ハイスペック魔剣士のパートナーは私です

りょう。

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『この魂は私のものだ』


 ゾクリと背筋が凍る瞬間をただの本から感じた事は初めての経験であった。
 白いページに残る、赤く歪なその字。
 これはもしかすると血で、そして指で書かれた物かもしれない。

 手に取ると、その文字は本の中に消えていった。まるで呪いのメッセージのようだ。

 パラパラと本を捲ると、これは誰かの……いや、恐らく今まで運命のパートナーだった者たちの日記が記されていた。


「これは……」
「運命のパートナーと言われた者達の日記だ。しかし、全てが異様に思うだろう。後でゆっくり見ると良い」
「貴方は何を、知っているのですか」
「私は、。勇者から、その時が来たら渡すよう命じられている」

 レントリュースはまるで定型文のような口調でそう告げると、早くフローナを迎えにいくように促してきた。

「今回は、どちらだろうね」
「え……?」
「早くいきなさい。迷惑をかけて悪いがね」

 その言葉は、何かを切に願うほど暗く闇を落としていた。
 しかし内容まで聞き取る事は出来ず、ただレントリュースにとって自分が賭けの中心にいることは何故か理解ができた。

 他のエルフ達も興味があるようにこちらをチラチラと見てきてはいるが、話しかけて来ないのには何か理由がありそうだ。

 レントリュースに一旦の別れを告げて宿に戻ると、レティシアが訝しげな顔をしたまま何か悩んでいるようだった。

「あ、おかえりなさいギルベルト様」
「……どうした?何かあったの?」
「……ええ、ありました」


 聞いた話しはこれまた異質な内容であり、やはりレティシアと聖女の関係は切り離す事は叶わないのであろう事がはっきりした。
 そして、フラワージェという名は先程渡された日記の一部に記載されていた。
 彼女はエルフの中でも特に秀でた力を保有し、エルフ界の中ではかなり敬われている存在と。
 それなのに意識が急に切れたとなると、誰かしらの介入しかあり得ない。


「やはり、関係がありそうだな……それに、フラワージェ殿の意識が途絶えたことも、誰かが関与してそうだ」
「はぁー!確かにそうですね。なんか、来るべくして来たようで、納得いきません」
「同感だよ……」


 レティシアの言う通り、今回は仕組まれたような気がしてならない。
 それが味方なのか敵なのか……。
 そもそも何が味方で敵なのかも分からない状況でどう戦えば良いと言うのだ。

 いくら剣の腕が良くとも、敵が見えない状況下では有利に戦う事は不可能であろう。
 今の自分の無力さにただため息をつくことしか叶わない。

 一先ずはこのフローナさんをギルドに戻してその際に何か情報を得る事にしよう。
 善は急げと言うし。

「少し休まないのですか」
「フローナさんが起きる前に返してくるよ」
「なるほど、ありがとうございます」


 自分はただ、彼女を幸福に導きたいだけなのに。
 そこまで考えてギルベルトは、はっと我に帰った。

 今自分が思った『彼女』は、一体誰だった。
 頭に浮かんだ、レティシアに似た人物は。

 その時に蘇るあの赤い字。

『この魂は私のものだ』

 体が僅かに震えている。
 無意識に誰かへ自分の意識を渡した感覚。
 ダメだ。まだ乗っ取られてなるものか。

 まだ、レティシアへ想いを告げていない。
 しかし、問題を解決しなければ、レティシアはその言葉を信じる事はないだろう。
 念じるように言葉を吐き出した。

「私は、ギルベルトだ。誰にも、渡さない」

 ギルベルトはここで初めて意識を固めた。
 奪おうとしてくる者が例え勇者《世界の英雄》であったとしても、決して譲らない所存である。と。








 ギルドに到着すると、初めて見るエルフがフローナの部屋まで案内をしてくれた。

 ベッドへ寝かせて立ち去ろうとすると、服が彼女によって掴まれていることに気がつく。

「待て」
「起こしてしまったか」
「お前に話がある」

 まるで自分の言葉は通じていないかと思うほど、自分の質問に返答は無かった。近くにある丸椅子に腰かけると、再度彼女の口が開いた。

「お前は、聖女様の事が好きなのか」

 その問いかけに驚いた。
 顔は真剣そのもので、この問いの答えに間違えば殺されてしまうかと思うほど鋭い視線を向けられている。
 一体その質問の中にはどのような内容が含まれているというのか、考えるほど分からないその答えにギルベルトは自分の素直な気持ちを伝えることに決めた。

「私は、レティシアの事が好きだ」

 その言葉にフローナは目を大きく開けて固まる、そして急にニヤリとした顔に変わるとなるほどと小さく呟いた。

「そうか、お前は、あの方を聖女様ではないと言いたいのか」
「ああ…私が好きなのは聖女という存在ではない」
「ふむ、良かろう。気に入った。今回のパートナーには手助けをしてやろう」

 そう言うとフローナはパチリと指を鳴らした。
 目の前に浮かんだのは、ギルドマスターであるレントリュースに貰った本だ。
 唖然とした表情でそれを見つめると、本は1人でにパラパラとめくられ、文字がふわりと浮かび上がった。

「この本は読んだか?」
「いや、先程もらったばかりだから」
「そうか、なら良かった。この本は正しく読まなければただの呪いの紙切れに過ぎない。だからこそ正しい人物に渡さねばな」

 しばらく、文字は出たり入ったりを繰り返していたが、動作が終わったのか静かにその本は自らを閉じ、ギルベルトの前に止まった。

「受け取ってやれ」
「あ、ああ」

 本を手に取るとキラキラと光り輝き、何故か先程よりも肌に馴染む。

「それで、その本は呪いの本では無くなった。良かったな。そのままであればより《共鳴》が進み、自らの意思は消えていっただろう」
「………」
「そんな顔をするな。良かったではないか。その本が味方であれば勝てる見込みが増えるぞ」
「貴方は…一体何を知っているんだ」

 フローナはニヤニヤとした顔をより歪ませながらギルベルトに伝える言葉を選択しているようだった。
 新しいおもちゃを与えられた子供のような目の輝きを隠すこともせずにギルベルトを見つめている。

「私は、ただ判断をしただけだ」
「どういう……」

 そう口にして、そう言えばこの本を貰った時にも同じような事を言われたという記憶が蘇った。

 まるで何かの筋書き通りに点と点が結びついたような感覚に、心の中がざわついている。
 ここまでに間違えた選択をしていたのなら、もう後戻りは出来ないのだろうか。


「秘密を話してやろう」
「……秘密?」
「私はフローナだが、ただのエルフではないんだ」

 急に自分の事を語り始めたフローナに驚いて本を落としそうになった。
 いきなり初対面も良いところの男に秘密など教えていいのか。
 慌てて本を受け止めると彼女の方を向く。
 何故か諦めたような顔をした彼女は、ギルベルトからは視線を晒してこう呟いた。

「私はね、魔族とエルフのハーフなんだ」



 魔族とエルフのハーフ。

 それは、普通ではありえない組み合わせだった。

 エルフは純血を好む。
 最近は人間とのハーフであれば、まだ許容されているようだが、血の影響が高い魔族や獣人とのハーフは大層嫌われると聞く。
 そもそも存在自体が稀であり生まれてもここまで穏やかに暮らせる筈がないだろう。

「何故、それを私に伝えたんだ」
「使命だからだ。私はその使命のために生まれた。エルフの血が無ければその本に魔法はかけられず、魔族の血が無ければその呪いは解けない。だからこそ、聖女様に使えるべくして生まれたと思っている」
「その言い方は寧ろ……」


 この呪いのせいで生まれたみたいではないか。

 フローナの父親は初めから居なかったらしい。これもエルフには珍しい事であったが、何も知らない子供はそんな事を把握している訳もなく、ただ幸せに幼女時代を過ごしたようだ。

「本来は嫌われている筈の私も、この境遇のお陰でまだ優遇してもらえるのだ。感謝しよう」


 恐らく、ここまでを伝える事が『使命』なのだろう。
 フローナはギルベルトの存在を無視してベッドへと体を沈め始めた。このまま寝るつもりなのかもしれない。

「1つ、質問をしたい」
「なんだ」
「……私の魂は、何者なんだ?」
「……それを答えるのは私ではない」

 そう言うと彼女は壁に顔を向けて黙ってしまった。
 これ以上ここに居ても何も得ることは無さそうだ。
 そう思って出ていこうとした瞬間だった。

「フラワージェには気を付けろ。そして今聖女様は図書館にいる、早く行ってやれ」

 フローナはそれだけを告げると、今度こそ本当に黙ってしまったようだ。
 ギルベルトは彼女の忠告通りに図書館へと急いだのだった。







「本物の運命のパートナーを見つけましたの。ですから早くあの平民とは縁を切ってくださいませ」

 学園に帰宅すると待ち構えていたアスティアに捕まり、学園にある客間に通されていた。
 レティシアは要らないと返されて、ここにいるのはギルベルト1人のみだ。

「どういう意味で言っている?」
「真実を述べただけですわ。運命のパートナーは世界でただ1組だけ。だからこそ本物が現れたのであればギルベルト様は運命のパートナーではな……」
「どこで本物と判断した?」

 ギルベルトの強い口調にアスティアはビクリと体を驚かせた。
 本物の運命のパートナーなどあり得ない。そう確信があるために、ここまでしてレティシアと自分を遠ざけようとするアスティアに若干の怒りを覚えてしまうとギルベルトは思っていた。
 この意味のわからない感情の変化も分からない人間が、運命のパートナーだと名乗っている事に対しても腹立たしい。
 もし本当に運命のパートナーなのであれば、寧ろ変わってもらいたいくらいである。

「『黄金のスター』の魔法陣を出すパートナーが現れましたの」
「……なるほど、確かに運命のパートナーの条件には当てはまるな」

 三角形を2つ組み合わせた様な星、六芒星の周りに三重の円が描かれている魔法陣は、運命のパートナーのみが魔力を使用する際に出現すると言われている。

 だが、運命のパートナーであっても頻繁にそれが出る訳でもなく、限られたタイミングでしか出ないと聞いている。

 それを今まで何も音沙汰が無かったパートナーがいきなり出現させるものだろうか。

 ふと、レティシアを連れて母親の元へ戻った日の事を思い出してしまった。
 あの時、確かに母アナリアは、自分よりも強い人物が出てくるような話をしていた気がするのだ。
 もしかしたら何かを知っている可能性が高い。

「……ではそれについて、一旦調べておこう」

 この答えに、アスティアはとても不満そうな顔でため息をついた。いかにも自分が待っているとでも言いたげに、婚約者の態度で紅茶を口に運んでいる。

「何故そこまでしてあの平民にこだわるのですか、あんなに魔力量なども少ない上にマナーもなっていないのに」

 アスティアが問題視する部分については、一生相容れないのだろうなとギルベルトは感じていた。
 恐らくこのまま婚約者であっても、将来的に冷め切った家庭となるのだろう。
 それならばいっその事こと、結婚しない選択をとる方が健全ではないか、などと口に出して言ってしまいたいと思った。

 パートナー解消の話は時間の無駄に過ぎない。

 ギルベルトは話題を晒すため、ずっと考えていた質問を送る事にした。

「では、質問を変えよう。貴方に誘拐を仄かした人物は誰だ」


 真犯人を見つけ出す事に勢力を注いだ方がより好ましい時間となる。
 何故なら、またレティシアが同じように連れ出されては、流石に何かしらの対策を取られてしまうかもしれない為だ。
 この目の前の令嬢1人の知能と体力で、この学園内からレティシアを誘拐して連れ出すなど確実に不可能だった、だからこそ、早めに真犯人を見つけたいとギルベルトは思っている。



 色々調べてみたものの、運命のパートナーの魔法陣について詳しく載っている本は見つからなかった。
 どこにもただ、
『黄金のスター』は素晴らしく素敵で、素晴らしく綺麗だった。まるで天使が舞い降りるかのようだ。

 としか書かれていない。

 魔法陣について調べる事は諦めて、アスティアが言う『運命のパートナー』かもしれない人物達を調べた方が良いのかもしれない。
 そう考えたギルベルトは座席から立ち上がる。

 その時、めまいを起こしたかのように、目の前が歪んだ。

「………」

 ギルベルトは最近あるこの症状に悩まされていた。

 この後に幻影が見えるのだ。

 目の前にレティシアに似た女性がいる。

 そして自分はその人物に声をかけるのだが。
 何故か『レティシア』と声をかけているのだ。

 その女性はレティシアではない。
 彼女はそんな儚げに微笑むことはしないのに。

 そう思っても自分はレティシアと声をかけている。

 そして、その女性が振り返ると、『ギルベルト』と呼んでくる。

 ほんの数秒の幻影は少し疲れている今の状態の頭には、かなりの混乱を起こさせた。


 もしや、これは貰った本のせいだろうか。

 しかし、もう呪いの本ではなくなったのではないのか。

 そんな事を考えるも、どちらにしろあまり良くない状態になって来ている事には変わりはないのだろう。


「普通に好きにさせてくれ……」


 ギルベルトがそう呟いた声は、誰にも聞かれないまま、ただ空中へと散っていく。

「ギルベルト様、よろしいでしょうか」

 その時レティシアの侍女ララの声が聞こえてきた。
 もしかしたら彼女に頼んでいた母との食事会に対する返答が来たのかもしれない。

「ああ」

 ギルベルトが声をかけるとララは音も立てずに部屋へと入ってくる。
 そして、アナリアからだという手紙を手渡してきた。

「ギルベルト様」
「なんだ」
「レティシア様がアスティア様に呼び出されますよ」

 手紙に目を通していたギルベルトは、ララの声にパッと顔をあげた。
 ララの瞳はギルベルトを鋭く見つめ、そして挑戦するかのようにすっと目を細められる。

「いかがされますか」

 大方、『運命のパートナー』が見つかったから引いてくれという内容なのだろう。
 先ほど聞いた『誘拐について仄かした人物』は結局私にすら口を割る事はなかったのだ、アスティアは、諦めの早いレティシアを交わすなんて楽勝だと考えているに違いない。

「いや、レティシアも変な事はしないだろうから。そのままでいい」

 そう言うと、ララはフンと鼻を鳴らして「あらそうですか」と言いながら部屋を去っていった。

 妥協点という所か。

 現状アスティアなど全く怖くはない。
 自分のレティシアに対する対応全てが母であるアリシアに伝わっている方がよほど怖い。

 この恐怖を父親であるザヘメンド辺境伯爵は把握していないのだろうなとため息が出そうになった。
 ギルベルトは、再び目的である学生名簿を取りに立ち上がり、生徒会室まで足を運んだのだった。


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