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一瞬の生死の世界

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剣の刀身は通常二尺三寸から四寸、約七十センチから七十三センチ。
その長さのものを鞘から抜き切らなくてはならない。
当然、遅ければ抜き切る前に敵の攻撃を受ける。
猿吉は走りながらすでに六角棒を抜き上げていた。
間合いに入る直前、猿吉は跳躍した。
一撃で沙織の脳天を打ち砕くつもりだ。
沙織の右手が動いた。
一瞬の世界だが、猿吉には刀身を抜き出すまでの動きを数えられた。

一、二…終わりだ!

まだ宙にいる猿吉は右脇に痛みらしきものを感じた。

んなことは知らねえ!

猿吉が落下と同時に六角棒を振り落とした。
六角棒は地面を叩いていた。

いない…?

いやすぐ後ろに激しい息づかいの気配がある。

後ろか!

猿吉は六角棒を後ろにいる敵に振り回した。
しかし腕の動きがなぜか異様に遅い。

どうした…?

と、思った瞬間六角棒を振り回した腕が吹っ飛んだ。
猿吉が最後に見たのは沙織が斬り上げた剣を頭上で返して振り下ろす姿だった。
そして右の脇腹に苦無が刺さっていたことに気づいてなぜ己が遅れたのか理解できた。

棒手裏剣…そういうことか…

さすがは人斬り地井頭、喧嘩慣れしてやがる…

沙織の剣が猿吉の意識とこの世の間を断絶した。
肩で息切れさせながら沙織は倒れた猿吉を見た。

「義理に命をかけた侠客、鉄風の猿吉…覚えておくぜ」

沙織は血振りをして納刀するとその場を静かに立ち去った。
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