉を食べないでほしいという要望は聞くことができなかった。
別にお肉が大好きという訳ではないが、食べるなと言われると食べたくなる物である。しかもここの料理はとても美味しいのだ、食べないで帰るなどできない。
まぁ、アルコールについてはフローナさんをいじめる為にわずかに飲んだに過ぎないけれど……。
「聖女様は何で食べなかったのですか」
「生きていた生命を食べるなどできないと」
「ほほお。でも、このお肉たちは食べられる為に殺されてしまったんですよ。それなのに食べないで残すなんて、逆にお肉に失礼ではありませんか」
「私達が食べなければ余計な命は殺されません」
「でも、その分捨てられてしまうかもしれませんよ」
ああ言えばこう言うと思われるかもしれないが、ここで折れたら私はお肉を食べられなくなるかもしれないと思うと致し方ないと思われた。
そして、私はつい、聞きたかった事が口から漏れた。
「聖女様ってどんな人だったんですか」
その質問は、随分と昔から思っていた事を思い出す。
世界の英雄である勇者と聖女は、一体どんな性格だったのだろうと。
世界が彼らを慕う中でどのように振る舞っていたのか、私はずっと気になっていた。
あまりにも我儘に振る舞っていたのだとしたら、かなり残念に思う。
フローナさんは両手を組み、少しだけ目を輝かせてこう言った。
「とっても、素晴らしい人物でした!」
ガタンと椅子を倒しながら立ち上がると、何かに操られたかのように動きが止まった。
彼女は上を向いたまま瞬きもせずにいるため、私とギルベルト様は少し動揺した後に目を合わせて私から声をかける。
「あ、あの。フローナさん?」
私が彼女の腕に触った直後、彼女はそのまま糸が切れたかのように倒れ込み意識を失った。
私はとても驚いて椅子から転げ落ち、ギルベルト様はフローナさんの頭が地面に落ちる瞬間に慌てて支えてくれている。
「えー、なに、どう言う事…」
「流石に唐突に意識を失われるとは思わなかったな…」
ギルベルト様は彼女をヒョイと肩に抱えると、今日はどこか宿を探そうかと言いながら外に向かっていった。
私も賛成だったので後ろからついてきく。
まるで、操り人形のようだった。本当に事切れたかのように急に倒れ込んだのだから。
普通に感じたことのない恐怖が襲って椅子から落ちたことは頑張っても防げなかったと思う。少しだけ思い出して恥ずかしくなった。
「はぁ………」
意味のわからない事を初対面のエルフに告げられ、謎に慕われ、そして急に意識を失われるなんて。きっと誰も経験した事がないだろう。
色々と考えすぎたからなのか少しだけ頭痛がする気がした。
それからフローナさんは目を覚さなくなってしまった。
息はしているし心臓も動いているので生きてはいるのだろう。だが、私とギルベルト様は彼女の居場所を知らないのでどうしたら良いのかを決めかねていた。
彼女に家族や仲間が居たとすれば急に居なくなった彼女を心配しているはずである。
「はぁ……ギルドに聞いてみるか」
「何だったんでしょう」
「変な人ではあったけど、嘘をついているようには見えなかったから、レティは聖女様なんじゃないかな」
「………からかってますね?ギルベルト様」
「ギルって呼んでいいよ」
「怒りますよ」
流石にフローナさんを抱えて出歩くことは避けたいと、ギルベルト様は1人でギルドへと向かった。
私はフローナさんのベッドの横に椅子を置いて一応話を整理しようと外の風景を眺め始めた。
「貴方はあの男が好きなのですか?」
「………!?」
辺りを見渡しても先程と変わらない、ここは誰も居ない部屋だったはずである。しかも声はドアの方から聞こえたのではない、フローナの口から聞こえてきた。
「え、フローナさん?」
「いいえ、私はフローナではありません。今の世界で言う勇者と聖女と共に旅をしていたエルフ、フラワージェ。私は今フローナを媒体して貴方と会話しているのです」
急に何を言っているのかと思ったが、確かに昨日のフローナと比べると落ち着いた話し方をしている。
更に言えばフローナの瞳は閉じたまま、本当に操られていたのではないかと思うほどだ。
「私は、魔王城にて起きた爆発によって体が消滅し、意識だけが残った存在。そもそもエルフには体は存在しておりませんので、その摂理に戻された状態なのです。ご心配なさらず」
「は、はぁ。フローナさんは?」
「エルフは皆通信を繋げることが出来ます故、長く生きればこの様なことも可能なのですよ」
エルフの事情を聞かされても、人間の私からしたらよく分からない内容である。そこに対する理解も上手く追いついていない。体を乗っ取られるなど気分の良い物ではないだろうに。
フラワージェと名乗るエルフは、勇者と聖女と同行していたと言っていた。
一体何故それを私に伝えてきたのだろうか。
「アスティと貴方は本当に良く似ております。恐らく貴方の先祖もしくは前世がアスティなのでしょう」
「アスティ?」
「聖女と呼ばれていた女ですよ」
聖女の名前はアナスタシア。とある国のお姫様だった。そして、姫はその年の捧げ物に選ばれた。宛ては魔王。
彼女は反抗することもなく『名誉なこと』であると従っていたらしい。
唐突に始まった聖女の語りについていけず、私はつい黙って話を聞いてしまっていたが、ふと、我に帰った。止まることが無さそうな口をつい手で塞ぐ。
エルフ2人目にして2人ともに口を塞いでいるのだけれど、すべてのエルフがこうしなければならない相手で無ければ良いなと思いつつ「一旦待ってください」と伝えた。
「何故いきなり聖女様のお話を?」
「そうですね、何故貴方は落ち着いていられるのかなと思ったのです」
「何に対して?」
「全てです」
私は頭を捻ったが、今この、未知の世界に連れ込まれてしまったような現状を打破する作戦は無いという結論が出た。
しかし、今何が起きているんだ、という混乱は止まらない。
エルフの能力は知らなかったとは言え、いきなり他のエルフを媒体にして聖女の知り合いが話しかけてくるなどと誰が想像出来るだろうか。
ただ、ここまでいくと私とギルベルト様ができれば考えたくなかった事実、『運命のパートナー』と勇者と聖女の関係が深く結びつき始めた事だけが私の中で理解できていた。
「別に落ち着いてなんかいませんよ」
私はそう答えてから再び外の風景に目を移した。
今日は雲ひとつない青空、先程まで木に小鳥が止まり楽しそうに鳴いていたのに、その子たちは既に居なくなってしまった。
「そうでしょうか。今までの『運命のパートナー』たちは皆混乱して取り乱しておりましたよ」
「今までのパートナー達を知っているんですか!」
「ええだって私は魔王に……」
「魔王?」
そこまで言うとフラワージェさんは何も話さなくなった。
「え!?ちょ、ちょっと、フラワージェさん!」
外から視線を中に戻すと、そこには先程と変わらないフローナさんがただ横になっている。
先程からエルフという存在に散々振り回されているのだけど、エルフにとっては通常運転なのだろうか。
何も話さなくなった彼女からは安定した呼吸音だけが聞こえてきた。
これは完全に居なくなってしまったのだろう。
さらなる、謎だけを残して……。
魔王。
それは世界の最悪と呼ばれた存在。
その者が世界の魔物を使役し、人間達を襲い、争いが絶えない世界がそこに存在していたという。
それが、図書館や教科者で見かけていた魔王。
しかし、最近私がその文字を見たのは、とある日記の中である。そこから感じられる魔王の姿は、あの短文だけ見ても、存在しなければいけなかったようだった。使役はしていたのかもしれないが、それによって人間を襲わないようにしていた可能性が高いように感じられるほどに。
聖女達と旅をしたエルフから魔王の言葉が出るなんて、もう、万々歳だ……。
「ただいま」
「あ、おかえりなさいギルベルト様」
「……どうした?何かあったの?」
「……ええ、ありました」
私はその状況や言葉などを事細かく話させてもらった。
フラワージェと名乗るエルフがフローナの体を借りて突然話し始めた事、聖女と勇者と共に旅をしていたらしいこと。
顔色を白黒させていたギルベルト様は、最後の魔王の言葉に頭を抱えたようだった。
「やはり、関係がありそうだな……それに、フラワージェ殿の意識が途絶えたことも、誰かが関与してそうだ」
「はぁー!確かにそうですね。なんか、来るべくして来たようで、納得いきません」
「同感だよ……」
まるで思い通り事が運んでいるみたいだ。
しかし、どこから?
今回はアスティア様のせいでこの街まで運ばれて来た。アスティア様が誰かからの指示で動いたとでもいうのか。
いいや、それは違うだろう。
もしくは誰かが協力をしたのか。
では、それは誰が。
「だめだ、頭がパンクする」
「そう言えば、フローナさんというエルフはここのギルド役員らしいんだ。今日は休みだったが連れてきてくれて構わないと」
「そうですか。じゃあ仕方ないですから担いでいきましょう」
「……私がね」
「ええ、ギルベルト様が」
ギルベルト様はため息をつくとフローナさんを担ぎ上げ、扉を開けようとしている。
「少し休まないのですか」
「フローナさんが起きる前に返してくるよ」
「なるほど、ありがとうございます」
片手を上げて去っていく彼を見守ると、ふと疑問に思う事ができた。
私と聖女様が似ていると言うことは、今までの運命のパートナーとも似ていたりするのだろうか。
血筋の可能性もあると言っていたので、歴代の運命のパートナーとの関係性も確かめてみても良いかもしれない。
私はこの街にある図書館に向かう事にした。
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