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甘露

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風呂から上がり香織が用意した蒼い流しを纏い、袴を履いた。
自分で袖や袴を興味深く見た。
自分がとんな姿なのかわかると「女侍の召し物か…」
己以外の女侍に出会うとは想像もしてなかった。
立て掛けておいた刀を注意深く手に取り抜いて刀身を確認した。

誰も触れていないな…

愛洲香織…どんな人物なのだろう…

脱衣場を出るとカズが待っていた。

「地井頭様、こちらへ」

カズは沙織を台盤所(台所)に案内した。
香織が囲炉裏に薪を焚べていた。
行灯の油は高いので囲炉裏を行灯代わりにしていた。
香織の前には上生菓子やまんじゅう、羊羹が店頭のように並べてあった。

「さ!地井頭殿!こんなことしかできぬがやってくれ」

「ウッ…スゴイ!」

甘い菓子が並べられ沙織は夢でも見てる気持ちになった。

「では、遠慮なく…」

色艶やかな上生菓子をひとつ口にすると、甘味が脳から全身に染み渡るようだ。

「く…これは…この上ない甘露…」

「そうであろう」

香織は慣れた感じで上生菓子と羊羹を交互に口にした。

「ふふふ。それはよいな。姿はどうであれ」

「こんな姿、門下生には見せられぬ故こんな夜更けに食べる。それがまた格別なのだ」

「どれ、わたしも」

無意識に沙織は、わたしと言っていた。
そして香織がやったように上生菓子と羊羹を交互に食べた。

抑えられない笑みを浮かべ「これはいかんなぁ。おなごの楽しみ丸出しじゃ」

「よいよい。誰が見てるわけでもあるまい」

沙織は香織をじっと見た。
互いに秘密を共有したような笑みが抑えられず意味もなく笑いだした。

「おぬし、面白いな」

沙織はふと思ったことを言った。

香織は照れ隠しに目を伏せた。

「そんなことを言われたのは初めてだ。わたしはカタブツで通っているからな」

「おぬしカタブツなのか?」

「そうだな。一応一流派の宗家だからな。普段は女だから舐められぬよう気をつけねばと気を張っている」

「そうか。それはわたしもそうだ。常に刀の鍔に指をかけておる。いつでも抜けるようにな」

「いろいろ大変じゃ。おなごが剣に生きるとなるとな」

「まったくだ…」

二人は笑った。





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