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朝の二人

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翌朝、目が覚めると沙織は本能的に跳ね起きて周囲を一瞥して状況を確認した。

宿…いや陰流の愛洲香織に屋敷に世話になったのだった…

六畳ほどの広さにどこぞの山の絵の掛け軸が掛かっている簡素な部屋だ。
ほとんど使われていないのがなんとなくわかる。
布団の横に刀掛けに置いた両差しも誰かが触れた感じもない。
障子から日の光が当たっている。
爽やかな寝起だ。
沙織はゆっくりと味わうように大きなあくびをした。
香織から借りた青い着物に着替え、廊下に出た。
庭先から地を蹴る音がわずかにする。
香織の朝稽古だろうと思った。

どれ。陰流宗家の稽古とやらを見てやるか…

ゆっくりと音立てずになにげない顔をして庭先の縁側へ近づいた。

「お早くからご苦労でござる」

沙織の足が止まった。

気づかれた?気配を消していたはず…

後ろの沙織の方を向いて香織は「夕べはよく眠れたでござるか」

やはり宗家は宗家か。それなりの実力はあるわけだ…

「よう眠れた。貴殿のおかげだ。夕べの上生菓子と羊羹はうまかった。馳走になったな」

「しっ!」

香織が慌てて人差し指を口に当てる。

「言い忘れたがそのことは口外無用で頼む」

「もとより承知。おなごと舐められたくないのであろう。それはオレも同じ」

「これからどうされる?沙織殿さえよければしばらくここに居てもらってもよい」

「う~ん。しかしなあ…」

「さきほどそこの通りを岡っ引き達が騒ぎながら走って行った。すでに奉行所が河本一家が殺されたことを聞きつけ調べに入ってる様子」

「ほとぼりが冷めるまでここにいて出歩かないほうがいい」

「う~む。そう言われるとな…では貴殿の好意に甘えるとしよう」

廊下の先のら誰かがやってきた。
沙織はさっと身構えた。
香織は気を利かせて言った。

「おそらくカズか小吉だろう。ほら夕べおぬしが助けた亜香里という娘の両親だ」

「…」

しかし現れたのは亜香里だった。
亜香里は沙織の前に両手をつき頭を下げた。

「昨夜助けていただいたこと心より御礼申し上げます。このご恩は一生忘れません」

「わかったわかった。もうよい。頭をあげてくれ」


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