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亜香里の剣

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月曜日の放課後、香織はクラスの女子がカフェで愛好会の4人でいるとこを見たという話につかまった。

「そうそう。なんか楽しそうだったよね。テーブルの上、なんかキャラのやつが山積みでさ」

「UFOキャッチャーで取ったの。そうだ。よかったらあげる。ハイ」

そう言ってマルだぬきオヤジとロックマのキャラぐるみを渡した。

「あ、ありがと…」

若干引いたクラスメイトを残し、香織は急いで武道場に行った。
道場に入ると入口で小さく礼をして床に上がった。
見ると沙織と真紀理が壁際で座ってる。
2人は模擬刀を右手に持ち道場の中央に厳かに歩いてくる亜香里を見ていた。
亜香里は、スッと膝を揃えて座ると模擬刀を前に置き下げ緒の紐で柄頭を囲うように置き手をついて礼をした。
上体を起こすと下げ緒を中指にかけながら鍔下の鞘を摑み、鞘の小尻を左膝の前に立て柄を右肩まで倒す。そのまま小尻を左手で摑み袴の内側の帯まで誘導し模擬刀を腰に差す。
全剣連では下げ緒の紐を右腰の袴紐にくくりつけるのだが、亜香里の流派では各自で工夫するように言われていた。
亜香里は下げ緒を左手で後方にやり鞘に引っ掛け片手で半蝶々結びにした。そうするとすぐに片手でスルリと外せるからだ。
亜香里は気持ちを集中させると柄に右手を鞘に左手をかけ、一瞬始めはおもむろに、そして素早く右膝を立てて剣を抜いて斜めに斬り上げた。
すかさず剣を返し左手を柄にかけ、正面からというよりはやや斜めに斬り下ろす。
ビュンッという音はまさに今、敵を斬ったという迫力に一瞬空気が変わった。
斬り終えた切っ先がやや下がると左手は鞘の鯉口を摑み刀身は弧を描いて吸い込まれるように鯉口の真上に置かれると同時に剣は前方に引かれ切っ先が鯉口を握る手の中に落ちると剣は納刀された。
飾り付けるような動作は一切ない。
ただただ人を斬るために無駄を削ぎ落とした技、香織にはそう思えた。
沙織と真紀理が拍手して近づこうとする。

「拍手はいらぬ」

香織は「それなんの技?」

メガネをかけていない亜香里は静かに答えた。

「無外流のしんという技じゃ」

「最後の真っ向斬り?あれ少し斜めってない?」

亜香里はキラリと目を光らせた。

「よいところに気づいた。はじめの逆袈裟で斬られた者は外腹斜筋を切られ剣を振り下ろせず上体が右に倒れようとする。真っすぐ斬ることは斜めに斬られることになるからだ。無外流特有の斜めの斬り下ろしだ」

「それって実際に人を斬ったからできた技だよね」

「そうだ。それもまた良い視点じゃ。剣には昭和の戦後に作られた人を斬ったことのない流派もある。だが無外流は違う。実際に人を斬り、かつ下級武士を斬り伏せるための上士の技、つまり上級武士の技なのら」

「女子の技?」

「ちが~う!上士じゃ!」
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