上 下
3 / 167

放課後

しおりを挟む
ひとりで柔道場のサッシの引き戸の鍵を開けて入る。
窓を開けて空気の入れ替え。
この時間はまだ窓から光が注がれる。 
隅の暗さと光のコントラストが好きだ。
一応女子のための狭い更衣室はある。
この柔道場は空手、剣道、柔道の歴史の中で女子も参加していたわけで男子は道場の床で着替えるから必要なかったが、さすがに女子の更衣室を作らないわけにはいかなかったようだ。
ひとりで受け身の稽古を始めて一往復してときだ地井頭沙織が来た。

「ごめん、ごめん。ちょっと遅れちゃった」

制服姿の地井頭沙織を見たとき、同じ制服を着ているはずなのになんか別の服を着ているように見えた。

なんていうんだろ。着こなしが違う…みたいな。
そういう女子はいる。
でも仲良くても口に出して言うほどのことでもない。

「そこ、更衣室だから」

更衣室のドアにはなぜか「女」と♨のプレートが貼ってある。

「なにこれ、温泉?ウケる」

先輩達の中に風呂屋がいていらなくなったプレートを持ってきたと柔道部から聞いたことがある。

地井頭沙織は楽しそうに更衣室へと入っていった。

またあの中華服で出てくるのかな。
いまさらながら日本武道の道場に中華服のカンフー女子に使わせていいのだろうか。
一瞬そんなことがよぎったが文句いう人間はいない。よくも悪くも。

足の指を立てて騎座で進む膝行の練習をしてるときに地井頭沙織は出てきた。
また中華服?と思いきやただのジャージだった。

「えっと」

地井頭沙織は周囲を見回したので「あのそっちの空いてる畳のほういいよ、使って」

「うーん、畳よりそっちの床がいいかな」

床?板の?

「受け身は?床でやるの?」

「詠春拳は受け身とらないの」

受け身を取らない?

すると地井頭沙織は両拳を空手のように脇に
引くと膝を折り曲げ、外へ向けすぐに内股になった。
そして体の前で前後に手刀を構えるとさっと縦拳で突いた。

当身?空手みたいなの。

地井頭沙織は次の拳を打ち出すと連続して突きの連打を打った。
上半身も下半身もまったく動いていない。
突きを打ち出す腕だけが規則正しく連続で繰り出されてゆく。

「へえ…」

内股から前蹴りを連続して放ち突きを左右連続で繰り出すと前方へと進みだした。

へえ。蹴りもあるんだ…

ま、関係ないけど。

香織はエア合気道を始めた。
空気相手に掴み手で座ったり、袴をなびかせてターンをしたと思ったら腕を頭の高さへ振り上げ腰を落とした。
沙織もその動きを横目で見ながら思った。

踊ってるみたい…

その日は互いに無言でそれぞれの練習をこなしていった。

しおりを挟む

処理中です...